「にせもの」

投稿者:半分王

 

小学生の頃、肝試しが流行る時期があると思う。
私は小学校高学年の時に、初めてそう言う流行りに乗る事があった。
ビビりなので、できればそう言った事には関わりたくなかったが、クラスの人気者グループの間でそう言う流行りができてしまうと、目立たないグループに断る権利などなかった。
もし断ったら、その後クラス内でどう言った扱いが待っているかは明白だろう。

私の近所には、ある曰く付きの場所があった。
そこは「偽物の家」と呼ばれ、地域全体で行ってはいけない、と言われていた。

家とは呼ばれているが、そこは鉄筋コンクリート造りのドラッグストアか小さなスーパーくらいの大きさで、10数年前まであるカルト宗教の施設だった。

そこには「輪廻の家」と言う看板が掲げられ、多数の信者達がそこに寝泊まりするようになった。
そして布教活動として、近辺の路上にて

「誰もが罪を背負っています。
心を清め、生まれ変わりましょう」

とカルト宗教のテンプレみたいな文言を話して回るようになった。
基本的には施設内と路上での声かけでしか活動せず、公共の施設や一般家庭に押しかける事もなかったので、警察や町役場も厳しく取り締まる事はできなかったらしい。

それから「輪廻の家」には、よくない噂が立った。
あそこに出入りしている連中は、前科者じゃないか?と。
まあ、罪とか生まれ変わるってのを思想にしてたら、そんな噂も立つ。

中では何をしているかわからないが、特に被害があるわけではないので住民たちもほっておく事にした。

しかしある時、大事件が起きる。
「輪廻の家」内で、信者の集団自殺が起きてしまったのだ。
その数は20人にも昇ると言われていた。
はっきりした人数がわからないのは、なんらかの圧力によって報道機関や警察から詳しい事件の詳細が発表されなかったからだ。
事件後に発売された週刊誌の情報で、団体のお偉いさんの中に大物政治家がいる、なんて記事が踊ったが、全国報道されない事実から近辺の住民たちはこの団体に関わらないようにした。

しかし、どんな大事件も10数年も経つと風化する。
逆に、「カルト宗教」「集団自殺」
そんなワードが残る廃墟は、子供たちには最高の話題だった。

いつしか子供たちの間で「偽物の家」と呼ばれるようになったそこは、格好の度胸試しスポットになった。
なんでも、施設の隠し部屋まで辿り着いた者は、自分のドッペルゲンガーに会えるというのだ。
この頃は平成初期の第二次オカルトブームで、子供たちはみんな新しい恐怖を求めていた。
ドッペルゲンガーなんて響き、そんな子供心をくすぐるのにうってつけだったと思う。

地域の小学校の高学年の子供たちの間で、「偽物の家」に行ったと言う話がチラホラ出始め、ついに私達の学校でもそこに行ったと言う者が現れた。

私のクラスで「偽物の家」に行ったのは男子4人。
クラスのリーダー、ショウタ。
ショウタの幼馴染、リュウジ。
クラスで1番のオカルト博士ケンタ。
こいつらはいつも3人でクラスの人気者で、常にクラスの中心にいた。
3人の名前を合わせると、ショウ、リュウ、ケンとなる事から、私たちは隠れてスト2三人衆って呼んでた。

そしてそのスト2ともう1人、「偽物の家」に行ったことがあるのが、クラスで1番のいじられキャラ、吃音がある事も相まってみんなからバカにされていた、タカシ。
きっとリーダー格の3人に
無理やり連れていかれたであろう事は、クラスのみんながわかっていた。

しかし、そこは小学校と言う狭いコミュニティだ。
流行りに乗った者は強い、つまり偉いのだ。
いつの間にかタカシも、スト2の仲間入りを果たしていた。

ある週末、その時は訪れた。
友達と帰ろうとした時に、スト2が私の進路を塞いだ。

ショウタ「なあカズ、ちょっと話あんだけど」

カズとは私の事だ。
ついに来たか、と思った。
父子家庭だったうちの父親は、週末になると朝まで呑んで帰ってこないのが地元でも有名だったからだ。
止められないように、親がいない日を狙って声をかけてきたのだ。

私「なに?
帰りたいんだけど」

普通に話したつもりだったが、ビビリの私の声は少し上擦ってしまった。

ケンタ「俺たち、みんなあの家に行ったんだけど、次はカズもどうかなって」

私「あの家?」

リュウジ「決まってんじゃん、あの家って言ったら、「偽物の家」だよ」

ここで断っては、クラスの最下層に落とされるのは明白。
それでもやっぱり怖い私は、一応聞いてみた。

私「なんで?
正直不気味だし、行ったのバレたらオヤジに殴られちゃうよ」

うちのオヤジはまさに「暴力オヤジ」だった。
不気味で行きたくないのも本音だった。
やつらは私の返事が気に食わなかったようで、

ショウタ「あのさ、カズって八方美人って言うの?
みんな友達ですー、みたいなさ。
んで、俺らとも対等っぽく話すよな」

リュウジ「そうそう、別に見下してる訳じゃないけどカズって普通じゃん」

確かに私はグループとか上下とかくだらないと思ってたので、オタクも不良も男女も関係なく友達がいた。
それがリーダー気取りのヤツらは気に食わなかったんだろう。

ショウタ「みんなの中心気取ってんならさ、それ相応の度胸見せてくれよ、俺らみたいにさ」

めちゃくちゃだが、小学生なんてこんなものだ。
実際の資質よりも、人気が大切な年代。

タカシ「ビビってんでしょ?
なんでもできます、みたいな顔してるけど案外チキンなんだな」

驚いた。
スト2グループに入ってから自信を付けたのか、タカシが強気になったのはみんな知っていたが、ここまてキャラが変わるとは。
クラス内のカーストが上がったのが余程自信に繋がったのか、おどおどしていた印象はなくなり吃音まで治っている。

私も正直下に見ていたタカシからこう言われては、引き下がれない。

私「わかったよ。
そこまで言うんなら行くよ」

私が乗った事で、4人はしてやったりとニヤニヤしている。

ケンタ「じゃあ決まり。
あそこの構造はだいたい頭に入ってるから、隠し部屋までの道は俺が案内するから安心してよ」

ショウタ「よーし、みんな、聞いてたな!?
5人目の勇者は、みんなの友達カズでーす!」

バカにしてるのを隠す気もなく、ショウタが言った。
かくして、私の初めての心霊スポット探索が決定した。

夜9時頃、オヤジが呑みに出かけたのを見計らって家を出る。
もしバレたら大変なので、オヤジの車の音が完全に聞こえなくなってから家を出た。

「偽物の家」は、小学校の近くにあるので、自転車で5分くらいだった。

件の場所に着くと、ケンタが立っていた。
周りを見回してみたが、ひとりのようだ。

ケンタ「来たね。
じゃあ、早速入ろうか」

私「いやいや、まだ3人来てないじゃん?
待った方がいいんじゃないの?」

私は最もな疑問をぶつけたが、ケンタは当たり前のように

ケンタ「大丈夫、あとから来るから。
それとも、俺と2人じゃ不安?

ニヤニヤと言う。
ここまで来たらもう腹をくくるしかない。

私「いや、いいよ。
先に入ろう」

そう言うと、ケンタは嬉しそうに頷いて歩き出した。
ケンタは鎖で施錠された正面入り口ではなく、裏へ回って行く。

私「さすがに5回目だと、もう熟知してるって感じだな。
いつもケンタが案内役なのか?」

私が聞くと、ケンタは振り返らずに

ケンタ「…ああ。」

とだけ答えた。

少し歩くと、簡素な鉄扉のある場所に辿り着いた。
どうやら裏口らしい。

私「ここから入るの?
表も封鎖されてるみたいだし、ここも鍵がかかってるんじゃあ…」

私が言うと、

ケンタ「違う、ここじゃない。
そっちだよ」
ケンタが指差した方に目をやると、裏口の真横の壁に設置されている、大きめの四角いゴミ捨て場が目に入った。
所々錆びついている鉄製であろうその箱は高さは腰ぐらいで、奥行きは70センチくらいだが横幅が2メートル近くあった。

私「ここって、ゴミ箱じゃん」

私はごく当たり前の反応を返した。
まさか、ドラマや映画じゃあるまいし、秘密の入り口でもないだろう。
怪訝そうにしていると、ケンタが蓋に手をかけ持ち上げ始めた。

ケンタ「手伝ってよ。
重いんだからさ」

確かに、この大きさの鉄の蓋は重そうだ。
悪い、と何も悪くないが一応謝って手伝った。

何回かこいつらが来ているからだろうか、サビだらけの割にはすんなり開いた。

私「え…」

中を覗き込んで驚いた。
四角い無機質な箱の中にはゴミの残骸でもあるかと思っていたが、地下にポッカリと闇が口を開けていた。

私「なんだこれ…
なんでゴミ箱の中が空洞になってんだよ?」

ケンタ「入ればわかるよ、そんな深く無いからゆっくり降りてみろって」

無茶な事を言う。
一応懐中電灯で照らしているが、底はハッキリ見えない。
何も無い空間をボヤっと照らしているだけだ。
だが、光は底に届いているので、2メートルくらいの深さだろうか。
確かに降りられない程ではないが、先に1人で行くのはやっぱり怖い。
そんな私の心情を察したケンタが言った。

ケンタ「あのタカシだって1人でおりたよ」

お前らが無理やり行かせたんだろうと言いたくなったが、みんなが無事に戻ってきているのも事実なので、私は覚悟を決めて降りることにした。

私「しっかり足元照らしててくれよ!」

そう言って、ゴミ箱の縁にしっかりと両手をかけ、腰から下を闇へと下ろして行く。
何も無い空間をブラブラさせて、両手を離すタイミングを探る。
足に何も当たらない。
このままぶら下がってても腕に限界が来てしまう。
私は思い切って両手を離し、直後に両脚にかかるであろう衝撃に備えた。

ガンっ!とくぐもった音を立てて、思ったよりすぐ両脚は地に着いていた。
足元も鉄でできているようだった。

ケンタ「落とすぞー!」

え?と上を見上げると、ケンタが懐中電灯を落としてきた。
咄嗟のことで、もちろんキャッチなんかできない。

私「うわっ!」

とりあえず両腕で頭を庇ったが、懐中電灯はスルリと私の横を落ちていく。

ガコーン!ガランガランガラン…

足元を見ると、落ちた懐中電灯が転がっては壁にぶつかりを繰り返していた。
どうやら私が降りた先は人が2人くらい入れる鉄の箱になっていたようだ。

ケンタ「俺も降りるぞー!」

そう聞こえて、慌てて私は懐中電灯を拾って、その鉄の箱から這い出た。
すぐ後にガンっ!と音がして、ケンタが降りて来た。

ケンタ「これさ、昇降機になってるんだよ。
地下のゴミをここに入れてこのスイッチを押すと、この箱がそのまま上のゴミ箱の中に上がって行ったんだな」

そう言って、今私たちが降りて来た箱の横にある赤と黒のスイッチを指差した。
なるほど、これなら上までゴミを運ぶ手間が省ける。
関心しかけたが、ふと疑問が起こった。
そもそも、この施設に地下室があるなんて話は聞いたことがない。
噂になっていたのに、そんな話聞いたことがなかった。

私「地下があるなんて、聞いたことなかったけど。
ケンタ、知ってたの?」

ケンタからの返事はない。
私の質問に答えない代わりに、ケンタは歩き出した。

ケンタ「色々落ちてて危険だから、足元だけ照らしながら行こう」

ケンタは足元だけを照らし、スタスタと歩いて行く。
知らない場所で、しかも頼りない光しかない中だ。
私ははぐれないようにケンタについて行く事しかできなかった。

私「待ってくれよ…!」

ケンタは迷わず一方向に進んでいく。
私はゴミや何かの破片につまづきそうなったが、ケンタはそれらを避けてスイスイ歩いて行く。
懐中電灯のか細い灯りでは床の一部分しか見えない為、全て避けるのは難しい。
やはり何度も来た事があるケンタは、どこに何が落ちてるかなんとなくわかってるのだろうと思った。

降りた場所から扉がある場所に辿り着くまでは2分くらいは歩いただろうか。
どうやらこの地下空間は、体育館程の広さがあるようだった。
ケンタが扉を開ける。
ふと、振り返って今歩いた空間を懐中電灯で照らそうとすると、

ケンタ「やめろ!」

ケンタが怒鳴った。
ビクッとして懐中電灯を落としそうになり、ケンタを照らす。

私「なんだよ、いきなりでけー声だすなよ!」

ケンタ「…ごめん。
あの部屋、壁とか天井に変な絵があったりして怖いんだよ。
だから、びっくりさせたくなくてさ」

結局びっくりしたんだから意味ないだろと思ったが、この時は変に納得してしまった。
この非日常的な空間に、感覚が麻痺してたんだと思う。

私が何も言い返さないのを見て、またケンタは歩き出した。
ここまで来たら、さっさと見るもん見て帰りたかった。

今度は少し狭い廊下だった。
人がやっとすれ違えるくらいの幅で、足元だけを照らしていても両側の壁がうっすらと見えた。
白っぽくて、病院のような感じだったと思う。
さすがにずっと黙ってるのが怖くて、適当に話題を探す。

私「そういえば、ここで集団自殺があったんだよね?
噂では出入りしてたのは2,30人はいたみたいだから、そのくらい死んだのかな?」

ケンタ「16人だよ」

私「え?」

適当に振った話題だったが、すぐに返事が来て戸惑った。

ケンタ「幹部が4人、信者が12人。
残りの信者は決行日の前に逃げたよ」

私「よ、よく知ってるな。
さすがオカルト博士だ、どこで調べたの?」

ケンタ「…」

ケンタはその後は何も答えず、また無言で歩き出した。
やがて、ケンタが立ち止まり前方を照らした。

ケンタ「あそこだ」

ケンタが照らした廊下の先には観音開きの鉄扉が見えた。
イメージ的には手術室の入り口みたいな感じだが、窓はなく中は見えない。

私「あそこに、ドッペルゲンガーが?」

私が聞くと、

ケンタ「にせものがいるんだよ。」

ニヤっと笑ってケンタが扉を開く。
鍵もかかっておらず、すんなり開いた。
中は真っ暗だが、何か違和感がある。
懐中電灯を向けると、違和感の正体がわかった。

私「鏡…?」

教室くらいの広さの部屋だろうか、その奥に懐中電灯の光が反射している。

ケンタ「もっと、近づくんだ」

ケンタに背中を押され、ゆっくりと奥に向かって進んだ。
もう少しで、鏡に辿り着く。
光の反射する感じだと、全身が映る鏡が奥の壁一面にあるようだった。
ダンス教室の壁、みたいな感じだろうか。
まさか、ここに映った自分を見て、
ドッペルゲンガーだと言うのか?
相変わらずケンタは何も言わない。
その時、部屋の隅から声がした。

ショウタ「生まれ変わるには、罪にまみれた体を捨てる必要があるんだ。
そして、新しい器もいる。」

リュウジ「子供は純粋で、無邪気だ。
だから来てはいけない場所にも来てしまう」

タカシ「我々は、罪にまみれた肉体を脱ぎ捨てることができた。
しかし、純粋な器がないとやり直す事ができないんだよ」

訳のわからない話が部屋の3方から聞こえた。
ショウタ達の声だ。
あいつら、なんでいるんだ?
考えていると、続けて後ろからケンタも語り出した。

ケンタ「俺たちはここから動けないからな。
器の方からやって来るのをずっと待っていたのさ」

声はいつもの4人の声だったが、なんだか様子がおかしい。
大人が、子供のふりをして話しているような不自然さがあった。

私「お、お前ら、先に待ち伏せて俺を驚かせようとしたんだろ?
降参だよ、すげー怖かったからもう勘弁してくれよ」

これはこの4人の手の込んだイタズラだ。
そう思いたくて、私は一気にまくしたてた。
無邪気に笑って、「バレたか」と言ってくれるのを期待したが、4人は人が変わったように淡々と話し続けた。

リュウジ「随分と長いことかかったが、やっとここに子供たちがやってくるようになった。

そして…」

ケンタ「この子供が、地下への入り口を見つけてくれた。
あとは好奇心旺盛な子供だ、散々物色したあと、恐れもせずにこの部屋に来てくれたよ」

全く現実感がない。
まるで、漫画か映画のセリフみたいだった。
いくら私を怖がらせる為だからって、小学生がここまで口裏を合わせてキャラクターを演じられるとも思えない。
そのせいで、言葉を挟む事ができなかった。

ケンタ「我々はもう魂だけの存在なんだよ。
魂ってやつは、形が変えられるんだ。
だからこいつがここにたどり着いた時に、こいつと同じ姿になって前に鏡の中から語りかけたんだよ」

形が変えられる?
同じ姿になって?
まさか…

ショウタ「そう、今で言うドッペルゲンガーだよ。
驚くだろう、鏡の中の自分が自分と別の動きをしたら?
肝試しに来るような連中だ、適当な事を言って鏡に手を触れさせさえすれば…
入れ替わり完了って訳だ。
ほら」

そう言って、4人は同時に鏡の中の自分を照らした。

ぼんやりとだが、ハッキリとわかる。
鏡の中の4人は、眼球のない真っ黒な目をしていて、大きな口を開けて何かを繰り返し話している。
もちろん、こちら側の4人は依然としてニヤニヤしている。

タカシ「見ろよ、こいつら。
まだ言ってるよ。
もうここからは出られないのに」

音はしないが、よく見ていると口の動きで何を言っているかなんとなくわかった。

私「カエシテ、カエシテ、カエシテ…」

そう言っているように見えた。

タカシ「それじゃあ、そろそろ始めよう。
信者の皆さんも待ちきれないようだ」

頭が回らない。
こいつらは、中身は偽物?
信者が待ってる?
信者って、集団自殺したあの?

今すぐ逃げ出したかったが、足が震えて動けない。
そんな私を嘲笑い、4人は一斉に私の正面の鏡に光を当てた。

照らされたそこには私がいた。
鏡だから当たり前なのだが、映っている私は1人ではなかった。

そこには10数人の私がいて、向こう側から鏡を叩きながら何が叫んでいた。

ショウタ「あーあ、これじゃ怖がって鏡に近づかないだろう。
ちゃんと順番を決めて、なりきれって言ったのに」

タカシ「仕方ない、この人たちは所詮ただの信者だ。
我々幹部のような心の余裕なんてない」

リュウジ「まあ、だからと言ってせっかく教義に乗っ取り肉体まで捨てたんだ、見捨てるわけにもいかないだろう」

そう言って、4人は私ににじり寄ってくる。
きっと、鏡に無理矢理触れさせる気だ。
あれに触ったら、あの偽物の中のどれかに体を奪われてしまうだろう。
私は、勇気を振り絞って叫んだ。

私「うわぁー!」

その勢いのまま振り返り、後ろにいるケンタを懐中電灯で殴りつける。

おでこのあたりにクリーンヒットした。
私はケンタが落とした細い持ち手の懐中電灯を拾い上げた。あそこに使える。

ケンタ「捕まえろ、逃すな!」

ケンタの叫びで3人が追いかけてくる。
私は急いで扉を出ると、ケンタの懐中電灯を扉の取手に閂のように差し込んだ。
プラスチックだが、多少は時間を稼げるだろう。

開けろ!と言う言葉を無視して、自分の懐中電灯で前方を照らしながら全力で走った。
最初の扉には、すぐにたどり着いた。
扉は開けっぱなしだったので、そのまま走り抜ける。
そして最初に降りた空間を懐中電灯で照らした。

天井から無数のロープが伸びていて、垂れ下がった先は輪っかになっている。
子供でもわかる、首吊りだ。
そのロープが10数本垂れているのだ。
ここが集団自殺の現場だったのか。
床を照らすと、落ちている瓦礫がどれも、朽ちた木の台のようなものである事がわかった。

気づいたら股関が濡れていた。
高学年とは言え、小学生には限界だった。
けれど、逃げるしかない。
まだ奴らの声、足音は聞こえない。
私は、あのゴミ箱の昇降機の所まで走った。

出口に辿り着き真上には夜空が見えるが、高すぎて届かない。
何かないか、と床を照らすと、脆くなった天井から落ちたであろうロープが何本か落ちていた。
それを拾い上げ、輪っか部分を上に向かって投げる。
何回目かで、輪っかが四角いゴミ箱の角に引っかかる感触があった。
助かりたい一心で私は少しずつ、着実に登って行った。

やっとの思いでゴミ箱の淵に手をかけた。
握力の無くなった両手に最後の力をこめて、体を持ち上げる。
私は倒れ込むようにゴミ箱の横へ転がった。

私「助かった…」

安堵したのも束の間、地下の空間から足跡が響く。
登ってきたロープを外して投げ捨て、私は自転車目指して走り出した。
きっと奴らは、肩車でもしてすぐに登ってくるだろう。
一刻も早くここから離れたかった。

自転車は、正面入り口の前に変わらず止めてあった。
疲労困憊で震える手を必死に抑えながらチェーンの鍵を開け、すぐさま自転車に飛び乗り道路に飛び出した!

「待て!」

誰かの声がしたが、無視して立ち漕ぎで走る。
そして、そこの角を曲がれば我が家…
私の記憶はここまでだった。

気がつくと、白い天井が見えた。
どうやら、病院のようだ。
起きあがろうとすると、身体中に痛みが走る。

親父「馬鹿野郎、まだ寝てろ!」

ゆっくり周りを見ると、ベットサイドに親父が座っていた。

親父「俺がいねぇからって夜中に出かけようとしたな?
まったく…」

怒っていたが、親父は泣いていた。
話しを聞くと、あの日私は家の前の道路で飲酒運転の車にはねられたと言うのだ。
だいぶ吹っ飛ばされてあちこち打ったらしく、身体中ひどい打撲だった。

親父「それでお前、あんな夜中にどこ行こうとしたんだ?」

私は本当の事を話そうかとも思ったが、怒られるのが怖くて適当な嘘をついてごまかした。

骨が折れたりはしていなかったので、早く退院でき、2週間も経つころには学校にも行けるようになった。

あいつらと顔を合わせるのが怖かった。
しかし、親父にケツを蹴られて学校に行くことになった。

教室に着くと、みんなが私を見た。
反応に困っていると、ショウタが近づいてきた。

ショウタ「おはよう!
やっと治ったか、心配したぞ!」

私が何も返せずにいると、ケンタやリュウジも声をかけてくる。

ケンタ「あの日来ないから心配したんだよ!
まさか事故にあってたなんてな」

リュウジ「本当だよ!
だけどよかったよ、無事でさ」

訳がわからない。
私が、行っていない?
何を言っているんだ、こいつらは。
反論しようとしたが、その後も当たり前のように私がビビって逃げたと言う話しをするので、あれは夢だったのかと少しだけ思った。

いや、思いたかったが無理だった。
ケンタのおでこのあの傷。
きっと、私の懐中電灯の角に合わせたらピッタリだろう。
あれは夢じゃない。
こいつらは偽者だ。

しかし、こんな事言っても誰も信じてくれないだろう。
私はもう、関わりたくなかった。
幸いなことに、奴らの方からもあれから接触してくる事はなかったので、あの日のことは自分の胸にしまうことにした。

中学に入ると奴らとはクラスも違った為、顔を合わせる事もなくなった。
高校では完全に別になった為、あの日の出来事で悩む事はなくなった。
共通の友人から、奴らがもう「偽者の家」に人を誘う事もなくなったと聞いた。
だが、あれからあそこに連れて行かれた友人達の数が「12人」である事が、今でも私の心に重くのしかかる。

きっと、みんな「にせもの」になっている。
そしてそれは、誰にもわからない。
新しい人生を謳歌している事だろう。

私は、あそこで起きた事を知っている。
あそこに行った者の名前も知っている。

ショウタから届いた、同窓会の招待状。
果たしてこれに、どんな意味があるのか。
私の周りの愛する者たちに危害が及ばぬよう、私には欠席する権利はないようだ。

これは、カズさんの奥さんから提供いただいた、カズさんの日記の抜粋です。
同窓会の日以降、カズさんの行方はわからないそうです。

 

得点

評価者

怖さ鋭さ新しさユーモアさ意外さ合計
毛利嵩志151818151581
大赤見ノヴ171718171786
吉田猛々171717181786
合計4952535049253