「家族」

投稿者:takamiya

 

俺、現在40代半ば、オッサンだ。
今まで誰にも話してない話を書く。
誰かに言ってもどうせ信じてくれないだろうし、人に話す様な内容じゃないから、ずっと黙ってたけど、思うところがあって、投稿した。
単なる個人的な備忘録だから、文章的には雑なところもあると思う。
興味があればひまつぶし程度に読んでくれればいい。

俺には2つ下の弟がいた。
今はもういない。
その弟にまつわる話だ。
当時、俺の家族は母さんと親父、弟と俺の四人家族だった。
俺が中学1年の年の出来事だから、もう30年以上も前になるのか。
今まで、あえて考えない様にしていたから、改めて思い起こすと、随分と時間が経ってしまった。
その年の夏休み、家族四人で、実家がある千葉の北西部から、南房総に旅行に行った時の事。
親父は元々自衛隊に勤めていて、途中で辞めて会社員になった。
それなりの年齢で自衛隊から、縁もゆかりもない職務内容の会社に転職したもんだから、今にして思えば、当時はだいぶ貧乏してたとと思う。
まぁそんなもんだから、旅行なんて言っても、有名テーマパークだとか、離島だとか、ましてや海外なんて、行ったことがなかった。
友達があそこに行ったとか、どこそこに泊まったとか聞いたら、やっぱり俺も行きたいから、だいぶ駄々をこねてたよ。
あの頃、両親には、ワガママ言いっぱなしで、悪い事したなと思ってる。
で、南房総の海岸線沿いにある旅館に泊まった翌日、帰りがてらドライブしてる途中、親父が、ちょっと離れてるけど、日本軍が使っていた遺跡みたいなモンがあるって言うんで寄る事になったんだ。
最初は、早く帰ってゲームをしたかったんだけど、「洞窟探検できるぞ」って親父が言うもんだから、俺もちょっと乗り気になってた。
車で小一時間ぐらい走った先、そこは、日本軍が隠れて作戦指揮をとったりする用に作ったっていう、山をくり抜いた、でかいトンネルだった。
受付でヘルメットをもらって中に入る。
トンネルの中は、外の暑さとうって変わって、ヒンヤリとはしてたけど、ジメッとしてる上に、こもった空気独特の、なんとなく嫌な雰囲気がしてた。
進んでいくと、ゲームの洞窟みたいに分岐幾つかあって、行っては戻り、戻っては行く、みたいな場所だった。
トンネル自体もところどころ手彫りみたいになってて、中にいろんな部屋も掘ってあって、ドアもついている部屋や、大きな広場風の空間もあった。
部屋前に設置してある説明の看板には、【隊長室】とか【風呂場】とか書いてあったのを覚えてる。
そこで、はしゃいでた弟が、一瞬だけど、迷子になった。
まぁ、小さい子供だから、普段入る事ない洞窟みたいな場所で、楽しくなって走り回ってたら、入り組んだ道を間違えて迷子になったみたい。
言っても、そんな本格的な洞窟じゃないから、両親が手分けして探したら、すぐ見つかったんだけどね。
で、全部回って何事もなく帰宅。
思えば、弟がおかしくなったのはその日からだと思う。
それから弟は、たびたび、部屋の一点を見つめて、ぼーっとする様になった。
後で聞いた事だけど、夜中寝てたと思ったら、突然立ち上がり、なんだかよく分からない事?言葉?をぶつぶつ言うこともあったらしい。
ある日、決定的な事件が起こった。
季節は変わって、秋口の頃だ、弟が行方不明になった。
警察に連絡して捜索。
一週間程して、警察から保護したと連絡が入った。
見つかった場所は、あのトンネルの付近だったらしい。
トンネルがある山付近を、夜中何人か連れでウロウロしているのを、パトロールしていた警察が見つけてくれたそうだ。
警官が、そいつらを怪しく思って職務質問しようとしたら、弟を連れていた奴らが、弟を残して山の中に逃げて行ったらしい。
今、そこの近くの病院に入院させていて、誘拐事件に切り替えてとして捜査しますって言う事だったけど、そんなことより、弟が大変な事になってたんだ。
家族三人で病院に着くなり、病室に入る前に医者から説明された。
細かい説明は忘れたけど、要は、ショックで、放心状態になっている、と言う事だった。
病室に入ると、弟は横になっていたが、眼は見開かれて、何処にも焦点は合っていない。
俺たちの呼び掛けにも全く無反応だった。
退院してからも病院に何回も連れて行ったけど、全然弟は治らなかった。
親父は、怪談や心霊画像なんかを見るのが趣味で、そこで繋がった霊能者みたいな人が何人かいた。
弟を家に連れ帰ると、その人達に連絡してた。
藁にもすがる思いだったんだろう。
親父が連絡した人達は、大体同じ事を言っていたらしい。
神様仏様にうかがった、やら、リーディングやら、なんだかんだしてもらったが、結果は一緒だった。
弟は魅入られてしまった。
弟についているのはタチの悪い悪霊で、元は軍人の霊だったが、年を経るに連れて近くの悪いものと徐々に結びついていき、怨念のかたまりとなった。
本来あのトンネルは単なる観光スポットで、心霊スポットではなかったそうなんだけど、たまたま怨霊がそこにいた時、偶然そこにいた弟に目をつけただけ。
弟は完全に魅入られていて、魂はもう、怨霊と同化しており、払うことは出来ない。
成仏はしない、しようともしない。
いろんな場所を徘徊しながら、偶然ソコにいて、目についた魂を喰うだけの存在らしい。
弟が完全に取り込まれてしまうのも、そう遠くない、と。
これも運命だ、と。
その頃、親父と母さんは毎晩の様に喧嘩してたな。
俺は親の喧嘩が怖くて、自分の部屋に逃げ込んでいたが、言い争いの声は聞こえていた。
「◯◯(弟の名前)がこんな事になったのは、お父さんがあんなトコに連れて行ったからよ」って、大体こんな内容を毎晩聞いていた。
ある晩、部屋で寝ていると、変な音がうるさくて目が覚めてしまった。
けっして大きくはないが、ハッキリと耳に入ってくる様な音。
喧嘩の声とは違う、ブーツが砂利を踏む様な音だった。
それも一人じゃない、大勢だ。
無数の足音が窓の近くを歩いている。
俺の部屋は2階で、家の周りに砂利はない。
する訳のない音が、ありえない場所から聞こえてくる。
俺は怖くて布団を頭まで被って小さくなって震えていた。
足音はなおも近づいてくる。
どうにもできずに固まっていると、足音に混ざって、「チガウ、チガウ、チガウ」って、大勢のヤツが、くちぐちに発している声が聞こえた気がした。
すると足音が遠ざかっていったが、向かった先は、両親と弟が寝ている寝室の方向だった。
と、同時にそっちの部屋が騒がしくなった。
しきりに弟の名前を呼ぶ両親の声だった。
俺は布団を飛び出して、両親の寝室のドアを開けた。
そこには、ゆらゆらと揺れながら立っている弟。
弟の名前を叫びながら、弟を抑え込んでいる両親。
弟は両親を引きずりながら窓の方へ進んでいく。
いや、進んでるんじゃ無くて、足が全く動いてなかったから、吸い込まれていってるんだ。
その間、弟は「コイ、コイ、コイ、コイ、コイ」と呟いていた。
それも、いろんな声で。
親父は弟を必死で抑えながら、誰かに電話したかと思うと、スマホを窓に向けた。
するとスマホから、お経の様な声が聞こえてきた。
弟が、窓にベッタリと張り付くぐらいまで進んだ時、やっと止まって、ばったりと倒れ込んだ。
「コイコイコイ」って声も、お経もやんでいた。
俺は怖くて怖くて、そこから一歩も動けずに、一部始終を見る事しかできなかったよ。
両親が弟に抱きついてわんわん泣いていると、スマホから霊能者?の女性の声が聞こえてきた。
「◯◯さん(親父の名前)、どうですか?」
親父も母さんも、ありがとうございます、ありがとうございます、て連呼してたけど、霊能者の声が遮った。
「残念ですが、今回のこれが精一杯です。以前も言いましたが、お子さんの魂はアレと完全に同化しています。また引き止めようとすれば、私もそうですが、◯◯さんも諸共に飲み込まれてしまいます。本当にすみませんが、これ以上出来る事はありません、すみません」
電話は切れた。
頼みの綱も切れた感覚だった。
せっかく弟が助かったと思いきや、天国から地獄だ。
その夜はみんなで一緒に寝た。
弟は何事もなかった様に、静かに寝息を立てている。
ずっと変わらない家族の日常が流れていくであろうはずだったのに、誰になんと言われても、これから崩れていくなんて、想像する事も出来なかった。
翌朝。
弟がいなくなっていた。
親父も。
母親は何も語らなかった。
俺も何も聞かなかった。
母親は元々恰幅のいい方だったけど、どんどん痩せていってガリガリになりながらも、俺を育ててくれる姿を見ていたから、何年経っても聞くのは忍びなかった。
親父と弟は交通事故かなんかで死んだと思う様にした。
高3の頃だったか、あのトンネルへふらっと一人で行った事がある。
なぜ行ったのかは自分でもよく分からない。
大学受験を控えてのストレスもあったのかもしれない。
母さんにはバイトへ行くと言って朝一から出かけた
電車を乗り継いで2時間ぐらい。
トンネルの受付で、あの時と同じくヘルメットをもらう。
平日だから、中は俺以外誰もいない。
家族四人でここを歩いた記憶はほぼ薄れていたがなんとなく覚えている。
進んでいくと、誰もいないと思っていたが、前方に親子連れがいた。
男の子とそのお父さんらしい二人組だった。
手を繋いで歩いている。
反射的に見ない様に顔を背けてしまった。
この親子からじゃなく、自分の記憶から目を背けたのかもしれない。
気にしない様に歩いていたが、どうも視線の様なものを感じてその方向を向いてしまった。
視線の先にはさっきの親子がいた。
だがこちらに背を向けて、ゆっくりと先に進んでいく。
でも背中から俺の様子を見ている感じがするんだ。
気がするだけだと自分に言い聞かせて進んでいく。
あの親子とは距離を保ちながら。
親子が曲がって脇道へ入っていった。
曲がって行ったんだが、進む前に一瞬止まってから歩き出した。
直感だけど、俺を誘っている様に感じたんだ、ついてこい、と。
俺も何気なくついて行ってしまった。
俺が角を曲がると、親子がまた曲がるところだった。
やはり俺を待っている様な気がする。
ついて行く。
やっぱり俺を待っているのか。
親子がまた角を曲がった。
ついて行こうとして、親子が曲がったところを曲がろうとした時だった。
壁だった。
曲がり角なんてなかった。
おかしいと思って、そこの前後を見渡したが、やはり真っ直ぐな通路が続くだけだった。
もう一度あの親子が曲がったと思わしき場所を見てみると、他の壁には無い小さな穴が空いていた。
腕が入るぐらいの大きさの穴だ。
その穴の中を覗いてみると、何かあった。
手に取ってみると、大人用の腕時計と、子供用の小さな手袋。
記憶がフラッシュバックする。
時計は親父がつけていたものだ。
自衛隊時代からつけていたらしく、ぶつけても壊れないタイプのヤツで、小さい頃、たまに借りて着けていた事があった。
手袋にも見覚えがある。
青地に、手の甲に黄色いライン、片方の人差し指の根本には、補修した跡がある。
引っ張って千切れそうになったのを、母親が縫って直してくれたものだ。
俺のお気に入りの手袋で、弟がお古として使っていたものだった。
だけど郷愁なんて感じなかった。
何故かただただ怒りが湧いてきて、次の瞬間、床に叩きつけた。
それからすぐトンネルを出た。
もうあの親子の姿を見る事はなかった。
大学受験のストレスのせいで、変なモノを見たんだと思う、今でもそう思う様にしてる。
そんな事があったが、母さんには言ってない。
小学生の頃、俺のテストの結果が悪くて、弟の方は良かった時、こっちはしこたま怒られて、弟は褒められるモンだから、親父に弟の方が好きなのか尋ねたことがあった。
思春期のちょっとした嫉妬心だろうな。
親父と弟がいなくなってから、母さんは女手一つで育ててくれて、大学まで入れてくれた。
家は拍車をかけて貧乏になったけど、俺も微々たるもんだが母さんを支えたつもり。
幸い、高校の友達は、学年の成績トップランカーが何人かいたから、とにかく勉強のやり方を聞いて、寝る時間削ってがむしゃらに勉強とバイト。
おかげで国立大学に入学して、それと同時に一人暮らしを始めた。
これまでの話の細かなところは、家を出る時に、母親に聞いた事だ。
俺なりのケジメのつもりだったのかもしれない。
以来、実家には帰ってない。
母親が嫌いだった訳じゃない。
むしろ感謝しかない。
電話は年に何度かしてる。
30才手前で結婚した時に、母さんに来てもらって顔を見たのが、家を出てからこの一回こっきり。
あの家に足を向ける気は、どうしてもならなかった。
母さんがいた、親父がいた、弟がいた、家族四人がいたあの家。
貧乏だったけど、しこたま怒られたけど、みんながいた記憶のある家。
みんながいたはずだったあの家。
母さんには悪いけど、みんながいた想い出が辛くて、逃げ出したんだ。
今年、親父と同い年になった。
思春期真っ盛りの長男と、やんちゃな次男坊もいる。
俺も子供があんな状況になったら同じ事をするんだろうか。
親父、教えてくれ。
生きている俺たちよりも弟の方が大事だったのか。
弟をあんなにしてしまった事の罪滅ぼしのつもりだったのか。
いや。
そんなことより、頑張ってくれた母さんに一言、謝りに来い。

 

得点

評価者

怖さ鋭さ新しさユーモアさ意外さ合計点
毛利嵩志151510101565
大赤見ノヴ151616161578
吉田猛々181615151781
合計4847414147224

 

書評:毛利嵩志
ちょっとした肝試しから、家族が崩壊していくさまを切々と綴ったものです。曲がり角のくだりでは、ふたりとの糸が切れた感じがよく出ていました。

書評:大赤見ノヴ
とにかく文章が上手い。それ故にリアルな怖さが薄れてしまっている気がするんです。文章がうますぎるので弟が何故軍人に魅入られたのか不明なことが浮いてるんです。いや、浮いてて良いんですよ本当は。怪談なんだから。あとタイトルが家族なので意外性も欲しいですね。ただ文章と構成力はずば抜けているので突き抜けた怖さ、期待してます!

書評:吉田猛々
理不尽ですよね、交通事故のような怨霊との遭遇譚。こういった話を聞くたびに心霊スポットとされる場所の怖さ、いや、これに至っては観光スポットであり、歴史のある場所は表裏一体なんだなと自戒させられます。「これからどうなる?」と、思わず夢中で読み進めてしまいました。訴えかけるような文中の口調もこのお話的に功を奏していたと思います。