「人形(おもちゃ)めぐり」

投稿者:落合ちゃん

 

【〇〇地区一家殺害事件について】

■事件当時のニュース抜粋

〇〇地区にて、建築業を営む55歳の男性Aさん宅にて、

Aさん含む、家族5人が殺害された事件が発生しました。

被害者は

Aさん、Aさんの妻、Aさんの両親2名、Aさんの長女と見られております。

現在、警察では、所在がわからなくなっている、

Aさんの長男が事件について何らかの事情を知っている可能性が高いとして

情報の提供を呼び掛けています。

■警察より実際の現場の様子を聞いた取材記者の話

Aさんの家はかなり大きく、

敷地内に、Aさん達の住む家と、Aさんの両親が住む離れの二軒の家があり、

現場となったのは、Aさん達の住む家だったようなのだが、

遺体が見つかったのは離れの方だったそうだ。

Aさん宅の方で、おびただしい量の血液が残されていたが、

離れに運んだはずの血痕は残されておらず、

離れのお茶の間で5人の遺体が見つかったということだ。

そしてAさんの長女と見られていると最初の報道でなされたのは、

実は長女の首から上、頭部が無くなっていたからだったそうだ。

検死解剖で長女と確定したそうだが、実際の現場では、

若い女性の遺体ということで、現場から長女と判断したということだった。

また、Aさんは、右腕、Aさんの妻は、左腕、Aさんの父は、右足、Aさんの母は、左足

それぞれ一部分ずつを失っており、まだ見つかっていないということだ。

■事件に残された謎

Aさんの長男の行方。

Aさん達の遺体の一部の行方。

私は、学生時代にアルバイトをしていた縁で雑誌のライターをしている。

雑誌のライターというと格好いいとか、才能あるんですねとか、言われることも多いが

担当している雑誌はサブカル系の、

コンビニでゾーンニングされてしまうようなキワモノ系雑誌で、

家族、特にキャリア試験にパスして、警察庁で働く兄からは

「お前は趣味をそのまま仕事にできていいよな」

と実家で顔を合わせるたびに皮肉を言われてしまっている。

そんな中、夏休み進行でいくつか仕事が重なってしまい、

順調に入稿を済ませていたのだが、一つ暗礁に乗り上げてしまっている件があった。

それは、未解決事件の特集記事で、ある一家にまつわる殺害事件の記事なのだが、

どうにもこうにも情報が集まらない。

ネットでも事件自体の詳細は見かけるが、

その後や、捜査状況といったもので検索しても情報が殆ど出てこない。

もしかすると、兄なら何かわかるかもしれないが、

簡単には機密を教えてくれるはずがない。

「しょうがない」

締め切りまで残り1週間ということもあり、気分転換かつ協力依頼をするために、

母校のオカルト研究会へと向かった。

「いやあ、諸君、元気にしてるかね」

勢いよくサークルの部屋のドアを開ける。

すると、見覚えのない顔数名がこちらをキョトンとした顔で見つめ

見覚えのある顔数名がこちらを見ながら、あちゃーという顔を浮かべている。

「せっかく大学に来ているというのに昼間から麻雀かね」

そういって、先ほど、私を見て嫌な顔をした連中に話しかける。

「マユミさんこそ、わざわざ何しに来たんですか」

「後輩たちがちゃんとサークル活動に精を出しているか様子を伺いに来て悪いかな」

「といって、どうせ、毎度のごとく仕事の雑用を押し付ける気でしょう」

さすが、現在の会長、カンが鋭い。

「会長、この方は?」

私の見覚えのない女性と男性のペアがこちらに聞いてくる

「先代の会長のマユミさん、お前ら会ったことなかったっけ?」

「初めてだよね、君たちとは、このオカケンの元会長のマユミよ」

そう言って後輩たちに笑顔を向ける。

「今年の新入生かな?

 4月の新歓コンパ、落合から誘われたけど、

 ちょうどGW周りの締め切りで、かつかつだったんで

 参加できなかったんだよね。」

「あぁ、マユミさんって、もしかして会長が言っていた、

 めんどくさいことばかり押し付ける

 雑誌のライターをしている先輩のことですかね?」

「ヨウコちゃん!!」

落合は、私の知らない女性を慌てて注意する。

「あっ、すいません、つい…」

「ヨウコちゃんっていうのね、いいことを教えてくれたわ。

 落合、私がいないからって、そんな陰口言ってたの?」

「いえいえ、そんな」

「あなた、誰のおかげで就職先決まったと思っているの?」

「すいません…」

落合は、来年の卒業後、私が世話になっている出版社への就職がほぼほぼ決まっている。

私の仕事の手伝い(ちゃんとアルバイトとして出版社と契約してもらい)を通じて

編集長と知り合いになり、その編集長の口利きで決まったようなものだ。

彼が、優秀だというのもあるが、編集長曰く、私のサポートとして適任だからだそうだ。

「一応、卒論があるというから、休んでもらってるけど、

 それなのに麻雀?

 編集長に告げ口しようかしら」

「それだけは勘弁してください…」

「あ、マユミさん、落合なら適当に持ってちゃっていいんで、

 カズユキぃ、落合の代わりに打てるよな?

 まだ始めたばかりで、落合が少しリードしてるけど、その分はお前へのハンデでいいわ」

そう言って、麻雀を始めようとしているのは、堂上(どうじょう)、現在の副会長だ。

「堂上、寂しいこと言わないでよ。

 今回は、落合だけが必要じゃないんだよ。

 まぁ、もともと車の運転で落合は使おうと思ってたけど」

「あ、そうなんですか?それだと、めんどくさそうっすね」

堂上は吸いかけのタバコを灰皿で消しながら、ため息を付いて私を見る。

「でも、面白いんでしょ、先輩が持ってくる件だから」

その一言で、落合含む、オカケンメンバーの目が怪しく輝く。

だから、こいつらが好きだ。

私は、今回の件を軽く説明する。

あの未解決事件を追っていること。

オカケンメンバーで何か知っていることはないか?

もしくは、あの辺の出身の人間はいないか?

と言ったことを告げた。

すると、先ほどの新入部員、ヨウコちゃんが手を挙げた。

「私、そこ知ってます…

 実は、実家の近くの事件だったんで

 前から気になっていたんです」

「お、そうなのね。

 なんか地元しか知らない噂話とか知ってる?」

「地元だけかはわかりませんが、色々噂はありました」

「それは、ありがたい!

 ちょっと待ってね、今15時だから…

 夕方の混雑とかも考えて…ここからなら18時前後ぐらいかな…

 ヨウコちゃん、今日って時間空いてる?」

「え?今日ですか??」

ヨウコちゃんが、キョトンとした顔を浮かべる

「もう授業も終わったので空いてますけど…」

「じゃあ、今から行きましょう。

 この時間なら、ギリギリ真っ暗になる前につけるし

 遅くとも今日中には戻れそうだしね。

 噂話は車の中で聞かせてもらうわ。

 善は急げって奴よ」

「締め切りが間に合わないだけでしょ…」

 落合が突っ込んでくる。

「うるさいわね、いいから、落合は運転するの。

 いいんだよね、堂上?」

「全然、OKっす、落合は今日何もないんで」

「堂上、恨むぞ」

「さぁ、しゅっぱーつ」

そうして、落合の車で私たちは事件の現場へと向かった。

急にサークルにやってきた先輩に連れ出され、未解決事件の現場に向かわされている。

先輩は車の中で、地元が現場の近くだというヨウコちゃんに

事件に関する噂話を聞いていたが、

殆ど知っている情報だったのか、

今やコイバナや、サークルの話で盛り上がっている。

「へー、ヨウコちゃんって、今フリーなんだ。勿体ない」

「そういうマユミさんだって、フリーなんですね、マユミさんこそ勿体ないですよ」

「ほら、私は、そこのバカが浮気しなければねぇ…」

「え?会長と、マユミさんって???」

「ねぇ、落合」

…えぇ、悪かったですよ…

…でも、浮気じゃなくて、そういう仕事をさせたの、あんたと編集長ですよ…

…それで…

…まぁ、連絡先聞いてプライベートで会って関係持ったのは事実だけど…

「もう、その話はいいじゃないですか、ほらもう着きますよ

 ここから先は、ヨウコちゃんが一番詳しいんですから。

 ヨウコちゃん、道案内頼んでいい?」

思ったより順調な道のりで、夕暮れの時間帯ではあるが、

郊外の住宅地は、高い建物などの日を遮るものもなく思ったより明るさが保たれている。

「はい、ちょっと周り見ますね。

 あ、この辺ならもうすぐですね。

 事件があった場所は、ここからもう少し離れたところなんです。

 本当に地元というか、近くの学校に通ってたんです。

 あの時は登下校時に街の大人総出で巡回してたんですよね」

「あの家です、少し山になってるところに大きな家が二つ見えますよね。

 あそこが事件のあった家です」

「近くに駐車場もなさそうだし、この辺で車を止めていこうか?

 ここからなら歩いて15分ぐらいかな?」

「そうですね。それぐらいだと思います」

俺はコインパーキングを見つけて車を止める。

車を降りると、先輩がヨウコちゃんに、念のため、と言って

鞄から取り出したスタンガンを渡す。

「ああいう所って、変な輩の溜まり場になってる時あるから、一応護身用にね、

 落合、あんたもこれ」

そういって、ロープと懐中電灯を渡してくる。

「ロープですか??」

ヨウコちゃんが戸惑う

「落合は、これで大丈夫よね」

そうですね、と頷き、現場に向かう。

未解決事件の現場というから、郊外の山奥を勝手に想像していたが、

閑静な住宅街の中に広い土地を持ったいかにも地主といった風情のお屋敷だった。

そして家の敷地を囲む壁は雑草が生い茂り、家の門は閉じたままになっていた。

すると先輩は、

「ここからなら入れそうね」

といきなり壁を乗り越えようとする

「ちょ、ちょっと、マユミさん、ダメですって、まずいですよ

 許可取ってないですよね」

「なんだ、なんだ、落合、君にはジャーナリズム精神はないのかね」

「いやいや、ダメですよ、ヨウコちゃんも止めてよ

 スタンガンのくだりで怪しいと思ってたけど、やっぱり入るつもりだったんですね」

するとヨウコちゃんは、

「いいじゃないですか?入りましょう」

と先輩に続く。

俺は、その様子に少し違和感を覚えたものの、ここでわちゃわちゃしてて

周りの住人に通報されるぐらいならと、続いて壁を乗り越えた。

壁を越えた先は、辺り一面を覆いつくす雑草。

事件が起きてから、誰も手入れをしていないのだろうか?

どこからか投げ込まれたらしきゴミも散逸しており、

せっかくのお屋敷が無残な状況だった。

いや、でも、おかしいぞ…。

ここは【未解決事件の現場】のはずだ、

捜査を継続していればこんなことになっているはずはない。

俺は、疑問を投げかけようとしたところ

「マユミさん、会長、最初に、現場となった本宅の方に向かいましょう

 あっちの手前の家が本宅です」

と、ヨウコちゃんは奥の立派なお屋敷ではなく、

手前の奥の屋敷に比べると新しく建てたような2階建ての家へと案内する。

「そうね、まずは現場に立ち寄ってから、

 遺体が見つかった場所に向かいましょう」

先輩は少し思案している様子だったが、

意を決したかのように、ヨウコちゃんの案内に従うことになった。

俺も先輩の後についていくことにした。

すると先輩が背中越しにスマホを操作している。

それで俺は先輩が何かに疑問を感じていることがわかった。

家のドアは開いていた。

ドアを開くと、事件から数年経っているというのに腐臭が漂う。

「先輩、ヨウコちゃん、大丈夫ですか?この臭いヤバいです」

俺は、ポケットから暑さで外していたマスクを取り出す。

2人もマスクを取り出した。

「場所だけ見たら、すぐに出ましょう」

と先輩が話すと

ヨウコちゃんが、

「この部屋ですね、いや、ちょっと、これはヤバいかもです」

と後ずさりしている。

俺と先輩も部屋をのぞく。

男の俺が真っ先に悲鳴を上げそうだったので飲み込む。

な、なんだ、これ、ヤバい…

そこはお茶の間なのだが、テーブルの上に写真が置かれている。

いや置かれているというより、無数の釘でびっしりと打ち付けられている。

俺らは写真が気になり、3人で近づき、写真を詳しく見る。

7人が写る家族写真のようだが、顔を潰すようにびっしりと打ち付けてあるため

誰が誰だかわからないようになっている。

「この家の家族写真のようですね」

と、ヨウコちゃんが呟く。

その言葉に?と違和感が浮かぶ。

しかし地元だから何か知っているのかな?とその違和感を振り払う。

すると先輩が、ちょっと落合、これ見てと壁を指さす。

「ちょっと暗いから、懐中電灯で照らしてもらえる?」

と言われたので壁を照らす。

すると、新聞の切り抜きが張られていた。

どうやら、この辺りの地方紙だった。

【長男の遺体発見、捜査は難航】

行方を捜していた長男が遺体となって発見されました。

Aさんの所有する森の中で体がバラバラの状態だったとのことです。

また長男の遺体の近くには、Aさんの家族の遺体の一部ずつが、

長男のものと見られる体に繋ぎ合わせた状態で見つかったそうです。

第一発見者の話

「この森にキノコを採りにきたのですが、

 森の奥の方で、最初、女性のマネキン人形が捨ててあると思ったんです

 近づくと異臭がして、おかしいと思って近づくと、

 Aさんの長女の顔が男性の体に繋ぎ合わさった、奇妙な死体だったんです。

 びっくりして腰を抜かすと、その周辺にAさんの長男の頭部が落ちていて、

 バラバラになった死体だってわかったんです。」

警察は改めて情報提供を呼び掛けています。

「え!?」

三人は驚きの声を上げてしまう

「ヨウコちゃん、これ知ってた?」

先輩が地元のヨウコちゃんに聞く

「いや、知りませんでした。

 でも、この新聞社は部数が少なく、もう倒産してる新聞社ですので

 この記事を読んだ人は少ないかもしれません」

「地元のニュースには間に合わずに載っちゃったけど、

 何らかがあって、警察の方で情報統制したのかもしれないわね」

「いやいや、でも、確かに、うーん、これ、サイコですよ。

 犯人だと思っていた人が殺されてて、

 しかも、死体の部位を繋げて

 マネキン人形みたいなものが作ってあったなんて」

3人とも絶句する

そして先輩がスマホを取り出し時間を確認し、一言呟く

「二人とも気を付けてね。事件もおかしいけど、

 こんなことをわざわざ現場にした人がいるってことだからね

 そして、未解決事件の現場だというのに、警察の捜査の後がない。

 けど、ここまで来たなら…

 わかるわよね」

俺とヨウコちゃんは頷く。

好奇心は猫をも殺す。

だけど、ここまで来たなら…

離れも見なくては…

そう思っていた。

私たちはヨウコちゃんの先導で、離れに向かうことにした。

辺りは暗くなってきたので、落合に懐中電灯を指示し、

懐中電灯の明かりでは心許ないので、スマホを開き、明かりの足しにした。

「マユミさん、こっちの家は、もっと臭くないですか?」

落合がそう呟く。

先ほどの家では腐臭だったが、

こちらは生臭い臭いとでもいうのだろうか

明らかな異臭が漂う。

するとヨウコちゃんが「これは…」と、

先ほどのお茶の間の時よりも絶句している。

その部屋は、真っ赤に染まっていた。

テーブルが置かれたお茶の間というべき部屋。

その全てが、いつのものかわからないが色合い的に

かなり新鮮な血液のような赤い色で染まっていた。

真ん中のテーブルの上には…

…私の後ろの方で落合が、それを見てげーっと吐く…

…ヨウコちゃんが大丈夫ですかと落合に立ち寄る…

…私はそのものから目線を外すことができずにいる…

それは、女性の首だった。

すると、バチバチっと音が響き、

落合がウっとうめき声をあげたのが聞こえた。

女性の首に気を取られていた私は一瞬反応が遅れるが

落合の「マユミさん」という、振り絞るような声のおかげで振り返ることができ、

スタンガンを向けて迫るヨウコちゃんを

すんでのところで避ける。

そして気を取られているわずかの間に、

先ほど渡した護身用のロープで手を縛られてしまった落合に気づき

彼を守るように背にして、ヨウコちゃんと対峙する。

「やっぱりね。

 ヨウコちゃん、あなた、この家を知っていたわね。

 正面のお屋敷が離れで

 Aさんが住んでいた本宅が手前の新しい家だなんて、

 普通だったら、気づかないわ」

「私は地元なので、知ってただけですよ」

「じゃあ、現場が本宅で、遺体が離れにあったなんて、

 どこのメディアにも出てないのに、なぜ知っていたの?

 そして決定的だったのはさっきの写真の部屋」

「世に出ている情報では家族は【6人】だったって言いたいんですか?」

「いえ、それはアナタの地元だからこの家族が

 【7人】だということを知っていたのだと思ったわ

 それよりも…

 あなたは、なぜ、本宅のお茶の間が犯行現場だって知ってたの?

 離れのお茶の間で遺体が見つかったのは私も知っていたわ。

 だけど、どこで犯行が行われたかまでは、私は知らなかった。

 Aさんが住んでいた本宅が犯行現場だという情報以外にはね」

「やっぱりライターさんなんですね。

 すごい観察眼というか、言葉一つ気を付けないとまずいんですね。」

さっきまでのヨウコちゃんとは

まるっきり別人のような笑みを浮かべながら

テーブルの上に置かれた女性の頭部をポンポンと叩く。

「マユミさん、本当は知っているんでしょ、真実を…」

「ええ、さっき知ったわ」

先ほど兄からメールが届いた。

私は、危険な予感がして兄にこっそり連絡していた。

すると、兄から、この事件に関してメールが届いた。

最初の報道で、長女には双子の妹がおり、未成年という考慮から、

双子の妹の存在は一般には報道しなかった。

しかし長男の遺体が見つかったあと、残された状況から妹による犯行だということがわかり、

事件の異常性から世間への影響を考慮して、徹底的に報道規制を行った、ということだった。

「そして、精神病院に入院した、その妹は、

 退院直後に、保護観察官によって、頭部を切断され殺された。

 頭部は見つかっていないと兄のメールには書いてあったけど、

 おそらく、そこの頭部が妹の頭部なんでしょう」

「すごいですね。

 私、マユミさんが

 そんな膨大な情報のメールを読んでるのに気づかなかったです。

 時間の確認や、懐中電灯代わりにとか言って

 スマホを起動したときに、うまく見てたんですね。

 すごい、すごい」

無邪気にはしゃぐヨウコちゃんを見ながら、私は確信する。 

「あなた、憑りつかれたわね」

「ふふっ、オカケンの元会長だけあって、オカルト脳ですね。」

「こういう現場の雰囲気に当てられて、

 憑りつかれたと思いこんじゃう奴もいるけどね。

 でも思いこんじゃう奴に比べてアナタはこの家のことを知りすぎている。

 元々、アナタがこの家に詳しいっていう可能性もあるんだけど、

 車で話していた限りでは、噂話程度の知識しかなかった。

 それはそうよね、この事件が起きたとき地元とはいえ、

 あなたは大人に警備されるぐらいの年齢だったのだから。

 そこを踏まえると、あまり信じたくないし嫌だけど、

 あなたは、今、その頭の女、妹が憑りついたと考えてしまうわ」

「なるほど、やはりあなたはすごいですね」

「いや、私の元カレだって、すごいわよ」

手を縛られていたはずの落合が、いつの間にか縄を抜けて、

私のポケットに入ったスタンガンを抜き出し

ヨウコちゃんに当てる。

そして、素早い手つきで、ヨウコちゃんを動けないようにロープで逆に縛り上げる。

「さすが、15代目の縄師継承者と言われている男ね。

 縄抜けからの、縛り上げ完ぺきよ」

「SMの体験取材に行かされて、縄師修行させられたせいですよ…」

落合には、昔、現代に生きる縄師という取材に付き合ってもらったことがある。

その時に類まれなるセンスで縛りの技術を覚えてしまった。

そこで護身用にロープを持たせておけば、こうやって相手を制することができる。

それ以外は、日常何も役に立たない特技ではあるが。

「ヨウコちゃん、あまり抵抗して動かないでね。

 その縄、動けば動くほど余計に縛りがきつくなっていくから…」

落合の言葉を聞いてか聞かずか、

ジタバタと抵抗してどんどん縄が肌に食い込んでいく

すると、首にまで食い込んだ縄で呼吸が苦しくなったのか

ヨウコちゃんは、げーーーーっと、苦悶の表情を上げながら、

汚物を吐き散らす。

それは、この世のものとは思えない黒い塊だった。

しばらく黒い塊をまき散らしたあと、ピタッと動きが止まり、

ふっと意識を失ったようだった。

すると

「ふふふ、アナタたち、

 本当にすごいわね。

 あたし気に入っちゃった…」

と今まで聞いたことのない声が部屋に鳴り響く

「短時間でスタンガンのダメージから回復し、

 縄で縛るのが特技という男も素敵だけど、

 その頭の回転の良さと、女性とは思えない度胸、

 マユミさんと言ったかしら気に入ったわ…」

「それは、どうも。」

「俺は勘弁してよ…」

私たちはテーブルの目の前の首に視線を向ける。

その首は、かっと目を見開き

私たちを吟味するかのように見つめていた。

すると「警察だ、ここで何をしている」

と玄関から叫ぶ声がする。

私たちが玄関の方に視線を向けると

「ちっ」と舌打ちするような声が響き

視線を戻すと、その首はどこかに消えていた。

そして、真っ赤だった部屋がただの廃部屋と化していた。

「ふぅ~間に合ったか…」

私は、思いっきり、安堵した。

そして、私は兄に電話をかける。

「あ、お兄ちゃん、ごめんごめん、助かったわ

 今、警察の方来たみたいだからかわるね」

そして私は謝りながら、やってきた二人組の警察の方にスマホを渡す

電話越しにお兄ちゃんに説明してもらい、

安全確保と取り調べのため、ヨウコちゃんの縛りもほどき、

私たちはパトカーで警察署に連行された。

途中でヨウコちゃんも意識を取り戻したようだが、

やはりというべきか

【あの家に着いた辺りからの記憶が欠如】

しているようだった。

マユミさんと、会長、私の3人は、

警察署で不法侵入の件を咎められると思っていたが、

マユミさんのお兄さん(後から聞いたが有能な警察庁キャリアとのこと)が

手を回していたのと

この事件の秘匿性から

「今回の件は罪に問わない、ただし他言は無用にしてほしい」

とその警察署の副署長の男性から注意されて終わった。

マユミさん達が見たという「女性の首」に関しては、

「昔、捜査員の何人かも、あの土地の異常さによって、心理的不調を訴え

 幻覚を見たことが発生したから、その類のことだろう」

と伝えられた。

そういうところを深堀しそうな、マユミさんも会長も、押し黙り、

マユミさんが「その捜査員は現在どうしてます?」とだけ聞いていた。

副署長は

「一応、心療内科に通ってもらい暫くして問題なく復帰している、 

 君たちをここに乗せてきた捜査員もその内の一人だった」

と答え

「そうですか」と返していた。

その後、夜明けまではここに泊っていきなさいと仮眠室を提供され、

次の日の朝、会長の運転する車で帰宅した。

車の中で私たちはほぼほぼ無言だったが、大学近くになって、

マユミさんが、

「この記事は、ボツだなぁ、

 これ厄ネタ(やくねた)だわ」

と重い口を開いた。

「編集長には、俺も一緒に話しますよ。

 そうすれば、編集長もわかってくれますって」

それに対して会長が答える。

「まぁ、そうね」

「会長が話せばわかるって、どういうことですか?」

 思わず疑問を口にする。

「いやね、私と落合で取材すると、たまに巻き込まれるのよ。

 こういう変な事案に。

 その度に編集長はボツになったことよりも、

 そういう触れてはいけない厄ネタが集まったことを喜んでくれるのよ。

 特に私たち二人が巻き込まれた奴は編集長にとっては極上らしいの」

「あ、一応、これからお寺に行きます?

 先生もこの時間ならまだいると思いますし」

「そうね。一応、お寺に寄っておきましょう」

「お寺ってなんです?」二人だけの会話についていけない。

「そっか、ヨウコちゃんはまだ俺らと

 一緒に行ったことなかったもんね。

 実は、心霊スポットいった後、

 いつもお払いを頼んでるお寺があるんだけど、

 そこオカケン顧問の吉田先生の実家なんだよ。

 それで、変なことがあると、お払いついでに、

 吉田先生にカウンセリングしてもらうんだ。

 あれでも、一応、心理学の准教授だからね。

 俺らの精神に何か異常がないかを見てもらってるんだ。

 オカルトも、科学的な検証も大事にする、

 オカケンの伝統みたいなもんさ」

寺に着くと、ちょうど登校前の吉田先生に出会い、

事情を説明すると、カウンセリングは大学の研究室で行うから、

お払いだけはやってもらいなさいと、先生の父親である住職にお払いをしてもらう。

そして、大学に向かうと研究室で、カウンセリングをそれぞれ行ってもらい、

私たちの長い1日が終わった。

マユミさんは「ヨウコちゃん、今回はごめんねぇ。今度また、ゆっくりお話ししましょ」と帰っていった。

会長は「きっと、あいつら徹マンしてただろうから、オカケンに少し顔出そうか」と笑顔を向ける。

私は「そうですね」と答える。

その日の夜、ヨウコの家に帰宅した、あたしは、思わずつぶやいてしまう。

「マユミさんの手足、と、会長の体を

 あたしの顔に繋げたら、きっと良いお人形ができるだろうなぁ」

 

得点

評価者

怖さ鋭さ新しさユーモアさ意外さ合計
毛利嵩志121212121563
大赤見ノヴ161617161681
吉田猛々181617171785
合計4644464548229