「好奇心の代償」

投稿者:クマ子

 

私が大学1年生のある夏の日、男友達のAから「芦屋の山奥にある、とても有名な心霊スポットに行こう!」と誘われて、男2名女2名で行く事になりました。
19時頃、芦屋駅でAの車に乗り込み、爆音で音楽をかけてテンション上げながら、霧が出てきた山道を走り始めました。
「ここの角を曲がったら、到着っ!!」
と、得意げにAがハンドルを切ると、千と千尋の冒頭に出てくる車止めのような石が、突然目の前に現れ、車が衝突しかけました…
「あれ~??おかしいな~いつもここ曲がったら、着くのになぁ?」
もう1人の男友達Bも何回か行っているようで、助手席で不可思議な表情を浮かべている…再度、道を戻り、気を取り直して車を発進させました。
「今度こそ、ここの角を曲がったら、到着っ!!えっ!?」
また、同じ石が現れる…
「いやいや!何回来てて、道間違えるねん!!」
女友達Cが怖い気持ちを紛らわすように、ツッコみを入れました…
再々度、道を戻り、車を発進。
「この家通り過ぎるやろ~ここの角を曲がったら…」
確認するかのように、Aがブツブツ言いながらハンドルを切る…
「えっ!?なんでやっ!?」
AとBが、同時に叫ぶ…
後部座席の私たちも前を覗き込むと、やはり石の車止めが、ヘッドライトに照らされている…
間違えようのない単純な道なのに、何かに来るなと忠告されているような気がして、車内は重苦しい雰囲気になっていました…
再々々度、同じ道を戻り、全く同じ道を車が走り出す…
顔面蒼白のAが怖さを紛らわすように大声で
「この家過ぎるやろ、この角を曲がるんや!」
と怒鳴りながら、必死でハンドルを切りました。
今度は木立が立ち並ぶ林道が、何故か更に濃く立ち込めてきた霧の暗闇へ、ずっと伸びていた…
4人とも、一緒に同じ道を曲がってきた事を確認していたので、ただただ困惑していました…
入り口の正面に立つと、右手に立ち入り禁止の看板が立っていて、金網のフェンスで囲まれていた。
神戸では一番の心霊スポットだったので、前に来た人たちが、入れるようにこじ開けただろう隙間から中に入って行きました。
いつもは若者が沢山居るはずなのに、この日は誰も来ていないようで、友人の息遣いが聞こえるんじゃないかと思うほど、静まり返っていました。
急にBが
「まじ怖い!今日、なんかおかしいって!建物の横に、でっかい顔があって、こっち睨んでる!無理やって!」
と、騒ぎ出しました…
私も見えてはいたのですが、お酒の勢いもあり、
「男の癖にギャーギャー言うなよ!!!せっかく来たし、中に入らない選択肢は無いわ~
ほんましょうもないなぁ!!!」
と、かなり強引に皆んなを建物へ連れて行きました。
半分朽ち果て、焼け落ちた建物の中に入ると、蒸し暑い夏の夜にも関わらず、冷蔵庫に入れられたように、異様な肌寒さを感じました。
辺りには、焼け焦げたカルテや資料が散らばり、建物のあちこちで水滴が落ちる音が響き渡り、その音の大小で、建物が思っているよりずっと奥まで続いている事がわかった…
流石に、私も怖くなってきたのですが、調子に乗って建物の中に入った手前、引き返すのを恥ずかしく思い、仕方なく建物を一周する事にしました。
異空間に入ったみたいに、静まりかえった廃墟…
怖過ぎて、私は何も見たく無かったので顔を上げられず、足元だけを見つめて進んで行きました。
皆んな、まるで義務を果たすように無言で一周。
途中、何を見ているのか、立ち止まるAを引きずりながら、兎に角、何も見ないように、足早に車に向かい始めました。
当時、霊感が強かった私は、母に持たされた小さな密閉袋に入った粗塩を、デニムのポケットに忍ばせていました。
心霊スポットに入る前まで、塩の袋をお尻のポケットに感じていたのに、今は膨らみを感じられず、無くしたんじゃないかと、確認の為にそれを取り出した。
「ひぃっっ!?」
全員が立ち止まって、私の持っている袋の中身に注目する…
硬く閉じられた袋の中に水が溜まっていて、塩を溶かしていた…
先頭を歩いていた私が、袋を水たまりに落としたり、雨の中を歩いたわけではないのを見ていた友人は、一瞬で異常事態を理解したようだった。
打ち合わせをしていたわけではないのですが、全員が直感で、”大声を出すとパニックになって動けなくなる”と思っていたようで、無言のまま全力疾走で車に逃げ込みました…
山を降りるまで、皆んな無言のまま、場違いなテンションの高い曲だけが、車内に鳴り響いていた…
4人はすぐ解散する気持ちになれず、Cの家がある明石まで送る事にしました。
すると私の携帯電話に非通知着信があり、ワンコールで切れました。
留守電に切り替わったようで、私はすぐに内容を確認すると声を上げてしました。
私「何これ!?」
皆んなが聞きたがったので、再度スピーカーにして確認しました。
”ラ~ララララ ラ~ラッラ~♪”
バッハの「メヌエット」が、電子音で延々と録音されていた…
BとCが口々に何だろう?と話し出した瞬間、Aが遮るように
「静かにっ!!最後まで聞いてみようや!!」と叫びました。
”ラ~ララララ ラ~ラッラ~♪ラ~ララララ ラ~ラッラ~♪ラ~ララララ♪ ラ~ララララ♪…………ギャー!!!!!!”
えっ!?
延々流れる曲の最後に、女性の叫び声が入っていた…
気持ち悪すぎて、呆然と携帯を眺めていると、今度は母から電話がありました。
「今どこ!?何時だと思ってるのっ??」
携帯から漏れる母の声に、慌てて時計を見て、また全員凍りつく…
19時に集合して、何回も同じ道をやり直して、廃病棟を競歩でまわって、どんなに時間がかかったとしても、21時にもなっていないと思っていたのに、時刻は深夜3時過ぎでした…
理解を超えた出来事に、誰も話を深く掘り下げる事が出来ず、大急ぎでCを送り届け、次に私も家まで送ってもらいました。
車を運転してくれていたAが、ちゃんと家まで帰れるか心配になり、彼が家に着くまで電話をしました。
話をしていると、どこかで音楽が聞こえ始めました…
Aの話を半分に、何の音なのか、どこから聞こえているのか聞き耳を立てていると、電子音のバッハの「メヌエット」が、私の家の廊下を行ったり来たりしているようでした…
何かが家の中を歩き回っている!?
Aも家に着いてしまったので、仕方なく電話を切り、”これは気のせいだ!!”と思い込んで寝る事にしました。
部屋の電気を消し、布団を被った。
その瞬間、耳元で爆音が…
”ラ~ララララ ラ~ラッラ~♪ラ~ララララ ラ~ラッラ~♪ラ~ララララ♪ ラ~ララララ♪”
っ!?
怖くて目が開けられない…
気付かないふりをして目を瞑ったまま、部屋の明かりとTVをつけ、家族が起きてくるのを待ちました…
翌日、同じ大学に通うCと、昨晩の出来事の擦り合わせをしたくて、一睡もせずに1限目から学校へ行き、他の友達も聞いてる中、昨日のあれは何だったのかを話し合いました。
Cは太腿に不可解な焦げた跡が現れ、どんどん濃くなっていました…
学校が終わってから、当時の彼氏に話を聞いてもらう為に会っていたら、ひっきりなしに私のメールと電話が鳴りました。
どれも似たような内容で、”私の携帯にもあの曲が入った!””私の彼氏の留守電にも、あの曲が入った!!””友達の友達にも、あの曲が入った!!”と、学校でこの話を聞いていた人達は勿論、私が連絡先も知らない、この話を又聞きで聞いた人達にまで、伝染し始めたのです…
デートどころじゃないわ…と帰っていると、Aからブチ切れて電話がかかってきました…「お前!!!いい加減にしろよ!!!あの曲、何で俺にまで、イタズラで入れてくるねん!!」
私は必死に、今まで彼氏に会っていて、そんなイタズラする暇もなかった事、昨晩Aと電話を切ってからの出来事、Cの異変、直接・間接問わず、この話を聞いた人達に同じ音楽が、何故か留守電に入ってしまい、大問題になっている事を全て報告して、なんとかわかってもらえました。
「怖い話してたら、怖くなってきたから、コンビニに行くまで、電話付き合ってや~」
とAに言われ、くだらない話をしながら、Aが車の鍵をとる音、家の室内ガレージに行く音が、電話の向こう側に聞こえていました。
何だか、沢山の人が周りで話しているようだったので、Aが気を遣って電話を切れないのかと思い、私は切り出しました。
「他に友達と一緒なら、私、邪魔だし、電話切るで~」
「いや、まじ独りやし、気持ち悪い事言うなや!!」
Aは半ギレになりながら、早足で車の所まで行き、車の扉が開く音がした瞬間
「ギャーーーッ!!!!」
大声で叫ぶ、沢山の人達の声が…
えっ!?
Aにも聞こえていたようで、慌てて車の扉を閉め、自分の部屋に走る音がする…
怖過ぎて、2人とも変なテンションになり、どうでもいい話を延々としました。
1時間くらいして、やっと気持ちが落ち着いてきたので事情を聞くと、私達と心霊スポットに行ってから、Aは独りであの場所へ、たった独りで、毎晩通っている事がわかりました。
例の心霊スポットのタブーとして、そこに落ちている書類を持ち帰ってはいけないと言う曰くがあるのですが、彼の車には拾ってきた資料が沢山乗っていると言い出したのです…「何してるねん!!もう二度と行ったらあかんで!!」
私は、何でAがそんな物を拾いに行っていたのか理解出来ないまま、必ず書類を捨てる約束をして、電話を切りました。

それから2ヶ月後、突然Bから電話をもらいました。
「クマ子、Aがどうなったか知ってる?Aは友達が多いんやけど、皆んなで止めているのに、隙を見て、あれからも独りで例の場所に行ったらしいねん…
たまにAから電話くれると思ったら、”今、Bが何してるか、オーラで当てれる”とか、意味不明な事言うてくる…
いよいようつ病と言う診断をくだされ、大学を退学してもうて、誰も音信不通やねん…」あんなに明るいAが、そんな事になっているなんて、とても信じられませんでした…
その後、私も何度も連絡をしましたが、Aと話す事は出来ず、疎遠になってしまいました。

心霊スポットに行ってから、私の家では、黒い影が廊下を彷徨うようになり、人間の足場なんてない2階の高い部分の磨りガラスに、人間の顔が張り付き、目が合うようになりました。
更には、窓や扉が閉まっているのに、開いているように景色が透けて見えて、顔や頭を酷く打ちつける事も増えました。
また、お盆の時期になると激しくなり、何語かわからない言葉で延々と話しかけてくる女性や、焼け焦げて皮膚が固まり、何かを訴えようと口を動かす度に、裂け目が溶岩のように赤く開いたり閉じたりしている、ゲートルを履いた日本兵等、人生で見た事の無い人達が、私の部屋を通り過ぎて行くようになりました…
あまりにも毎日、煩くて寝られないので、
「私は自分の人生を日々生きるのに精一杯で、世界の違う貴方達まで面倒見きれない
ましてや成仏させられる力も持ち合わせていないから、もう関わりを持ちたくないです」
と、気付くと部屋の中で叫んでしまいました…
それ以来、見る頻度はグッと減りました。
後に社会人になり、一人暮らしの為に家を出たのですが、未だにお盆の時期は、誰も居なくなった私の部屋で、沢山の人達の話し声やドタバタと音がしているそうです…

心霊スポットに行ってから2年後、いつものように家庭教師のバイトで、中3女子Dのお家へ行きました。
Dは、とても頭の良い子だったのですが、短時間しか集中が続かないので、要点だけを抑えて教えていました。
1学期の期末試験で、私が教える以前の点数の3倍になり、ご褒美に何故か”特別怖い話をして欲しい”とせがまれました…
私も見ることが減ってから、もうだいぶ時間が経過していたので、怪異は起こらないかと思い、良く頑張ったDに話す事にしました。
ワクワクしている表情のDに話している最中、蛍光灯がチカつき始めました…
「何っ!?これ何っ!?」怖がる、D…
次の瞬間、”????????????っ?”と、男性の大声が…
「ひゃぁっ!!今っ、私の左耳から右耳に、男の人が抜けて行ったっ!!」
”話始めてから、沢山の霊がDの周りに集まってきて、その中の一体である顔だけしかないおじさんが、左から右に通り抜けていくのが見えていたよ…”とは、とても言えませんでした…
後日、彼女も学校で話したのか、あの曲がDの友達の留守電に大流行したのは、言うまでもありません…

 

得点

評価者

怖さ鋭さ新しさユーモアさ意外さ合計点
毛利嵩志15151510560
大赤見ノヴ161514161677
吉田猛々171615161478
合計4846444235215

 

書評:毛利嵩志
考察と言うにも大きな筋道のない怪異の数々が凝縮して起こるような話で、そういう意味ではまとまってないのですが、逆にそのカオスっぷりを評価したいと思います。

書評:大赤見ノヴ
伝染する系の話、しかも継続しているので怖いのですが作品として見るとやはり構成の仕方など工夫が必要です。キーワードになっているメヌエットが効果的に表現できていれば・・・まぁ体験談を投稿して頂いたという形なので仕方ないでのですが私個人としては共感できる部分が非常にありましてもっと高得点をつけたく、もどかしかったです。

書評:吉田猛々
いわゆる伝染系というか、メヌエットを聞くと何かが起こるのでないか?と身構えてしまうような怪談でした。体験談としての雰囲気がとてもよく伝わる中にも、色々な幽霊を総称して「人生で見た事の無い人達」という個性的な表現も好印象でしたね。欲を言えば語尾の止めに丁寧体と普通体が混じる部分が散見されたので、統一するとなおよかったのかな?と感じました。