前世からの、運命の出会い。
そう聞くと、誰もが素敵、羨ましいなど、羨望の眼差しを向ける事だろう。
しかし、祖父の元へ来たその女性は少しも嬉しそうではなく、歯を食いしばりながらこう言った。
「…前世がなんだって言うんですか。
私達が何をしたと言うんですか。
一度でも罪を犯した者は、永遠に幸せになってはいけないとでもいうんですか!?」
祖父は、今の人生の一つ前、いわゆる前世というものがハッキリと映像で見る事のできる人だった。
祖父の元へやってきたその女性は、(サユリ)と名乗り、20代半ばの可愛らしい人。
しかし、長い黒髪は雑に束ねられ、
着ている花柄のピンクのワンピースも汚れ、とりあえず外に出ると言うので最低限身だしなみを整えた、と言った乱れた見た目だった。
祖父がその時見えていた映像は、愛する人に無惨にも撲殺され、それでも愛する人を恨めずに涙を流す女性の映像だった。
その映像にこめかみを押さえている祖父に、サユリさんは語りだした。
サユリさんの家庭は母子家庭で、母親とはうまく行っていなかった。
物心つくまでは父親も一緒で、母親も優しかったそうだが…
サユリさんが成長し、大人びていくのに合わせて母親はヒステリーを起こすようになり、娘を庇う自分の旦那でさえ罵倒し、耐えられなくなった父親は家を出て行ってしまったそうです。
それからは、息の詰まる毎日だった。
サユリさんはなぜ、母親がここまで自分を嫌っているか理解できず、深く傷ついていった。
家では無視され、たまに話したと思えば、お前なんか産まなければよかった、そうすればあの人は…!と訳のわからない事を言ってヒステリーを起こし、サユリさんの心は疲弊していった。
そんな思春期を過ごし、いつか家を出れば自由になれると信じたサユリさんは、擦り減った精神の中努力し、他県の大学に合格する事ができた。
一人暮らしのアパートも決まり、出発の時でさえ母は顔も合わせずに、
「あの人を早く連れてこい!
あの人はどこだ!」
といつも通り訳のわからない事を言っていたそうです。
そして始まった大学生活、全てから解放されたような気がして、サユリさんは勉学にバイトに忙しい毎日を過ごしていました。
バイト先のファミレスで、その出会いはありました。
その日は客が少なく、サユリさんは1人でホールの掃除をしていた。
そんな時、入店のメロディが鳴り、1人の男性が入って来た。
サユリ「いらっしゃいま…」
いつも通りの明るい挨拶をしながらその男性の元へ向かい、顔を見た瞬間、サユリさんは時が止まったように感じたそうです。
それは男性も同じだったようで、サユリさんを見つめたまま、嬉しいような泣きそうなような表情で固まっていた。
いつまでも案内しないサユリさんを不思議に思い、レジにいた先輩が
「…ご案内!」
と言ってくれて、時間が動き出した。
サユリ「…あ、すみませんでした、こちらへどうぞ!」
今のは何?と思いながらも、いつもの笑顔を取り繕いサユリさんは男性を席に案内しました。
それからその日はメニューを取り料理を運び、特に何事もなく男性は帰って行きました。
その夜、サユリさんは夢を見た。
時代は雰囲気的に、昭和後期か平成初期。
河川敷のような所に座り、楽しそうに話す男女がいる。
女性は、サユリさんではありません。
男性も、知らない人でした。
サユリ「すごく…幸せそう」
そう思うと目が覚め、いつもの起きる時間でした。
不思議な夢だったな、と思い目をこすると、頬に涙がつたっています。
よくわからないけど、心がとても満たされている事に気づき、サユリさんは明るく1日をスタートすることができたそうです。
その日も大学が終わりバイトに行くと、沢山いる客の中でポツンと1人でコーヒーを飲んでいる男性を見つけました。
サユリ「昨日の…」
何故かとても気になりましたが、その日も特に男性の席に近づく機会もなくバイトは終わってしまいました。
その夜、また夢を見た。
昨日見た夢の河川敷、目を輝かせて何かを話す男性の横顔を、女性は優しい気持ちで見つめています。
サユリ「この男の人が、好きなのね。」
そこで目が覚め、また涙を流している事に気が付いた。
あの人に会ってから、同じ夢を続けて見ている。
サユリさんは、不思議な高揚感を感じていました。
その日、大学構内を1人で歩いていると、声をかけられました。
??「あの…もしかして、あのファミレスで会いませんでしたか?」
サユリさんが振り返ると、例の男性が立っていました。
彼は(タクヤ)と名乗り、同じ大学の1年先輩でした。
声をかけようか迷ったけど、あのファミレスで会ってから何か気になって…とタクヤは恥ずかしそうに言った。
その姿になにかおかしくも懐かしさを感じましたが、夢の男性とタクヤは全然似ていません。
私も気になっていましたと言い、それからは時々お茶をしながらお互いの事を話すようになった。
そらから、タクヤと会った後は必ずあの2人の夢を見たそうです。
お茶をする2人。
一緒に読書をする2人。
夢の中の2人の仲も深まっていくようでした。
サユリさんとタクヤさんが付き合うのに、時間はかからなかった。
付き合うようになってから、夢の内容も深いものになって行きました。
手を繋ぐ、キスをする、体を重ねる…
2人の関係と夢の2人の関係がリンクしている事はも疑いようのない事実でした。
ここでサユリさんは、前世で一緒だった2人がまた出会えた、と思ったそうです。
ここまでなら、とても素敵な、運命の出会い。
祖父が言うには、前世を覚えている人には2種類あるそうです。
生まれた時から覚えている人。
前世で深い関わりがあった事柄に触れて思い出す人。
サユリさんは後者のパターンだと。
しかし、それにしても祖父の見た映像の意味がわかりません。
サユリさんは続けました。
2人の関係は良好でしたが、タクヤさんには少しだけ心配な面があった。
独占欲が強いのです。
大学構内で同期の男子生徒と話していたり、バイト先で同僚の男性と話していると、
タクヤ「君が他の男性を見るのがつらい。
話しているのがつらい。」
最初は愛されていると感じていたタクヤさんの重さが、次第に心の負担になって行った。
それに伴い、夢の内容も変化していった。
タクヤさんが独占欲を出した日の夢は、いつもと違いました。
夢の女性は怯えていて、男性は涙を流しながら、何かを叫んでいます。
何を言っているかは聞こえません。
タクヤさんが束縛するたび、同じ夢を見ました。
何回も同じ夢を見ていると、男性が言っている言葉が少しずつ聞こえるようになって来た。
夢の男性「またあの男と会っていたのか!
俺を捨てるのか!」
男性は怒鳴っている。
女性は泣いている。
夢の女性「なんのことだかわかりません。
信じて…」
目が覚める。
タクヤと出会った頃とは違う、悲しい涙が頬を伝っていました。
タクヤの事は好き。
母親に傷付けられた心を癒してくれた。
でも、今は会うのが怖い。
彼も、同じ夢を見ているんだろうか…
そんな事を考えると、タクヤさんに会うのが億劫になっていきました。
しかし、その心配をよそに、タクヤさんの方から会うのをやめようと言って来ました。
なんで?サユリさんは聞いたが、引き攣った顔で、ごめん、とだけ言ってタクヤさんは去って行きました。
その日から、また夢が変わります。
男性は出てこず、女性だけが啜り泣きながら何かを言っている。
夢の女性「何故、私を信じてくれないの?
何故、あの子の言葉ばかり信じるの?」
あの子?あの子って誰なの?
ねえ、教えて!
そう思うと、また泣きながら目が覚めます。
確かに独占欲が強く、束縛気味だったタクヤさん。
それでも、サユリさんは愛していた。
だから、今の気持ちと、夢の事を話そうと思いました。
数日ぶりにあうタクヤさんは、随分やつれていた。
大学でも見かけないと思っていたが、しばらく自宅に引きこもり食事もあまりとっていないようだった。
涙が出ました。
私を愛したせいで、こうなってしまったのかと。
気持ちが溢れ、出会ってから今まで見た夢の話しを全部話しました。
そして、最後の夢の意味はわからないけど、言える事はただ一つ、今、サユリという私がタクヤというあなたを愛している事だと、伝えました。
しばらく黙って聞いていたタクヤさんは、ポツリポツリと話し出した。
タクヤ「やはり、そうだったんだね。
君も、同じ夢を見ていた。
俺たちの出会いは、きっと運命だったね。
本当に、本当に嬉しかった。
だけど…」
悲しいのか、怒りなのか、顔をぐしゃぐしゃにしてタクヤさんは続けます。
タクヤ「だけど、最後の夢は違う。
君と僕の見ているものが違う。
いや、もっとずっと前から、僕は君と違うものを見て来た」
サユリ「タクヤさ…
タクヤ「信じることができなかった、愛する君を。
弱い俺は簡単に惑わされてしまった。
それで、2人も手にかけてしまった…!」
タクヤさんが何を言ってるか、わからなかった。
いや、わかりたくなかった。
きっと、あの夢の女性は、あの男性に殺されてしまうのだろう。
勘違いや、誰かの入れ知恵だとしても。
その時は、何故かそう思ったそうです。
サユリ「夢の事はわかったわ。
やっぱり私達、前世でも出会っていたんだと思う。
けど、私達は私達よ。」
必死にサユリさんが語りかけても、もうその時のタクヤさんは普通ではなかった。
タクヤ「これはきっと、罰なんだ。
愛する人を信じられなかった僕への、永遠に続く罰なんだ。
だから……
そう言ってタクヤさんは、サユリさんを寂しそうな目で一瞥したあと、足早に去って行きました。
サユリ「そのすぐ後です。タクヤさんが自分で命を絶ってしまったのは。」
話し終えるとサユリさんは、泣くでもなく、なんなら怒りにも似た表情へと変わっていきました。
サユリ「過去の私はきっと、彼に殺されてしまったんでしょう。
」
サユリ「でも、だからと言って、どうして彼が死ななければいけないんですか。
独占欲は寂しさの現れで、本質はとても優しい人なんです。
前世の彼が人を殺めたからと言って、その罪をタクヤさんが被る必要なんてないはずでしょう!」
先ほどまではなんとか静かに話していた彼女が、語気を荒げて祖父に問いかける。
祖父「後天的に前世を思い出した人間は、その記憶をなぞる傾向が強いんだ。
子供の頃と違って、自分で物事を考えられる年齢になってからなんらかのキッカケで前世を思い出す者は、より運命的に感じて妄信的になりがちなんだ。」
サユリさんは、祖父の言葉を唇を噛み締めながら聞く。
祖父「特に囚われやすい記憶が、愛と、罪だ。
タクヤさんの場合は、そのどちらもとても大きく彼を蝕んでしまったようだ。」
前世の記憶をなぞり、同じような悲劇を繰り返してしまう。
祖父はそれを、
「過去に取り憑かれる」
と話していた。
サユリ「それでも…」
サユリさんが覚悟を決めたように口を開く。
サユリ「それでも、彼は過去の通り亡くなったわけではありませんよね?
彼の話しだと、2人の人間を殺めているはずです。
その後に、自害をしたのでしょう。
でも…」
そうなのだ。
前世の通り、記憶をなぞるなら、嫉妬に狂ったタクヤさんはサユリさんを手にかけた後、さらにもう1人誰かを手にかけるはずだった。
しかし、タクヤさんはサユリさんに懺悔した後、自分だけをこの世から消してしまったのだ。
祖父「ここまで過去に取り憑かれた人間が、違った最期を選ぶ事はとても珍しい事です。
出会いは過去の運命でも、この時代の貴女という女性を、本当に愛していたのでしょう。
だからこそ、自分が完全に過去に取り込まれる前に、また貴女を傷付けてしまう前に、自分で幕をひいたのでしょう。」
サユリさんは泣いていた。
祖父の言った事は、とっくに彼女にはわかっている事だった。
だからこそ、祖父は愛の美談としてこの話しを終わらせたかった。
そうしなければ、彼が報われない。
サユリ「…それでは、あんまりです。
過去の罪を彼だけが1人で被るなんて、私には許せません。
」
そして一呼吸置き、サユリさんは言った。
サユリ「今を生きる人間が過去の罪を被るべきなのだとしたら、本当に罰せられなければいけない人間は他にいます。」
やはりそうだ。
祖父にはわかっていた。
祖父の元に来る人は、主に2種類。
過去を知りたい人。
過去に決着を付けたい人。
最初に顔を見た時から、サユリさんは後者だとわかった。
見えた映像の事もあるが、ある種の覚悟のようなものが彼女の表情から読み取れたからだ。
祖父「彼は、タクヤさんは貴女の為に過去を断ち切った。
つらいことですが、それを無駄にしてはいけないと思いませんか。
貴女が過去から解き放たれ、幸せにならなければ彼が報われないと思いませんか。」
サユリ「彼だけがいなくなった世界で、幸せになんかなれません。
それに…」
祖父は嫌な予感がしていた。
先に述べた惨殺の記憶のほかに、もう一つの映像が見えていたからだ。
そして、彼女はそれに囚われていると祖父にはわかっていた。
サユリ「彼が死んだと聞いてから、夢が変わりました。
いつもの女性、私ですね。
その他にもう1人、同い年くらいの女性がいて、私にこう言うんです。」
謎の女性「なんでみんなあんたを好きになる!
なんでみんな私を見ないんだ!
あの人をよこせ!
あの人は私のものだ!」
目を血走らせながら捲し立てるその女性は、サユリさんの知る誰かに似ていた。
そして、この女が彼にある事ない事吹き込み、2人の仲を壊した元凶なのだと理解した。
サユリ「彼とうまく行っていない時に見た夢、その時私が言っていた言葉…
何故、私を信じてくれないの?
何故、あの子の言葉ばかり信じるの?
きっと、あの女性は口がうまかったのでしょう。
私と彼の仲を壊す為、あれこれ画策したのでしょう。」
そう。
祖父には、2人の男女のほかに、彼女に敵意をむき出しにする女性の映像が見えていた。
その女性が、彼が手にかけた2人のうちの1人であろう事も、話しを聞くうちに理解できていた。
しかし、そうなると…
サユリ「寂しさゆえに独占欲が強かった彼は、まんまと女性の口車にのり、私を手にかけたのでしょう。
そして、真実を知った彼に自分も…」
なんて酷い話しか。
祖父は目を伏せた。
そして、もうサユリさんを止められない事を悟った。
彼女も、過去に取り憑かれてしまっていた。
サユリ「死ぬべきなのはあの女の方。
なぜ、彼が死ななければならなかったのか。
私は、納得できない。
許せない。
許せない…」
無駄とはわかっていたが、彼の死を無駄にしない為に、祖父は言った。
祖父「その女性の記憶をもつ者が、この時代にいるとは限らんだろう。
彼の死を無駄にするな。
過去に取り込まれてはならない。
貴女は、貴女なんですよ!」
伝わってほしかった。
過去に囚われず、生きてほしい。
そう思い1人消えていった、タクヤさんの思いが。
しかし、もう、彼女は囚われていた。
取り憑かれていた。
徐に、昔話を話し出す。
サユリ「…母は、昔は優しかったんです。
父とも仲良しで、料理が上手で、家の中はいつも3人の笑顔で満たされていたんです。
でも、私が成長して、女らしくなってくると…」
祖父は黙って聞いた。
もう、最後まで聞こうと決めていた。
止められないのなら、最後まで見届ると、決めていた。
サユリ「父が、私を褒めるんです。
サユリは可愛いね、将来はモデルさんか女優さんかな、って。
どこの家庭でもありそうな、娘を愛する父親の言葉だったんです。
けど、その頃から母は変わって行きました。」
サユリ「最初は無視。
父が私を褒めると、口喧嘩が始まる。
優しかった母が唾を飛ばしながら、なぜあいつばかり褒める、なぜ私を見ない!と…
サユリ「父が出ていってからは、その言葉の矛先は私になりました。
なんであんたばっかり!
あの人も、あの人も!
なんで私を見ない!
あの人は、私のものなのに!」
サユリ「…きっと、母もあの頃から夢を見始めたんだと思います。
前世を、思い出したんだと思います。
だから、彼を追い詰め、死に追いやった女は、今、この時代にいるんです。」
話し終わると、サユリさんはゆっくり立ち上がり、頭を下げた。
サユリ「聞いていただき、ありがとうございました。
こんな話し、誰に話しても頭のおかしい奴と思われて精神病院にでも放り込まれてしまうでしょう。
だから、貴方に話しを聞いてもらえてよかった。
私が見ているものが、真実だとわかったから…」
祖父「…貴女は、彼と、同じ道を歩むつもりですか。
彼はもういない。
貴女まで罪を背負う事なんてない。」
サユリさんは、どす黒く濁った瞳でにっこり笑い、こう言った。
サユリ「彼を1人にはしません。
彼が罪から逃れられないなら、私を罪を背負います。
そうすれば、次はきっと…」
やけに晴れ晴れとした表情で、サユリさんは去っていった。
祖父には、祈る事しかできなかった。
きっと、次の人生では2人が出会わぬように…