「僕には死人が見えた」

投稿者:落合ちゃん

 

僕には死人(しにん)が見える。

霊感のある人が言う、
写真から霊気を感じるとか、
あそこには危険な怨念がこもっているとか、
今、あなたに憑いているのは良い霊、守護霊みたいなもんですよ。
という話とは違うと思っている。

当然、他人の視界が見れるわけではないので、実は僕の見えている死人と、
霊感のある人が言う、幽霊は同じものかもしれないが。

死人が見える
正しくは、人が亡くなった場所を見ると、その場所で亡くなった人が見えることがある、
といったところだろうか。

まず見えることがある、というのを説明しようと思う。

僕が見ることのできる死人は、常に一人だけしか見ることができない。
そして、その見える死人には1つだけルールがあるようだ。
おそらく、人が亡くなった場所を僕が通ったときに、
その亡くなった人の想いや、思念といった何かが
最も強かった場所の死人だけが目に見えることができるようだ。
おそらく、とか、ようだとか、断定できないのは申し訳ないが、これまで40年弱生きてきた結論がそれだ。
回りくどい言い方して申し訳ない、簡単に言えば、
一番強い無念を抱えた死人、一人だけを見ることができ、
それより強い無念を抱えた死人に出会うと
過去の死人は見えなくなり、新しい死人に上書きされるといったところだ。

この能力に気づいたのは、小学校低学年のころだ。
交通事故で亡くなった友人がいた。
その時、学校のみんなと、その子の事故現場に花を手向けにいったのだが、
僕の目にはガードレールをじっと見つめる、その子がいることに気づいた。
先生に「〇〇ちゃんが、あそこにいるよ」と伝えたところ、先生は泣きながら僕を抱きしめ
「〇〇ちゃんはもう天国にいっちゃうの、だから、ちゃんとサヨナラしましょうね」と言われてしまった。
僕はみんなが泣きながらガードレールに花を手向けているとき、
僕だけは、〇〇ちゃんに向かってバイバイをした。
だけど、その後1か月も、2か月も、その子がガードレールを見つめて立っているので
親や先生にそのことを伝えるたびに、よっぽどショックだったんだろう、と僕の話は信じて貰えなかった。

そして、ある日、別の交通事故現場を目撃した。
信号機に車が正面衝突した現場だったのだが、そこに、ぼーっと浮かぶサラリーマンが見えたのだ。
すると、それ以来、ガードレールにいた〇〇ちゃんは消えてしまい、
サラリーマンが見えるようになっていた。
それから、しばらくはサラリーマンが見えていたのだが、
ある日、家族旅行で富士山の風穴に行ったとき、樹海の方を見ると女性が見えた。
すると、サラリーマンは見えなくなってしまった。

その時は旅行先だったおかげか、しばらく死人を見ることはなかったのだが、
偶然、駅で飛び込み事故に出会ってしまい、駅に行くと女子高生が見えるようになってしまった。
だから、その時の僕は人が死んだ場所にいくと、何かが見えるようになってしまうと思っていたのだが、
実はそうではないことがわかった。
僕の学校の先輩がいじめを苦に学校で自殺をするとい衝撃的な事件があったのだが、
先輩が飛び降りた場所を見ても、僕の目には先輩は見えなかった。
その時の僕の僕の目には風邪を引いたときに、たまたま見てしまった
どこの誰かもわからない手術室前のおじさんが見えていた。

そういう見えるときと見えないときがあることもわかり、
今までの経験を振り返り整理してみると、僕の目に見える何かの条件やルールがわかってきた。
・僕の目には何かが見える
・生への執着や無念を抱えた何かが1つだけ見える
・その何かは、その場にとどまり、自分の死んだ場所を恨めしそうな顔で見ている
・こちらから話しかけることも、こちらに話しかけてくることはできない
・他の何かに、上書きされるまで、その何かが僕の目から消えることはない
・その見えた何かは、その場所のみの存在であり、別の場所で見ることはない
そのような状況であることから、僕は幽霊ではなく、その何かを「死人」と呼ぶことにした。
これは推測だが、いじめで自殺した先輩は、すでに絶望しており生きることに執着していなかったのだと思う。
それよりも、自分が助かると思っていた手術室前のおじさんの方が、なぜ?という気持ちが強かったのだろう。
これが、無念や執着が僕の目に見える死人のルールではないかと思ったきっかけである、

長々と書いてしまったが、ここまでは前置きである。
でも、このことを理解してもらえないと、この後僕が記す、
この体験の意味がわからないのできっちり説明したつもりだ。
僕は数年前、仕事の都合で東京から地方の政令指定都市に引っ越し住んでいたことがある。
市内の中心部で8階建てのマンションの8階の1DKという
好立地かつ広い部屋にも関わらず家賃は東京とは比べ物にならないぐらい安い
素晴らしい環境に満足していた。

しかし、その部屋での生活も1年を過ぎたころ異変が起きてしまった。
元々、住んでいたのか引っ越してきたのかわからないが、
階下の部屋の住人が深夜になると喧嘩し始めるのだ。

「お前が悪いんだろ」
「いや、やめて」
「泣いたって許さねぇよ」
「私が悪かったから」
「うるせぇ、お前は黙って俺に従えばいいんだよ」

男性が一方的に女性を責めるような怒号
時折、ドン、とか、バンとか、何かにぶつかるような音も聞こえてくる。
喧嘩というよりDVに近かったのかもしれない。

ただ東京暮らしが長かったことを言い訳の理由にするわけではないが、
近隣トラブルの自分から巻き込まれたくないため、僕はその喧嘩騒ぎを我慢した。
これだけ、ほぼ毎日、怒声鳴り響く喧嘩をしていれば、
マンションの住人の誰かしらが管理人に報告するだろう
そんな気持ちで喧嘩を見過ごしていた。

「もう、やめて、やめてよぉ。」
「うるせぇ」
ドスン
「私が全部悪いの、私が悪いんだから」
「わめくんじゃねぇ」
ドーン

「ねぇ、どうして、どうして許してくれないの」
「そういう問題じゃねぇんだよ」
ガシャーン
「もう許してよぉ」
「ああああああああ、うるせぇぇぇぇぇぇぇ」
バリーン

女性の泣き声と男性の怒声と、物が壊れる音が、
仕事で疲れて帰宅して就寝しようとする深夜にほとんど毎日繰り返されると
さすがの僕も、精神的にも肉体的にもこたえはじめ、
いい加減、管理人に通告しようかなと思ってた頃、
ある日を境にパタっと喧嘩が止まったのだ。

僕は、ようやく引っ越したのかな?でも、1階のポストには苗字があるから仲直りできたのかな?
それともやっぱり別れたのかな?
何が起きたのかはわからないが、
とはいえ、喧嘩がなくなったことは素直に嬉しく、あまり深くは考えず、
深夜の快眠をむさぼることができるようになったのを喜んでいた。

それから約1か月後のある日、マンションで異臭がし始めた。
あまり人付き合いのないマンションだったが、
ゴミ出しの時に出会う隣の住人や
エレベータで一緒になる、階下の住人と、
最近8階が臭いますよね、みたいなことを振られ、
自分もそうですよねぇ、なんか気になりますよねぇ
といった話をしたりしていた。

そして、その日の朝、ベランダで洗濯物を干しているとあまりにも下から臭いがするので、
僕はどうしても気になり、普段は使うことのない階段を下りて7階に向かうことにした。

僕は、コツコツと階段を降り、先ほど臭いを感じた自分の階下の部屋のドアを見た。
臭いの理由は、すぐ、わかった。
そこには死人がいた
その死人は「赤ちゃん」だった。
「赤ちゃん」が臭いのする部屋のドアを、じっと見ているのだ。
こちらを見ることも、こちらに話しかけることもない、そして赤ちゃんらしい泣きわめくこともない
無表情のまま、じっとドアを見つめる、その姿は間違いなく死人だった。

僕は、すぐに管理人に電話をした。
とはいえ、死人がいるから、部屋に死体があります、早く来てくださいなんて、言ったところで、
話が伝わるわけがないので
「8階の、落合ですけど、7階の僕の下の部屋からすごい異臭がするんです。
見て貰えませんか?」
と伝えた。

そこからの展開は早かった
管理人さんが僕の部屋に来て、一緒に下の階に向かい、実際に異臭を感じてもらい
管理人さんがインターフォンを鳴らしても何も反応がないため、合い鍵を使って部屋に入ることになった。
僕は、そこで午後から仕事があったので、最後まで付き合わず、
あとは大家さんに任せます、と、自分はその場を後にした。
本音を言えば、そこに死体があるのがわかっているので、死体を見たくなかったというのもある。

そして22時頃、仕事が終わり帰宅したところ、自分のマンションに警察の規制線が貼られていた。
やっぱ、見つかるよなぁ。あの部屋で死体が。
僕は、そう思いながら規制線前の警察官に、8階が自宅である旨を告げ、エレベーターで帰宅した。
8階に上がると、ちょうど隣の部屋の前で警察官が事情聴取をしており、
部屋に入ろうとする自分を見かけると、
「すいません、この後、よろしいですか?」
と問いかけられたので、わかりましたと答え部屋に入った。

数分後インターフォンが鳴り、警察がやってきた
「7階の部屋でご遺体が見つかり、事件性が高いため聞き込みを行っています。
けして、あなたを疑っているわけではありませんが詳細を聴くために
厳しい質問をするかもしれませんがご容赦ください」

聞かれることは一般的な質問ばかりだった
7階の部屋の方と面識はあったか?
「もしかすると、エレベータとかで一緒になったかもしれませんが顔もわからないですね」
最近、気になることはなかったか?
「いつも深夜に喧嘩していたのですが、突然喧嘩がやんだので別れたのかな、とか思ってました」
喧嘩がやんだのはいつごろか?
「1か月ぐらい前ですかね」
喧嘩はどんな感じでした?
「男性が女性を一方的に殴っているような感じが聞こえましたね」
喧嘩の時に他に気になることはありました?
「とくには、物が壊れてるなぁと思ってましたね」
なんで管理人や警察に通報しなかったんですか
「ご近所トラブルになっても嫌だなぁと、
その内、誰かが通報すると思ってました。」
喧嘩が止んだと思う前とかに変わったことはありましたか?
「いや、特には。いつも通り喧嘩してるなぁと、喧嘩始まるとラジオつけて気を紛らせてましたし」
ご協力ありがとうございました。
通り一辺倒の質疑応答の中、少し疑念が生まれ、これにて聴取は終了になりそうな雰囲気だったので
思い切って聞いてみた。
「ちなみに亡くなっていたのは女性だけですか?」
「女性だけとは?」
「いやお巡りさんの質問は女性が亡くなっていたような言い方で、ご遺体は1つだけだったのかな、と」
「なるほど、鋭いご質問ですね。
そうですね、女性の遺体が見つかりました。
今、一緒に住んでいた男性を捜索中です」
「そうだったんですね」
僕は、そこで赤ちゃんは?とは聞くことができなかった
その一言を言ってしまって変な誤解を与えても怖かったからだ

そして警察が僕の聞き込みを終え次の部屋への聞き込みに向かったので
改めて死人を確認しようと僕は7階へ向かった。

7階の部屋の前では管理人さんと警察官が外で話しており、
僕はそこに向かうと管理人さん「今日は大変でしたね」と声をかけた
「いやいや、落合さんから連絡がなかったらもっと発見が遅れてましたからね」
そんな会話をしながら、自分の足元に赤ちゃんがいることを確認したのだった。

警察の捜査も深夜になり、ひと段落したのか、
マンションは一時的に静けさを取り戻し、自分も一息つこうと、テレビをつけた。

そこで自分はようやく何が起きているのかを理解した。
「0時のニュースです。
昨日、A市N区の高層マンションで女性のご遺体が見つかりました。
遺体は死後1か月ほど経過しているものの、激しい暴行の跡が残っており、
警察は事件性が高いとして捜査を開始しています。

 また女性は妊娠しており、この女性と同居していた男性が行方をくらましていることから、
この女性との関係も含めて、情報の提供を求めています・・・。」

そうか、あの赤ちゃんは、まだ赤ちゃんではなかったのだ。
母の胎内で生まれることができなかった命
その無念の想いとはどれほどのものなのだろう。

僕のこれまでの人生において最も強い想いをその赤ちゃんが持っていたのだ。

それから数か月、定期的に7階に降りては、その赤ちゃんがまだそこに見えることを確認しては
頭を下げては、祈っていた。

そして僕は、この街を離れて東京に戻ってきた。
それから僕は、新しい死人を見ていない。

 

得点

評価者

怖さ鋭さ新しさユーモアさ意外さ合計
大赤見ノヴ171716151681
毛利嵩志151015101565
吉田猛々192020162095
合計5147514151241

 

書評:桂正和
すごく面白かったです、
設定が良い。
このお話で、伝えたい事が、
ラスト一行で集約されていますね。素晴らしいです。
残念な点は、怖さが少ない所と、ニュースを見るのくだりの前に、お腹の中の赤ちゃんなんだな、と、わかってしまう点でしょうか。
しかし、コレから生まれれてくる者の生きたいという思いが、最も強いのだ。というメッセージは、ささりました。

もし実話だとしたら、語り口を変えた方がいいかもしれません。

書評:毛利嵩志
幽霊とは似て非なる「死人」が見えるというルール、最後の意外なオチまで非常によくまとまっていました。今回読ませていただいたものの中ではベストのひとつでしょう。

書評:大赤見ノヴ
率直に文章力の高さに引き込まれました。聞く怪談とは違い読む怪談なので必然的に怖さや鋭さのポイントは上がりました。私も少しだけ霊感があり個人の能力の違いや霊力の強弱、霊との相性により見え方が違うと提唱しているので筆者の能力に非常に興味が湧きました。「念の1番強い死人(霊)が見え、上書きされていく」という特殊能力に基づき繰り広げられていく展開、そして最後に見た胎児の霊が1番強い念だったという締めくくり。うまいですね。 あとは能力的に筆者に死人(霊)が何も影響を及ぼさないので恐怖へのアプローチが出しにくいですね・・・うーん(笑)

書評:吉田猛々
人それぞれ見えるものには違いがある。どれが合っていてどれが間違っているではなく、その人に見えるもの、それがその人にとっての全て。まさにそんな感覚を地でいくようなお話。執着の強さで見えるものが変わるという中、「飛び降りた方ではなくそっちだったのか!」という意外さ、それに加えて内容の新しさはもちろん、無表情の赤ちゃんという怖さ。怒りでなく、無表情なのに執着はある、強い想いがある、とても印象に残る表現。更に未だにその赤ちゃんを上回る怨念のものはいないという、最後の一文。文章のまとまり、構成含めて痺れました!ものすごく好みです。