怪談:
〝トカゲ〟──なぜかその言葉だけが脳裏に深く刻まれている。
なんだか頭の中に靄がかかっているような感じがしていて、あの時、本当は何を見たのかまではどうしても思い出せない……だが、不気味なその単語の象徴する忌まわしき存在が、あの事件には関わっていたことは間違いない……。
日暮れ時、橙色に染まる商店街をぶらぶら歩くと、短冊の吊るされた緑の笹や七夕飾りが、夕風に揺れながら店先を鮮やかに彩っている……今年もまた、七夕の季節がやってきたようだ。
七夕とは直接関係ないし、季節もぜんぜん違うのだが、その祭の性質を考えると、どうしてもあの事件のことを思い出してしまう……。
七夕といえば、織姫・彦星の伝説にもとづく星のお祭であるが、俺の生まれた村にも星にまつわる奇妙な祭があった。
その祭は二月の四日か五日頃、節分の翌日、立春に行われ、〝星まつり〟と呼ばれていた。
祭といっても村人が総出でお参りに行ったり、お神輿が出たり、屋台が並んだりするような賑やかなものではない。村外れに蓮田山(はすだやま)という星がよく見える小高い丘があり、その頂きに建つ〝六連宮(むつらのみや)〟で、頭屋(とうや)と呼ばれるその年の当番にあたった数名の者達だけが密かに行う、世間一般にいわれる〝お祭〟とはかなり異なる特殊な行事である。
もちろん俺は参加したことないのであくまで聞き伝てなのだが、その祭祀の仕方もずいぶん変わったものになっているようだ。
六連宮は小さなお宮のため、宮司などの神職も常駐しておらず、また、それとは別にある村の鎮守さまの神社の宮司もなぜか祭には一切関与していない。
六連宮がいつからあるものかはわからないが、とにかく大昔から存在しているらしく、一方の鎮守さまは意外や明治維新後に建てられたもののようなので、あるいはそうしたことが理由にあるのかもしれない。
ともかくも、〝星まつり〟は完全に頭屋の者のみで行われ、祭の中心となる臨時の宮司もその中から選ばれる。
そして、これは実際に俺も見たことあるのだが、臨時の宮司は特別に鮮やかな黄色をした衣装を着させられる。束帯(そくたい)というやつだろうか? 神社の神職が着ているあれを黄色く染めあげたような感じだ。加えて烏帽子(えぼし)も黒ではなく、黄金色に濡られていた。
その黄色い衣の宮司指導のもと、頭屋の者達が六連宮へ向かい、牛肉や魚、タコなどの生臭なお供えをして祝詞を唱えるというのが大まかな祭の流れである。
神前に牛肉を供えるというのは、なんだか血生臭くてそぐわないような気もするが、古い時代にはもっとスゴくて、驚くべきことにも牛の首をお供えしていたらしい……。
最早、じつは邪教の祭祀なんじゃないかと疑りたくなるようなレベルだが、この〝星まつり〟、ではいったいなんのための祭なのだろうか?
これは後に調べてわかったことなのだが、仏教でも旧暦の冬至、元旦、立春なんかに北極星や北斗七星を祀る〝星まつり〟、あるいは〝星供養〟とも呼ばれる儀式がある。
まあ、時期的にもかぶるし、もともとはそうした仏教系の祭祀だったとも考えられなくはないのだが、お宮の名前などからすると、どうやら祀る対象がそれとは違う。
お宮の名前は〝六連宮〟だが、〝昴〟──牡牛座を形成するプレアデス星団を古くは〝六連星(むつらぼし)〟といったみたいなので、おそらくはその〝昴〟を祀る祭なんじゃないかと思われる。
プレアデス星団がよく見えるのも一月から三月にかけてのようだし、そことも一致しているのでまあ間違いないだろう。
ちなみに神道でも〝昴〟を八尺瓊五百箇御統(ヤサカニノイホツミスマル)という神として祀る神社があるらしい。
以前、どっかの大学の先生が調査したところ、古代の祭祀場跡みたいなものが境内から発見されたとも聞くし、もしかしたら太古の昔より連綿と受け継がれている、原初的な信仰がその元になっているのかもしれない。
もっとも、六連宮の建つ〝蓮田山〟という地名は、麓に蓮池があったからという説もあるようだし、だとするとやはり仏教系の〝星供養〟が変化したものである可能性も否定はできないのであるが……。
しかし、そんな古くからある祭なのにどうしてこんなにもわからないことだらけかというと、やはりそれはその秘密主義に原因があるのだろう。
先程も言ったように祭へ参加できるのは頭屋だけだが、お宮の中へ入れるのも頭屋のみであり、祭の日以外は社殿の扉が硬く閉ざさ閉ざされ、厳重に鍵がかけられている。
また、その頭屋ですら祀られている御神体を見ることは許されず、実際、祭壇には何が祀られているのか? 今ではそれを知る者も誰一人としていない始末だ。
そうなると、分別のつく大人ならばともかく、俄然、好奇心を掻き立てられてしまうのが思春期の少年というものである。
「御神体がなんなのか? 俺達で確かめてみようぜ?」
中学二年の冬、友人のAが唐突にそう切り出した。
その年、Aの親が頭屋…しかも臨時の宮司となっており、社殿の扉の鍵を預かっていたのだ。それをこっそり拝借すれば、密かにお宮へ侵入できるというわけである。
「ああ。またとないチャンスだしな」
「やらない手はないってもんだ」
何もない田舎暮らしに刺激を求めていたということもあり、誘われた俺と、もう一人の友人Bは一も二もなくそれに賛同した。
祭の夜、村の公民館に集まった頭屋の者達が、装束を整えると供物を携え、午後八時には六連宮へ向けて出発する。宮司は例の黄色い束帯、他の者達は白い束帯に黒い烏帽子の普通のものだ。
こっそりついて行って祭の様子を覗き見たい気持ちもなくはなかったが、バレるう可能性も高いし、二度も山道を往復するのもしんどいんでそれはやめにした。
俺とBは頭屋達が帰ってくるのを待ち、深夜0時に自宅を抜け出してAの家まで自転車で行くと、忍び足で玄関を出てきたAと合流する。無論、その手にはしっけいしたお宮の鍵が握られている。
「親父は酔って眠ってるから鍵借りるの余裕だったぜ……よし、行こう」
頭屋達は祭の後、すっかり気を抜いて公民館で酒盛をしたようなので、俺達の悪巧みに気づく者はいない……街場と違って深夜に出歩いているような者も皆無なので、真っ暗な田舎道を自転車で滑走すると、わずかな時間で蓮田山の麓へと到着した。
だが、ここからが少々大変だ。街灯もなく、普段は人も入らない荒れ放題の山道を、心許ない懐中電灯の明かりだけで登らなければならないのだ。
「…ハァ……ハァ……けっこう傾斜キツイな……」
「それに雑草も生え放題で歩き辛え…ハァ……ハァ…」
「それよか、やっぱ寒ぃな…ハァ……ハァて風邪ひいちまいそうだよ……」
足に絡みつく邪魔くさい枯れ草を踏み分け、肺を凍てつかせる二月の冷気に白い息を吐き出しながら、俺達は文句たらたらに山道を登った。
それでもしばらく山登りをがんばっていると、ようやく俺達は頂上へと到着する。
「……ハァ……ハァ……着いた。あれだ……」
そこには、満天の星空を背景にして、黒々とした社殿が異様な存在感を放って立ちはだかっていた。
星がよく見えるという評判だけのことはあり、真冬の澄んだ空気の中で見る星空は、思わず見惚れてしまうほどにほんと美しい……。
一方、対称的に濃い黒い影に覆われた六連宮の方は、けして大きな社ではないのだが、なんだかその闇に吸い込まれてしまいそうな、人を圧倒する不気味な威圧感がある。
星を見るには絶好のスポットだというのに、この蓮田山へもやはりみだりに近づいてはいけないと村ではいわれている……なので、大人に内緒で昼間に登ってきたことは何度かあったものの、夜、ここへ来るのはこれが初めてだったりもする。
その威容を誇る社殿の正面には、普通なら格子戸とかになっているところ、分厚い鉄の扉が嵌められ、頑丈なデカい南京錠が用心深くかけられていた。
「こりゃ、ほんと鍵ないと入るの無理だな……」
そう言いながら、さっそくAが拝借してきた鍵を差し込み、巨大な南京錠をカチャカチャと鳴らし始める。確かにこの鉄の扉はちっとやそっとじゃこじ開けられるものではない。
「よし! 開いたぞ!」
しかし、俺達には鍵がある。別にこじ開けなくとも正々堂々(とは言えないが…)、正規の手段で入ることができるのだ。
わずかの後、重厚な南京錠はいとも簡単に外れ、ついに秘密の扉は開かれることとなった。
「せーのっ…!」
さらに俺達は力を合わせ、重たい鉄の扉もひと一人通れるくらいにまで隙間を空ける。
「あんまし変わったとこはないな……」
その隙間から懐中電灯を差し込んで照らしてみると、特に変わり映えのしない、普通の神社の本殿のような空間がそこには広がっていた。
正面奥の祭壇の前には、頭屋が供えていったと思われる牛肉やら魚介類やらが並べられている。
一つだけ、よくある神社と違う点といえば、普通は御神体として鏡や御幣が祭壇の中央に置かれているところ、厨子(ずし)というやつだろうか? 観音開きの扉のついた高さ1mくらいある金属製の円柱がそこには屹立している。
「寒っ……」
開けた鉄扉の間をすり抜け、社殿へ一歩足を踏み入れると、外以上に冷たい空気がピリピリと肌を刺し、異様な緊張感で内部は満たされている。
「この中だよな? よし。開けるぞ……」
「秘密の御神体といよいよご対面だな……」
その威嚇するかのような冷気の中、AとBはすぐさま厨子に取り付き、嬉々とした様子でその扉を開けにかかる。
「なあ、やっぱりやめないか? バチ当たったりしたらヤダし……」
対して俺はというと、厳かというよりは畏怖を覚えるようなその場の空気感に、一人だけビビって躊躇していた。
それまでは興味津々だったのだが、好奇心をも覆い尽くす、異様な恐怖心が急に襲ってきたのだ。
「なんだ? ビビったのかよ? ここまで来てやめとかありえないだろ?」
「そんな腰抜けは今後、ビビリくんと呼ぶの決定だな」
俺がやんわりと計画の中止を申し出ると、案の定、二人は俺を嘲り笑ってからかってくる。
「べ、別にビビるとかじゃねえし。た、ただ、やっぱり神さまだし、ちょっと失礼に当たるかなって……」
思春期のこともあり、そう言われてしまうと俺もイキがってそれ以上は強く出られず、ただ変な言い訳をすることしかできない。
「まあビビリはそこで見てろ。俺達が開けてやるからよ。Bはこっち照らしててくれ。手元が暗くてよく見えないんだ」
「了解。じゃ、君は見学していたまえ。腰抜けのビビリくん」
なおもからかってくる二人の行動を、やむなく俺は黙って見守る……それでもやはり言いようのない畏怖の念に駆られ、俺はこっそり手を合わせると、「すみません。ご無礼をご容赦ください…」と心の中で許しを請うたりもする。
「金具が外れた。じゃ、いくぞ……」
「さあて、いざ、ご開帳ぉ〜」
その間にも扉の金具をAが外し、おちゃらけた調子のBが懐中電灯で照らす中、長年閉ざされていた厨子の扉はついに目の前で開かれた。
「……!」
その瞬間、AもBも、そして俺も、その中に何かを見た……おそらくは〝トカゲ〟の言葉を連想させる、衝撃的な何かを……。
だが、俺の記憶はそこで途切れ、次に意識を取り戻したのは、翌朝、すっかり日も上がった後の自宅のベッドの中だった──。
あの後、いったい何があったのだろう? 厨子の扉を開けたところまでは憶えているのだが、そこからの記憶がすっぽりと抜けている……どうやって家まで帰ってきたのかも定かではない。
最初は夢かとも疑ったが、残っている記憶には妙にリアリティがあるし、昨晩、出かけた時の服装のまま寝ていた。六連宮へ行ったのは確かだ。
いろいろバレるとマズイので親に確認するわけにもいかず、悶々とした気分のまま、とりあえず中学へ登校すると、さっそくAとBに尋ねてみた。
「──憶えてない? ……いや、その方がむしろいいかもしれない……昨日のことは全部忘れろ。俺達も何も見なかったことにする」
「ああ。何も見なかったんだ……もう昨日の話をするのはやめろ。俺達は何も見ていないし、昨日、お宮へも行っていない。いいな?」
ところが、二人の様子がなんだか妙だ。いくら尋ねても何かをひどく恐れている様子で、まったく答えてくれないどころか、昨日のことには一切触れようとしない。
彼らのこの恐れ様……あの後、いったい何があったというのだ? 俺達はあの厨子の中にほんと何を見たというのだろうか?
それからというもの、なんだか他のことでも話しづらくなり、AとBとの関係はギクシャクとしたまま数日が過ぎていった……。
親達に怒られたり、村内で騒ぎになったりはしていないので、とりあえずAは鍵を返して、六連宮へ忍び込んだことはバレずにすんでいるらしい。
しかし、その一方で、なにやら不穏な現象が俺達の身の回りで起き始めていた。
その異変のまず一つ目は〝UFO〟のような発光物体を頻繁に見るようになったことである。
最初に気づいたのは学校からの帰り道。夕暮れ時の空に強い光を放つ点があり、普通の星よりも大きいし、はじめは金星か何かだと思ったのだが、なんなとなくそれを眺めていると、どうやらそれは動いているみたいなのだ。
しかも星とは思えない速さと不規則なパターンで移動しており、なおかつ徐々に大きくなってきてもいる──即ち、その発光体はだんだんとこちらへ近づいてきているのである。
いつしか月と同じくらいのデカさにまでなると、さすがに俺も怖くなり、慌てて駆け出すと走って家まで逃げ帰った。
家へ入るともうそれ以上、何かあるということはなかったが、それ以来というもの、同様の発光体が毎日の如く姿を現すようになったのである。
ある時は日中、体育の時間に校庭で空を見上げれば……ある時は夜、自室の窓から覗く夜空の月のとなりに……まるで、絶えず俺のことを監視しているかのようである。
また、二つ目の異変は、奇妙な羽虫が家や学校、その他村内のあちこちで発生したことだ。
一見、羽蟻のようにも見えるのだが、よくよく観察してみると蜜蜂みたいな毛に覆われており、六本の脚の先には鋭い鉤爪が付いている。こんな虫、今までに一度も見たことがない。
とはいえ、まあ、UFOは人工衛星とかかもしれないし、奇妙な羽虫もただ俺が無知なだけで、じつはよく知られた虫だったりするのかもしれないのだが、そんな気のせいで済むようなレベルじゃない事件がついに起きてしまう……突然、Aが行方不明になったのだ。
なんの前触れもなく家からいなくなり、何か事故にでも遭ったんじゃないかと村人総出で捜索がなされたが、けっきょく発見することはできなかった。
俺やBをはじめ、クラスメイト達も情報提供を求められたが、無論、誰一人として知る由もない。
そこで、これは家出して都会にでも出たのでは? ということになったのだが……その三日後、Aは変わり果てた姿で発見された。
遺体をよく「変わり果てた姿…」と比喩的に表現したりもするが、Aの場合は文字通りに〝変わり果てて〟いた。
まず、発見された状況からしてそもそもおかしい……見つかったのは田んぼのど真ん中。あたかも上空高くより突き落とされたかのように、まだ水を入れる前の乾いた土の中にめり込んでいたのだ。
しかも、その身体は水死体の如く膨れ上がり、皮膚はなんだか魚の鱗みたいに奇妙にただれ、さらに最もおかしなことには手足の骨が溶けてなくなると、まるでタコかクラゲの脚のようにグニャグニャになっていたのだという。
さすがにこうなると、警察沙汰になったのはいうまでもない。駐在所のお巡りさんも村はじまって以来の大事件だと、てんてこ舞の様子だった。
変死なので遺体は司法解剖へ回されたが、その死因はおろか、遺体がなぜそんな状態になってしまったのかもわからずじまいだ。
そうした目を覆いたくなるような遺体のため、俺も通夜から葬儀には参加していたが、棺桶の蓋は固く閉ざされ、Aの遺体と対面することは最後までかなわなかった。
しかし、そんな最期を友人が遂げたというのに、俺は悲しみや淋しさなんかよりも、言いようのない恐怖と不安の感情に苛まれている。
この異様極まりないAの死に様……最早、六連宮のことが関わっているのは間違いない……あの夜、厨子の中に見てしまったものが、Aをこのような姿に変えたのであろう。
となると、Bや俺も同様の運命をたどる可能性が極めて高い……。
強い恐怖と危機感に駆られた俺は、葬儀の後にBを捕まえると、久しぶりに話をしてみることにした。Bは顔面蒼白に、焦点の合わない目も小刻みに震えているように見える。
「なあ、Aがああなったのってやっぱり…」
「俺達ももう終わりだ……あれの…あれの分身にされる……」
人目につかない所へ移動し、俺が話を切り出そうとすると、食い気味にBもそう口を開く。
「分身? それっていったいどういう…」
「これ以上はもうダメだ。やつが…やつらが見てる……今、この時も……ずっとやつらは監視してるんだ!」
意味不明なその言葉に俺は聞き返そうとするが、Bとはまったく話が噛み合わず、譫言みたいにそう呟くと、逃げるようにしてその場を去って行ってしまう。
「監視……」
いそいそと去り行くBの背中を追いながら空を見上げると、またしてもあの発光体がそこには浮かんでいた──。
けっきょく、それがBを見た最後となってしまった……翌日、彼もまた行方不明になったのである。
そして、Aと同じくそれより三日後、Bも無惨な遺体として発見された。
今度の場所は竹藪の中。〝モズの速贄(はやにえ)〟のカエルの如く竹に串刺しになった状態で、無数のカラスに突かれているところを見つかったらしい。
やはり、空高くから放り出されると、ちょうどそうなるような状況である……。
もちろん…というのも変な言い方だが、A同様に身体は膨れあがり、皮膚は鱗状、手足は骨がなくグニャグニャの、到底普通にはありえないような姿の遺体だ。
またしても警察の捜査・司法解剖で何もわからなかったのは言うまでもない。
だが、村人達は違っていた……部外者の知らない〝何か〟を知る村人達には思い至る節があったようだ。
そして、彼らの疑念の矛先は、生前、A、Bと仲良くしていた俺へと向けられた。ここ最近、妙に他所々〃しい態度でいたという情報も、きっとその耳に入っていたのだろう。
自分の両親・祖父母をはじめ、A、Bの親、さらに村長など村の有力者までが俺を取り囲み、集団で俺を厳しく問い詰める……しかも、「おまえ達、六連宮で何をした?」と、すでに六連宮との関係まで勘づいている。
警察の聴取にも似た大人達の詰問に抗いきれず、俺はすべてをありのままに白状した。
「おまえ達! なんてことをしてくれたんだ! このバカたれが!」
俺の口から事実を聞かされると、そう言って男親達は激しく俺を罵りあげ、女親達はおいおいと隠すこともなく嗚咽して泣く……だが、俺ももうじきA、Bと同じようになるんだ。最早、何を言われ、何を聞かされようと心は動かない。
「今さら言っても始まらん……とりあえず、庄屋さんとこ行こう。もしかしたら助かる術(すべ)を何か知ってるかもしれない」
ひとしきり俺を罵倒した後、さすがの親達も怒り疲れる頃合いを見計い、不意に村長がそんなことを言い出した。
〝庄屋さん〟というのは、昔、この村の庄屋を代々勤めていた旧家の愛称で、おそらくはそこのご隠居のことを言っているのだろう。いうなれば〝村の長老〟的な人物だ。
まあ、確かにこの村一の旧家の当主ならば、六連宮のことについて何か秘密の伝承を持っていたりするかもしれない……。
「ああ、そうだな。庄屋さんに相談してみよう……」
他の大人達もその意見に賛同し、俺はその庄屋さんの家へ連れて行かれることになった──。
「──なるほどの。それはまた命知らずなことをしでかしたものじゃ」
立派な純和風作りのお屋敷で対面したご隠居さんは、小柄でほっそりとした好々爺のような印象を受ける反面、なんだか不思議と威厳を感じさせるお爺さんだった。
「やたらと六連宮に近づいてはならず、御神体を目にすることが禁じられているのも、まさにこうした事態を避けるためなんじゃ」
その柔和な面持ちをした白鬚の老人は、穏やかな中にも威圧感のある声で滔々と語る。
「御神体が何かまではわしも知らんがな。六連宮に祀られているのは名前が示す通り、〝昴〟にまつわる神だと伝承にいわれておる。〝すばる〟とは古い言葉で〝統べる〟の意。即ち、この宇宙を統べる神ということだ」
宇宙を統べる神……〝昴〟に関係しているという俺の推測は当たっていたが、まさかそんな唯一神のような神さまだったとは……だとすると、神道とも仏教や陰陽道などの外来のものとも違う、まったく別系統の古い神なのかもしれない……。
「何十年か前、強引にお宮の境内を掘り返した、なんとかいう偉い大学の先生がおったんじゃが、その後、なぜか突然気が狂うと大学の建物から飛び降りて死んだと聞いておる……それだけ触れると恐ろしい神さまなんじゃ」
穏やかな声色で、さらに俺を絶望のどん底へ突き落とすかのようなことを好々爺がさらっと言う……そうか。あの古代の祭祀跡を見つけたという先生も、そんな悲惨な最期を迎えていたのか……。
「じゃが、おまえさんの場合、どういうわけか前の二人と違って記憶を失っておる。こうしていまだに無事でおるのも、何かそれが関係しているのかもしれんの」
しかし、続くご隠居の言葉は、そんな俺にわずかながらも希望を与えてくれる。
確かに、理由はわからないが俺だけ〝御神体〟の記憶をすっかり失っている……そこだけはAとBと明らかに違う点だ。そうした差異があるのならば、ひょっとして異なる結末になるということも……。
「とはいえ、いつ二人の二の舞になるとも限らん。遺体の状況から考えるに、あるいはおまえさん達の身体を自分の器に……いや、せっかく憶えておらんのだから、これ以上はやめておこう」
淡い期待を抱く俺に、今度は逆にその期待を消し去るようなことを言いかけたご隠居だったが、なぜかその言葉を途中で遮ってしまう。
「ま、ともかくも、何もせんというのもなんじゃからな。効果があるかはわからんが一つ〝御守り〟をおまえさんにやろう」
そして、そういうと一旦、席を立ち、どこからか古めかしい革の小袋を持ってきた。
それを開けると、中には小さな宝石のようなものが入っている。縞瑪瑙(オニキス)だろうか? 同心円状に黄色と黒の縞模様が並ぶ美しい石だ。
「これは〝印〟と呼ばれる石での。六連宮の神の敬虔な信徒、眷属を示すものといわれておる。これをペンダントにでもして肌身離さず持っているがよい。それで災いが避けられるかどうかはわからんが、まあ、何もないよりはマシじゃろうて」
「あ、ありがとうございます!」
俺は藁にもすがるような心持ちでそれを受け取ると、ご隠居に礼を言って大邸宅を後にした──。
その後、言いつけ通り〝印〟のペンダントを身につけるようにしたことが功を奏したのか? 幸運にも俺がAやBみたいになることはなく、今でも無事になんとか過ごしている。
高校進学とともに村を出て、六連宮はもちろん、村へもなるべく近づかないようにしているので、そのことももしかしたら影響しているのかもしれない。
だが、俺だけ助かったのは、本当にそれだけが理由なのだろうか?
その理由をあれからいろいろと考えてみたが、一応、自分なりにたどり着いた答えというものはある……それは、俺だけ三人の中では多少なりと、あの厨子の中のものに敬意を払っていたから許されたのではないか? というものだ。
それで俺だけ記憶を消して、二人よりも影響を少なくしてくれたのかもしれない。
……いや、本当にそうなのか? そもそも俺は本当に許されているのだろうか?
なんとか死を免れてはいるものの、今もUFOのような発光物体を見るのは日常茶飯事だし、いつも宇宙(そら)から誰かに見張られているような、そんな視線を常に感じている。
それに最近、ふと脱衣場で鏡を見ていたら、二の腕の裏に鱗のようなアザができているのを見つけた。
〝あれの…あれの分身にされる……〟
〝あるいはおまえさん達の身体を自分の器に……〟
Bが譫言のように呟いたことや、ご隠居の言いかけたその言葉が脳裏に蘇る。
もしかしたら、俺達が厨子の中に見たものというのは、AやBの変貌した姿に似ていたんじゃないだろうか?
そんな神の似姿へと変容する途中、二人はその変化に堪えることができずに……いや、すべては根拠のないただの推測だ。
だが、俺が亡き友人達と同じ運命をたどる日も、さほど遠いものではないのかもしれない……。
俺は今でも〝印〟の石を胸に抱き、日々、その時が訪れるのを恐れて暮らしている。
(星のおまつり 了)