現在52歳を迎えようとする私が、10歳から20歳まで住んでいた、母の実家がある町での体験です。
近所に (◯◯サンチノタキ) と呼ばれる、藪に包まれた場所がありました。藪の中は、高さ3メートル、池が2.5メートルくらいの小さな滝です。周りの大人達からは、底なしの池だから、入るのも近づくのもダメと言われていた場所でした。昔はそこで何人か亡くなっているという話も聞きました。
平成元年、16歳の私達は夜な夜な迷惑なツーリングを楽しんでいました。その日も私の家に集まり、ミーティングなどをしていました。じゃあ19時に△△に集合!と決め、準備の為それぞれ帰って行きました。家にはAと私2人になり、愛車をイジっておりました。そろそろ準備をして、軽く流しながら集合場所を目指す事にしました。夜の制服に着替え、家を出た2人。時間は18時過ぎ、辺りは少し薄暗くなってきていました。するとAが単車の方じゃなく、反対の方へ歩き出しました。
私・おい、どこ行くとや?
A・…少し歩こう
私は仕方なくAについて行きました。
5分くらいあーだこーだ話しながら(◯◯サンチノタキ)がある藪辺りで足を止めました。
私・懐かしい…久々に来た
A・懐かしい…なにが?
Aは中学卒業して会った別市の仲間だったので、滝の存在を知らなかったんです。
小学生の頃聞いた話を説明していると
A・見たい
と藪の方へ歩き出すA。めちゃくちゃビビリで怖がりのくせに…
私・そろそろ戻らんと間に合わんぞ?
私の声を無視するように進んで行きました。数年見たことがない藪はかなり荒れていて、手入れされていない事が分かりました。藪を少しかき分けて進んでいると、
バシャンと水に何かが落ちた様な音がして
「うわーっ…ごめんな…たすけて…」
バシャバシャと水の中でもがく様な声が聞こえて、急いで滝に向かったんです。そこには小さな男の子がうつ伏せの状態で溺れていました。泳げない私は固まってしまい、動けませんでした。Aはすかさず池に飛び込み、男の子を抱きかかえ引っ張り出そうとしていました。恐怖で見ていることしかできない私に
A・ミヤカツちゃん!俺を引っ張って!この子めちゃくちゃ重いから!早く!
ハッと我に返り、慌ててAの腕を掴み力のかぎり引っ張りました。2人は無事に池から上がり、私は尻餅をつきながら息を整えて
私・急いでここから出るぞ!
と叫び、Aと男の子の手を掴み藪から外に出ました。
泣き叫ぶ男の子…よく見ると私の家の隣の子供、Мくんでした。確か四歳くらいで四十台前半の母親と二人暮らし。
私達はМくんを抱えて家に戻りました。
家につく頃には辺りはすっかり暗くなっており、急いで隣りの家のインターホンを押しました。玄関に出てきたおばさんは、泣いているМくんを抱きしめ私達を睨みつけました。
私・ちがいます、ちがいます!
今あった出来事を説明すると、おばさんは泣きながら感謝していました。悪い気はしなかったのですが、助けたのはAなので、少し気まずい感じでした。
この子まで亡くしたら私は…
泣くおばさんをなだめ、私達は次の準備へ。
着替えようとAと話ましたが、間に合わないという事で私達はびしょびしょに濡れ、泥で汚れた制服のまま集合場所へ急ぎました。仲間達から
「なんやその格好!コケて田んぼに落ちたとやろ?」
とおちょくってきましたが、Aと私は本当の事を言いませんでした。
夜のツーリングを終え、それぞれ帰路につきました。Aは私の家で着替えたので一緒に帰りました。
A・ミヤカツちゃん、今日泊めてくれん?
私・もちろん良かよ!
家に帰り、風呂に入って、コンビニで買ってきた弁当を食べ、飲みながら今日起こった事を語りました。
A・俺、あの子助けてる時…水の中に顔みたいな物が見えた気がするんだよね…般若みたいな…鬼みたいな…爺さんだか婆さん…二つの顔…
Aはそう言うと震えていた。幽霊やら怖い話が苦手な奴…多分嘘ではないだろう…いや絶対に…でも、あの子を助けようと必死で頑張ったんだな………
コイツの身に、なにも起きなければいいけど…そんな事を考えていると
A・ミヤカツちゃん、あの時どがんした?普通真っ先に行きそうやけど…
私・…ごめん……オレ泳げんからビビって、動けんやった
A・まじでそれだけ?……そうや…別によかばってん
私は言いそうになった言葉を抑え、疲れたからもう寝ようと言って布団に入りました。
朝、Aより早く目覚めた私は仕事に行く準備をしていました。母がご飯ができたと言ってきたのでAを起こし、2人で朝食を食べました。母は隣のおばさんから話を聞いたらしく、私とAの事を褒めていました。私とAとの間には会話はなく、それから私は仕事、Aは自宅に。
A・じゃあまたね
Aの単車の音が朝の町に響いていました。
その日の仕事帰り、私は祖母と叔母が住む母の実家に寄りました。あの滝でおきた事を大まかに話し、あの滝に曰くなどあるのかと聞いてみました。
◯◯さんとこの滝ね…私が中学生の頃やったと思うけど、そこの息子家族が帰省中に、まだ小さい娘の姿が見えなくなって、夕方頃だったかな…その娘が池の中に沈んでいるのを、高校生の女の子が見つけたみたいで…その事故を、滝の手入れをしていない親御さんのせいだと、息子夫婦が咎めて…で孫娘を失った◯◯さん、二人とも首吊ったんよね
と叔母が話してくれました。すると祖母が
あの滝の上には無縁塚があるから昔からいろいろとあるとよ…
祖母がボソッとつぶやいていました。
そうそう、その高校生てあんたの家の隣のY子さんよ
叔母の言葉に、なぜか少しゾッとしました。
それから数日後の夜、Aと地元が同じ仲間のBから電話があり、Aがバイト中に怪我をして救急車で運ばれたと連絡がありました。詳しい事はまだわからないからまた連絡すると言って電話を切りました。次の日の夜、再びBから連絡がきて、Aが左腕を切断したと…Bと数日間連絡を取り合い、いろいろな報告を聞く日々が続きました。Aは地元の精肉店でバイトしており、肉を切断する機械で事故が起きた。救急車で運ばれ、直ぐに手術できた為左腕はつながった。今はまだリハビリなどで面会はできない。など、毎日報告をうけました。
事故からひと月余りが経った頃、面会出来ると聞いたので、仲間数人とAが入院する病院へ向かいました。
病室をノックして中に入ると、Aはいつもと変わらず元気そうな笑顔を見せていました。
左腕は少し段違いぽくつながって見えるけど、それなりに動いてきたと笑っていました。もう少しリハビリを続ければ問題ないだろうとも。私達は事故の原因を詳しく聴きました。
A・バイト終わりで肉の切断機を掃除してたらいきなり電源が入ってさ、ベルトコンベアーを拭いていた左手がなんでか離れず、そのまま歯までいって…
仲間達は腕がつながったから安心して、お前どんくさいなと笑っていましたが、私は笑えませんでした。それからも何回か見舞いには行きましたが、無事退院できたと聞き、Aと会う機会はほとんどなくなりました。
それから2年ほどが過ぎ、私も仕事におわれる毎日を過ごしていました。
ある日仲間伝いに話を聞いたのですか、Aがバイク事故を起こして入院していると…
私・もしかして…首をどうにかしたのか?
友・なんで知っとる?誰から聞いた?
やっぱり…そうか…いや、そんな事本当にあるのか?ただの偶然だろ…
私は自分にいい聞かせていました。
この頃は地元の仲間以外連絡が取れなくて、Aの入院先まではわかりませんでした。会って伝えたい事があるのに…気をつけて生きていってほしいのに…
2年前のあの日、私は泳げないだけで動けなくなった訳ではありませんでした。男の子を引きずり込もうとする手が四本見えました。左手と首を掴み、頭には二本の手が見えていました。Aが重いと言っていたのは当たり前なのです。3人分の重さがあるから。
私が引っ張り上げたあと、四本の手はまだ引きずり込もうとしているのか、指を動かし池から這い上がって来ていました。
それとこれは古くから近所に住んでいる婆さんから聞いた、私達家族が越して来る前の話。隣りに住むY子さんは昔、旦那さん、旦那さんの弟、Y子さん、息子さんの四人で住んでいたらしいです。旦那さんの弟と言う人はかなり素行が悪い人で、噂では老人ばかりを騙して金を奪い、挙句の果て殺害した過去があるとか。刑を終えたあと、兄夫婦の家に転がり込んだらしい。その後旦那さんと息子さんが相次いで事故死したらしく、暫くして旦那さんの弟と再婚したらしいのです。その子供がМくん。
その旦那もМくんがお腹にいる時、山中で遺体として見つかったとか。
その後のМくんは素行が悪くなり、小規模な山火事をおこしたり、他人の家に入り盗みなどをする小学生だったみたいです。
あそこの家は…(因果応報)ちゅうやつだ
近所の婆さんがよく言っていた言葉です。
20歳になり、私は別の町で暮らしはじめました。数年後に結婚し、現在また別の町で暮らしています。地元の仲間達とも数年に1度会うか会わないかの関係で、今だにAとは連絡が取れません。
はっきりとは覚えていませんが、私が30歳前後の頃、地元の先輩が音頭を取り、大規模な飲み会がありました。久しぶりに会う友達、後輩達、先輩達、忘れていた人、変わり過ぎて分からない人、とくに私は太り過ぎて皆がびっくりしていました。A達仲間には会えませんでしたが、 その中にAと同郷の後輩がいて皆のことを聞いてみました。A以外は時々コンビニや町中で見かけるらしいですがAを見ることはないと…
後・ミヤカツさん…おれが聴いた話だと、Aさん病気で倒れたって…
私・もしかして頭やったん?
後・そうらしいんですよ!知ってました?なんか後遺症もひどいらしくて…詳しくはわからないんですけど…
この出来事は必然なのか偶然なのか…
あの曰く付きの (◯◯サンチノタキ) の障りなのか?…
隣家にまつわる (因果応報) のせいなのか?…
考えたくはないが、死ぬはずだったМくんを助けたAが代償をはらわされたのか?
もしそうなら理不尽極まりない。
それとも全く関係なく、これがAの運命だったのか?
いろいろ考えてもわかりません。
聴いた話によると(◯◯サンチノタキ)は周りの環境も変わり、無くなったらしいです。
私が住んでいた町営団地はまだある様ですが、隣の家族はもう住んで居なく、どうなっているのかはわかりません。
今から10年程前、私が住んでいる町の居酒屋で、偶然にもBと出会いました。私は変わり過ぎて分からなかったみたいですが、Bは昔の面影がめちゃくちゃあり、すぐに声をかけました。仕事の事や家庭の事、後は昔話に花を咲かせていました。Bは半年くらい前に携帯電話を変えて、全ての連絡先が分からなくなったそうで、新たに私の番号を登録していました。するとBの方から
B・ミヤカツちゃん、Aの事覚えとる?最近久しぶりに話してさぁ
言われるまで忘れていました。
私・あぁそういえばAは元気しとると?なんか頭やって後遺症があるとか聞いたけど…
B・うん、右半身は動かせないみたいだけど…今県外に住んでいて、年上の嫁さんもろうて嫁さんの子供もおるみたい…元気みたいよ
私・そうか、よかった
少し安心しました。
B・えーと、嫁さんと子供の名前なんやったかな?こないだ話したばっかりだけど…
あっ、子供で思い出したけど…そういえば昔、池で子供助けたとやろ?その時オバケ見たってよく話しよったけどマジ?
私・いつ聴いたと?Aはなんて言いよった?
私はAや私が見た異形な物の話を、誰にも話した事はありませんでした。
B・昔からしょっちゅう話しよったよ…
池の中に般若がおって、怖かったけど無我夢中で子供を引っ張るけど重たくて、なかなか上がらんで、ミヤカツちゃん助けてくれんし、でもよく見たらミヤカツちゃんの後ろに、ズボンを引っ張る小さい女の子が見えたって!マジバナ?めっちゃ怖かやん!
ギョッとしました。小さい女の子?後ろに?じゃあ私が動けなかったのは…頭の中をいろんな事が駆け巡り、自分なりの考察をしていました。
B・あっ!思い出した!嫁さんがY子で子供がМやった!
更にギョッとしました。偶然にも隣家の家族と同じ名前?偶然?Aに直接聴きたい、と思い
私・お前、Aの連絡先知っとるやろ?教えて!
B・いや知らんよ
私・じゃあ誰に聞いたと?Aの近況を?
他の奴や?
B・Aから直で連絡来て………アレ?……連絡先知らんのに来るはずなかよねぇ……アレ?確かにAと話した気が…オレ誰から聞いたかな………