「天国と地獄」

投稿者:落合ちゃん

 

これは僕が、まだいわゆる裏社会側の人間だった時の話です。
多くは語れませんが僕は「ホサ」と呼ばれる地位にいて、
ゴタゴタが起きたあとの解決や、後処理を担当していました。

まぁ、解決といっても、その世界の人間なので、
金で解決できれば良いのですが、金で解決できない場合は、まぁそういうこともしていたと
ご想像いただければと思います。

そして、立場的に自分で手を汚すことは少なく、
基本的に自分用の兵隊(部下)を抱えていたので、彼らをうまく動かしてシノギを行っていました。

今から話すのは、その兵隊にいた、Aという外国人の話です。
一応、どこの国で、どの宗教で、どの民族かということに関しての詳細な明言は避けておきますが、
これはAと僕らとの宗教観の違いが生んだ話です。
Aが信じている宗教では、僕らが恐怖を感じる幽霊といったたぐいのものは存在しません。
Aが言うには
「死んだ人間は苦しみの無い世界へ旅立つので、生前どれだけ苦しい想いをしても死ねば全て幸せになる」
らしく、僕らが恐怖を感じる、
この世への未練からの恨みや、死んで人を呪う、呪いが人を殺す、
といった呪いという概念も理解できないのです。
ただ、その話を聞いたときに、それなら自殺すれば良いんじゃないか?
と聞いたところ、
「ホサ、みんな生まれたときから、それぞれ運命は決められているんです
 自分で自分を殺すのは、運命に逆らう行動。
 だから、それだけは許されないのです。」

そんなAだからこそ、兵隊としては優秀でした。
僕らが持つ宗教観や倫理観ではストップしてしまうようなことも、
躊躇なく、振り切ることができるのです。
「お前、自殺はダメなのに、拷問や殺しは余裕なのな」
「ホサ、ここでこういう目に合うのは彼らの運命なのです。
 だから、ボクは少しでも彼らが幸せになれるように、
 確実に殺してるんです。
 そう、彼らは僕に殺される運命だったのだからしょうがないじゃないですか」
そうやって笑いながら作業をこなすAを見て、
他の兵隊たちはどうしても引いてしまい、中には、途中で嘔吐するものもいるほどの
所業を繰り返していました。

今思えば、僕もどこか狂ってたんだと思います。
そんなAが頼もしく、何かあれば全てAに任せておけば大丈夫、
自分の出世のためには、今のシノギをしっかりとこなそう、
このシノギを行っていれば、僕に依頼してきた彼らの弱みも握ったも同然、
これをもとに依頼主を脅せばさらに絞れるな、ぐらいの気持ちでいました。

しばらくした後、Aが眼医者に行きたいと言い出しました。
とはいえAの戸籍なんて、どっかで自分が手に入れてあげて、
どんなことが記載しているか忘れたぐらいの、いい加減なものなので、
まともな病院になんて行けたものではありません。
ただAがあまりにも「おかしんです」と言うので知り合いの医者を手配することにしました。

ただ、その前に、どんな症状なのか確認したところ、
最近、やたら眼がかすむというのです
「ホサ、ボクの目、おかしいんです。
 目をこすってもこすってもモヤみたいなものが見えるんです。」
仕事のしすぎで疲れてるんだろう、
もしくは、嫌な話だが血を浴びる機会が多いので
目に入ってしまって細菌性の結膜炎にでもなったんだろう、と
タカをくくっていました。

そして手配した医者にAを見て貰いました。
「落合ホサ、Aさん、私も目は専門ではないんのと、検査器具もないのでわからないですが、
 充血も見られないし、眼球運動や、マブタ付近の皮膚にも異常は見られないですね」
「そ、そんなわけないです。
 今も、変なモヤが見えてます」
「と、言いましても、私が見る限りは正常なので
 やはり気になるなら、ちゃんとした病院で検査してもらうしかないですね」
「そんな、そんな」
医者の診断にはっきりと落ち込むA

「A、気を落とすな、最近、根詰めて仕事してたからな、きっと疲れてるんだよ
 どうしてもっていうなら、どっかの病院にカシ作ってる奴いるかもしれないから、
 そこから当たってみてやるよ。
 先生もすいませんね。専門ではないのに見て貰って
 ついでと言ってはなんですが、検査できる病院のあても探しておいて貰えませんかね。
 あの件、これで終わったと思ってませんよね」
「はい・・・」

「ありがとうございます、ホサ。
 ホサはやっぱり頼りになります。」

 まだ僕に使われることに肩を落としながら帰る医者を見送っていると
「ホサ、1つお願いがあります」
とAが話しかけてきました。
「なんだ。お願いって」
「ボクの部族では、弱った部分を治すために、その弱った部分と同じものを食べると良い
 っていう、治療法があるんですが、それをやっても宜しいでしょうか」
「やってもいいって、いったい、どうしたいんだ」
「解体する前に、目を貰えればと思いまして」
Aがどうしたいかが瞬時にわかり、脳内にその光景が浮かんだ僕は
「A、お前、、、ダメだ、ダメだ、それだけはダメだ。」
とAを止めました。
「A、お前の国の風習というか、そういう治療法があるかもしれないが、
 ここは日本なんだ、俺もお前も、俺の部下たちも、確かに一線を越えてることはしているし
 日本では許されないことをしてきている。
 だけど、お前のやろうとしている行為は、日本の価値観では人間としてやってはいけないことなんだ。」
さんざん、悪魔の所業を繰り返していた僕らだが、
やはりAがやろうしている行為は許すことはできなかった。

その一線を越えなかったからこそ、僕はまだ人としてシャバにいられるのかもしれない。

それから、数日の休暇を取らせ、ゆっくり休んで戻ってきたAは
目の異常を訴えることもなく普通の日常、いつも通りの仕事をしているかのように見えた。
いや、むしろ前以上に嬉々としてというより、鬼気として仕事をしているように見えた。

「A、最近すごい頑張っているらしいな
 この間、あそこの口の堅い秘書、ゲロらせたらしいな。
 オヤジも、カシラも普段、あんまり褒めない人だけど
 滅茶苦茶ほめてたぞ。」
「ホサ、自分なんかまだまだです。」
「どうやったんだ?」
「前に、ホサがやってた、あの手を真似しただけです。
 ホサみたく、上手く立ち回れなかったので、少し手荒になってしまいましたが」
「お前の、その少し手荒が怖いんだよな」
「そんな、そんな、ちょっと・・・」
「いや、昼の飯前にお前の手口聞いたら食欲失せるわ」
そんな、物騒に聞こえるかもしれないが、まぁ僕らにとっての日常会話をしていました。

しばらくすると、僕は金融と土地開発でのでかいシノギがあり、
その仕切りを僕の上司であるカシラから任されたため、
これまでの荒事(あらごと)系の仕事からはいったん離れて、仕切りに集中するようになりました。
僕としてはAを含め、他の部下たちも、多少無茶してしまうことがあれど、
そんな毎日、毎日、荒事が起きるわけでもないので自分がいなくても大丈夫だろうと、
暫くは僕に報告だけでいいから、それぞれの判断で仕事をしてくれ、決断が必要だったら、
キョウダイに任せたからと、腹心の部下(キョウダイ)に兵隊を預けました。

半年ほど経ち、自分のシノギもでかい結果を得て、会社にかなり大きな利益をもたらすことができ、
また、それまでのシノギもキョウダイやA達がきっちりこなしていたので
ついに社長的な立場であるオヤジとカシラから、キョウダイをホサに出世させ、
自分は支店長である組をもって自分の部下の一部を連れて、
その組の長にならないか、という話になったのです。
僕は、その話をありがたくいただき、組開きの準備を始めました。
ちなみに、オヤジに対して、キョウダイや部下たちは、一部なんですか?
俺ら全員、ホサについていきたいんですけど、
といって、オヤジに「バカ野郎」と本気で怒られる一幕もあり、
カシラから、お前は人心掌握に長けてるな、女にモテないだけでチクリとされましたが。。。

そんな、順風満帆な日々を過ごしていたある日、
Aとよく仕事をする部下が僕のところにやってきました。
「ホサ、いや、オヤジ、ちょっといいですか?」
「いや、いや、まだオヤジじゃないし、
 お前を連れて行くかは決まってないだろう」
「そんなぁ、俺、ホサのためにしっかり働いてるじゃないですか。
 そんなことは置いておいて、ホサ、最近Aと話しましたか?」
「そういやAの奴、昔はよく報告に来てたのに、
 最近は朝の挨拶や部屋詰めのときに掃除しにくるだけだなぁ。
 どうした、仕事サボってたりするのか」
「いや。きっちり仕事はしてます。ですが・・・」
「ですが・・・。ってなんなんだ。はっきり言え」
「Aの奴。仕事はしてるんですが、
 違います、これは、違います
 おかしいです。おかしいです。
 とか、ブツブツ言いながら手を動かしてるんですよ。
 元気がないというか、おかしいというか、なんかちょっと雰囲気が異常で。
 とにかく声かけてみてくれませんか」
「そりゃ、気になるなぁ。わかった、ちょっとAと話してみるか」
「ホサ、よろしくお願いします。
 ホサには申し訳ないですが、正直、俺はAほどは振り切れないので
 今回はキレイに取れた、これで大丈夫です、
 とかAが呟いたときなんか、ゾッとしましたもん。」
「そりゃ、しょうがないさ。
 Aの価値観だからできるってことお前もさんざん見てきただろう」
「はい、そうですね」

そして僕はAを呼び出しました。
「ホサ、急に呼び出してどうしました。」
「おう、回りくどいのはごめんだから、ストレートに聞くぞ、
 A、お前、最近、ぶつぶつ言いながら仕事してるらしいな。
 一体、どうしたんだ。」
「ホサ、実は目が変なんです」
「目が変?
 お前、あの時のまだ治ってなかったのか?」
「はい・・・、あの時より悪化してるんです。」
「悪化?そりゃ、お前早く言えよ、検査の手配すぐしてやる。
 その前に、一体、どんな症状なんだ。聞かせてくれ」

するとAは「ホサ、すいません。すいません。」
ポロポロと涙を流し始めました。

「ホサ、おかしいんです。
 ホサの顔を見ていると、その顔がこの間処分を頼まれた〇〇に見えるんです。
 朝、カシラやオヤジさんを見ていると、カシラの顔やオヤジさんの顔がその前に処分した〇〇なんです。
 そして、昨日も処分していると、その処分しているものが
 「お前が憎い。お前が憎い」と語りかけてくるんです。
 そしたら、視界が真っ赤に染まって、周りの皆さんの顔がこれまでに、
 片づけた人の顔になっているんです。」

Aは肩を震わせながら、自分の手を血が出るんじゃないかというぐらい拳を握り固めていた。

「夜眠る時も、ベッドの上で体が動かせなくなって、
 呼吸もできないほど苦しいのに、眼だけが開いていて、
 視界には、〇〇を脅すときに拉致して動画を撮影した、
 あの時の女がボクの上に乗っていて
 殺してやる、殺してやる、と叫んでいるんです。」

「おい、A大丈夫か!」
Aの様子に思わず叫ぶ。

「朝起きたと思ったらまだ夜明け前で、尋常じゃない汗を書いていたので
 シャワーを浴びようと思ったら、そのシャワーから血のように赤い真っ赤な水が出てきて、
 風呂場の鏡にはボクじゃない誰かが自分を見つめて笑ってるんです」

「おい、A、しっかりしろ」

僕は、Aの独白を聞いて、
これまでにAが行っていた所業によって、Aが怨霊に取りつかれてしまい、
Aを狂わせているのではないか、そんなことが脳裏によぎりました。
これまでAは日本の宗教観とは違う立場だったからこそ、振り切った仕事ができていました。
それが、僕らやキョウダイその他の部下たちと交わることで、徐々に日本に染まり、
日本の価値観を覚え、日本の心霊現象などを特集するYOUTUBEやテレビなどに触れることで、
それまでは気づいていなかった、認識できていなかった現象を、
認識してしまい、その恐怖に怯えている、そんな風に思えました。

しかし、Aは、僕に恐るべき一言を僕に語ったのです。
僕は、その一言で、自分の所業やこれまでの仕事に対して、
償っても償いきれない罪を抱えて、引退を決意しました。

Aは悲しみの涙ではありませんでした
苦しんでもいませんでした。
狂ってもいませんでした。
Aは正常に自分の価値観、宗教観で生きていたのです。

「ボクが、ちゃんと殺さなかったから、運命通りに殺さなかったから
 彼らはちゃんと天国へ行けなかったんですね。
 自分の仕事の下手さに怒りがこみ上げてきます。
 そして、皆さんに申し訳ないです。
 ホサ、もっともっと仕事を回してください。
 組長になれば、もっともっと仕事できますよね。
 ボク、もっともっとうまくなります。
 次は必ず、天国へ送ってあげます。
 そうすれば、きっとこの目に見えている、
 死んで暗い顔している皆さんが
 ボクのことを笑顔で迎えてくれるようになるはずです。
 天国に行けたよ、ありがとうって。」

 

得点

評価者

怖さ鋭さ新しさユーモアさ意外さ合計点
毛利嵩志101510101560
大赤見ノヴ161617171682
吉田猛々171618161885
合計4347454349227

 

書評:毛利嵩志
黒い業種の人が取り憑かれていく、という話は珍しくありませんが、その仕事の形態も(気持ち悪くならない程度に)描写しているのがいいです。終盤の意外性も◎。

書評:大赤見ノヴ
冒頭から裏社会雰囲気満載で文章が脳内で映像変換されました。そこに他国の幽霊という存在の有無が絡みラストまでワクワクしながら見れました。なんですか…最後のAの言ってること…狂気ですよ。この方の文章も読みやすかったです。

書評:吉田猛々
他国の異文化に触れ、曲解し壊れていく人間。終始裏社会を覗き見しているような、どこか背徳感のある内容でした。信じたものがある人は強い、ラストの一文などは寒気がしました。宗教観の違いというテーマは珍しく、とても興味深いなと思いました。