「隣のCちゃんは変わった遊びをする」

投稿者:かめ

 

私の家と隣の家は古い分譲住宅で、結構ぴったりとくっついている。
買った当初は、小さいながらも庭があり、ちょっとした庭いじりが楽しめるので妻も喜んでいたが、あまりにもお隣と近い感じがして「どんな家族が越してくるのだろう」と不安だったりもした。

隣のS家は私たちよりも1年ほど後で入居してきた。
優しそうな旦那さんと奥さん、3歳になったばかりの女の子Cちゃんの3人家族だ。

私の家はまだ子供はないが、可愛らしいCちゃんを見ることも出来て「お隣が良い人たちで良かったね」と私も妻もホッとしていた。

私たちはすぐにお隣のS家夫婦と打ち解けて、毎日にこやかに挨拶したり、おしゃべりしたりするようになった。

そんなある日、妻が「お隣の奥さんが、夜中にうるさくてごめんなさいって謝ってきたよ」と教えてくれた。
最初、私はあまりピンとこなかった。
妻が言うには、お隣のCちゃんが時々、夜中に起きては火がついたように泣きわめくらしい。それを聞いて、「あ、たしかに時々大泣きしてるよね」と思い出した。
私たちには子供もいないので「小さい子だからそういうもんなんじゃない?」くらいにしか思っていなかったし、特にうるさいとも思っていなかった。

しばらくすると、休日で出かけない暇なときは、お隣同士で夫婦それぞれがおしゃべりしたりするくらいに仲良くなっていた。
私たちがおしゃべりをしていると、Cちゃんは一人で子供用のスコップを持って庭のあちこちを掘り返して遊んでいた。一人遊びが好きみたいだ。

そんな日が続いていたある休日の昼前、私は一人でぼんやりと庭を眺めて寝転んでいた。
すると隣の庭にCちゃんがいつものスコップを手に、テテテテっと飛び出してきた。
私は「Cちゃんこんにちは、お庭遊び?」と声をかけたが、Cちゃんは気付かないのか、キョロキョロと庭を見回し、何か見つけたように庭の隅に駆け寄ってしゃがんだ。

私は、「遊ぶのに夢中だな~」とちょっと微笑ましく思い、しばらくCちゃんを見つめていた。
Cちゃんは庭の隅にしゃがんで、スコップで土を掘り返しているようだった。私からはCちゃんの背中しか見えなかった。
その姿をぼんやり眺めていたのだが、ふと、一か所をずーっと掘り返しているCちゃんは、遊んでいるというよりは何かを探しているように私には見えた。

ザクザクと土を掘り返していたCちゃんの手がピタリと止まって、Cちゃんはスコップを地面にポトッと落とし、しゃがんだまま右手で何かをつまむような動作をしたのが見えた。
「ミミズかな?」子供って虫とか割と平気だよなぁ、と思いつつ私はCちゃんを観察していた。

すると突然、頭の上から「ギギギイイ」という大きな鳴き声がして、一羽の鳥がCちゃんの近くに降りてきた。
カラスとかトンビだと危ない、と思い私は咄嗟に起き上がったが、その鳥はカラスやトンビではなく、もっと小さな地味な色の鳥だった。鳴き声の印象と違って可愛らしい真っ赤なクチバシが特徴の鳥だったので、危なくないだろうし、Cちゃんが動けば逃げるよな、と思いそのまま見守ることにした。

驚いたことにその鳥は、逃げるどころかCちゃんの近くまでチョンチョンっと近付いていった。
Cちゃんはその鳥を見てもあまりリアクションらしいものはしなかったが、その鳥の前に手に持っていたミミズ(姿は良く視えなかったがたぶんミミズ)をポトンと落とした。

鳥は、そのうねうね動くミミズを啄み始めた。動物が何かを捕食する姿は、大人でもちょっと興味を持って見てしまうが、Cちゃんはそれをみてキャッキャッとはしゃいでいた。
子供がけっこう残酷なことをするってことは自分の経験からも理解しているから、別段不思議には思わなかったが、鳥の行動がちょっと変わっているな、と感じた。

鳥はミミズを啄んでいたが、すぐには食べずに、その身を細かくちぎっているように見えた。
少しちぎっては止まって、ミミズを眺め、また啄み、少しちぎる・・・そんな行為の繰り返しだ。
Cちゃんは、ミミズが細かくちぎれるたびにキャッキャッと喜ぶ・・・よくよく考えるとすごく怖い光景を見ている気がして、私はいつの間にか声も出さずに見入ってしまっていた。

どのくらいの時間だったのかはわからないが、鳥はミミズを細かくちぎった後、食べることもなく飛び去ってしまった。
Cちゃんは飽きてしまったのか、スコップを拾うとまたテテテテっと家の中に入っていった。
私は何とも言えないモヤモヤした気持ちになって部屋に戻った。

部屋に戻った私は、鳥のことが気になりネットで検索してみた。
住宅地にも来る小型の鳥で赤いクチバシを手掛かりに探すと、画像からどうもその鳥は「ムクドリ」じゃないかと思った。ただ、どの写真を見てもクチバシはオレンジ色のものばかりで、私が見た「赤いクチバシ」ではなかった。
さっき見た記憶からは、「赤」といってもすごく鮮やかな濃い赤だったので、どの写真を見ても明らかに違っていた。
また、鳥の習性として、獲物を食べずに立ち去るといった行動の記述も見当たらなかった。

気味は悪かったが、妻に言うような話でもないし、ましてやお隣にまで言うことじゃないと思ったので、その日はそのまま忘れてしまった。

そんな出来事があったこともすっかり忘れてしまった、ある日、仕事の関係で出先から直接早めに帰宅出来た平日の昼過ぎのこと、妻が近所のスーパーまで買い物に行ったので、またボケ~っと庭を眺めていた。
しばらくすると、隣の庭にCちゃんがテテテテっと飛び出してきた。
「あれ?なんか見た気がするな」と軽いデジャヴを感じていたら、Cちゃんの手にスコップがあるのを見て、一瞬であの日のことを思い出した。
「まさかおんなじことは起こらんだろ」と思っていた矢先、頭上から「ギギギイイ」という鳴き声とともに、あの赤いクチバシのムクドリが降りてきた。
Cちゃんは既にミミズらしきものをつまんでいる。うねうねと蠢くそれを、Cちゃんの前に降りてきたムクドリの前にポトリと落とし、また、あの日のようにムクドリはミミズを啄み、ちぎり、啄み、ちぎり・・・やがていくつもの破片になって、それでも少し蠢いているミミズをそのままにしてムクドリは飛び去って行ってしまった。
呆然と見守る私に気付かず、Cちゃんはまた家の中に戻っていってしまった。

さすがに同じことを見た私は、「これはただ事じゃない」という気がし始めた。
ただ、こんな現象はどう調べたものか見当もつかず、数日、悶々としながら過ごしていた。

二度目のCちゃんとムクドリのことがあってから数日経った金曜の夜、帰宅すると、田舎の伯父から贈り物が届いていた。季節の挨拶で、田舎でもらった野菜やら漬物がたっぷり入っており、妻からは「今晩、お礼の電話をしておいてね~」と言われ、ハッと思い出した。
「そうだ!伯父ちゃんに聞いてみよう!」

伯父は長野県にある古くから続いている寺の住職で、私は高校の頃から大学までの学生時代はしょっちゅう泊りがけで遊びに行ったものだった。
伯父自体は特に霊感やらなにやらがあるわけではなかったが、私は過去に少し不思議な話を聞かされたことがあったので、ひょっとしてこういう話も知っているのではないか、と期待したのだった。

就職してからは手紙や電話でたまに挨拶をする程度になっていた伯父であったが、その晩、さっそく、自分の部屋から伯父に電話をすることにした。

私「ご無沙汰しております。贈り物ありがとうございました、たくさんいただいて妻も喜んでいます。皆様いかがですか?お変わりないですか?」いつものようにお礼のあいさつをして、伯父の一家も何も変わりなく過ごしていることを確かめ、少し自分の近況なども話したあと、私は、「伯父ちゃん、ちょっと聞きたいんだけど・・・」と切り出してみた。

最初の目撃から、数日前の事柄まで細かく電話で伝えたところ、伯父はうんうん、と聞きながら、聞き終わったあと「う~~~ん」と、何か思い出そうとしているようだった。
そして、「ちょっとこのまま待ってて」と言い、電話を置いてどこかに行ってしまった。
しばらくすると戻ってきた伯父は、手に何か書類みたいなものを持っている感じだった。
伯父「えーとね、私が昔行っていた刑務所で似たような話を聞いたのを思い出したよ。」

伯父はまだ若い頃、教誨師(きょうかいし)をしていたことがあった。教誨師とは、服役中の受刑者に面会し、精神的、倫理的、宗教的なサポートをするのが役目で、主に反省や道徳の気持ちを促すことを行っている。キリスト教や仏教、神道と様々な宗教家が今も活動している。

伯父「私が受け持った受刑者の中に、すごく自分のしたことを後悔している、いや、ちょっと違うな、自分の身に起きることを恐れていると言った方が正しいかな?とにかく変わった話を聞いたんだよ。それで、その時にメモしたものを今持ってきた。」

伯父「簡単に言うと、君が見た状況ってのが、私がある死刑囚から聞いた話に似ているんだよ。私もその受刑者から聞いただけで、詳しくは知らないんだけど、長くなるから近いうちに家に来なさい。」

伯父の申し出は私もうれしかったので、翌日、伯父の元へ一人で行くことにした。

翌日の土曜朝には出発し、午前中に久しぶりの伯父の寺に着くことができた。伯母や従弟、従弟の子供たちと和やかに過ごし、夕飯を済ませてから、伯父の書斎で話を聞くことにした。

伯父は私の前に古いわら半紙のような紙の束を出して話し始めた。その紙には、伯父の字で書いたメモらしきものと、簡単な図形が書かれ、紙のところどころに「ムシオクリ」、「鳥成」という言葉が見てとれた。

伯父曰く、その話をしてくれた死刑囚は、3人の女性を欲望のままに乱暴し、無残に命も奪った罪で裁かれる身であったらしい。
その死刑囚を仮にJとするが、そのJは、ある九州の小さな村の出身だった。
犠牲となったのは、隣村に住む未婚の女性と既婚の女性、自分の村の幼い女の子だったという。
伯父は事件に関してはあまり詳しくは話してくれなかったが、教誨師の仕事として携わった中で聞いた話がとても興味深かったので、メモを残したということだった。

Jと面談したのは十回ほど、最初はうつむいてイライラしながら伯父の仏教の話を黙って聞いていたらしいが、ある時、Jが伯父に「地獄はあるのか?」と聞いて来たところから、一連の話が始まった。

伯父の宗派では、加持祈祷を行わず、死後の世界も積極的には教えていない。そんな中で、伯父はJの問いに「地獄は生きている人間の心の中に存在するもので、正しく反省し後悔することで脱することが出来る」と答えた。

Jはその答えには納得せず、「そんなことは無い、自分は絶対に逃げられないんだ!」と頑なに話を聞こうとはしなかったらしい。

伯父は根気よく丁寧に「何故そう思うのか?」と問いただし、何回か目の面談で、ようやくJは、自分が恐れている「地獄」を語りだした。

Jが言うにこうだ。
【Jの話】
Jが住む○○部落(村のこと)には、昔からひそかに続いている儀式があるらしい。
実はJは若い時はこの儀式のことは全く知らず、服役してから、あることがきっかけで知り得たということだった。
その儀式は「ムシオクリ」と言い、復讐のための呪いの儀式だった。
儀式の詳細は良くわからないものの、必要なのは、
恨みを持って亡くなった者の身(遺骨や遺髪、歯など)と
憎い者の身か持ち物(毛髪や爪など何でも良い、持ち物はより長く使用していたもの)、
そして、恨みを持って亡くなった者に一番近しい人の身(どの部分でも良いが必ず血が付いている必要がある)
これら集めたものを、儀式を施す者(愛しいものを失った家族など)が白い布の四隅に己の血で「ムシ」と書き包み、自分の懐に入れるなどして自死する、といったものらしい。実行する日の条件や時間帯はわからなかったが、書いたもの以外にもいくつか条件があるようだった。

この儀式が成就したかどうかは、ある現象を見ることで判断されるという。
それは、自死した術者の住む土地で「クチバシの赤い鳥」が見られること。
その鳥は、鮮やかな真っ赤なクチバシをしており、誰かに見られるまで一か所で啼き続ける・・・。それを見た住民はそれを「鳥成(とりなり)」といって、術が完成したことを知る。誰かに見られたその鳥は何処ともなく飛び去って行くらしい。

そして、Jは続けた。
呪いをかけられた人間は、その呪いで死ぬわけではない。寿命を全うするものもいるし、何者かに殺されるものもいる。でもそれは呪いとは関係ない。あくまで呪いは、術を掛けられたものが死んで、初めて動き出す。

術を掛けられた相手は、死後「ムシ」になるのだ。

「鳥成(とりなり)」になった術者は、ムシに成った相手を探し出し、そのクチバシで毎日、その相手を殺す。地から這いだす「ムシ」は成すすべもなく鳥に啄まれちぎられ、想像を絶する痛みを与えられ絶命する。でも、次の日には違う「ムシ」の中で目が覚める・・・。

そして、永遠に苦しみ続ける。

私は伯父に、「なんでJはそれを知っていたの?」と疑問に思っていたことを聞いてみた。
伯父は「それがね、どうもJは、遺族たちから何十枚にもわたる手紙をもらったらしい。そこには、事細かに術の詳細や、過去に術が成功したと思われる、村で見た鳥の不可思議な行動がいくつもいくつも書かれていたそうだ。私はそれを聞いて、Jに対する嫌がらせのようなものだと思った。Jも私と同じく最初は気の振れた遺族の妄言だと思ったと言っていた。だが一度、Jが獄中で高熱を出して生死の境をさまよったことがあったらしく、病院に搬送されて回復してからは、一転して信じるようになったらしい。」

私は、それはどういうことか聞いた。
伯父は「Jは高熱で倒れた時に夢を見たらしい。夢の中でJは目も耳も手足もない虫になっていたらしい。でも意識だけはしっかりしていて、土の中から出たくないのに、出なきゃ!出なきゃ!という思いだけがあって、その先にとても怖いことが待っているのがわかっているのに、やめることが出来なかったそうだ。Jは意識を回復して、その後に起こることは見なかったと言っていたが、夢で感じた恐怖をすっかり信じ込んでいたよ。」
伯父「Jは刑の執行当日は、最期まで叫ぶようにお経を唱えていたらしいよ・・・」

一通り話し終えると伯父は私に聞いて来た。
伯父「どうかな?お隣に来た鳥の話と結構似てると思わないかい?」
私はそう問われて、ゾッとした。確かに似すぎている。
私「じゃあ、なんで鳥はお隣に来ているんだろう?」ふと胸によぎった疑問を伯父に言ってみた。
伯父「その子は、夜中にひどく泣いているんだろう?そして虫を探す手伝いもしていたんだろう?人は生まれ変わるというしね・・・」
私はそれ以上考えるのが怖くなっていたが、最後に伯父のメモを見て不思議だったことを尋ねてみた。
私「そういえば、“鳥成”は漢字なのに、“ムシオクリ”は何でカタカナで書いているの?」
伯父「そうだな・・・、私もJから聞いたとおりに書いただけだから気が付かなかったけど・・・、そうか・・・そうかもな・・・」
私「え?何か思い当たることがあるの?」

伯父「いや・・・多分、ムシは“無死”なんじゃないかな・・・」

「死ぬことが許されない永遠に続く地獄なんだよきっと・・・」

 

得点

評価者

怖さ鋭さ新しさユーモアさ意外さ合計
毛利嵩志121515121569
大赤見ノヴ141516151575
吉田猛々181717161886
合計4447484348230