この1週間、私はあなたの行方を、思いつく限りのあらゆる手段を使って探し続けました。また、謝罪や言い訳やお願いを連ねてあなたを呼び戻そうとしてきました。でも、その努力は報われそうもありません。
私には、いよいよ本当のことをあなたに打ち明けるしか手立てがなくなりました。
今、あなたと私を繋いでいるのはこのLINEだけです。あなたは全くメッセージをくださらないけど、私のメッセージに既読は付きます。それが唯一の頼みの綱なのです。
はっきり言いましょう。このままだと、あなたの命はあと1週間です。ほぼ1週間後にあなたは確実に死ぬのです!
その理由を説明するには、少し時間がかかります。どうか最後までお読みください。そして私を信じてください。私が妄想に取り憑かれているとか、あなたをたぶらかそうとしているとか思わないでください。
あなたが偶然に目にし、私のもとから消える原因となった1週間前のあの出来事、つまり、あの男とホテルに入って行った理由も同時にご理解いただけるでしょう。決してあなたを裏切ったのではないということも!
にわかには信じ難いことでしょうが、今からお話することはすべて真実です。
私が生まれたのは今から92年前です。当然あなたは唖然とされるでしょう。どう見ても私は20代。私は25歳から歳をとっていないのです。そして、これからも永遠に歳をとらないのです!
なるべく簡単に私の生い立ちと私が普通の人間ではなくなったいきさつを話しましょう。
私の両親は戦争で命を落としました。兄弟のない幼い私は親戚に預けられ、まずまず不自由なく育てられました。
成人すると、ある手堅い企業に就職し、ひとり暮らしを始めました。それから3年ほど経って、私は同じ会社のほぼ同い年の男性社員と恋に落ちました。初恋でした。
当時、社内恋愛は何か気まずいものという風潮が色濃かったので、ふたりの関係は他の人には内緒でしたが、やがて彼と私の仲は結婚の約束を交わすまでに成熟したのでした。
そしていよいよ、いつ会社の人達に婚約を発表しようかというところまで来た時のことです。彼がいきなり別れ話を切り出したのです。
私には驚天動地の衝撃でした。理由は単純明快でした。会社の部長が彼に、自分の娘との縁談を持ちかけたのです。その娘が彼に一目惚れしたようです。彼には出世の大チャンスでした。しがない平社員の私と結婚するより、はるかに人生の展望が開けるのは明らかです。愛の文脈を無視すれば!
私は四の五の言わず、すんなりと身を引きました。彼の幸せを願ったからではありません。そんな身勝手な男に愛想をつかしたからです。
私は彼を深く愛していました。その分、失望は大きく、恨みは深かったのです。
私は、彼を不幸にしてやろうと思いました。そして死のうと思いました。私は会社の社長や重役たちにあて、遺書をしたためました。その中で、彼と私の関係、彼の不実さを恨みを込めて暴露しました。すでに体の関係があったことも。
私は同じ内容の数通の遺書を書留で発送すると、近所でいちばん豪華なレストランで、最後の、というか、最後にするつもりだった食事を摂りました。そして、街に夕闇が迫る頃、郊外に向けゆっくりと歩いて行きました。
真っ暗になった頃、大きな川にかかった橋に着きました。ここを死に場所に決めていたのです。
橋の中央あたりでしばらく川の暗い流れを見つめていました。もう思い残すことはない。未練もなんにもない。私はあたりを見回し誰もいないことを確かめてから欄干に手をかけ、それを乗り越えようとしました。
その時です。誰かが後ろから私の両腕をがっしりと掴んだのです。
強い力で私は橋の上へと引き降ろされました。驚いて私は振り返りました。近くに人がいないことを確かめたはずなので。
黒っぽい服と帽子の大柄な男性が立っていました。顔はよく見えず、年齢も定かではありませんでした。彼は落ち着いた低い声で言いました。
「お嬢さん、早まってはいけません」
「いえ、私に構わないでください」
「そうはいきません。みすみすあなたを死なせる訳にはいきません」
「生きていたくないのです!」と私は強い口調で言いました。
彼は相変わらず落ち着いた口調で「そんなことで死ぬことはないです」と言いました。
「そんなことって! あなた、私の何を知ってるんですか?」私は少し無気味さを感じながらそう訪ねました。
彼は変わらぬ口調で言いました。
「復讐ならもっと効果的な方法がある」
私は言葉を失って凍りつきました。
彼は言葉を続けました。
「私はあなたのことをよく知っている。あなたの望みも。彼と彼の新しい婚約者をもろとも不幸にしたいのなら、私の言うことに従うのがいい」
「いったいどうして? どういうこと?」私は得体のしれない恐怖に捉えられ、しどろもどろに叫ぶように言いました。
「ゆっくり説明しよう」そう言うと男は片手で私の腕を軽く掴みました。
その瞬間、私の意識はスッと消えてしまいました。
気がつくと、私はベッドの中で横になっていました。格式高い邸宅にあるような豪華な寝室でしたが、照明は遠くのテーブルに置かれた燭台だけで、細かいところはよくわかりませんでした。
飛び起きようとして自分が全裸であることに気がつきました。掛布団を首のあたりで強く握りしめ、あたりを窺いました。
ベッドの横の椅子に、あの男が座っていました。先ほど(と思われましたが、どれだけの間気を失っていたかは全く定かではありません)と同じ服と帽子をきっちりと身につけていました。やはり顔はよく見えません。
私は、また深い恐怖に捉われて、恐る恐る尋ねました。「ここはどこですか? あなたは何者ですか? いったい私に何をしたのですか? 私に何を求めているのですか?」
男は、変わらぬ落ち着いた声で答えました。「必要なことだけを伝えよう」そして次のように話したのです。
「ここがどこか、私が何者か知る必要はない。私は君から何も奪っていない。逆に与えたのだ。
私は君に、ある能力を授けた。それが気に入らないのなら、君は拒否できる。拒否すれば死ぬ。もともと死ぬ気だったのだから損はないだろう。
端的に言うから、しっかり聴きたまえ。
人間の男は、女と交わり絶頂を迎えたその瞬間に、普段は固く閉ざされている生命の門を一瞬開くのだ。私が君に与えたのは、その開いた門から生命エネルギーを吸い取る能力だ。
これには厳密なルールがある。吸い取るのは全部ではない。2週間分のエネルギーを残す。これは君を守るためだ。君を抱いた男は、その場では死なず、2週間後に君と関わりのない場所と状況の中で絶命する。もし彼に2週間分のエネルギーが残っていなければ、君はそれが2週間分になるように彼に分け与えなければならない。
君は吸い取った生命エネルギーによって、健康に生きることができる。いかなる病気を患うこともない。老いることもない。永遠に今の若さと美貌を保ったまま生き続けることができるのだ。食事や睡眠や休息さえ必要ではない。それらを楽しむことはできる。
怪我には注意しろ。たいがいの怪我はすぐに完治する。たとえ手や足を切断されても、やがてそれは再生する。だが、首を切断されたり心臓を刺し貫かれたりすれば、さすがにもう助からない。
さて、いちばん大切なところだ。君は今から、男から吸い取った生命エネルギーのみで生きる。君が保持できるエネルギーは最大3カ月分だ。残りのエネルギーは? 私がいただく。それが私の取り分だ。
それは君には解らないルートで私の所に送られる。
不公平だと思うかね? だが、条件の変更はできない。嫌なら3カ月後に死ねばよい。今、君の中にはちょうど3カ月分のエネルギーを注入してある。
少なくとも3カ月に1度、男と寝ろ。それによって君は永遠に生きる。若く、美しく。
君の中に生命エネルギーが枯渇しかけると、君は欲望を感じる。男が欲しくなる。その欲望に従って生きればよい。君にはたやすいことだ。君のその美貌は男を引きつける。獲物に不自由はしない。
君に言うべきことは以上だ。この先、君は私と会うことはない。また、私は君の行動に一切干渉しない。では、さらばだ」
そして彼は、片手を私に向けてかざしました。私はまたもや意識を失いました。
気がつくと、私は自分の部屋の自分のベッドで横になっていました。ちゃんと自分のパジャマを着ていました。
夢を見ていたのかと思いました。起き上がってふとテーブルの上を見ると、そこには投函したはずの遺書がすべて置かれてありました。
夢か現実か。確かめてみることにしました。私は不実な元婚約者を呼び出しました。彼はたいへん不服そうにふくれっ面でやってきました。そしてこう言いました。「僕たちの関係はもう終わったはずだろ。君はそれに同意したじゃないか。今さら何の用なんだ?」
私はその場で彼を刺し殺したい衝動をこらえ、こう言いました。「私はあなたを許し、あなたとの婚約解消に同意しました。あなたを本当に愛しているので、あなたに幸せになってほしいからです。あなたの邪魔は決してしません。もちろん、あなたとの関係を誰かにしゃべったり、ほのめかしたりすることも一切しません。でも最後にお願いがあります。もう1度だけ私を抱いてください。せめてもの思い出に。そうしていただいたなら、今日を最後にきっぱりとお別れします」
彼は喜んで同意し、私を抱きました。
別れ際に、彼は厚かましくもこう言いました。「君はすばらしい。部長の娘との結婚はもう取り消せないが、君と完全に別れるのはたいへん残念だ。時々こうして会うことはできないだろうか?」
私はこう答えました。「考えさせてください。そう、3週間後にお返事しましょう。あなたも、それまでに自分の申し出がしっかりした覚悟と決意を伴っているのかをよく考えておいてください」
もし、その時まで彼が生きていたら、自分の手で彼を殺し、自分もその場で死ぬ覚悟でした。
新たな遺書も作成しました。そこには、最初のものよりさらに激しく彼の不実さをなじる言葉を書き連ねました。
でも、ちょうど2週間後、彼は仕事中に突然倒れ、そのまま死にました。心臓麻痺という医者の診断でした。
遺書は不要となったので、焼き捨てました。それまでの私の人生とともに。
彼の新しい婚約者が嘆き悲しむ姿をひそかにほくそ笑みながら眺めつつ、私は去りました。退職届も出さず、アパートの解約もせず、誰にも何も告げず、小さなバッグひとつを持ち、汽車に乗り込み、気が向いた駅で下車しました。
駅前の喫茶店でお茶を飲んでいると、さっそく若い男が寄ってきました。「お嬢さん、おひとりですか?」私はにっこりと微笑みました。そして心の中でつぶやきました。「獲物第2号だ…」
新たな人生はたいへん心地よいものでした。あの黒い服の男が言ったように、獲物に不自由はありませんでした。男たちは、私を抱き、私に命を与え、また多くの場合、お金もたんまり与え、死んでいきました。
私は、着飾り、美味しい料理を食べ、お酒に酔い、男たちにかしずかれ、常に若く美しく健康でいられたのです。
ただし、同じ場所に長く留まることはできませんでした。まわりの男たちが次々と謎の死を遂げるのですから。
時には、お金を引っ張るため、関係を持った男を数カ月生かしておくこともありました。彼らは、私と寝たあとはとても爽快で疲れ知らずになり若返った気になる、と喜んでいました。でも、用が済めば私は去り、彼らの命運は尽きるのです。
私は、旅を住処とし、なんの不安も煩わしさも感じることなく、ゆったり気ままに贅沢に生きてきました。あなたに出会うまでは!
私は、恋に落ちることなどもう決してないと思っていました。新たな人生を得てこの方、男は、私に命とお金を捧げる哀れな獲物としか考えていませんでした。
あなたに恋したと気づいたのは、あなたに抱かれた後でした。もっと早く気づいていれば、清い関係を続けたことでしょう。そして、時期を見て真実を打ち明け、あなた自身に選択してもらったことでしょう。
でも、もう、私と離れて生きるという選択肢はなくなりました。私を愛し続けて永遠に生きるか、1週間後に死ぬかです。
私が時々他の男と寝るのは単なる狩りです。そこに愛は全くありません。なので嫉妬しなくてもいいのです。私が愛を捧げるのは未来永劫あなただけです。
だから、お願いです。私のもとに帰ってきてください。そして愛し合い、ふたりで不滅の生を楽しみましょう。
でも、ただひとつ、これだけはご承知おき願います。
もしも将来あなたが私を裏切り、私がそれを知ったならば、その時から2週間以内にあなたは死ぬのです。