「命の罪」

投稿者:中岡いち

 

また、一日の始まり。

 ──……目が覚めなければ……もう終わりに出来るのに……

 毎朝、穂乃果はそんなことを思いながら目覚めた。
思えば、しばらく目覚めの良かった記憶がない。長い間あまりいい夢を見た覚えもない。もっとも覚えている夢といっても?子供?の出てくるものだけ。どうやらそれは自分の子供らしかった。しかも?自分の?といってもあくまで穂乃果の想像上の子供。
子供が欲しかった。
そして諦めた。
正直、今でも未練はある。
最初にそれが分かったのは結婚して二年程が経った頃。夫と共に子供を欲していた。それは間違いがなかった。だからこそ大きな病院の不妊科外来を訪れ、まず最初にカウンセリングと検査を受ける。
そして問題は穂乃果にあった。妊娠の可能性はゼロに近いということが告げられる。
それから離婚するまでのしばらくの記憶は曖昧だった。夫の実家と疎遠になったこと、夫が浮気をしたことだけは覚えている。
両親も身寄りもない穂乃果にとって、離婚後の就職活動は苦労の連続だった。懸命に生活費を稼がなければならない。数年の専業主婦の期間が問題だったとも最初は思ったが、どうやら理由はそれだけではなかったようだ。就職出来ても何に対しても積極性に欠け、従業員とも上手くやっていけない日々。職場で?自分の子供?の話をする従業員との話題についていけるはずもない。精神的に耐えかねて転職を繰り返す。

 そして気が付くと二六才。
生きるために辿り着いたのは小さな風俗店。
いつからか対人関係を築くのが苦手になっていた。結婚前はそんなことはなかったのに、今ではもはや人と接することが怖くなっているとも言えるだろう。それでも不思議と他の従業員が自分を受け入れてくれた。最初は怖い世界だと思っていたのに、不思議と長く、半年ほど続くこととなる。
経済的には何とか食べて行けるようになった。
それでも毎日、何かから隠れるように生き続ける。
その繰り返し。
それに慣れた頃、気が付くと、生きることが苦痛にも感じ始めていた。

 ──……どうして……生きなくちゃいけないんだろう……
──……子供が作れないなら、生物として不完全だ……
──…………自分の遺伝子を残すことが出来ないなら、生きていても意味がない……

 それでも?存在しなかった子供?の夢で目が覚める。
頭の中で作り出した子供。
流産の経験があるわけでもなく、中絶もしていない。
想像だけの存在。
男の子と女の子が欲しかった。
夫と一緒に名前も考えていた。
会えないなどと、そんなことを想像もしなかった頃があった。
子供たちに、会えると思っていた。
しかし、今は違う。
夢で会うほどに切なくなるだけ。
最近は夢以外でも見ることが増えた。
幻でしかない。
仕事中、買い物の途中、視界の端に微かに映る。はっきりとしないボヤけた姿。でも、あの子たちであることだけはなぜか分かった。それでもその理由は分からない。
怖くはなかった。むしろ、どこか温かさを感じた。
その日も視界の隅で子供たちが誘う。
休日、買い物という理由で行き先も決めずに歩いていた。

 ──……ここから飛び降りたら死ねるのかな……

 高いビルを見る度にそんなことを自然と思うようになっていた。
もうすぐ、雪が降り始める季節。
渡る冷たい空気が、気持ちのどこかをつつく季節。
住宅街の中にある小さな公園。その白いベンチに座って宙を仰ぎながら、頭に浮かぶのは自分の最後だけ。それでも怖さが勝る。

 ──……怖くなかったら……死ねるのかな……

 時間はまだ昼前。公園に自分以外の人影はない。
見えるのはいつものボヤけた子供たちだけ。
その姿はいつも一瞬。しっかりとその姿を見せてくれたことはない。それでも、すでに幻覚というには近すぎる存在。

 だから、戸惑った。

 その子は、確かにそこにいた。
はっきりとはしていない。何歳だろうか。小さな人の形をした白い影。
男の子に見えた。
背中を向け、数歩だけ。
そして振り返る。
無意識の内に穂乃果は立ち上がっていた。
そして数歩。
白い影も数歩。
そして振り返る。
ゆっくりと、距離が縮まった。
いつの間にか周囲の風景が変化していることになど、穂乃果が気付くはずもなかった。

 太い木が並ぶ。
穂乃果は腰までの草の中を歩いていた。
高い木々。
その無数の枝が作り出す幾多の影が時間を惑わす。
しかし穂乃果は歩き続けた。
促すように前を進む子供の影をゆっくりと追いかけるだけ。
いつの間にか、霧が周囲を包んでいた。
しかも進むに合わせるかのように深くなっていく。
それでも穂乃果は歩みを止めなかった。なぜか不安はない。恐怖もない。なぜか自分の置かれている状況に疑問を持つことすら想像しなかった。

 そして、目の前が開ける。
そこに広がるのは大きな日本家屋のような建物。
神社のようにも見えるその建物に、穂乃果はやっと足を止めていた。目の前に、いつの間にか子供はいない。自分がどうしてここにいるのかも理解が追いつかない。
ただ、幻想的なその光景に目を奪われていた。
そして、建物の前、霧の中に小さな人影。
地面に正座をしているその姿は女性のもの。白一色の和服。白装束というよりも白無垢。黒い髪は後ろで纏められているのか肩から下は見えない。そこに下がる白い肌の顔が際立った。
その中の細い目が地面を見つめる。
瞼とまつ毛に隠れ、目の色は見えなかった。
穂乃果は一歩も動けないまま。
ただ、その非現実的な光景にも、なぜか穂乃果は恐怖心を感じなかった。
やがて周囲を包むのは、冷たくも感じるような涼やかな声。
その静かな声が漂う。
「……普通の御人がここに入り込むなど、本来ならあり得ぬこと。森を見ることすら叶わぬはず」
その声の主は目の前の女性には違いなかったが、見た目の若さに比べて大人びて聞こえた。
どう返せばいいのか分からなかった。随分と落ち着き払った女性の声に、穂乃果は何かを返そうと唇を小さく動かすが、すぐには出てこない。
そして女性が繋げる。
「……何者かに、呼ばれましたか……」
その言葉に、やっと穂乃果が言葉を絞り出した。
「……いつの間にか……たまたま来ただけで……」
すると再びの女性の声が周囲に漂う。
「何か、意味はあるのでしょうね。総てがそういうものです……我々はそれに従うまで……」
ゆっくりと、穂乃果の意識が開け始めていた。少しずつ思考が回る。そして周囲の木々に視線を動かしながら再び口を開いた。
「……ここは……どこですか……? すいません……何も分からなくて……」
すると、目の前で視線を落とし続ける女性の口角が僅かに上がった。
そして小さく開く。
「ここは……?神無しの社?にございます。貴女様に分かりやすく言うなら……神社のような所でしょうか」

 ──……神社? 神社って神様のいる所なんじゃないの……?

「神社なのに……神様がいないってことですか……?」
その穂乃果の質問に対する返答は早かった。
「ここには神などおりません。我々の信仰する神は?命?そのもの……そしてその?神?は……産まれ……やがて、死にます……」
「……命……?」
穂乃果がその言葉に過剰に反応したことは事実。

 ──……私は……?命?を生み出せない女……

 そんな言葉が頭に浮かぶ。
それを掻き消すかのように女が言葉を繋いでいく。
「はい……貴女様の思う……女の産み落とす?命?そのものです」
何か、頭の中を見透かされているような、そんな感覚が穂乃果の全身を駆け巡った。そしてそれは何か気持ちの悪いものを伴っている。
女の顔が微かに上がる。
しかしまだ目は見えない。
そしてそれまでよりも僅かに強い声。
「そして貴女様がここに来られた理由に立ち返ります。それを必然とするならば、貴女様はどうしてここへ?」
「……ですから……私は……」
僅かながらだったが、何か責められているような圧力のようなものを感じ、穂乃果は体をこわばらせていた。何か悪いことをしたかのような感覚に囚われ、思考が右往左往することで次の言葉が出てこない。
しかしそれすらも見透かすのか、女の声は強めの口調のまま繋がる。
「以前にもおりました……いつの頃だったかは覚えておりませんが、一人、子供が欲しいと仰る方がここに迷い込まれて……」
「子供?」
「その方は、子を、授かることの出来ぬ御体でした。この社の役目は?命を創り出すこと?。それが出来る場所……私は必然を思い、その方に子を授けました。この社に出来ることはそのくらいですので……」

 ──……命を……創り出す……?

 しかしそう思った穂乃果の質問はなぜか違った。
「その人は……今は……」
「……はて、私には関わりのなき事。もしや貴女様も同じ必然かと思ったまでですよ」

 ──……命を……創り出せる……?

「……子を授けた……って……どういうことですか?」
やっと絞り出した。

 ──……そのために……私はここに……?

「貴女様がここにおられるということは……あの方と同じように……それを求めていらっしゃるということでしょうね」
女はそう言いながら、さらに口角を上げる。
そして大きくその口が開いた。
妖艶な声が空気を震わせ始める。
「よろしいですよ……奉納品さえ納めて頂ければ……」
「奉納品?」
「見返り無しに……?神?は手に入りません」
「それって……なんですか?」
「…………?胎児?を……」
血の気が引いた。
しかし、そのまま女の言葉が響く。
「妊娠……三ヶ月から六ヶ月…………それだけ用意して頂ければ……貴女様はすぐに受胎致します……」
思考が止まる。
女の言葉の意味を量りかねた。
何も返せないままに時間が過ぎる。
周囲に漂うのは女の声だけ。
「それだけですよ。他に貴女様がなさるべきことはございません。貴女様に限り、ここへの道は開けておきましょう。いつでも……お待ち致しておりますよ……」
目の前の霧が濃くなっていく。
それは瞬く間に穂乃果の視界を遮った。

 そして、あの公園で立ち尽くしたまま。
夢なのか、幻か。
思考することすら忘れて呆然とするだけ。
小さな感覚。降ろしていた指先に何かが触れた気がした。
視線を送った端に、白い影が一瞬だけ。
目で追いかけたその向こうには、あの社に行く前に座っていた白いベンチ。
やっと穂乃果はそこへ座り込んだ。途端に体の力が抜ける。とてもさっきの光景が現実だったとは思えないまま。
緊張と、少し遅れて湧き上がる恐怖。無意識に記憶を辿る。それなのに、なぜかあの女の顔が思い出せなかった。
唯一、はっきりと覚えていること。

 ?……奉納品を捧げれば……私は母親になれる……?

 ──……人を殺せって言うの? 出来るわけない……

 公園の出入り口。金網のフェンスの切れ間。
そこに白い影が立っていた。
今までよりも、少しだけ輪郭が分かるように見えた。見えなかったはずの表情がある。
女の子。それほど髪は長くない。
無表情のその目が、穂乃果を離れた位置から見つめていた。
やがて無意識に腰を浮かせた穂乃果を促すようにして白い影が歩き始める。縮まるか縮まらないかの距離感で、穂乃果は女の子を追いかけていた。自発的に足を動かしている感覚がない。まるで動かされているかのようだった。
そして女の子が立ち止まる。
振り返り、穂乃果に笑顔を見せると、ゆっくりと、消えた。
その消えた向こう。
?産婦人科?の文字が見えた。
小さな病院の入り口。

 ──……大きな病院よりも侵入しやすいのかな……?

 しかし、欲しているのは赤ん坊ではない。
胎児。
三ヶ月から六ヶ月。
探すのは、母親。
妊婦。
その妊婦を殺し、お腹の中の胎児を取り出さなければならない。

 ──……自分が母親になるために……これから母親になろうとしている妊婦を殺すの?

 ──……どうやって死体を隠す?

 その産婦人科の入り口から、幾人かのお腹の大きな妊婦が出入りしていた。
自然と穂乃果はその女性たちを目で追い始める。

 ──……あの人は大き過ぎる……六ヶ月過ぎてるかもしれない……

 ──……あの人はまだそんなに大きくないから、たぶん大丈夫……

 ──……どうやって殺す? 首を絞める? それとも刃物?

 ──……どうすればバレない……?

 ──……逮捕されたら……

 大きくなったお腹まで下ろしていた視線が、ふと、上がった。
無意識に、女性たちの表情を見据える。

 笑顔だった。
誰も、どの妊婦も、微笑んでいた。

 それから、再び公園のベンチに座るまでの記憶がなかった。

 ──……捧げられた胎児はどうなるんだろう……殺されるの? 私の子供のために?

 ──…………私が諦めたら……それで、終わり…………

 込み上げるものにすら気付かなかった。
いつの間にか涙が零れる。
頬を辿り、顎から胸元に落ちていく雫にも意識を配ることが出来ないまま。

 ──……こんな私に……生きる価値なんかない……

 ──…………死んでしまえば……悩むこともない……

 周囲が暗くなっていることに気が付いたのは、もうだいぶ歩いてからだった。
住宅街から繁華街へ。そして、いつしか周りには建物も少なくなり、やがて舗装されていたアスファルトの道路は土の感触を足の裏に伝えていた。
目的地があったわけではない。
ただ?最後の場所?を探していた。
足の疲れなど感じない。
恐怖すらもない。
迷いもない。

 ──……もう……嫌だ…………

 いつの間にか、視界を埋め尽くすのは大きな木々。
もはや道ですらない所を歩いていた。
視界が霞み始め、それが霧であることに気が付き、昼間の白昼夢を思い出す。

 ──……私はおかしくなってしまったのかな……

 そして足が止まった。
そこには、あの大きな建物。
やがて、霧に漂う声。
「……奉納品を……お持ちではありませんね……」
聞き間違うはずのない、あの女の声。その姿が少しずつ霧の中に浮き、その女の姿を穂乃果は見つめ続けた。やはり女は昼間と同じく地面に膝を降ろしたまま。
そして穂乃果がゆっくりと口を開いた。
「……もう……いいですよ……子供なんか……」
諦め。
むしろ蒸し返して欲しくなかった。
ここに来たくもなかった。
考えたくなかった。
「……子供なんかいりません……ここにはたまたま……」
穂乃果のその言葉を、女の声が遮る。
「子供を諦めたから……いらないのですか? それとも、妊婦を殺すことが怖いから諦めたのですか?」
その女の言葉に、穂乃果は僅かに苛立って返した。
「殺せるわけないじゃないですか……人なんか殺したことないし……」
「しかし貴女様は考えた……どうやって殺すか……」
「……でも、何も────」
「一度頭で思い浮かべたものは、それは貴女様の頭から一生離れることはないでしょう。そのことに対しての罪の意識は?罪悪感?ですか? それとも?罪を裁かれることの怖さ?ですか?」
どちらもあった。どうやって遺体を隠すかまで考えた。
女の声が続く。
「?罪悪感?だけではない……?恐怖心?もあったはず……」
何も返せずにいる穂乃果の耳に、それまで聞いたことのない音が聞こえた。
それが衣擦れの音であることに気が付いたのは、目の前の女が立ち上がったからに他ならない。静かに空気を擦るその音は、一寸も響かずに霧の中に消えるだけ。

 ──……怖い? 何が怖かったの?

 ──……殺すこと? 裁かれること?

 ──…………自分が…………死ぬこと?

「ちがう!」
穂乃果が、叫んでいた。
「違う! 私なんかのために誰かが犠牲になるなんておかしい……誰かを犠牲にしなきゃ手に入らない命なんて……そんなの?神様?なんかじゃない!」
立ち上がったまま、女は微動だにしていない。
何の動揺も示さないまま、穂乃果の次の言葉を待っていた。
その穂乃果の声は震え始める。
「……あんな幸せそうな人たち……殺せるわけがない……死んでいいのは私……私はあんなふうに…………笑えない……」
女が、僅かに顔を上げる。
女の目の色を、穂乃果は初めて見た。
黒い、吸い込まれるような目。
その目が静かに、濡れる穂乃果の目を見つめ、やがて女は口を開いた。
「時はすでに決まったようですね……総ては済んだこと……ここには過去も未来もありません。総ては同じところにあります。それで申すなら、私には貴女様のこれからも見える。しかしそれは好きに見ることの出来るものではありません。伝えてくれた方がおりました。貴女様に分かる言葉で伝えるなら、まだこの世に産まれておらぬ?命?です」
「……命……?」
無意識に応えた穂乃果は女性の言葉の真意をまるで理解出来なかった。
まるでそれに構わないかのように、女性は言葉を繋ぐ。
「我々にとっての?神?です。貴女様も……お会いになっているはず。その?神?が貴女様をここへ連れてきたのでしょう」

 ──…………あれ……?

「……お二人……?神?がおりますね……すでに貴女様と共におられます……今回も我々が授ける必要はなくなりました……」

 ──……二人…………

「貴女様は、もうここへ来ることはないでしょう」

 ──……男の子と……女の子……

「いずれ……お会い出来ますよ……もうすぐ……それまで、どうか御自愛を……?神?が待っておられます……」
女性の姿が薄くなっていく。
それに合わせるように霧が濃さを増す。
目の前の総てが消え入ろうとする時、その声は微かにだが穂乃果の耳に辿り着いた。
「……母上様と……同じでしたね……」

 なぜ、自分がそこにいるのか穂乃果には理解が出来なかった。
目の前が霧に包まれてから、一瞬だったのか、だいぶ時間が経ったのか、それすらも分からない。間違いないことはまだ夜だということだけ。
呆然と立ち尽くしたまま周囲に視線を配るが、そこが墓地であることは並んだ無数の墓石で理解出来た。
穂乃果がいたのは無縁仏用の共同墓地の前。決して大きな墓石ではない。墓地の一角にひっそりと用意された場所だった。無縁仏とはいえ、お寺が花と線香を絶やすことのない場所でもある。
そしてそこは、穂乃果の母の眠る場所。
身寄りのない母だった。もしかしたら遠い親戚くらいはいたのかもしれないが、少なくとも繋がりのある関係ではないのだろう。そして、行政のお陰でここに入れてもらうことが出来た。
だから、穂乃果も母に会いに来ることが出来る。
そんな場所だった。
しかし、離婚してから、もう何年も来ていない。
そんな場所だった。
母親が体を売っていたのを知ったのは、穂乃果が一二才の時。母が亡くなってから。葬儀の時。
いつも愛情を注いでくれた母だった。
そんな優しい母が、穂乃果は大好きだった。
墓石の前で腰を降ろした穂乃果は、ただ目をつぶり、手を合わせた。
「……また……来るね……お母さん」

 未来など誰にも分からない。

 ──……でも、また一日が始まる……

 

得点

評価者

怖さ鋭さ新しさユーモアさ意外さ合計
大赤見ノヴ151817141882
毛利嵩志551051540
吉田猛々182019151991
合計3843463452213

 

書評:毛利嵩志
小説調であるのは新鮮でした。子を産めない母という苦悩、人を殺せないという葛藤も良かったです。夢、子供の霊(?)、神のない神社、母の墓地という関連性をもう少しまとめられれば。

書評:大赤見ノヴ
文章から伝わる鋭さ。いわゆる、この世に未練がある幽霊に出会ってしまい取り憑かれるという様なオーソドックスとは一線を画す話。ありとあらゆるネガティブな心情が生々しく描かれており途中で何度も読むのをやめたくなりました。だからこそ何度も戻っては読むを繰り返しました。たぶんさらっと読んでしまうと分かりずらいかもしれないですが何度も読み込ませてしまう「力」があります。個人的に違う話、しかもパターンの違う話を読んでみたいなぁと思いました。やはりこの世に生まれる「出産」に関しての話は念が強いというか重さがありますね。

書評:吉田猛々
主人公である女性の心の葛藤や機微、それがダイレクトに伝わるお話でした。しかしそれだけに生々しく、とてもしっかりとその絶望感、落胆、諦念のような想いもこちらに伝わるだけに少し悲しくもなりましたが、ラストに一片の希望のようなものも感じる事ができ、思わず「頑張れ!」とエールを送りたくなりました。そんな風に思わせる、読者を没入させる文章力、「神無しの社」という奇異な存在、自己の幸せの為にはと奉納品を求める謎の女性、産婦人科での気持ちの綱引きのような筆致、冬の比喩に用いられる「気持ちのどこかをつつく季節」など、表現の用い方を含めて個人的にとても好みでした。