「黒い人」

投稿者:まーたん

 

これは私が当時まだ小学3年生だった冬の話です。

私の家は古くて広い木造建の平屋でした。
祖父が建てた築年数が50年以上の古い家です。

田舎で土地持ちの我が家は庭も家も広さだけはありましたが部屋は大体が畳でダサく、よく雨漏りもするそんな家。

冬のこたつも掘りごたつ。

掘りごたつなんて響きだけ聞くと、レトロで
ちょっとおしゃれな感じに聞こえますが、こたつで足を伸ばして眠れず不便で私はあまり好きではありませんでした。

その日は帰宅すると家に誰もいませんでした。
家のドアに鍵がかけられていました。

田舎特有かもしれません、
家に誰か居れば鍵をかけない事の方が多いのです。

私は、庭の木に繋がれている我が家の番犬
大五郎の元に行きました。

「だいごろ〜」と呼ぶと

クゥンと声がして、私が近づくと甘える大五郎はお座りの形で尻尾をちぎらんばかりに振って
好意を示してきます。

掃き掃除をしているかと思うほど、尻尾を左右に大きく力強く振る大五郎が私は大好きでした。

大五郎の首輪には我が家の家の鍵が
プチポッケの中に隠してあるのです。

プチポッケというのは、犬が迷子になった時に
首輪にボタンで止めておけるメモなどを挟んでおく事が出来る小さな名刺入れの様なものといったらわかりやすいでしょうか。

私の家は、父、母、祖父母と私と妹の6人暮らしです。

家には、祖母が留守番している事が多いですが
近所の畑に居る事も多々あります。
少し様子を見て戻ってくるので、鍵をかけることは殆どなく、15分もすれば戻ってきます。

祖父も家に居る事が多いのですが、
知り合いが多い祖父は野菜を届けてくると
ふらっと出ていき、お酒をしこたまご馳走になると歩けなくなり、徒歩5分の位置でさえ
迎えに来いと父や母に電話してくる様な人でしたので、祖父が鍵を掛けたのなら遠出のはずです。

なので、鍵がかかっている日は長い外出の印と言うことになります。

大五郎の首輪の鍵を使うのは
もう半年以上ぶりだったような気がしました。

私と妹は家の鍵を持たされていませんでした。

子供達より犬の大五郎の方が我が家では信頼がある様です。

大五郎の首輪のプチポッケにしまってあった鍵を取り出して、鍵を開けました。

「ただいま!」

返事が返ってきません。
どこの部屋の電気も付いていない様でした。

私より2つ下の妹が帰宅していないのは珍しいとも思ったのですが、もしかしたら友達の家で遊んでいるか家族の誰かと買い物にでも行っているのかなと思いました。

時計は午後4時を回っており冬のこの時期は
外がそこそこ暗くなってきていて、小さい妹がまた帰ってきていない事を不安に思いました。

ランドセルが玄関に置いてあれば一度帰宅しているでしょうが、痕跡がなかったのでまだ帰宅していない様でした。

なぜこの日はいつも以上に不安に思ったのか、
冬の日の短さからか、それともーー…

玄関の電気をつけてから手洗いうがいを済ませて私は自分の部屋に行かずに、掘りごたつのある部屋で宿題をする事にしました。

先にキッチンに行き、冷蔵庫からオレンジジュースを取り出しコップに注いでお菓子をしまっている棚からポテトチップスのコンソメ味を引っ張り出して、掘りごたつの部屋に向かいます。

軽くおやつでお腹を満たし、気合を入れて
宿題に取り掛かりました。
私は優しい姉なので、妹のためにポテトチップは半分残しておきました。

黙々と宿題をやっていた時です。

玄関の引き戸が開く音が聞こえました。
我が家は古い家なので、玄関の扉は磨りガラスの引き戸で、よく音が響くのです。

誰か帰ってきた様です。
インターフォンが鳴ったわけでもなく、
引き戸が開いたのだから家族の誰かに違いありません。
私は驚かしてやろうと思い、掘りごたつの中に身を隠しました。

でも、変なのです。

ただいま。の声が聞こえないのです。
我が家は厳しく、挨拶をしないと怒鳴られる家だった為、帰宅したら全員がそこそこの声量でただいま!というのが癖になっていたのです。

まさか、泥棒?とも、一瞬思いましたが
庭に居る番犬で狂犬の北海道犬、
大五郎が吠えないので、家族の誰かに違いありません。

大五郎(大酒呑みの祖父の命名)は、素晴らしい番犬で、家族以外が庭に足を踏み入れると狂った様に吠えるのです。

その鳴き声は三件隣のお宅まで響くほどで、
たまに苦情が来るほどでしたし、過去には本当に泥棒の足に噛みつき離さず、警察に突き出した事があるそうです。(泥棒さん我が家を狙ったのが運の尽きでしたね)

ギシー…

床が軋む音がする、、
でも、やはり変なのです。

家族の足音というのは、なんとなく誰の足音かわかるものなのですが、今、近づいてくる人物は歩くというより、擦ると表現する方が正しい様に感じました。

床の上をまるで滑って移動している様なーー…

規則的な足音が聞こえず、布が床を擦る感じです。まさに、スススーーっと表現するのが正しい様な、、

暗い掘りごたつの中で、私は眉をひそめました。
何故か見つかってはいけないと感じていました。
息を殺して、身を潜めていると自分の心臓の鼓動が早くなるのを感じました。

その時です。

ーーーーガバッッッ

勢いよく掘りごたつの掛け布団が捲られ、
こたつの中に部屋の光が差し込みました。

黒ずくめの背の高い人物だったと思います。
逆光で顔は見えませんでした。
男だったか、女だったかー…
はたまた、、それ以外の何かだったのか…

背中に何か背負っていた様な気もしました。
キラリと何か背中で光った気がーー…

一瞬だったのです、本当に一瞬。
目が合ったのだと思います。
ただ、思い出せないのです。

黄色だったか、赤だったか、青だったか
ただ、私には『 普通 』と表現出来ない
色だったとだけ記憶にあるのです。

その人物を見て私は気が遠くなるのを感じました。

気を失う瞬間、
その人物は私に何かを小さく呟いたようでした。

「…起きて!起きなさい!!!」

そう声がして、肩を揺さぶられていました。

ゆっくりと瞼を開けると母が化粧の崩れた顔で私の顔を覗き込んでいました。

マスカラとアイラインが涙で落ちて、黒い線が頬に出来ているー…
そんな母を初めて見て、私の目が一気に覚めました。
只事ではない空気を察したからです。

「…おかぁさんっ!」

横向きで倒れていた私はゆっくり上半身を起こしました。

キョロキョロと辺りを見回すと、何故か掘りごたつから出て倒れていました。
掘りごたつから自分で出た記憶はありません。

私は何が何だかわからず、状況を理解しようとまだぼんやりする頭を整理しようとした時でしたーー…

「ー妹ちゃんが死んじゃったのッ!」

「ーーーえ?」

悲鳴にも聞こえる、絞り出した声で私に伝えた後、母は私を強く強く抱きしめて大声で泣きました。
大声で泣く母に抱きしめられて、私は意味が。理解が。できずにいました。

妹…私の妹…?

死ぬってなに…?
なんで?なんで死んだの…?

妹には病気はありません。
健康体そのものです。

今朝も一緒に小学校まで登校しました。

寒いので手を繋ごうか?と私が言うと
小さな両手で私を抱きしめて
「こっちの方があったかいよー!!」と
笑う可愛い可愛い妹でした。

さっきも妹のために自分の大好物のポテトチップスのコンソメ味を半分も残しておいたのは、他の味も食べたいと、口の周りにのり塩ポテチの海苔をつけていつも駄々をこねる妹のため。

大切な大好きな妹だから。

世界で1人だけの私の可愛い妹だからーーッ

その私の妹が、死んだ、、?

「あ、あ、あッッッ」

呼吸ができなくなるほど、私も泣きました。
涙と鼻水が口に入るのも構わず泣きました。

「なんっで、なんでぇ…ッッッ」

「わからない、わからないのッ」

私と母は抱きしめ合いながら大声で嗚咽まじりに声を絞り出していました。

どれほど泣いたでしょうか。

母が私をゆっくりと放し、こたつの上に置いてあるティッシュ箱から2、3枚ティッシュを引き抜くと自分の顔を拭うよりも先に私の涙と鼻水を拭きました。

「…なんでかなぁ?なんで、あんなにいい子が死ぬかなぁ?」

母は虚な目をしながらそう言いましたー…

妹は通学路で倒れていたそうです。
右手を頭の位置まで挙げて
仰向けで倒れていたそうです。

外傷は無く、まるで時が止まったかの様な姿だったと…

何故かランドセルは傍に添えてあったとも聞きました。

その姿は奇妙そのものだったとーー…

私は何を思ったのか、妹の部屋に走って行き
妹の勉強机の教科書やノートが並んでいる棚からある物を一心不乱に探しました。

「…あった!!」

それは、妹の日記でした。

私が日記をつけているのを見て、自分もやる!と言い出したので母に言って買ってもらったものでした。

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◯月✖️日

きょうからにっきをかく、おねえちゃんのまね

◯月✖️日

今日は、きゅうしょくのプリンがおいしかった。でも、しゅうくりむのほうがすき。

◯月✖️日

だいごろがねこちゃんとけんかしてた。
仲よくしてねっていったらわんだって。
わかったのかな?だいごろはてんさいいぬ?

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始まりは1年生になりたての春からでした。

なんとも可愛らしい、内容の日記が書かれていた。つたないひらがなだけが並ぶ文章を指でなぞりながら読んでいく。
少しずつ漢字が増えて、文字数も増えている事に成長を感じる。
たまに日記だけじゃなく、下手な絵も書いてある。
私の目からボトボトと大粒の涙が落ちて、日記に染みを作っていく。

ぺらぺらめくり続けると、最近の日記に辿り着いた。

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◯月✖️日

学校かえりのみちで
みきちゃんとばいばいした後に
くろいお兄ちゃんにはなしかけられた。
なんで、ぜんぶくろいの?ってきいたら
しごとのふくなんだ。って言ってた。
ぴんくとかみずいろとか着ればいいのに。

◯月✖️日

昨日のくろいお兄ちゃんにまた会った
あと7日です。って言ってた。
なんのこと?ってきいたら
言えないんだ、ごめんね。って言われた。
かうんとだうん?とか言ってた
あけましておめでとうの時にするってままがいってたっけ?

◯月✖️日

昨日のくろいお兄ちゃんがまた道で待っていた
わたしのことが好きなのかな?
明日も来るっていうから、私のことが好きなの?ってきいたら、好きじゃないけど、だいじなんだ、しごとだから。って言ってた。
大人はたいへんだね。

◯月✖️日

今日もくろいお兄ちゃんが来た
おねぇちゃんがいる?と聞かれたから
なんで知ってるの?ってきいたら
よくにてるけど、おまえのほうがチビだなって言われた。おにいちゃんはせが高いから上からみおろすだけだとよくわからないんだって。
しかも、お兄ちゃんは目があまり良くないみたい。
だから、おねえちゃんは右目の下にほくろがあるよって、教えてあげた

そしたらわたしの顔をよくのぞきこんできて
覚えておく。だって。
お兄ちゃんの目の色がきれいでびっくりした。
くろとかちゃいろじゃない人もいるんだね
なにいろって言うのか、こんど聞いてみる

◯月✖️日

みきちゃんにくろいお兄ちゃんの話をしたら
あぶないよって言われた
へんしつしゃ?ってやつじゃないの?って言ってた

でも、お兄ちゃんはなにもしないよ
少しおしゃべりしてばいばいするだけ。
あと何日っていつも言うけど、わからないから
大きく手をふってばいばいするんだけど、いつもかなしそうに笑うだけ

いつかちゃんと笑ってくれるとうれしいな

◯月✖️日

また黒いお兄ちゃんがみちで待ってた
なんでわたしのかえるじかんがわかるの?って聞いたら、がっこうが終わるとチャイムがなって、いつもまっすぐかえるからお前はわかりやすくて助かる、しごとがしやすい。だって。

くろいふくを着て、わたしをまつのがおしごとなの?ってきいたら、今はね。って言ってた。
前は?ってきいたら、わすれたって悲しそうにわらってた。

おにいちゃんはいつも悲しそうに笑う

◯月✖️日

みきちゃんとけんかした
だって、みきちゃんがうそを言うから。
昨日の帰りに、みきちゃんとばいばいしてから
ようじを思い出して私をおいかけてきたけど、ひとりで道でしゃべってたって。
みきちゃんと別れたあとはお兄ちゃんとしか
しゃべってないのに。
なんでみきちゃんは、うそをついたのかな?

◯月✖️日

黒いお兄ちゃんが
明日でおわかれだね、ごめんね
しごとなんだって言ってた
よくわからないからばいばいって手を振ったのにやっぱりふりかえしてくれなくて、かなしそうに笑うだけだった

明日でお兄ちゃんはこなくなるのかな

明日は、学校おわりにみきちゃんの家に
あやまりに行こうとおもう。
みきちゃんはうそをついたんじゃなくて、お兄ちゃんがなぜか見えなかっただけかもしれない。

でも、真っ直ぐかえらないとお兄ちゃんが待ってるかもしれない。

お兄ちゃんはわたしが1人のときしか来ないから
みきちゃんといたらあえないのかな?
帰るのがおそくなっちゃうかな?

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1週間前から
黒いお兄ちゃんとずっと書いてある…

あぁ、コイツだ

こたつ布団をめくったのはコイツだ

コイツが言った言葉を思い出した

  「
       お前じゃない   」

 

得点

評価者

怖さ鋭さ新しさユーモアさ意外さ合計
毛利嵩志151512151269
大赤見ノヴ171818181788
吉田猛々181716181786
合計5050465146243