「まとわりつく」

投稿者:かめ

 

私(男:現在50歳)は中部地区の800床規模の大病院で働いています。これは私が外来受付の事務をしていた20年近く前に職場の女友達S(当時20代前半)に聞いた話です。
私の勤めている病院は診療科が20科ほどで、毎日約2000人の患者さんが外来に訪れます。外来のフロアは本館の2階と3階にあり、各フロアにはいくつかの診療科がまとまったブロック受付があります。私はその中でも2階の8番受付に受付事務として勤務していました。担当診療科は、皮膚科、整形外科です。各ブロック受付には4~7人ほどの事務員が常駐しており、私がいる同じ2階フロアの隣には7番受付がありました。担当診療科は、産婦人科と泌尿器科、外科です。友人Sはその7番受付に配属されていたのですが、これはそのSから聞いた話です。
病院に勤務している人間には「あるある」なのですが、職員は具合が悪いとか持病があったときは、上司に断れば業務中に各診療科を受診することが出来ます。普通の会社であれば「具合が悪いので出社できません」と電話するような場合も、病院職員が職場に電話すると上司から「○○科に電話しとくから出社して診てもらいなさい」と言われることが当たり前です。ですので、私たちは下手に仮病が使えません。
ある時、その友人Sが受付をしている7番受付に入院病棟勤務の若い看護師さんが、産婦人科の受診申し込みに来ました(ちなみに病棟勤務の看護師さんは昼間、常時300人前後働いています)。
その看護師さんは外科病棟勤務のOさん(当時20代前半)で、私の友人Sとは何度も飲み会(合コン含む)などをしている仲良しの看護師さんでした。Oさんは婦人科にかかりたいと言い、Sはいつも通り外来受診の受付を始めました。Oさんに問診を書いてもらっているときにSが簡単に症状を聞くと、「なんだか最近下腹部が重いのよね、生理不順とかかしら」ということでした。SはOさんの症状がそんなに重症には見えなかったので「ふ~ん、そうなんだ」と返事し、問診を書いてもらっている間、いつものように最近の恋バナを楽しもうと話題を振りました。するとOさんは、実は一か月くらい前に彼氏と別れた、と打ち明けてきました。少し詳しく聞くと、どうやら1年ほど付き合った彼氏の性癖がOさんにしてみたらかなり嫌で、普段のお付き合いは不満がないだけに、ものすごく悩んだのですが結果としてOさんから別れを告げたそうです。別れる際は相当モメたらしいということでした。Sは「落ち込むことないよ、今度、良く当たる占い出来る人を紹介してあげる」と言って慰めました。この「占いが出来る人」というのが、当時、私のいた8番受付の担当診療科の皮膚科にいた看護助手さんのご主人です。
このご主人、私も何度かお会いしたのですが、とても温和で優しそうな60代半ばの男性です。中肉中背、メガネをかけていて頭部は少し寂しいかな、といった俳優の小日向文世さんのような感じの方です。会社を定年退職後、独学で手相やタロット占いを趣味で初めて、それが結構当たると事務の女性の間では人気で、口伝てで聞いた女性職員がよく皮膚科の看護助手さんを通して、土日にその方の自宅で占ってもらう約束をとりに来るくらいでした。
Oさんはその話を聞いて明るい表情になり、その日は婦人科で診察を受け、後日検査の結果を聞きに来るから、また報告するねと言って病棟に帰っていきました。
1週間後、Oさんは婦人科の受診を終え、受付のSに報告に来ました。
S「Oちゃん検査結果はどうだった?何ともない?」
O「うん、血液検査とエコー(超音波検査)やったんだけど、別に異常はないって。でも、あれからどんどん腰から下が重くなってる気がするの。どこに診てもらうのが良いんだろ・・・」
S「う~ん、ちょっと隣の受付の友達に聞いてみるね、待ってて」と言い、Sは私に内線電話をかけてきました。
S「(私に簡単に事情を説明し)こういう症状って、あとはどこに行けば良い?」
私「そうだね~、下半身のだるさとかなら整形かもね、腰とかの神経狭窄とかあるし、あとは神経内科とかかなぁ、でもとりあえず整形でいいんじゃない?」
S「わかった!言ってみる!ありがとー!」
ほどなくしてそのOさんが私のいる整形外科の受付に来ました。今回の件で私が唯一リアルタイムで関わったのは、このタイミングだけです。
Oさんは、見た目は少し小柄で華奢な色白の看護師さんで、20代前半の若さにしては、歩き方が少しゆっくりだな、という印象でした。私は「あ、そうか、腰から下が重いんだっけ」と思い出し、受付の問診を対応しました。病棟の若い看護師さんは大抵チャキチャキしていて、動きも軽快なのですが、素人目に見ても、何か足を引きずって歩いているような、水の中でも歩いているような歩き方に、「症状ヤバそう・・・」という印象しかありませんでした。
問診で症状を聞いていくと、少し違和感を覚えました。仕事柄、同じような歩きにくさとか下半身のしびれ、重さ、だるさを訴える患者さん特有の「腰、または股関節の痛み」などは全く無いそうで、腰から下以外は、いたって正常とのことでした。頭痛がするわけでも、食欲がなくなるわけでもなく、ただただ「歩きにくい、腰から下が重い」ということでした。
聞いていて奇妙だと思ったのは、歩いているときだけではなく、寝ているときも、特に深夜になると重さがグンッと増してベッドがきしむように感じる、ということです。
症状は、昼間は比較的に少し軽くはなるそうですが、1週間前に比べ格段に悪化してると話してくれました。
問診を終え、診察の順番で待合から診察室へ入るOさんを見て、その後は日常業務に追われて、私はすっかりそのことも忘れていました。

ここからは、このことがあった数か月後にSから聞いた話になります。
まず、Oさんは整形外科の診察でも何ら異常は見当たらなかったそうです。CTやMRIといった一通りの検査でも異常が見つかりませんでした。筋力が落ちているわけでもありませんでした。とりあえずシップや神経障害を改善する内服薬を処方されて「様子を見よう」ということになったそうです。
一方で、Oさんは気持ちや体自体は普段通りだったので、Sが以前紹介した「占いのご主人」との約束を取り付けることが出来て、ある土曜日にご主人の自宅へ訪問することになったと報告を受けたそうです。
Oさんが教えてくれた占いの約束の日が過ぎたので、Sは、Oさんの占い結果を知りたくて、何度かメールしましたが、一向に返事は返ってきません。その頃はLineとかも普及してなかったので「既読がつく」とかありませんでしたし、Sも「都合が悪いのかな?忙しいのかな?」くらいにしか思ってなかったそうです。そのうちに会えるだろうと思いそれからはメールしませんでした。
SがOさんに最初にメールをした数日後、Oさんが占いをした次の週の金曜日の業務が落ち着いた夕方、占いのご主人の奥さん、つまり皮膚科の看護助手さんがSのもとへ来ました。奥さんはずいぶん心配そうな顔でOさんのことを聞いて来たそうです。
奥さん「Oちゃん大丈夫だった?」
S「え?何のことですか?Oちゃんあれから見てませんけど。何かありました?」
すると奥さんは、すごく言いにくそうに声を落として話し始めたそうです。
奥さん「あのね、実はあの日Oちゃんの恋占いとかできなかったの。それどころじゃなくて・・・。」
S「え?Oちゃん行ってないんですか?」
奥さん「いや、来たには来たんだけど・・・。」
奥さんはしばらく黙ったあと、恐る恐る話し始めました。
奥さん「あのね・・・変なこと言うようだけど、怪しく思わないでね。実はうちの人(占いのご主人)、占いも出来るんだけど・・・その・・・変なものも視えちゃうのよ。それでね、土曜日にOちゃんが家に来た時、変なのが視えちゃって・・・。」
Sは少し反応が出来なかったみたいでポカーンとしてたようです。当時は今よりも怪談などメジャーなコンテンツではなかったので、言われたことが想定外過ぎたみたいです。
奥さん「Sちゃん、大丈夫?ほんとに変な話でごめんね。」
S「いえいえ、で、何があったんです?」
奥さん「うん、それがね、Oちゃんが来る時間帯にうちの人がOちゃんを待ちがてら庭で水やりをしていたの。そしたら、約束の時間の少し前に通りの向こうから来るOちゃんが見えたんだって、手を振って挨拶しようとしたら、Oちゃんの腰から下が黒いモヤみたいになってハッキリしなかったらしいのね。」
奥さんは一呼吸ついてまた話し始めました。
奥さん「それで、なんか変なのが憑いてるんじゃないかなって、注意して良く視ていたら、Oちゃんが近づいてくるとそのモヤは足元に行くにつれて広がっていて、その先の方がワシャワシャと動いているように視えたらしいの。『なんだアレ?』と思って目を凝らしてよく視てみると、Oちゃんの腰から下に数えきれない数の男性がぶら下がるようにしてくっついていたんだって。年齢はまちまちなんだけど、若い人が多かったかなって印象みたい。そのどれもがこちら側が背中で、顔をOちゃんの下腹部にうずめるように視えたって。頭は重なり合ってそこだけ真っ黒くなっていたんだって。真っ黒に重なり合っている頭はビタリと貼りついたまま、そこから下は折り重なりようにワシャワシャと動いていたんだって。あまりにも気持ち悪くて主人もびっくりしちゃって『わあ!』と叫んじゃったみたい。そしてOちゃんに詳しいことは言わずに、『とにかく神社に行ってお祓いしてもらって!』と追い返しちゃったのね。」
S「・・・」
奥さん「Oちゃんはすごく困った感じでまた帰っていったけど、主人はすごくびっくりして取り乱してて、しばらくしてから『あれ、自分が取ってあげたいけど、あんなには無理だ』って言ってすごく落ち込んでた。Oちゃんに対してもすごく失礼な態度になっちゃって、なんか連絡も取りづらくて、結局、今になっちゃったんだけど、私も心配になって・・・。Oちゃんに連絡とってみてよ。」
と、奥さんはSにお願いに来たのでした。
Sは実は自分がメールをしても返事がないので、そのままにしているということを告げ、
「あとで病棟に聞いてみます」と答えたそうです。
奥さんは、くれぐれも早めに神社なりお寺なりに行ってね、と伝えてほしいとSに告げ、職場に戻っていったそうです。
Sは早速、病棟に内線電話をかけ、Oさんが出勤しているかを確認しました。
病棟の係長さんの話では、Oちゃんは体調不良で週明けから欠勤している、ということでした。
それからもSは心配で、Oさんに電話を掛けたり、メールをしたりと、迷惑にならない程度で繰り返したそうですが、結局連絡は取れないままだったので、ついには諦めてしまったそうです。
その後、ほどなくして、そのOさんが病院を辞めていたことがわかりました。
そのことについてSは、Oさんの勤務していた隣の病棟に勤務しているSとOさんの共通の友人である看護師さんから、Oさんが彼氏と別れた経緯を詳しく聞くことが出来たそうです。
この友人の看護師さんの話では、Oさんの彼氏は、ある合コンで知り合った同年代の会社員でした。スポーツもやっていて爽やかな印象の方だったようで、この看護師さんは「良いな~」と羨ましかったと言います。

Oさんがその彼氏とお付き合いを始めたと聞いてから1年ほど経ったつい先日、その看護師さんはOさんから「今付き合っている彼氏のことで話を聞いてほしい」と相談を持ち掛けられました。
Oさんが言うには、「最近、彼氏に変な趣味があることがわかって、今はそれがとても嫌なの」ということでした。
何でも、その彼氏は二人での行為(SEX)を撮影することが趣味だったようで、二回目の時からずっとハンディカメラで撮られる。嫌がっても「記念だから」と言ってせがんでくるので我慢していたけど、毎回、だんだんと本格的になってくるので怖くなってきた、ということでした。
話を聞いた友人は「それ、早く別れた方が良いよ。撮られたやつ絶対に消してもらいなよ。」とアドバイスしたそうです。
Oさんにアドバイスした手前、少し気になっていたその看護師さんは、数日後、帰宅時のロッカーでOさんに「その後、どうなったの?」と聞きました。
Oさんは浮かない顔で「彼氏がものすごくブチ切れて怖かったから『別れるから!』とだけ言って逃げてきた。そのあとは一回だけメールを送ってきたの」と言って、携帯のメールを見せてくれたそうです。

そのメールはすごく短くて、
「二人がどれだけ愛し合っていたか、みんなに見てもらう」
と書いてありました。Oさんも不安な様子でしたし、見せられたその看護師さんもただただ不気味に感じたそうです。

Oさんが体調を崩し始めたのは、相談にのった看護師さんがそのメールを見せてもらったこの時期辺りからでした。

Oさんの「下半身の重さ」の症状は、日を追ってひどくなる一方で、ついには日常業務にも支障をきたすほどになったようで、結局はそれが苦になり退職を決断したということでした。

私がSから聞いた話はここまでですが、彼女たちが女性であるがゆえに想像できなかったであろうことを今では推測することが出来ます。
当時は今ほどではないものの、ネットのいわゆる「素人投稿動画」というアダルトコンテンツが出始めた時期で、一部のユーザーには熱狂的な人気がありました。

もしかしたら彼氏は別れた腹いせにOさんとの行為をネットにあげたのかもしれません。

そう思うと、ふとSから聞いた、占いのご主人が言った言葉があったのを思い出しました。

「あの子、もらいやすい体質かもね」

 

得点

評価者

怖さ鋭さ新しさユーモアさ意外さ合計点
毛利嵩志151210101057
大赤見ノヴ161717161682
吉田猛々181817161786
合計4947444243225