「もんめ」

投稿者:きみちゃん

 

「選べよ選べ。選ぶは誰だ。選ぶの私。
要らぬは貴方。
欲しいの誰だ。欲しいの〇〇。」

西日が眩しい夏の終わり、仕事帰りに通った公園から蝉の鳴き声と共にそんな歌が聞こえてきた。
これはこの地域に昔から伝わる
『もんめ』と言う童歌。
主に子供が遊びの中で、欲しい相手を仲間に引き入れる際にこの歌を用いる。
懐かしさと少し不気味さのあるこの歌に、私は複雑な感情を抱いていた。
それはもう20年程前の事である。
私がまだ子供だった頃の出来事。

私は周りとは少し違う子供だった。
皆んなが無邪気に遊ぶ中、私はいつも誰かの顔色を伺い、考え、空気を読むそんな子供だった。
もんめひとつ取っても
「きっとちーちゃんは一番仲良しのよっちゃんを真っ先に選ぶのだろう。」
「アコを次に選ばないと泣き出すだろうな…。」
「ここでともちゃんを立てないと機嫌を損ねて後が面倒だ。」
遊びの中でそんな事ばかり考えていた。
そのせいか、もんめでは最後まで
私は『選ばれない子』
そんな可愛げのない子供だった。

子供とは純粋で無垢で単純で、好きか嫌いで判断するそんな残酷な生き物だ。

私は早く大人になりたかった…。

「みんな〜。そろそろ夕飯だよ。夕食当番の子達は準備手伝って〜。」
中学生のお姉さん達が園庭に向かってそう叫んだ。

大きな食堂で皆んなで食事を囲み、一斉に手を合わせて「いただきます」をする。
今日の献立はカレーライスとサラダ、デザートの林檎。
周りのテーブルからは、ガヤガヤと楽しげな声が聞こえて来た。

席に着くなり
「明日は外の大人が来るね。」
よっちゃんが言った。
続けてちーちゃんが、
「楽しみだね。私、絵を見てもらうの!」
「私はピアノを披露するのよ。アコちゃんは?」
ともちゃんは得意げにそう問いかけた。
「私は…ただお願いするだけかな?」
「お願い?直接頼むの?」
「違うよ。神様にお願いするみたいなものだよ。」
アコは慌てて答えた。
「なんだ。神頼みかー(笑)」
みんなは笑って顔を見合わせた。

ちーちゃんがアコのお盆に目をやり
「お願いもいいけど、アコちゃん。もっと食べないと!デザートの林檎は?」
「食べ切れないから減らして貰ったの。明日の事で頭がいっぱいで…。」
不安げにそう答えたアコを見てよっちゃんが言った。
「アコちゃんは、ちーちゃんと違って繊細なのよ!(笑)」
「何よそれ〜。」
怒るちーちゃんによっちゃんはお腹を抱えて笑っていた。

外の大人というのは、この施設に子供を養子にしたいと引き取りに来る大人達の事だ。
ここは1〜18歳までが暮らす児童養護施設で、私は3歳からここにいる。
ここに来る以前の事は何も覚えていない。
でも誰も気にしないし、私も知りたいと思った事は無い。
ここに住んで気にする事は皆同じ。
誰が『選ばれた子』になるか。
ただそれだけだ。

翌日、朝早くから外の大人はやって来た。
いつも朝寝坊ばかりしている子達も、この日ばかりは早起きをし、各々準備を始めている。
大人は、園内を歩きながら子供達の様子や特技、作品を好きに見て回る。気になる子が居れば職員に声をかけ、個別で面談をする事も可能だ。
4〜6歳の子達は外から来た大人に、我先にと群がり話しかける。
中高生に至っては、どうせ選ばれないと大人を気にもとめない。
昨夜あんなに意気込んでいたよっちゃん、ちーちゃん、ともちゃんはというと、部屋の隅でモジモジとしていた。
私はアコと本を読んでいた。
新緑の木漏れ日に照らされた窓辺。
外から入るやさしい風が心地いい。

「何を読んでいるの?」
大人がそう問いかけて来た。

話しかけられると思ってもみなかった私は、目をまん丸にして

「あっ…えっと…。小説を…読んで…います。」

か細い声でボソッと呟いた。それが精一杯だった。長年この施設にいるが、私に興味を持った大人に話しかけられるのは久しぶりだ。
心臓がドキドキして、淡い期待が胸躍らせた。

私が答えた後、大人は職員にそっと耳打ちした。口元は手で隠され、何を話したのかは分からなかった。その様子に

「あぁ…もんめみたい…。」

自分を値踏みされた様な気持ちになり、心の中が少しザワザワとした。

次の瞬間、職員に手招きされ呼ばれたのは私ではなく隣にいたアコだった。

私はまた『選ばれない子』になった。

その日の夜、私はアコに呼び出された。
「今日はごめんね。」
謝るアコに私は
「アコが謝る事ないよ。仕方のない事だから。面談上手くいった?」
本当にそうだ。これは誰が悪いという話ではない。アコが謝るのは違うし、私がアコに腹を立てるのも御門違いな話だ。

「……。」

少しの沈黙の後、アコが覚悟を決めた様に口を開いた。
「違うの…私ずるしたの!」
今にも泣き出しそうなアコは、鼻を真っ赤にして一生懸命私にそう訴えた。
「ずるって?どういう事?」
眉間に皺寄せ考え込む私に、アコは矢継ぎ早に言った。

「私…わたし、匁(もんめ)様にお願いしたの。」

「もん…め様?」

アコは続ける
「私、どうしても選ばれたくて、ここを卒業したお兄さんに手紙を出したの。そうしたら、匁様にお願いしたらいいって返事を貰って。外の大人が来る数日前から匁様にお願いしていたの。」
アコは声を震わせながらそう答えた。そして届いた手紙を私に見せながら儀式の話をした。

アコが言うには、匁様とは神様でも無ければ悪魔でも無く、幽霊や妖怪の類でも無いそうだ。
ある儀式をして、願いが届けば匁様が良縁を運んで来てくれるらしい。

以下はアコが行った匁様にお願いする儀式の手順と手紙の内容だ。

「〜匁様にお願いする為の儀式と注意事項〜」
①鏡を用意し、自分が映るように置く
②鏡の前に自分の名前を書いた紙を置く
③五円玉を用意する
④鏡 名前の紙 五円玉 自分の配置で座る
⑤ もんめを歌う
「選べよ選べ。選ぶは誰だ。選ぶの私。
要らぬは貴方。
欲しいの誰だ。欲しいの〇〇。」
※欲しい物が家族なら「家族が欲しい」と。
※特定の誰かなら個人名を言う。
⑥歌い終わったら、目の前の五円玉を人差し指で鏡の前まで持って行って儀式は終了。
⑦願いが届けば数日以内に良縁が舞い込んで来る。

だが、願いには必ず対価が必要だ。

匁様は欲深い。
1つ目の対価は良縁を運ぶ「五円玉」
2つ目の対価は貢ぎ物の「果実」
3つ目の対価は生贄の「生きた動物」
4つ目の対価は契約の「身体の一部」
5つ目の対価は犠牲の「貴方の一番大切な者」

2回目以降の儀式では
歌の「要らぬは貴方の部分に必ず対価名を入れる。」

対価を払わない者には報いが訪れる。
良縁が切れ、その瞬間貴方は匁様に『選ばれる』
つまり連れていかれるという事だ。
対価を払う期間は匁様の「もんめ」が聞こえて来た後すぐ。
ただし、匁様は気まぐれだ。
1つ目の対価を払って終わる者も居れば、5つ目まで払わないと終わらない者もいる。しかも期間の間隔はバラバラだ。それは誰にも分からない…。」

手紙の最後にはこうも書かれていた。

「施設を出て3年。俺は新しい家族と幸せに暮らしている。この前、4つ目の対価を払った。次のもんめはまだ聞こえて来ない。この決断に後悔は無い。この対価と引き換えに手に入れた家族は俺にとって何にも代え難い幸せそのものだから。でも、覚悟が無いなら辞めておけ。」
そう締め括られていた。

ドロっとした嫌な汗が額と背中に流れてくる。
私は言葉が出なかった。
無言のままアコを見た。

「五円玉の儀式の後すぐ、もんめが聞こえて来たの。数日後に外の大人が来る日って分かってたから、私、願いが届いたんだって嬉しかった。急いで2つ目の対価の果実…そう、デザートの林檎を払ったの。次の日、私を家族にしてもいいって言ってる大人がいるって先生が教えてくれたの!」
アコは興奮しながら続けた。
「でも…ついさっき、またもんめが聞こえたの!早く3つ目の対価を払わないと。私の家族が無くなっちゃう。早くしないと!でも、生贄の動物なんてどうしたらいいか分からなくて…。お願い手伝って!」

私は唖然とした。アコは自分が選ばれたい一心でこんな危険な儀式をしたのだ。対価を払わないと自分が連れて行かれる事よりも、まだ家族でもない大人との縁が消えて無くなる事を何より恐れている。
正気じゃ無い…狂ってる。
アコの事を軽蔑する反面、大切な友の願いを私は無碍には出来なかった。
「分かった…手伝うよ。」
仕方なく答える私に
「ありがとう。本当にありがとう。」
アコは何度も頭を下げた。
「でも、生贄の動物…。もう夜だし動物なんているのかな?」
不安げに問うアコに
「一つだけ心当たりがある。もの凄く嫌だけど、覚悟はある?それと儀式に使う鏡と紙を持って来て。」
私のいつに無く真剣な様子に、アコが何かを悟ったかのように言った。
「勿論。分かったわ。」

私達は食堂の裏手にある小さな空き地に向かった。足早に進む私の後ろをアコがちょこちょこ付いてくる。

「やっぱりあった。良かった、まだ生きてる。」
急いで駆け寄る私に、アコが思わず顔をしかめた。
「これって…。」
無理もない。そこには罠にかかり、悶え苦しむ一匹の鼠がいた。
食堂に鼠が入らないよう職員が仕掛けた鼠取りに捕らわれていた鼠。
前々から近づかないよう言われていた。
たじろぐアコに私が急かすように言った。
「ほら。やるよ。噛まれないように注意して。」
湿気を帯びた泥臭い土の香りと、生臭い獣臭が鼻をつく。むせ返りそうな空気の中、私達はその場にしゃがみ込んだ。汗で顔にまとわり付く長い髪がより一層不快感を増す。

鏡 紙 鼠 アコの順で並び儀式の準備が整った。
「始めるね。」

「選べよ選べ。選ぶは誰だ。選ぶの私。要らぬは鼠。欲しいの誰だ。欲しいの家族。」
アコはもんめを歌い終わり、近くにあった棒で鼠取りごと鏡の前に差し出した。
その瞬間、あんなにギーギーと威勢よく悶え苦しんでいた鼠がバッ!っと血を吐き死んだ。

3つ目の対価が払われたのだ。

あまりの衝撃に、私達は足早にその場を立ち去った。血の付いた鏡と紙は気持ちが悪いので空き地に穴を掘り2人で埋めた。

「これで終わるかな?」
立ち止まったアコが弱々しく言った。
「分からない。でも…私は最後まで付き合うよ。だって私達親友でしょ?」
それを聞いたアコは目に涙を浮かべながら
「ありがとう。」と呟いた。
私はアコを抱きしめた。

暫くしてアコが引き取られて行った。新しい家族は佐藤さんという40代の夫婦らしい。
別れ際、私はアコに聞いた。
「あれからもんめ聞こえて来た?」
「ううん。あれで終わったみたい。とりあえず良かった。」
アコは安堵したようにそう答えた。
「手紙書くね。」
「絶対だよ?」

それから1年程経ったある日、アコが突然施設に戻って来た。なんでも一緒に暮らしていく中で、アコと養父母の関係性が上手く行かず、色々と落ち着くまで一時的に施設に戻る運びとなった。
あまりにも急な展開に、私は驚きを隠せなかった。

「どうして?…。私、選ばれたんじゃなかったの?なんでお父さんとお母さんの気持ちが離れちゃったんだろう…。このままじゃ家族の縁が切れちゃう。私、もう一度匁様にお願いしようかな?」
落胆するアコの肩を抱きながら私は言った。
「まだこれからどうなるか分からないよ!そんなに落ち込まないで。それに、今回の新しい家族との出会いが、あの儀式の効果だって保証は何処にもないじゃない。きっと大丈夫だよ。全部上手く行く。でも、もしアコがもう一度匁様にお願いしたいのなら、その時はまた協力する。私は何があっても最後までアコの側に居るから。」
「…うん。」
私の言葉にアコが少し微笑んだ。

その日の夜、アコの気持ちを落ち着かせる為、久しぶりに一緒のベットで眠りについた。
窓側にはアコ、隣には私。
暫く会わないうちに、私もアコも背が伸びていた。初めて施設で出会った日から、こんなに長い期間離れて暮らしたのは初めての事だった。
アコは小さい頃、よく私に子守唄をせがんでいた。少し年上の私は、姉のように毎夜アコの背中をさすりながら子守唄を歌って寝かしつけていた。あの頃を思い出して泣きそうになるのを我慢した。

ずっとこのままがいいのに…。

布団の中で、私達は離れていた間の事を報告し合った。
「私が居なくなってから、みんなどうしてた?。」
「こっちは相変わらずだよ。みんな煩いし賑やかで。そっちは?」
「新しい家族はね。優しくて温かくて、私幸せだった。お母さんの作るシチューが本当に美味しくて。貴方にも食べさせてあげたい。今度絶対遊びに来てよ。私だけの部屋もあるのよ?」
「手紙に家族の事、新しい友達の事、沢山書いてあったね。私も励みになったよ。ありがとう。」
「ううん。こっちこそ返信嬉しかった。みんなの様子知りたかったから。」
すると、アコは徐ろに私に手を伸ばし
「そういえば、髪切ったんだね。よく似合ってる。」
そう言って愛おしそうに私の髪を撫でた。
「この前バッサリね。スッキリしたでしょ?」
「誰に切って貰ったの?」
私はアコを元気付けようと
「自分でハサミで!(笑)」
と冗談めかして笑いながらそう答えた。
「え〜。何それぇ〜…。」
アコは笑った。
屈託のないアコの笑顔に、私はホッと胸を撫で下ろした。
「アコ眠れない?
そうだ!昔みたいに子守唄歌ってあげようか?」
茶化したように言う私にアコは
「子守唄?私もう赤ちゃんじゃないよ〜。」
照れ笑いを浮かべそう答えた。
拒否するアコを無視して私は言った。
「では、歌いまーす。」

「選べよ選べ。選ぶは誰だ。選ぶの私。
要らぬはアコだ。
欲しいの誰だ。欲しいの佐藤。」

「?!…。」

私は歌い終わると同時に、勢いよくアコの身体を窓ガラス目掛けて力いっぱい押した。外の暗闇を映す窓ガラスには、廊下の灯りに照らされたアコと私の姿がはっきりと映っていた。
ドン!鈍い音がした。アコの身体が窓ガラスに当たった。
「なん…で…?」
最後にそう言い残しアコは動かなくなった。

私はアコの側に駆け寄り、耳元でこう囁いた。

「良かったねアコ。
アコは『選ばれた子』になったんだよ。ずっとそう願っていたでしょ?
私が叶えてあげたんだよ?
だってアコは私の一番大切な親友…
なんだから…。」

子供とは純粋で無垢で単純で、好きか嫌いで判断するそんな残酷な生き物だ。

アコが初めて私に儀式の話をした時、私は心の底からアコを軽蔑した。
でも…。私は思ってしまった。これを使えば私も『選ばれた子』になれるという事を。
とても単純な話だ。アコが引き取られて暫くしてから、私もすぐに匁様にお願いしたのだ。
アコからの手紙のおかげで、佐藤夫妻がいかに優しく温かいかを知っていたから。

私の対価は5つあった。
1つ目「五円玉」
2つ目「裏山のびわ」
3つ目「アコと同じ手口の鼠」
4つ目「自分の長い髪」
5つ目「私の一番大切な親友」

正直4つ目の対価までは払える算段はあった。ただ予想外だったのはこんなにも短い期間で、尚且つ5つ目まで対価を要求されるとは思ってもみなかった。
でもこれで全て上手く行った。もう対価を払う必要はないし、新しい家族は私の物。

私はシーツの下から自分の名前の紙を引き抜き丸めてゴミ箱に捨てた。アコの身体を元に戻し、何事も無かったかの様に毛布をかけ職員を呼びに行った。

アコの死因は外傷も無く、就寝中の突然死という事で片付けられた。訃報を知った佐藤夫妻は取り乱す訳でもなく、淡々とその事実を受け入れていた。

私はというと、匁様に願った通り、その後佐藤家の養女として何不自由なく育てられた。
最初こそぎこちなかったが
今では一番大切な私の家族だ。

私もようやく『選ばれた子』になったのだ。

あれから20年。
父も母も歳のせいか最近
「付き合ってる人はいるのか?」
「結婚しないのか?」「子供はどうするんだ。」
とそればかり聞く。

そろそろ良縁が必要なのかもしれない。

「選べよ選べ。選ぶは誰だ。選ぶの私。
要らぬは貴方。
欲しいの誰だ。欲しいの……。」

さぁ、次は何を願おうか。
5つ目の対価なら用意出来ている。

 

得点

評価者

怖さ鋭さ新しさユーモアさ意外さ合計
毛利嵩志151215121569
大赤見ノヴ171716171885
吉田猛々181817161786
合計5047484550240