「行き先は地獄。」

投稿者:超常現象好きのウィンチェスター

 

 田舎町の穏やかな風景が広がる中、小さかった俺は、母親に手を引かれ、毎年のように母方の祖母と共にお墓参りに出かけていた。古びた墓石の前で線香を手向けると、お寺の住職さんが微笑みながら近づいてきては必ずこう言った。「お写真のお祖父さまが喜んでるよ。」

俺にとってその言葉は、幼少期の記憶の一部となっている。
 そして月日が経ち、中学、高校となると部活動や勉強で忙しくなり、次第にお墓参りの習慣も少なくなっていき、今では完全に途絶えてしまっている。

 高校三年の春、修学旅行先は沖縄だった。透き通る青い海と沖縄ならではの独特な風景に心を奪われていた俺は、友人たちと色々な観光場所を見て周り、かけがえのない充実した時間だった。自由時間になると俺は友人3人と人気のない美しい浜辺を見つけて、貸切状態の浜辺で遊ぶことにした。木の枝を使ったビーチフラッグや海に入ってはいけないという学校のルールを無視して、膝下までズボンの裾をあげて、海に入って友人を倒そうとしたりすごく楽しい時間だった。笑い声が響く中、ふと岩場に小さな洞窟を見つけた。

 「探検しよう!」友人の一人が言い出し、皆が賛同した。洞窟の中に入ってみると、暖かい浜辺とは別で、涼しく心地よい風が俺たちを包み込んだ。洞窟の中はそこまで深くなく、すぐに行き止まりになったが、その奥に一つの朱色の手鏡が落ちているのを見つけた。「不気味なもんみっけ!」友人の1人がそれを拾い上げて浜辺へ走り出した。俺達はその友人に小言を言いながら追いかけると、散歩中の様な見知らぬお爺さんが突然現れ、「この浜辺で遊ぶな!」と激しく怒鳴られた。俺達は突然の怒鳴り声にびっくりしてると「お前ら地元の学生じゃないな?いいか!沖縄にはな、遊んでいい海と遊んじゃいけない海があるんだ!わかったらとっとと帰れ!」不気味な雰囲気に少し怯えつつも、楽しい雰囲気を台無しにされた俺達は「別に誰に迷惑かけてるわけでもないんだからいいじゃないですか!」と言い返した。するとお爺さんは「お前らどこの学校の者だ?学校に電話してやっから教えろ!」とすごい剣幕で言い寄ってきた。流石の俺たちも修学旅行で先生に怒られるのも嫌だし、帰ってから問題扱いされるのも嫌だったので逃げるようにその場から立ち去った。

 俺達はそのまま観光バスの中に戻り、さっきまでの出来事に対してあーだこーだと話しをしていると、友人の一人がその朱色の手鏡を持って来ていることに気がついた。「お前なんで捨てて来なかったんだよ」と言い寄ると、友人は「これは戦利品だよ。それに見てみろこの手鏡、捨ててあった割にはめちゃくちゃ綺麗だろ。」とニヤけながら言ってきた。確かに綺麗ではあるが、俺はその鏡に少し嫌悪感を抱いていた。
 そして修学旅行の楽しい日々はあっという間に過ぎ、俺たちは地元に帰ってきて、普通の日常がまた始まるのだと思っていたが、次の日、その友人が体調を崩し、学校を休むようになった。気温などの変化で風邪でも引いたのだと考えていたが、1週間近く経っても友人は学校に来ない。心配になった俺は学校のプリントや課題などを届けるついでに友人の家に行くことにした。

 友人の家に着き、部屋に上がれせてもらうと、友人は自室のカーテンを閉め切り、真っ暗な部屋のベッドの上に座っていた。「よぉ。」と話しかけると友人はゆっくりと俺の方を見て「よぉ。」と返事をしてきた。その友人の手にはあの朱色の手鏡が握られていた。「いつまでそんなの持ってんだよ」と友人に言うと「いや、なんでもない」と素っ気無い反応をして、すぐ鏡を見つめ出す。
少し気味が悪くなった俺は、学校の事を幾つか話した後、すぐに友人の家を後にした。

 そして次の日、朝のホームルームでその友人の訃報を聞いた。死因は心不全だった。

 俺はあの朱色の手鏡が気になり始めた。あんなに元気だった友人があの手鏡を拾ってから急な死を遂げた。俺にはあの手鏡が友人の死と無関係とは思えなかった。俺の手で朱色の手鏡を処理しなくてはと使命感に駆られた。
 友人のお葬式は家族のみで行われると聞いたが、俺は後日お線香をあげるとの理由をつけて友人の家を訪れた。お線香をあげた後、友人の部屋を見させてもらい、手鏡を探した。手鏡は机の上に置いてあった。俺は友人の親族にバレないように手鏡を自分のバックに入れて、近くの川に捨てようと考えていた。しかし、手鏡をバックに入れた途端、奇妙な衝動に駆られ出した。俺は友人の家を出た時にはもう捨てるという目的を忘れて、早く家に帰り、朱色の手鏡と共に居なくてはいけないという考えになっていた。まるで恋人と早急に2人きりになりたいと思うように。
 その日を境に俺の日常が狂い始める

 次の日から俺は体調不良を理由に学校を休むようになった。本当の理由は体調不良では無く、その鏡をずっと見続けていたいと思っていたからだ。部屋が明るいと鏡の反射が嫌で暗くしていなくては落ち着かない体になっていた。それから食事も十分に摂る事なく、風呂も入らず、俺は1日中鏡を見つめ続けていた。家族は友人の死がショックで立ち直れないのだと思っていたみたいで、心配する声をかけてくれてはいたが、そんな優しさもこの時の俺はどうでも良くなっていた。

 それから約1週間が経とうとした日の夜、俺は奇妙な夢を見た。

 夢の中の俺は、漆黒の海辺に居た。周囲は闇に包まれ、冷たい潮風が頬を撫でる。墨汁のように真っ黒な海には黒い岩でできた大きな門の様な建造物がぼんやりと建っていた。そして、その門の手前には、朱色の着物を着た美しい女性が立っていて、彼女は俺に手招きをしていた。

 夢の俺は服を着たままどんどん海に入って行き、女性の元へ近づくと、彼女は冷たい手で俺の手を握り、「みんなが待ってるよ。」と美しく微笑みながら、門の方へ俺の手を引っ張り出した。

 俺とその女性はどんどんどんどん門に向かって歩いて行く。門の奥から冷たい風と共に老若男女の声が聞こえてくる。高笑いをあげているのか、もしくは叫んでいるのか、その時の俺は何も考えられずただひたすらその女性に手を引っ張られながら声の元へ向かって行った。
 
 すごく大きな門のすぐ目の前まで到着し、女性と共に門をくぐろうとしたその瞬間、後ろから力強い手が伸びてきて、女性の腕を掴んだ。俺が振り返ると、そこには鋭い眼差しを持つ若い男性が立っていた。彼の冷静な目が女性を見据えていた。

「そっちに行ってはいけない。」その男性は静かに、しかし確固たる口調で俺に言い放ち、俺の手を握り、引き返そうとしたその瞬間、女性がぐるっとこちらに振り返った。その顔は、さっきまでの美しい顔とは変わり果てている。皮膚が焼けただれて真っ赤に湿っていて、目と鼻と口には何もなく真っ暗な空洞。髪はボサボサに荒れ果てている。そんな姿の女性が男性に向かって物凄い剣幕で「邪魔をするな!邪魔をするな!邪魔をするな!邪魔をするな!」と怒鳴りだした。
 俺は一気に恐怖して動けなくなってしまったが、男性はその怒号を完全に無視をして、俺の手を引っ張る。俺は引っ張られながら今来た道を引き返しているその間、後ろの女性は男性と俺に向かってありとあらゆる罵詈雑言を怒鳴りながら追いかけてくる。男性は俺の手をしっかり握りしめながら、一切振り返る事なく、海を上がり、砂浜にある小さい丘陵をめがけて足を進める。
 
 小さい丘陵を越えたその先には、あの朱色の手鏡が砂浜に突き刺さっていた。しかし、手鏡と言えるほど小さい物ではなく、全身鏡の様に大きくなっている鏡だった。そして、その鏡の前に着いた頃には後ろから聞こえる怒鳴り声も、あの女性も居なくなっていた。
 男性は鏡の前で俺の手を離し、俺に向かって優しく微笑み、小さく頷くと「もうここに来てはいけないよ。」と言い放ち、鏡に向かって俺を強い力で突き飛ばした。

 鏡に体ごとぶつかるとバリン!っと鏡が強く割れる音と共に、俺の目の前が再び明るくなった。
 元の世界に戻っていた。俺の手にはまだ朱色の鏡が握られていたが、鏡は変わり果てていて、つい昨日までは綺麗な朱色の手鏡だったのが、錆の様な色に変わっていて、鏡面は割れていて、鏡としての役割を果たせないくらいに汚れていた。

 俺は突然物凄い恐怖に襲われ、急いで母の元に行き、鏡のこと、今見た夢の事、全てを母に伝えた。その時の俺は半狂乱になっていただろう。しかし母は優しく俺の背中を撫でながら話しを聞き、話し終えたあと、仏壇の引き出しから1枚のメモ用紙を取り出しどこかに電話をかけた。

 電話をかけ終えた後すぐさま母は「その鏡をタオルに包んで準備しておいで。これからお祖母ちゃんのとこに行くよ。」と俺に優しく、そして真剣な眼差しで言ってきた。

 俺はなぜお祖母ちゃんのとこに行くのかわからなかったが、質問できるほど冷静で居られず、言われた通りに準備をして車に乗り込んだ。

 祖母の家までは車で2時間くらいかかるが、その道中俺は母が側にいる安心感で深い眠りに落ちていた。
 母に起こされ目を覚ますと、そこはもう10年近く来ていなかった家のお墓があるお寺だった。俺は車から降りると、本堂の前に優しい笑顔をした、子供の頃よくお話しした住職さんがこちらに向かって深々と会釈しているのが見えた。

 母と祖母と俺は住職さんの元に行くと、住職さんは優しい笑顔のまま「お話しは伺っております。〇〇くん(俺の名前)は本堂に上がってください。お母様お祖母様は少々お待ちください。」と言いながら俺の肩に優しく手を添えて、本堂に入ることを促した。

 俺は言われた通り本堂に上がると、そこには2枚の座布団が用意されていて、俺はそこに座り、住職さんは俺の正面に座った。
 そして俺は住職さんに手鏡のこと、昨晩見た夢の話を事細かく話した。
 「件の鏡を見せてくれませんか?」と住職さんが言うので、俺はバックから鏡を取り出し、タオルを外そうとしたその時、「いや!タオルはそのままで私に渡してください。」と一瞬緊張感が走り、言われた通りにタオルごと住職さんに手渡した。

 住職さんはタオルを慎重に剥がし、手鏡の鏡面に、人差し指と中指を当てて、目を閉じた。時折り険しい表情を浮かべたが、数秒後目を開いた後、手鏡をタオルに包み直し、それを祀られている菩薩様の下に置きに行った。そして、またすぐ俺の前に座り直し、静かに語りだした。

 「この度〇〇くんが持って来られたこの手鏡は、本来この世にあるべき物では無い、いや、あってはならぬ物です。この手鏡は昔、普通の手鏡であったのは確かなのですが、現在はこちらとあちらを繋ぐ門の様な役割りを持ってしまっています。それも、極楽浄土などという良い場所ではなく、地獄に繋がっています。なぜ地獄に繋がってしまったのかハッキリとはわかりませんが、確か沖縄の洞窟で拾われたのですよね?推測になってしまいますが、〇〇くんが沖縄で行かれたその洞窟は昔、第二次大戦の沖縄戦で防空壕の役割をしていた洞窟なのでしょう。そして、その洞窟内では多くの方々が自ら命を断つという悲しい過去があったのでしょう。あの鏡はその場で命を断つ方々の怒りや憎しみ、悲しみなどの負の感情を多く映してしまい、その地獄の様な現状とあちらの地獄を結び付けてしまったのではないかと思います。そして、〇〇くんが見た夢の世界は、海辺と伺いましたが、そこは三途の川と言われる場所で、とても地獄寄りの方だったのでしょう。夢に出てきた女性は、地獄に御霊を引きずりこむ魔物の様な存在です。悪霊怨霊、物の怪の類であればどうにかできるのですが、それよりも邪悪な存在です。今後この鏡と接触しない為にも私が完全に保管し封印しましょう。私はこういった案件に少し精通していまして、この様な曰くのある物を封印し、浄化する役目もあるのです。なので安心してくださいね。」住職さんは優しく微笑んだ。

 しかし、俺には一つ大きな気掛かりがあった。
「あの、手鏡を拾った俺の友人は心不全で亡くなってしまったのですが、それは、あの女に地獄へ連れて行かれてしまったっていう事ですよね?」
 答えを聞くのが怖かったが、ちゃんと聞かなければいけないと思った俺は、声を震わせながら問いかけた。
 すると住職さんは一瞬目を見開き、その後すぐ優しい顔に戻り「ご友人はこの手鏡によって亡くなられてしまったのですね。それは本当に悲しく残酷なことですね。しかし仏道の中に、誤って地獄に堕ちてしまった御霊には、必ず救いの手が差し伸べられるとの教えがあります。私には残念ですが、どうすることもできません。しかし、観音菩薩様やお地蔵様があちらの世界でご友人を救ってくださるようお願いすることはできます。これから〇〇くんと鏡の因果関係を断つため、そしてご友人を救ってくださるようお経を読ませていただきますので、共に手を合わせお祈りをお願いします。お母様お祖母様も呼びまして皆さんで御一緒に。」

 俺は読経をしてもらってる中、どうして友人が手鏡を持ち帰ってくるのを強く止めなかったのかと、後悔と自分に対しての怒りで涙が止まらなく、号泣してしまった。

 読経を終えたあと、住職さんは俺に「〇〇くんがこちらに戻って来れたのは、見守ってくれているご先祖様が連れ戻してくれたからでしょう。久しぶりにお墓にも手を合わせられてはいかがでしょうか。」と言ってくれた。
 俺は涙を流しながら頷くことしか出来ず、そのまま母と祖母に連れられてお墓参りをした。
 それから俺は毎年お墓参りの日は必ず行くようになった。目に見えない存在にも礼儀を持つということをこの一件で学んだからだ。

 3年後、俺は法事で再度お寺に行き、本堂に上がる機会があった。
 法事が始まるまでの時間、俺は本堂の中を見て回っていた。何枚も飾られている写真を見ていると、祖母が歩み寄ってきた。
 「この写真の中にお祖母ちゃんが映っているのよ。あの住職さんが来た時に祝いと挨拶を込めて大勢で写真を撮ったの。」と1枚の写真を指差した。
 俺はその写真を見てみると、本堂を後ろに、住職さんを中央にして何十人もの大人が映っている普通の集合写真だった。そして、その中に若かりし頃の祖母が映っていた。「お祖母ちゃん若いな」そう思っていると、その祖母の横に、祖母の肩に腕を回して満面の笑みを浮かべている男性が映っていた。「あの夢で俺の手を引っ張った男だ。」そう思っていると祖母が「この頃はまだお母さんも産まれてなくてね。隣の人がお祖父ちゃんだよ。口数は少なかったけど、優しくて笑顔が素敵な人だったわ。」そう思い出に浸っている祖母を見て俺は微笑ましく、そして嬉しく思えた。祖父は俺が産まれた頃には亡くなっていたが、ずっと見守ってくれていたのだと。心の中で感謝を述べた。

 しばらくしたら、住職さんが本堂に入ってきた。俺の知っている住職さんでは無く、若い住職さんだった。「あれ?住職さんって変わったの?」そう祖母に伝えると「そうよ。3年くらい前に先代の住職さん亡くなっちゃって若い住職さんになったのよ。」
 俺は変な胸騒ぎがした。

 法事が終わって、家族と一緒にお墓に移動する時、俺は住職さんの元に行き話を伺った。「先代の住職さんは3年前に亡くなられたと伺ったのですが、不謹慎で申し訳ありません。どの様に亡くなられたのかご存知ですか?」
 「はい、私も詳しくは聞いていないのですが心臓による病で亡くなられたと聞きました。」
 「俺、3年前に曰くのある手鏡を先代の住職さんに預かってもらったのですが、今もその様な物は保管されているのでしょうか。」
 「いやー、先代の方はその様な事に精通されていたらしいのですが、私はその様な事が専門外でして、私が住職に就任した時、曰くの物は全て他の和尚様にお焚き上げしていただきました。その際、私が蔵から全て出したのですが、殆どは人形やぬいぐるみ、あと簪などがありましたが、手鏡の様な物は見受けられ無かったと思いますよ。」
 俺は絶句した。
 頭の中が真っ白になり、そこからの記憶は曖昧になってしまった。
 俺は無責任にもあの朱色の手鏡を住職さんに渡してしまい、そのせいで住職さんが亡くなられたのだとしたら、俺は友人も見殺しにしてしまい、住職さんのことも見殺しにしてしまった。
 俺の死後はあの女によって地獄に堕ちるのでは無く、正式に地獄に堕ちるのだろう。
 友人と住職さんに、どうか救いの手が差し伸べられる事を祈ることしかできない。

 例の朱色の手鏡は、今もなおこの世のどこかにあるのだろう。皆さんどうか、朱色の手鏡を見つけても拾わないでください。

 

得点

評価者

怖さ鋭さ新しさユーモアさ意外さ合計
毛利嵩志151515121269
大赤見ノヴ161715161781
吉田猛々181816171685
合計4950464545235