「ご協力お願いいたします」

投稿者:あきら

 

この話は、性質上、下記の事前準備がすべてできる方だけが読んでください。
 また、事前準備をする・この話を読む際には、「その後に起こりうる一連の・あらゆる事象」に関して筆者には一切の責任が生じないことに同意したものとします。
 上記に了承いただける方のみ、この先へ進んでください。

 事前準備の確認をお願いします。

①玄関土間に、靴を一足だけ置く。小上がりのすぐ傍ではなく、土間の中央に、かかとが玄関扉へ・爪先が室内へ向くように。靴の種類は問わないが、白色が望ましい。

②仏花を靴の上に置く。

③玄関の下駄箱(無い場合は小さな机や棚などを代用し玄関に置く)の上に、丸盆を置く。

④丸盆の上に白い紙を敷く。盃(無い場合はコップ可)のなかに少量の水を入れ、白い紙の上に置く。

⑤室内の扉は、すべて閉める。

⑥先端の尖ったものがある場合は、引き出しの中など目につかない場所へ仕舞う。

⑦あなたがいる部屋の中で、可能であれば線香や御香を焚く。

 準備は以上です。すべての工程を終えた方のみ、夜になったら続きを読んでください。

 昔話をします。この話のはじまりの舞台は、百年以上前のとある山間の集落です。山の木々に埋もれるように存在したその集落に、100人近くが住んでいました。自給自足と言えば今でこそ聞こえは良いけれど、雪も多く、獣害と戦いながらの農業が中心のこの地域での暮らしは、楽ではありません。

 閉鎖的で、娯楽も少なく、毎日が単調な集落。そんな場所で起きることは想像に容易いかもしれません。いったいどのようにして、そんな日々を耐えたのか。
 村八分にされるリスクを負って暴力的に鬱憤を晴らすよりも、村民たちはひっそりと暗黙の了承のうえで、村民同士の交わりで毎日の退屈やストレスを紛らわせたそうです。

 当然「夫ではない相手との子」「未婚で・父親不明の子」を妊娠する女性が出てきます。しかし誰も不貞を咎めることはなく、その家の貴重な労働力として、大切に産み育てられます。
 ――はじめの内は。こんなことを数十年繰り返せば、集落内の血が濃くなるのは当然のことでした。次第に、何かしらの不自由を伴って生まれてくる子供が増え始めたのです。(現在でも一度濃くなった血の影響は続いており、この山の麓に存在する地域は”他と比べて類をみないほど”そういった方たちが多く生まれ、暮らしていらっしゃいます。)

 集落の皆がその事実に気づき始めたころ、誰も口にはしないけれど、「夫との子」以外の妊娠は、判明したらすぐ堕胎させるのが決まりになりました。不自由を抱えた子供たちは、労働力にならないばかりかただでさえ慎ましい生活を圧迫する存在になると、村民たちは考えたからです。

 当然現代の価値観では考えられない、許されない事です。しかし当時の山奥の集落では、そんな倫理は育まれていませんでした。
 忌まわしいこの慣習ができた頃には、水子たちは形だけの供養をされていましたが、ひとり、ふたり、さんにん……と繰り返すうちに、数を数えることも弔われることもなくなりました。

 かわいそうな赤子たちが数え切れぬほど葬られ、愚かな大人たちが罪に麻痺するころ。集落のなかで長を務める⬜︎⬜︎家の、長女〈鞠子・まりこ〉の妊娠が発覚しました。それ自体は、倫理を欠いた集落の中では珍しいニュースではありません。しかし、これがのちに続く大きく長い災いの始まりになったのです。

 詳しくは伏せますが、当時の堕胎術というのは当然、お粗末でそしておぞましく、ひどい苦痛を伴うものでした。長の娘として大切に育てられた鞠子にとってそれは耐え難く、途中で拒否して、堕胎術は失敗に終わります。――大きくなる胎を誰にも止めることはできず、かくして父親不明の、鞠子の赤子は生まれました。

 出産を手伝った村の女性たちは、奇形の子供を何度も見たことがありました。しかし鞠子の赤子を見た瞬間、多くの者が叫び、失神するものまで居たと言います。堕胎術は失敗していましたが、それは深く胎児を傷つけ、異形となって生まれさせてしまったのです。

 恐ろしがって誰も近づけない、その異形の嬰児は、それでも懸命に息をしていました。
 それを抱かされた鞠子は、自身が堕胎を絶え抜けなかったことよりも、堕胎術を受けてしまったことをひどく悔いたそうです。
 その後すぐに、人目を避けて座敷牢のような場所に親子ふたりで閉じ込められましたが、鞠子はどれだけ短命でもこの子を大切に育てようと、誓ったといいます。

 鞠子の父である集落の長は、生まれた赤子のあまりの異形さを嫌悪しながらも、「すぐ死ぬだろう」とたかを括っていました。集落中の噂になっている鞠子の子が死んだら、ほとぼりが冷めたころに鞠子も外に出してやろうと。
 しかし、鞠子のまるで償いのような甲斐甲斐しい世話のおかげか、それともこれまで葬られてきた水子たちの念が力を貸したのか、その男の子は4歳になりました。

 膝は捻れたように歪んで、足は枯れ枝のように細くひしゃげていますが、ゆらゆらと立つことも、ズルズルと歩くこともできました。そして、鞠子を「かあか」と呼ぶかすれた言葉だけ喋れました。

 柔らかい地獄のようなその部屋の中と、運ばれてくる食事と、鞠子だけがあの子の世界でしたから、あの子にとっては幸福な日々だったのかもしれません。しかし、外の世界と普通の暮らしを知っている鞠子にとっては、狂わんばかりの毎日であったことでしょう。
 そんな彼女の心を支えたのは、いつ消えてしまってもおかしくなかった自分の子供がこうして成長してくれたこと。そして、「いつの日か人並みの幸せを得たい――結婚して、夫となる人と子を育てて――叶うならこの子も長生きしてくれ皆で暮らしたい」と、そんな些細な願いだけを拠り所にしていました。

 しかし。離れの座敷牢で慎ましくそれでも懸命に生きるふたりを余所に、「すぐ死ぬだろう」という目論見の外れた長は、いよいよふたりを疎ましく感じます。未だにヒソヒソと噂の的になることが耐え難く、とうとう娘もろともあの異形を消してしまおうと考えます。

 ある日から、座敷牢の小さな窓から一日に2回運ばれてきた食事が、届かなくなりました。鞠子もあの子も飢え、数日後に、鞠子に限界が来ました。

「お前を、こんな地獄に産み落として、悪かったなあ、悪かったなあ、愚かなカカを許してくれ。怨んでいい。お前は私も父も村の者も仏さまもぜんぶを怨んでいい」

 そう言い残して死んだ鞠子の傍に座り込んでいた幼いあの子は、一体いくらほどその言葉の意味とこの理不尽を理解できたでしょう。

 ふた月ちかく座敷牢を放置して、長はやっと、誰も寄せ付けなかったその離れへと近づきました。離れに近づくにつれて漂うとんでもない異臭で、ふたりとも死体になっていることを確信しながら。そして頑丈な鍵と扉を開けました。

 けれど、”あの子”は生きていました。
 異臭と虫と血と脂と汚物の中で。
 鞠子の遺体を喰いながら。

「 かあかあああああ、かあ、か、か、かあかああ 」

 骨を残して全て自分が食べてしまったから、もうどこにもその姿のない鞠子を探して、掠れた声でそう呼びながら。

 長はその光景に、腹の底から震え上がりました。
 もしもここで贖罪の気持ちがわいて、かわいそうな”あの子”へ何かしてやったなら、災いの起きない未来もあったのかもしれません。

 でも、長は罪を償おうなどとは思いませんでした。ただただ恐ろしくて、自分たちがしでかした罪の大きさから目を逸らせたくて――外に置かれていた鍬を持って、ひどく畏怖しながら”あの子”の前に立ちました。かあか、か、かあかか、あああああああ、あああああああああ。母を呼びつづけるその頭めがけて、

「お前のカカは、ここにいない!探しに行け!」

 ――鍬をふるいました。

 ”あの子”は殺され、その離れごと鞠子の骨と一緒に焼かれました。
 このことを知る誰もが、いままで弔いもせずただ増やしてきた水子のように、これで終いだと、すぐに忘れ去られて何もかも平和に戻ると、そう思ったのです。

 でも、人の道を外れた者たちが、幸福に暮らせるはずがありませんでした。鞠子の一族のものはみな不審死を遂げ、集落の者が何人もそのあと死にました。たくさんの遺体を埋める場所に困るころ、責め立てられるように長も首をつって死にました。

 死んでいったものたちはみな、「”あの子”がきた」と言い残しました。
 集落の者たちは、母を探して”あの子”が彷徨っているのだと、そして呪い殺すのだと、恐れおののきました。やがて呪いからのがれようと山を下り、麓の村へと逃げのびたのです。その集落の者たちの子孫は今でも、地域の中でも飛び抜けて高確率で、体の不自由を抱えて生まれてきます。
 それは近親相姦を繰り返してきた先祖たちのツケが回ってきたせいなのでしょうけど、地域の者たちは、水子たちの祟りなのだろうと、思っています。

 ――これが、お聞かせしたかった昔話の全てです。長々と、気分の悪くなる話をご精読いただき、感謝いたします。

 では締めくくりに、どうぞ可哀そうな”あの子”のことを、静かに想像してみてください。

 膝は捻れたように歪んで、足は枯れ枝のように細くひしゃげて、ゆらゆらと。
 頭部は肩より低い位置についているから、いつもがりがりの腕でその歪な頭を抱くようにしていて。
 落ちくぼんだ眼窩、ただ穴のあいただけの鼻。
 顎は落ちて口が開いており、綺麗にしてもらえなかった口腔は真っ黒の穴のようで、そこから、

 かあああか、か、か、かあ、あかあああああああああ

 という、ざらざらした声が、

 上手に想像できましたね。
 そう、ちょうどいま、あなたの部屋の隅で揺れているそれと同じ姿を。

 ――まだそこに居ない、視えないというのなら、もうすぐ、来ます。

 ”あの子”が視えたなら、直近の命が惜しければ、何かすぐに食べ物を用意して、部屋へ置いてください。彼は「食べ物以外での腹の満たし方」も、知っていますから。
 ”あの子”がいますぐあなたを喰らう心配を拭えたら、落ち着いて、朝を待ってください。

 ああああああああああ、かあかあああああああああ

 彼は真っ暗に大きく開いた口の奥から、母を呼び続けます。部屋から出てはいけません。返答をしてはいけません。目を逸らすと意図しない場所へ移動していることがあるので、驚いて声を出さないように注意してください。
 ”あの子”は、鞠子以外の者の声にひどく怯えるからです。

 この後無事に朝を迎えられたとしても、”あの子”は夜になるたびあなたの部屋に現れます。そしてあなたの無事は、今夜と同じことを繰り返したとしても2日目以降保証されません。彼の中には底の知れぬ怒りがあって、それがいつあなたに突きつけられるのか、分からないのです。

 恐ろしければ、すぐにでもこの文章を丸ごと、どこかたくさんの人の目につく場所へ投稿してください。彼女があなたの家や私の地域への帰り道を忘れてしまうくらい、たくさんの「オトリ」の元へと向かえるように。

 あなたのご協力に感謝しています。
 なにしろ、私は生まれつき、足が不自由なものですから。”あの子”がやって来たら、逃げられるはずがありません。私に限らず、10年ほど前までは、この地域でたくさんの者たちが”あの子”の訪問で死にました。これも先祖が引き起こした怨みのせいなのだから仕方ないのかと、諦めかけもしたのですが……気づいたのです。

 ここから遠く離れた地へ、”あの子”の気を逸らせようと。

 SNSや大型掲示板、動画投稿サイト等を、老若男女だれもが利用するようになった現在は、こうして自ら「オトリ」となって協力してくださる方々を簡単に探し出すことが出来ます。
 禁忌であると理性でわかっていても、好奇心には勝てないものです。近親相姦を繰り返した私たちの先祖のように。だからきっと、ひとが愚かである限り、あなたのようにオトリとなってくれる人はたくさんいて、私たちはずっとずっと後回しになれるはずなのです。

 僭越ながらアドバイスを送らせていただくとすれば。こんな明らかに怪しい儀式を行った上で記事を読んでくれる方々というのは、総じてオカルトや民俗学などに興味のある人種です。そういった方々が集まるスレッドや、チャンネルなどに投稿するのが効率的かもしれません。

 さいごに、巻き込んでしまったお詫びにもなりませんが、一番最初にお伝えした「この話の性質」は何かというのをお教えします。

 あなたは”あの子”ひとりだけを呼び出す儀式に参加させられたと、そうお考えかもしれませんが、それは違います。
 最初に行っていただいた「事前準備」は降霊術などではなく、私たちの地域に伝わる特殊な「婚礼の儀」を模したものなのです。

 つまり、あなたが玄関に招き、水を振る舞い、婚礼の儀に新婦として呼び寄せたのは、”あの子”の母である「鞠子」の方。

 未婚で”あの子”を授かり、閉じ込められ、幸福な子育てもできず、最後まで子を見守ることもできず、実の親から見放され、死ぬまでずっとずっとずっとずっと人並みの女性としてのしあわせに飢えてきた、鞠子。彼女の名と、生い立ちと最期の物語、そして「しあわせの象徴である」婚礼の儀に引き寄せられて、鞠子はあなたのもとにやって来たのです。

 あなたが視た”あの子”は、母の気配におびき寄せられて、ただついて来ただけなのです。”あの子”は今も、母を探しています。でも、自分が喰い尽くしてしまったから、姿は見えない。だから新たに”家族になった”あなたへ母の居場所を問いただそうと、今後もずっと、執着するのです。

 鞠子はただ、温かい家族を持って、そこに”あの子”も迎え入れたいと願っているだけ。だからあなたに何もしません。あなたに害をなす可能性があるのは”あの子”だけですが、鞠子の気配がそこにある限り、”あの子“もそこを離れません。

 母と子は初めからずっと近くにいるというのに、未だ、姿を見ることも寄り添うこともできずにいるのです。それはあまりにも不憫で哀れな――

 ――いえ。情の話よりも、あなたの命の心配をするべきですね。あなたがこの後発信する「この文章」が、この後拡散されて、たくさんの方々の目に留まりますように。

 健闘を祈ります。
 協力してくれたあなたが、明日の晩も無事でありますように。

 出来るならばどうかあなたも祈ってください。いつの日か”あの子”が母を見つけ、死後の世界のどこかでふたりが幸せになれますようにと。

 そして、それまでふたりが故郷へ戻って来ないように。
帰り道を思い出さないように。
仇の子孫である私たちが皆殺しに、ならないように。

 

得点

評価者

怖さ鋭さ新しさユーモアさ意外さ合計点
毛利嵩志181515101876
大赤見ノヴ181817171787
吉田猛々191918161890
合計5552504353253