私は都内某ファミレスで店長をしています。
ファミレスという場所は、24時間さまざまな人が出入りし、滞在する場所です。
だからというわけか、職場でも不思議な体験をしたことが何度かありました。
約20年前、まだ入社したばかりでヒラの社員だった私は、ヘルプ要因としてさまざまな店舗で人手の足らない時間帯を担当していました。
その店は、直近で人員配置に変更があり、癖のある店長に変わったことでアルバイトがごっそりと辞めてしまい、深夜帯を1人で回す、いわゆるワンオペ状態です。
12月初旬でクリスマスメニューが始まる時期だったと記憶しています。
駅から少し距離のある、街道沿いのお店、22時から深夜1時までの忙しい時間帯のあとは、閉店となる深夜3時まで来客はほとんどありません。
次の日のスタンバイや店内清掃が主な業務で、マイペースに働けるとても気楽な店舗でした。
その日、閉店時間の深夜3時を過ぎ、入口の扉も閉め、一通りの掃除を終えました。
ゴミを両手に抱えて、店舗の裏口からゴミ捨てに向かいます。
駐車場のすみ、ライトが届くか届かないかくらいの薄暗いゴミ捨て場に行くと、ごみ捨て用のコンテナの近くに人影が見えました。
その店舗は、コンビニの2階にあり、1階と2階で、駐車場とゴミ捨て場をシェアしていました。私の知らない人物がいてもおかしくはありません。
その店舗にヘルプに行くようになってから数日、深夜の時間帯に人を見ることがなかったため、少し不審には思いましたが、早く仕事を終えたかった私は、無視してさっさとゴミを捨ててしまおうと思いました。
それは真っ黒なスーツを着た男性で、身長170センチくらいの、平均的な成人男性くらいの背格好でしたが、異様に頭が大きくゆらゆらと揺れています。
ゴミを捨てるために、やむを得なく近づくと子どものような幼い顔立ちをしており、それなのに、老人のようなシワがある、まるで映画AKIRAに出てくる異形の存在のような顔をしていたのです。
その人物のアンバランスさと微かな薄明かりが相まって、とても奇妙な風景でした。
「これは関わってはいけない…そもそも、あれは本当に人なのか?」さまざまな疑問が頭に浮かびましたが、とにかく今はやり過ごすことが先決だと、完全に無視を決めこんで、足早にゴミを捨ると、踵を返し足早に店舗へと向かいました。
急いで裏口の鍵を締め、控室の椅子に座り水を飲んで、なんとか少し落ち着きました。
「あれはなんだったんだ?人間なのか…?いや、そういう病気の可能性もあるし…でも、深夜にあんなところに直立してる時点で不審者ではあるよな…」
考えてみても埒があかないのは分かりつつも、状況理解することもできず、混乱は続いていました。
「カンッ!」
突然、裏口の外から金属を叩くような音が鳴りました。
ビクッと、一気に鳥肌が立ちます。
寒さで階段がなってるだけだろ…と思いつつも、再び外に出て確認する勇気はありません。
家に帰ることすら怖かったので、店のワインを一杯飲んで、客席のソファーで朝を待つことにしました。
眠りに落ちる間にも、一定の感覚でカンッ…カンッ…となり続けていたように思います。
翌朝、パートの西さんに起こされまました。
彼女はモーニングからランチの時間帯のキッチン担当で、女手ひとつで中学生の息子さんを育てる40代のシングルマザーです。
サッパリした性格で、ノリも良く、関わり合いの少ない深夜とモーニングという時間帯同士でも、たまに顔を合わせると、新しい店長の愚痴を笑い話として話していました。
「どうしたの?昨日忙しかった?」
「いやぁー、なんか変な人がいて、帰りそびれちゃったんですよね…」
「なにそれ、なんか面白そうな話じゃない」
西さんはそういって控え室に向かいました。
眠気覚ましにコーヒーでも飲もうかと、ドリンクバーコーナーのコーヒーマシンの電源を入れ、お湯ができるのを待っていました。
「いやだ、なにこれ!?」
突然、控室から声が聞こえてきました。
「何かありました?」
控室を覗いてみると、西さんが裏口を扉を開け地面を見ています。
「ちょっとやだ、もー。なんか、控え室が臭かったから換気しようとしたらさ、見てよこれ」
そこにはたくさんの羽虫が死んでいました。
裏口を開けてすぐのところ、直径30センチくらい範囲にびっしりと、常夜灯があるので、夏の時期に数匹死んでいることはあります。しかし、今は12月、羽虫が繁殖している時期ですらありません。
「なんすかね…これ…」
「まぁ、とりあえず片付けておかないとダメよね…」
「俺やっておきますよ、もうオープン準備しないとですよね?」
「あー、そうだね…悪いけどお願い!食材のスタンバイが少ないと店長に嫌味言われちゃう」
箒とチリトリで羽虫をかき集め、小さなコンビニのビニール袋に捨てました。
「ゴミ箱に捨てるのも気持ち悪いよな…」
裏口からゴミ捨て場を見てみると、人がいるようには見えません。
改めて周囲を確認する意味も込めて、ゴミ捨て場に捨てに向かいました。
控え室から裏口の扉を出て、鉄骨製の階段を下るとコンビニの裏手に降りられます。そこから建物を背に車3台分くらい歩いた所にゴミ捨て場はありました。
燃えるゴミのコンテナが2つ、その隣に燃えないゴミのコンテナ。薄汚れてはいるものの、ある程度手入れされている、なんの変哲もない景色でした。
「うーん…何も無いようだし、とりあえず帰るか…」
寝不足で頭も回らないし、考えても答えが出るわけでもありません。
なにより、これから出勤してくる店長に捕まっても面倒なので、その日は大人しく帰ることにしました。今夜は奴が現れませんように…それだけ願っていました。
19時に出社すると、すぐにディナータイムです。
ラッシュと呼ばれる混雑した時間帯なので、着替えて手を洗ったら、すぐにホールに入ります。
アルバイトの子達に指示を出しつつ、お客様に料理を運んだり、食器を下げたりしていると、すぐに時間が経ってしまいます。21時ごろからはキッチンに入り、オーダーをこなしつつ、次のラッシュのために食材のスタンバイを行います。
「ちょっと聞いてよ、あの人マジでヤバいって」
30代で舞台役者をしているホール担当の沢城さんが、料理を提供する中窓からキッチンの私に話しかけてきました。
元 OLだったらしく、安心感のある働きをしてくれる一方で、噂好きで店の情報を全て握っているような人物でした。
正直あまり関わりたくなかったのですが、年下の私は弟みたいで話しやすいそうで、愚痴や噂の聞き役になっていました。
「店長、たぶんお酒飲みながら営業してんですけど、ヤバくない?」
「えっ、飲んでるところ見たんですか?」
「いや明らかにお酒くさいんだよ!あれじゃお客さんにバレるのも時間の問題だって…」
「それは、ヤバいですね…今度、店長にそれとなく聞いてみますよ…」
「そんなこと言って、君、店長のこと避けてるでしょ?」
したり顔で言われてしまいました。
「いや、店長はモーニングからディナー前まで、俺はディナーからナイトまでなので入れ違いなんですよ。まずは西さんに店長の様子を聞いてみますよ」
「あっ、誤魔化したでしょ。西さんって、モーニングの西さん?あの人、昔は霊感少女のフシギちゃんだったらしいよ。なんか意外だよね」
「そうなんですか?!ってゆーか、何でそんなこと知ってるんですか?」
「私の姉が西さんと小中学校で同級生だったらしくて、わりと有名だったみたいよ」
明るくさっぱりした性格の西さんと、霊感少女のフシギちゃん、あまり想像がつきませんでしたが、深夜に出てきたアイツのことを相談してみようかと思いました。
あの事について、ひとりで悶々としていた私は、こういう心霊めいたことを話せる相手がいることだけで、少しほっとしたような気持ちになったのです。
その日の深夜帯は、たくさんの来客がありました。
気がついたら4時半。ワンオペ営業のため必要な食材スタンバイもできず、掃除も最低限しかできませんでした。疲労で眠気が限界だったため、仮眠して早朝から作業をすることにしました。
2時間ほど仮眠して6時半、うっすらと空が明るくなり始めていました。
「ゴミ捨てに行くか…」
昨日のことかあったため、後回しにしていたのですが、明け方になってくれば少し安心感も出てきます。両手いっぱいにゴミ袋を持ち、なんとかドアノブを回し、扉を体で押し開け外に出たところ何か硬くて薄いものを踏み割ったような感触がありました。
抱えていたゴミ袋を置いて足元を確認してみると、そこにはムカデやマミキリムシのような甲虫がびっしりと死んでいたのです。
「うわぁ!」
思わず足をあげて、後退りしました。
羽虫が大量に死んでいた次の日に、同じ場所に甲虫。そんな偶然はありえるでしょうか?
嫌がらせされるような心当たりもありませんでした。深夜に遭遇した、あの人物以外には。
「おはようございまーす。あれ、また帰れなかったの??」
「おはようございます…あの、これ…」
「えぇ!?なによこれ…もしかして、嫌がらせかしら?」
昨夜の営業の忙しさと相まって、ひどく疲れ果ててしまい、吐き出すように言葉が漏れました。
「あのー…終わるの待つんで、話聞いてもらえませんか…?」
駅の近くにある漫画喫茶で時間を潰し、バイトが終わるのを待ちました。
15時になると駅前の珈琲店に入り、西さんを待ちます。
「ごめんね、遅くなっちゃった」
「いえ、こちらこそお時間いただいてすいません」
私は、あの日の夜のことを西さんに話しました。
「その話…冗談とかじゃ…ないよね?」
「本当なんですって」
「じゃあ、その人が嫌がらせしてるってこと?」
「それは分からないですけど…」
「とにかく証拠を集めないと何もできなくない?店長には話した?」
「いや、言ってないです…頭おかしいとか言われて終わりだと思います…駐車場に幽霊が出る噂とか聞いたことないですか?」
「そんなの聞いたことないよ。えっと…幽霊とか信じるタイプ?」
「…西さん、霊感あるんですよね?何かわかるかなと思って…」
一瞬、顔が曇ったような気がしました。
「その話、誰から聞いたの?」
「ディナーの沢城さんのお姉さんが、西さんと同級生だって…噂で…」
「あぁ、沢城ちゃんか…」
西さんは突然、机に突っ伏して頭を抱えました。
「恥ずかしい…あれは今でいう厨二病だよ、女子は誰だって魔術とか呪いにハマる時期があるんだって!男の子が龍の財布とか買っちゃうのと同じ」
西さんの発言をきいて、妙に腑に落ちた気がしました。
「あ…それかも…」
「え?」
「呪い…かも…」
「呪い…
超自然的または魔術的な力を用いて、特定の個人や場所、物に害を及ぼすことを意図した言葉や儀式のことを指す。呪いは、不幸、病気、災難などの形でその効果が現れると信じられている…
だって」
西さんが携帯で調べた内容を読み上げています。
「本気で信じてるの?」
「…でも、2日連続で同じ場所に虫が偶然大量に死んでるなんて、常識では考えられないですよ」
「そうだけど…やっぱり店長に相談してみない?今夜も続くようなら、監視カメラで確認した方が良いよ」
「確かに、どうして死んでるのかは気になりますね…。ちょっと、これから電気屋で監視カメラを見てきます!」
「えっと、あんまり寝てないようだけど、大丈夫??」
「まだ若いんで大丈夫です!ありがとうございました」
何か言いたげたな西さんを残して、さっそく駅近くの大型の電気店に向かいました。
今から監視カメラの設置を手配したら、設置までに1か月は掛かってしまいます。
そもそも、経費にうるさい店長がそんなことに経費をかけるとは思えませんでした。
当時は、今のようにネットワークカメラのようなものは無く、監視カメラとなると配線を使った工事も必要でした。一方、ビデオカメラの値段は、一番安いものを探せば3-4万円程度。薄給の私には痛い出費ですが、背に腹は変えられません。
ディナーのバイト達が帰宅し、客足もまばらになってくる深夜1時すぎ、タイミングを見計らって、カメラを設置しました。
普段はキッチンのバックヤードにある、食材搬入用のコンテナを階段の踊り場に移動し、箱の中にカメラを入れ、隙間から撮影ができるようにしました。
深夜のため明るさが少し心配でしたが、裏口の扉の上に設定してある裸電球をつけておけば、なんとか明るさは確保できそうです。店舗営業が終わる3時から朝まで、バッテリーやテープが持つのか不安はありましたが、あとは祈るしかありません。
その日の深夜は、2時ごろから妙に客足は好調でした。ドリンクバーが多いかったので売り上げはさほどでしたが、入店が絶えず満員御礼となる盛況ぶりです。
店の締め作業と最低限の掃除を終えて5時、眠気と疲労でふらふらになりつつ、客席のソファで倒れるように眠りにつきました。
「ちょっと、起きて!」
肩を叩かれ、おぼろげな意識がだんだんはっきりしてきました。
「もう何日帰ってないの?そんなに忙しかった?」
「あぁ、はい、入店がずっと続いて…」
「カメラはどうしたの?ゴミ捨ては?」
「あ…確認してきます」
ゴミの収集時間は7時なので、まだ少し余裕があるはずでしたが、外の様子を早く確認したい気持ちがあり、急いで控え室に向かいました。
ただ、扉を開ける前から、なんとなく嫌な予感がしていました。
裏口の下の隙間から、小さな虫が何匹か入り込んでいるのです。疲労と睡眠不足、寝起きで動いたこともあり少し吐き気がしてきます。
意を決して扉を開けると、そこには3匹のドブネズミが内臓を食われた状態で死んでいました。
小さな血溜まりの中には、ウジやハエがうねっています。
込み上げてくる胃酸をなんとかこらえ、急いで扉を閉めると、体の力が抜けてへたり込んでしまいました。
床に手をつくと、扉の隙間から入り込んできた虫が、手の上を這ってきます。
まるで体中にまとわりついてくるような錯覚に陥り、思わずトイレに駆け込みました。
「ちょっと大丈夫?」
西さんが水を持って来てくれました。
「これ飲んで、とりあえず吐いちゃいなさい」
「すいません…」
「子供いるとね、こういう対応なんてしょっちゅうだから気にしないで」
胃の中がからっぽになると少し落ち着き、水でうがいをしてから控え室に戻りました。
しかし、疲労と眠気でぼんやりとした感覚が抜けません。
キッチンで食材の仕込みをしていた西さんが、控え室に顔を出しました。
「オープンは少し遅れるかもしれないけど、あとは私がやっておくから、しばらく寝てなさいよ。何日も仮眠しか取れてないんじゃない?」
「すんません…ありがとうございます…」
控え室の机に突っ伏すような体勢になり、目をつぶりました。
「とりあえずビデオを確認しないと…」
「その前に食材の発注量足りるかな?あとおしぼりの補充しなきゃ…」
そんなことを考えながら、次第に意識は薄れていきました。
バンッ
頭を書類で叩かれた衝撃で目が覚めました。
「おいー、なに寝てんだよ」
見上げると店長が立っていました。元アメフト部で身長が高く、ガタイも良くて、肌は浅黒い。声は大きく、言動は粗暴。やたら小突いたり、肩を組んだりしてくる、いかにも体育会という風体で、とにかく私が苦手とするタイプでした。
中村店長は寝ぼけ眼の私を見下ろしてニヤついています。
(なるべく顔を合わせないようにしてたのに失敗した…)
「ちょうど良かったよ、聞きたいことがあるんだよ」
店長は隣にどかっと座ってから、ぐっと距離を詰めてきます。
「おとといの深夜なんだけどさ、入店数に対して、売り上げが低すぎるだよな。
監視カメラで店内の様子も見たんだけど、ノイズが凄くて確認できなかったんだよ…
突然深夜帯の客数が急に増えてるのも気になるし…」
「なんか変な小細工とかしてないよな?」
深夜の状況を聞きもしないで、いきなり疑ってかかってくる…
自分は全部みえてると思っているのか、なんの確認もせず、勝手に持論をぶつけてくる感じが本当に苦手でした。
「いや、何もしてないですよ、そんな方法あるのかも知らないですし、メリットもないですよね?」
「まぁ、良いんだけどさ…ちゃんとやる事やってくれてれば、悪いようにはしねぇからさ…
とりあえず、監視カメラは修理依頼出しておくからな」
(まだ、疑ってるのかよ…)
「店長〜、深夜が忙しいなら、私は入りましょうか?4時くらいからなら今夜から入れますよ」
キッチンから西さんがやってきて、助け舟を出しに来てくれた。
「まぁ、あの入店数なら2人いた方が良いし、深夜の状況も気になるしな…」
ちらりとこちらを見てきます。すると、入店を知らせるチャイムが鳴り、店長は条件反射で立ち上がります。
「じゃ、西さんのシフトは後で変えておきますね」
そう言い残すと、さっそうとフロアに出て行きました。
「西さん、いいんですか?」
「さすがに心配になるよ、そんなボロボロの状態で深夜にひとりなんて…それに息子が来年受験だからもう少し稼ぎたいのよね」
「カメラはカバンに入れておいたけと…今夜一緒に見てみましょう」
撮影の内容は気になりましたが、ひとりで確認する勇気はありませんでした。
「なんか、巻き込んじゃったみたいですんません。本当にありがとうございます。」
「いいから、いいから、早く帰って寝なさい」
そうはいっても、一人暮らしの部屋に帰っても熟睡できる気がせず、漫画喫茶の雑音に紛れて浅い眠りにつきました。その日の夜も、相変わらずたくさんの入店がありました。
4時になって西さんが出社、オーダーは少ないので翌日に使う食材をスタンバイしています。
それだけでも本当に助かりました。
「私、手が空いてきたから下げものだけでもやろうか?」
「あっ、お願いできると助かります」
当時のドリンクバーはグラスを店員が渡す仕組みだったので、地味に手が取られてしまい、かなかな手が空きません。
少し落ち着いたタイミングで西さんが
「休憩入っちゃいなよ。私もフロア覚えたいから、1人でやってみたいのよね」
「すいません、じゃあお言葉に甘えて休憩入りますね」
休憩に入ると、控室にはお香が炊いてありました。少し妙には感じましたが、当時は紙タバコを控室で吸っていた時代だったので、煙があること自体は問題ありません。
「西さんかな?前から控室がタバコ臭くて嫌だって言ってたもんな…」
30分ほど休憩して戻ると、すっかり客が引いており、店内にお客様は誰もいませんでした。
「入店止まったし、早めに閉め作業してビデオ見てみようか」
深夜5時、控室で並んでハンディカメラの画面を開いて確認します。
3時から仕掛けているので早送りにして様子をみると、薄暗いながら、なんとか確認できそうな画質でした。
4時まで確認したが何も起こりません。5時になってもまだ、5時30分になってようやく動きが出てきました。
しだいに映像にノイズが多くなってきます。
そして、画面の端から陰が動いているのが見えました。
「やっぱり…あいつだ…」
頭の大きな、子供の顔をしたスーツ男がゆっくりと階段を上がってきます。
バランスが取れないのか、頭を大きく揺らして、ふらふらと歩きにくそうにしています。
その姿がさらに奇妙さを際立たせていました。
例の場所に立ち止まると、一定周期で足で床を叩き、タン…タン…と鳴らしています。すると、おもむろにカバンから生きたネズミを取り出し、腹を食いちぎり死骸を足元にボトンと落としています。
その映像を見て、思わず胃酸がこみ上げてきました。
「前に言ってたやつって、これってことだよね…これは、幽霊とかお化けって言いたくなるね…」
それは、不気味な光景なのに、どこか儀式のようにも見えました。
「あのさ…言いたくないんだけど…もう少しで、昨日のこの時間になるよ。今日もこれがくるなら、そろそろなんじゃないかな…」
カンッ…カンッ…
体がビクッと思わず反応しました。
恐怖と言うよりは、血の気が引いてしまい鳥肌が止まりません…
今、まさに奴が外にいる、そして、また何かを殺しているのです。
何が目的なんだ、、、なにがしたいんだ、、、
どうして、俺なんだ、、、ただ、深夜にすれ違っただけなのに、、、
「気に入られちゃったんだね」
「えっ?」
「なんで自分が…そう思ってるでしょ?呪いとか穢れっててそういうもんだよ」
「西さん?」
ガサガサとした音が聞こえてきます。そして、何かが暴れるような音も。今まさに、何かがころされて、食われているのです。
すると、断末魔のような声が聞こえてきました。
思わずカメラを落としてドアの方を見ます。
「次は、、猫みたいだね、、、」
西さんがそう呟きました。
「何で、そんなに冷静なんですか・・・?」
ドサッ…
「終わったんじゃないかな?」
西さんはすくっと立ち上がると裏口を開けようとノブを握りました。私は思わず、腕を掴んで止めます。
「なにやってるんですか!?危ないですよ」
「大丈夫だよ、気配も無くなったし」
「はぁ??」
私の腕を振り切って、西さんが扉を開けた
「やっぱり…」
昨日ネズミが死んでいた場所に、2匹の猫が死んでいました。前日と同様、内臓が食われ血溜まりが出来てます。
「かわいそうに…天国に行けると良いね」
西さんは猫だったモノの前にしゃがみこむと、なにか粉のようなものをふりかけています。
私はグロテスクな光景に、思わず目をそらしつつ、その後に立ちました。
「私ね、本当に霊感少女だったんだ。他人には見えないものが見えたから、そのせいで人間関係とも大変だったの。
自分でも対策をするために魔除けとか除霊とかいろいろ勉強してたら、周りからそう呼ばれちゃって、さらに距離を置かれたりしてね…
子供を生んだら不思議とそういうのがなくなったんだ、まぁ、実際ふたりで生きていくのに必死だから、そんな余裕もなかったんだけど
でもね、嗅覚だけは残ったみたいでさ、霊とか不穏な感じが匂いで感じるんだ。だから、羽虫が死んでた日から、おかしなことが起きてるのは分かったんだ」
突然の告白に理解がなかなか追いつかきませんでした。
(なに言ってるのだ、この人…)
「ま、まじっすか、、、」
間の抜けた返事が可笑しかったのか、西さんはフッ…と鼻でわらった
「あのさ…だんだん死ぬものが大きくなってない?」
「えっ…」
確かにそうだ、、、羽虫、甲虫、ねずみに猫…
じゃあ、明日は?明後日は?
思わず、自分がここで死んでいる情景を想像してしまいました。
「私は、今日でここを辞めるわ。君も早く逃げたほうが良いよ、君も少し臭うから…」
「そんな…いきなり辞めるなんで困りますよ!それに、逃げるって言ったって、俺がやめたらお店が回らないですし」
立ち上がった西さんは、呆れたような表情でした。
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ?」
「いや、でも、早くこれ片付けないと営業にも支障がでますし…」
西さんはじっと私の顔をみています。
「そうか、もう憑かれちゃったんだね」
そういうと西さんは私の肩をトンと押し、階段から突き落としました。突然、体勢を崩して視界がぐるぐると回り、気付いたら身体中に痛みが走りました。
身動きが取れず、視界も徐々に狭くなっていきます。
気がつくと、私は病院にいました。
さ
「お、目が覚めたか…」
そこには、私が尊敬していたエリアマネジャーの吉野さんがいました。
「たいぶ疲れてたみたいだな、怪我は骨折くらいだけど過労と睡眠不足でしらばく入院だそうだ」
「えっと…」
「あぁ、覚えてないのか。階段から落ちたところをパートの西さんが発見して、救急車を手配して、本部まで連絡してくれたよ。」
「あの、店は?」
「それが大変だったんだよ
お前が怪我した日に、中村店長が代わりに深夜営業したんだけど、酒飲みながら営業したみたいでさ、裏口の外で吐いて、倒れてるところを俺が見つけたんだよ。
売上のプレッシャーを酒でごまかしてたんだろうけど、若いのにだいぶ内蔵がやられてるみたいで、あいつも入院してる。
バイトやパートさんたちも動揺してるし、しばらくは俺が店長代理で入るけど、店の売上も振るってないから、改装してリニューアルってのが現実的かな」
「そうなんですね‥」
西さんは、私をアレから逃すためにわざと私に怪我をさせたのでしょう。その後は二度と会うことはできず、確認もできないですが、私はそう信じています。
店長はその後、肝機能に障がいは残ったものの、命には問題なく退院したそうです。
私が遭遇したアレはなんだったのか、全く検討もつきませんが、今思うと、幽霊のたぐいというよりは、触れてはいけない穢れや祟りのような存在だったのだと思います。
その後、幸いにも店舗から異動となり、それ以来、あの店に関わることはありません。
これが私が経験した不思議な経験でした。