「旧校舎のこっくりばん」

投稿者:阿修拉麺

 

 これは、約10年前に私が関東の某S中学校に、新任教師として赴任した際に体験した話です。

 そのS中学は、創立から40年以上も経つ学校ですが、校舎自体は比較的新しいものが使われていました。しかし、普段の授業で使われる新校舎の裏には、時代を感じさせる木造の旧校舎がひっそりと佇んでいます。旧校舎は主に文化系の部活動やサークルの活動場所として利用されていましたが、その存在感は当時から異質なものでした。

 旧校舎の様子を一言で表すなら、1995年に公開された映画『学校の怪談』に登場する古びた校舎を思い浮かべていただければ、まさにその通りです。朽ちかけた木の匂いと、薄暗い廊下、誰もいないはずの教室から聞こえる微かな家鳴り。その旧校舎には、どこか不気味な雰囲気が漂っていました。

 先に記載しておきますと、私の受け持つ教科は情報であり、当時は主にPCに関する知識等を教えるといったものです。そんな私なので非科学的な事はどちらかと言えば信じていなかったし、某TV番組の恐怖体験や写真でビックリしたボーや元仮面ライダーがUMAを秘境へ探しに行く番組など、全く興味はありません。
 しかし、これから書く体験を経て、私はそう言った現象があるのかもしれないと半分思うようになりました。

 話を戻しましょう。長い歴史を持つ学校には、自然と不思議な話がついてくるものです。S中学もその例外ではありません。特に興味深いのは、その学校の七不思議と呼ばれる怪談話がすべて旧校舎に集中していたことです。
 旧校舎の古めかしい外観と設備は、現代の生徒たちにとってはアンマッチな存在。そのため、生徒達は先入観に基づき、様々なちょっとした噂や現象で、非日常的な話が膨らむ出来事を楽しんでいる様でした。

 その七不思議の内容はどこかで聞いたことがあるような話ばかりで、例えば旧校舎の2階にある女子トイレで昔の制服を着た女の子が現れる、また、元音楽室からピアノの音が聞こえるがピアノ自体は存在しない、といったもの。
 私の正直な感想は、想像力がチープだな、です。ただの噂やエンタメのネタに過ぎないだろうと思いつつ、新米教師だったこともあり、毎日が忙しくて、ただ日々を過ごしていました。

 S中学に赴任して4年目。私は初めてクラスを受け持つことになりました。学年は2年生のLクラス。思春期特有の血気盛んで繊細な生徒たちをまとめるのは、なかなかの至難でしたが、特に問題を起こす生徒が居なかったのが幸いです。それでも、彼らとのコミュニケーションには神経を使う毎日でした。

 日々の努力が実を結んだのか、私の苗字を愛称で呼んでくれる生徒もいて、
「ね~?モーリーは彼女いないのー?」
「おい、辻。先生は付けろって。いつも言ってるだろう」
 といった会話がクラスの中で飛び交うようになりました。
「でも、モーリーは先生ってより、友達みたいだもんな!」
「コラ、清原!お前はいつもちゃらけやがって。ほどほどにしろよ」
 という会話も日常化し、なんだか和やかな雰囲気でクラスをまとめられているという自負がありました。

 そんな6月中旬の頃です。

 クラスのムードメーカーでやんちゃ者の男子である清原が大型トラックに跳ねられました。幸いな事に命は取り留めたものの、意識不明の重体で寝たきりの植物人間。
 もし、目が覚めたとしてもこの先、車椅子での生活や脳に何らかの障害を残したままの生涯を強いられると医師から伝えられたと、清原のご家族から説明を受けました。
 私がこの事をクラスメートに伝えたのは、事故から3日が経過した帰りのホームルームです。その日の教室は静寂に包まれ、皆の顔が下を向き、暗澹たる面持ちでした。
 清原の状態が深刻なため、家族以外の面会は謝絶されており、私自身もまだ彼に会っていません。今後の清原について、何か情報があれば私が皆に伝えると告げ、その日は静かに下校となりました。

 それから一週間が経った頃でしょうか、学校中でとある噂が流れ始めました。『2年の男子生徒Kは先生の指導によって命を絶たれてしまった』というものです。話は背びれ尾ひれがついてますが、おそらくコレは清原のことでしょう。
 大きな事故とは言え、これを学校全体に話をする事ではないと職員会議で決まりましたが、実際に関わっている私やクラスメートが居るのだから、噂とは言え不謹慎だなと感じ少し憤りをおぼえました。
 そんな事もあり、クラスの中が何処と無くギクシャクした嫌な雰囲気になりつつありました。そして、その歪が形となってしまったのです。

 ある日の放課後、生徒達が部活動に勤しんでいる時間、私が職員室で作業をしているとガラッと勢いよくドアが開けられ、
「モーリー先生!辻さんと石毛くんが喧嘩しちゃってて……」
 と、女子生徒の笘篠と秋山が強張った表情で訴えかけてきました。
「え?辻と石毛が?なんで――」
「いいから、早く!お願いモーリー先生!」
 私は2人に腕を引っ張られながら小走りに教室へ向かいます。

 教室に着いた私は目を丸くしていたと思います。
「ッ痛ってーな!離せよ、ボケ!」
「あ!?ざっけんなよ!お前が渡辺さんに突っかかったんだろうが!」
「うっせーな!どうせ、このブスが清原をあんな目にあわせたんだろ!」
「テェンメェェ!」
 バキッと鈍い音が教室に響く。キャーと悲鳴を上げる女生徒達の声でハッとした私は「やめろ!」と叫びながら、辻の胸倉を掴みながら顔をもう一発殴ろうとする石毛を辻から引き離しました。
 その後、他の教師も駆けつけ二人を別々の部屋に連れてゆき、各々から事情を聴くことに。また、現場に居合わせた生徒からも簡単に状況を聞く事態となりました。

 私は辻に手を上げた男子生・石毛を宥めつつ、事の経緯を聞きます。私が目を丸くしていた理由は、普段の石毛という人物像から全く想像の出来ない状況であり、まるで何かに憑りつかれたかのような別人の雰囲気を感じたからです。
 石毛は成績優秀で素行も性格も居たって穏やかな少年。クラスのどのグループにも深く属してはいないものの、誰とでも仲良く話し、どのグループに居てもノリを合わせられるクラスの中心人物の一人だった事。勿論、今回の件があるまで、彼に対する悪い話等は聞いた事が無いからです。
「なぁ。なんであんな事になったんだ?」
「辻が清原の事で、渡辺さんに詰め寄って言いがかりをつけて、罵倒した挙句に手を出そうとたからです」
「罵倒?」
「そうです。清原があんな事になったじゃないですか?それを引き起こしたのが渡辺さんだって言い掛かりをつけて」
「待て待て。話が見えてこないんだけど。具体的に何でそんな話になったんだ?」
「渡辺さんが『こっくりばん』に頼んだって辻が言って、渡辺さんがしてないと言ったら、辻が勝手にヒートアップしはじめて……」
「……こっくりばん?」
「はい。モーリー先生は旧校舎の噂、聞いた事無いですか?」

 そう言って石毛が話してくれた噂の内容です。
 ①:始めに赤いチョーク、白いチョーク、青いチョークを各一本ずつ用意する。次に旧校舎の2階にある進路指導室として使われていた教室へ向かう。
 ②:その教室のドアの前で2回ノックして「失礼します」と一礼してから入室しドアを閉める。教室内の黒板のチョーク置きに、最初に用意したチョークを右から赤→白→青の順で並べる。
 ③:並べ終えたら黒板に向かって一礼一拍手をした後、赤いチョークで自分のクラスと名前を書いてから『工藤先生 ご相談にのって下さい』と書く。
 ④:すると過去にその教室で自殺した工藤先生の霊が白いチョークで黒板に文字を書き、相談に回答をくれたり、時に現実的な手助けをしてくれたりするので会話が出来るとの事。
 ⑤:相談を終えたら、最後に青いチョークで『工藤先生 ありがとうございました』と書くと事で会話が終了となるので、黒板に一礼し、速やかに退室する。退室後の黒板には一切文字が残らないという。
 この時に幾つかタブーがあるとされている。
 ・入室の方法やチョークを並べる順番等の条件を守る
 ・相談が始まったら、自分が質問する為の赤いチョークを手放してはいけない
 ・最後は必ず青いチョークで⑤の文言を書く
 ・これを行う際は必ず一人で行う

「それで?」
「はい。それで渡辺さんがコレを実際に行って、清原をトラックに轢かせたって」
「もしかして、渡辺は清原にいじめでも受けていたのか?」
「いえ。ただ、渡辺さんは清原に凄くいじれていて、それに乗っかった渡辺のグループからも変にいじられて……。ちょっと悩んでいたようです」
 いじめの一歩手前の様な状態。そんな事になって居たのかと渡辺を取り巻く環境への、自分の監督不行きに落ち込みました。
「清原はなんで渡辺をいじっていたんだ?」
「それは……。……。分かりません」
 口ごもらせて下を向く石毛。何となくですが、これ以上は質問しても意味がないだろうと感じ、私は女の子に手を上げるのは最低の行為だ云々と在り来たりな説教をして、辻を呼んでくるように言うと彼を帰します。

 数分後、私の前に頬が青くなり、不機嫌を顔前面に出した辻が座りました。
「なぁ、辻。お前、渡辺をいじめてたのか?」
「はぁ?別に。あんな奴、どうでもいいし」
「でも、お前から渡辺につっかかったらしいじゃないか」
「それはアイツが――」
「こっくりばんに清原の事を悪く書いたからと?」
「そう」
「馬鹿馬鹿しい。証拠でもあるのか?」
「別に。でもアイツ、清原の事、嫌ってたし。清原もアイツの事ばっか、色々言ってたし」
「色々って?」
「色々は色々。モーリーには関係ない」
「関係なくはなくなったな」
「別にいいじゃん!もう私帰るから!」
 そう言うと辻はバッと立ち上がり、教室から出て行きました。私は深いため息をついて一呼吸おいてから、今回の渦中に居るであろう渡辺を呼びました。

 泣きはらした瞼の渡辺が席に着きます。
「渡辺……。いじめでも受けていたのか?」
 首を横に振る渡辺。
「少し俺の質問に答えてくれるか?」
 彼女は首を小さく縦に振る。
「清原と何かあったか?」
 私のその質問に、渡辺は声を震わせながら話してくれました。

 事の発端は5月のGWの頃。普段、辻や清原がいるグループ数人と渡辺が居るグループ数人で遊ぶ事になったらしい。その際に清原から告白されたが断った。その後少しして、清原からのウザ絡みが増え、それに辻も乗っかって来たとの事。そんな状況を察して声を掛けてくれた石毛に色々相談していたらしく、そんな状況が続いて数週間後に例の事故が起こった。

 話しを聞いてなるほどと、察しがつきました。
 大人の私から見ても渡辺の容姿は端麗であり、どこか気品漂う容貌、切れ長で大人びた瞳、純白の絹のように透き通った肌、ほのかなピンク色の桜唇、艶やかで色香のある長くサラリとした黒髪。発育が良い体躯で運動もできて女子バレー部のエースであり、それに加えて、とても社交的で明るく、誰に対しても人当たりが良い。所謂、美人。
 それも相まって学年関係なく、女生徒や教師の間、特に男子生徒の中では人気の存在で学校のマドンナなのです。その反面、女生徒のごく一部にはあまり好く思われていなかったのはありました。

 これは推測も入りますが、渡辺を好きになった清原が告白して振られ、ただ諦めきれずに下手にいじる。ただ元々、清原と仲が良かった(たぶん好意を寄せていた)辻は、渡辺を疎ましく思いいじりに参加。相談を受けていた石毛はその最中で渡辺に好意を抱き、あまりに辻が渡辺に酷い態度をとったので感情的になり、今回の事が起きたのだろう。

 いやはや、言葉は悪いですが、馬鹿な3人だなと私は思いつつも、渡辺の話しを聞き終えて、疑問を投げかけました。
「お前はこっくりばんに清原の事、なんか書いたのか?」
 私は自分で聞いておきながら、なんて馬鹿馬鹿しい質問を投げかけているのだろうと思う。
「……。石毛君に、相談にのって貰って居たんですけど、具体的な解説策がなかったので……。たまたま他の友達にこっくりばんの噂を聞いて、気晴らし程度な考えでやったら……」
 彼女はポロポロと涙を零し、声を震わせながら続けて話します。
「実際に黒板に白いチョークで文字が浮かび上って、工藤先生と話が出来ました……。怖いと思いつつも、会話を続けて……」
「清原が事故に遭うように書いたのか?」
「そんな酷い事書きませんよ‼……ただ、会話の中で工藤先生が『根本を断てば解決する』との回答があって、私は自分の中でちゃんと清原君にやめてと言おうと思ったので、青いチョークで会話を終わらせたんです!そしたら……清原君がその翌日に事故に遭ってて……」
 嗚咽交じりに泣きじゃくる渡辺。私は彼女の肩を叩きながら、
「そうか。でもな、それは偶然だ。実際にお前はその噂を体験したかもしれないが、それで様々な願いが叶うならもっと皆やっているだろ?でも、そんな話、全然聞かない。大丈夫だ。お前のせいじゃない、大丈夫だ」
 と言い聞かせて、私は彼女をなぐさめつつ、グッと胸に抱き寄せて、落ち着かせる為にいっぱい泣かせてあげました。
 ただ、正直、この現象はどう解釈したものか。実際に体験をしたと言っても、現実的ではない。ストレスによる妄想の類だと私は思いましたが、彼女の今を見ると一旦受け入れたフリをして宥めるのが得策だと判断し、彼女の心のケアをするべく、週に一、二回ほど話しあう場を設ける事にしました。

 その後、彼女に帰宅するように促して、私は職員室に戻ります。「いや~、大変でしたね」と同僚の先生から話掛けられて、その流れでこっくりばんの噂につて訪ねてみました。
「あぁ~確かにそんな眉唾な噂がありますね。でも俺はこの学校で教師が自殺したなんて聞いた事無いですよ」
 私自身も聞いた事が無く出鱈目でしょうねと相槌を返します。
「なんの話をしているんですか?」
「あ、校長。実は今日ですね――」
 神妙な面持ちをしていたであろう私と同僚に、校長が話しかけて来たので事の経緯を話しすと、
「うーん。なるほど、確かにこの学校で教師が自殺した事はありませんよ。ただ――」
 と校長は話してくれました。

 校長がまだ一介の教師だった頃、この学校に赴任していた時期があり、その頃に起きた事件がある。
 真面目な性格で、3年生の学年主任を任されていた先生がいたという。生徒から相談されれば熱心に話を聞き、真っすぐにアドバイスをする姿勢で知られていたそうだ。
 その中の一人の生徒Dは受験や自身の成績に悩んでいたが、そのDに対しても先生はしっかりと耳を傾け、相談にのっていた。しかし、Dは自宅の部屋で自死してしまう。
 遺書が見つからなかったため、Dの親は学校と相談にのっていた学年主任を激しく非難。その結果、学年主任はそれを苦にして教師を辞めてしまった。その後、彼がどうなったかは誰も知らないという。
 学年主任からの聴取によると、Dは「親からの圧が苦しい」と何度も口にしており、家庭環境の改善やDの意思を分かって欲しい一心で、学年主任もDの親と何度か話し合いの場を持ったことがあったそうだ。

「ただ、これと今回の事が関係はないと思いますがね」と校長は最後に付け加え、同僚も「幽霊なんて馬鹿馬鹿しい」と一蹴。私も「そうですね」と同意。
 しかし、私たち教師の予想よりもこっくりばんの噂は広がり、度々、旧校舎の元進路指導室に生徒が目撃される事態になったため、その教室に南京錠を掛けて一切の出入りが出来ない様にしました。

 それから日が経ち、学校が夏休みに入った7月下旬のある日、運動系の部活動が学校に泊まり込んで合宿をする事となりました。私はまだまだ新米の教師という立場もあり、部活動の顧問が新校舎、私は一応とのことで旧校舎を夜通し見回ることになりました。

 時刻は夜9時を過ぎ、私は懐中電灯一本を手に旧校舎を巡回をしていた時です。例の噂の進路指導室にやってきた際、ドアの前を通ると教室の中から微かにタンタンと乾いた音が聞こえる。この音は黒板に文字を書く際の音であることがすぐにわかりました。
 進路指導室に誰かいるのか?と思い、私はその部屋の引き戸をガラッと開けて、懐中電灯の光で黒板の方を照らす。
 その瞬間に「キャッ!」っと、短く甲高い声が響く。懐中電灯の明かりの先に立っていたのは、渡辺でした。

「お前、何しているんだ?」
「モーリー先生……」
 口ごもる彼女。しかし、何をしていたかは黒板を見れば一目瞭然です。白いチョークと赤いチョークで黒板には文字が書かれている。渡辺はこっくりばんをしていました。私は渡辺に近寄ると彼女が持って居たチョークを奪い、黒板のチョーク置きに荒々しく置く。
「渡辺。まだ清原の事、引きずっているのか?」
「だって……」
「なぁ。こんな事をしても解決なんて出来る訳ないだろ?」
「でも……」
「白いチョークの奴は何処の誰かも分からないし、この行為自体、大きなリスクが渡辺にもあるかもしれないだろう?相談なら先生がいっぱいのってやる。だから、もうやめよう、こんな事」
 彼女は俯いて静かに泣きはじめる。清原の事件から週に数度、二人で会話をしてケアをしていたつもりだが、心の傷はまだまだ癒えていない様だ。
「大丈夫、大丈夫だ。先生がついてる。こっくりばんと清原の事故は関係ないよ。大丈夫、俺がお前の支えでいてあげるから。大丈夫だ」
 そう言って私は渡辺を引き寄せて、いつかの様に胸で泣かせてあげました。彼女は私の背に腕を回し強く抱きしめながら、声を殺しウッウッと泣きます。私は赤子をあやす様に頭を優しく撫でつつも、ギュッと強く抱きしめ返して、渡辺が落ち着くのを待ちました。ぼんやりと懐中電灯の薄ら明りに照らされた渡辺の大人びた容姿とは裏腹に、やはりまだまだ中学生なのだと思いました。

 そんな時間が少し続き、彼女が平静を取り戻します。その後、少しだけこれからの事を話しました。
「今日の事は誰にも言わない。渡辺と先生だけの秘密だ。ほら、早く戻んないとバレー部の顧問の先生が怒るぞ」
「うん……」
 話が終わると、私は彼女の背を軽く押し支えつつ教室から出す。その時、彼女はクルッ向き直り私へ顔を近づけると、そっと唇を合わせてきました。一瞬の事で私は呆けていたでしょう。
「お礼だから……」
 そう言い残し、新校舎の方へ駆けて行ってしましました。コレは誰かにバレたら懲戒免職もんだなと思いながら片方の口角を上げ笑い、私は進路指導室の黒板を懐中電灯で照らします。
 光に晒された黒板には渡辺が書いたと思われる赤いチョークでの質問と、それに対する回答が白い文字で3つ書かれてあった。

 Q:清原君の事故はこっくりばんと関係はありますか?
 A:ハイ
 Q:こういう事はまだ続きますか?
 A:ハイ
 Q:どうすれば終わりますか?
 A:根本を断てば解決する

 黒板を読み終えた私はフンと鼻をならして、黒板消しで文字を雑に消して進路指導室を後にしました。

 そんな事があった夏休みが開けて、季節は冬。私の受け持つクラスはやっとまた落ち着きを取り戻していました。
 辻を殴った石毛は夏休み中に鬱病を発症し転校。その引き金になったのは辻の親が地方議員で、元々ここらの地域ではお偉い様らしく、石毛の暴力沙汰に激高。色々と石毛本人のみならず、家族全員を狡猾に酷く責め立てて他県に引っ越させたらしい。
 その辻も一か月前にそのお偉い様の親が仕事での不正が発覚し逮捕され、一家共々、世間から逃げる様に彼女も転校した。
 不幸中の幸いとは決して言えないが、それでも事故にあった清原は目を覚ましていました。ただ脳に障害が残りベッドで寝たきりでただ生きているだけの状態が続いている。たまに譫言の様に「センセイガ……センセイガ……」と呟いていると聞きます。

「その後、変わりないか?」
「うん、ありがとうモーリー先生」
「別にいいって。渡辺も、もぅ大丈夫そうだし、この面談も終わりだな」
「うん……」
「もうあんな気味悪い事、するんじゃないぞ?」
「しないよ!」
「じゃ、今日で週の面談は終わりだ」
「待って!……。その私……。まだ不安です」
「ん?何が不安なんだ?」
「あの……モーリー先生……。困らせちゃうって分かってる。分かってるけど、ゴメンなさい。私、先生の事、好きなんです。だから……その……」
「その渡辺の気持ちは嬉しい。でもな、俺と渡辺は、先生と生徒。交際は出来ない」
「うん……」
「まぁ渡辺が成長して、高校を卒業しても俺の事が好きだった時にまた考えてやるよ」
「本当?」
「あぁ」
「じゃ……私の気持ち、預けておくね」
 彼女は夏休みのあの時の様にまた唇を重ねて来た。全く本当に。勝手に気持ちを預けられても困ったものですよね。
 この後日談ですが、大学生となった渡辺と正式にお付き合いをし、はれて結婚しました。今、彼女のお腹には私との愛の結晶も授かっております。

 私がこのS中学から他の中学へ異動がある時まで、こっくりばんの噂はありました。しかし、ドアが施錠させている事もあり、あの夏休みの夜、女子バレー部の合宿中にこっくりばんをした渡辺を最後に、こっくりばんを行った 生徒 は居ないと思います。
 現在はこっくりばんのあった旧校舎は老朽化の為に取り壊されたと言伝に聞いていますが、誰にとっても良かったのではないかと思います。
 あの夏休みの日、こっくりばんに書かれていた真相を解明されたら今の幸せが無くなしますからね。
 ここに書いた体験談が実際にこっくりばんによって引き起こされたかどうかの真偽は、どうでもいいんです。私は半分しかこういった現象は信じていないからです。
 何故なら渡辺が私の事を好きなるように、ある程度は情報をコントロールした結果だと思っているから。

 ただ、私は進路指導室の工藤先生に一つだけ、相談したことがあります。

 Q:渡辺は処女ですか?
 A:ハイ
 Q:渡辺の処女を奪うにはどうすればいいでしょうか?
 A:時間をかけて待ちましょう
 Q:渡辺の処女が他の奴にとられないようにするには?
 A:彼女から要因を遠ざけましょう
 Q:アナタは排除に協力してくれますか?
 A:ハイ

 コレは清原が事故に遭う前の4月下旬の事です。

 でも、私は何もしていません。事故に遭った清原も、転校していった石毛や辻も、私が何をしたからではなく、ただただ自然の成り行きでそうなっただけ。
 私がしたことは、定期的に進路指導室の噂を流した事。あの夏休みの夜に進路指導室の鍵をわざと開けていたにすぎない事。面談を通して渡辺に気づかれないようアプローチをし、心を誘導していっただけの事。
 セーラー服を着た中学生の発育が始まりかけた身体、高校生の子供でもなく大人になりきる前の身体を抱けなかったのは悔やまれますが、時間をかけて待った成果として、二十歳を前にしても処女であった18歳の渡辺とはSEX出来ましたし、半分くらいには非科学的な事があるのかなと思った体験です。

 

得点

評価者

怖さ鋭さ新しさユーモアさ意外さ合計
毛利嵩志121512101261
大赤見ノヴ151516161678
吉田猛々161617171783
合計4346454345222