「墓地の隣のコインパーキング」

投稿者:かわしマン

 

知り合いの知り合い、コインパーキングの管理会社で働いている松山さんという四十代男性から、クリアファイルに挟まれた数十枚の小さな紙を私は譲り受けた。
 松山さん曰く、その紙は松山さんと同じ会社のコールセンターで働いていた、篠塚さんという男性が残したメモ書きだという。
 コールセンターでは客からの問い合わせやクレームを電話で受け付けている。
 篠塚さんはそこでオペレーターの業務を担当していたそうだ。

 篠塚さんは現在その管理会社を退職しているのだが、松山さんは篠塚さんの最終出勤日にそのメモ書きを彼から半ば強引に押し付けられた。
 松山さんは保守点検を担当する部署に所属しており、篠塚さんとは別部署だった。面識はあったが関わりはほぼ無かった。
 それなのになぜ篠塚さんがこのメモ書きを松山さんに託したのか最初は謎だったが、メモ書きを読んで松山さんは納得した。松山さんが業務を担当している、とある駅近くにあるコインパーキングについてのメモ書きだったからだ。

 松山さんはメモを手渡された時、篠塚さんから「あそこなんかあるからくれぐれも気をつけろよ」と、一言だけ険しい表情で言われたそうだ。
 ジャケットのポケットにすっぽり入るくらいのメモ帳から剥がされたであろうその紙は、ボールペンで書かれた筆圧の強い、黒く小さな文字でびっしり埋め尽くされていた。その内容はコインパーキング利用者から寄せられ、篠塚さんが電話対応したと思われるクレームの数々だった。
 そして、そのどれもがなんとも奇妙で不可思議なものばかりだった。

「確かにあそこのコインパーキングは隣が墓地で昼間でも雰囲気が暗いんですよ。だからまぁそういう事も起こるのかなと。私が立ち寄ったときは何も起こらないんです。幾度となく訪れてますが……」

 松山さんはそう言うと眉間に皺を寄せた。
 不気味だからこの紙を所持していたくはない。しかし捨ててしまうのもどこか気が引ける。
 だから怪談を蒐集している川島さんに引き取ってほしい。
 そういう経緯で私の所へとこのメモ書きは巡り巡ってきたのだ。
 私は興味深くメモ書きを読ませてもらった。

 これから以下に記すのは、篠塚さんが残したメモ書きの中から選んだ、特に興味深く気味が悪い内容のものたちだ。

〈令和◯年、十月十三日。✕✕パーキング▲▲駅前。会社員男性、三十六歳。月極契約者〉
 一ヶ月前くらいから毎日、フロントガラスに猫の足跡が付着していた。最初は気にならなかったが、出勤のために駐車場に向かうたび毎朝掃除しなければいけないので鬱陶しかった。
 昨日の二十三時頃、車の中に置き忘れた私物を取りに駐車場に向かうと、上半身裸の老婆が猫を両手で抱え、その前足をペタペタとスタンプを押すようにフロントガラスに押し付けていた。
「何してるんですか? 迷惑なので止めてください」と声を掛けるとその老婆は隣の墓地の方へと逃げていった。追いかけたが姿をあっという間にくらました。おそらくフロントガラスに猫の足跡が付着していたのもこの老婆のせいだ。迷惑行為がエスカレートする前に警備を強化してほしい。

〈令和◯年、十月二十四日。✕✕パーキング▲▲駅前。会社員男性、二十七歳〉
 昨日の二十時頃、用事を済ませて出庫しようと自分の車の所へ行くと、喪服姿の男性(五十代~六十代)が、ボンネットの上で正座をして、手を合わせながらお経のような物をブツブツと唱えていた。怖くなってその場から逃げた。しばらくして戻ってみると男はいなくなっていた。
 怪しい人物なので、警察に通報してほしい。

〈令和〇年、十一月四日。✕✕パーキング▲▲駅前。主婦、四十二歳〉
 二十三時三十分頃、二、三人の小さな子供たちが大きな笑い声をあげながらパーキング内で走り回って遊んでいた。暗くて姿は見えなかった。
 車を発進させパーキングを出るまで子供たちを轢いてしまわないかヒヤヒヤした。
 いつか事故が起きそうだし、なによりあんな遅い時間に子供たちだけで遊ばせているのは非常識なので、親御さんを特定して注意してほしい。

〈令和〇年、十一月十六日、✕✕パーキング▲▲駅前。建設業男性、五十三歳〉
 請け負っている建築現場の近くなので、ここ最近連続して利用しているが、カラスの死骸が毎日地面に落ちている。
 同じカラスの死骸ではなくて、毎日違う物に入れ替わっていると思う。落ちている場所も毎日変わっている。
 昨日作業を終えて帰ろうとすると、どうやって侵入したのか、トラックの助手席にカラスの死骸があった。しっかり施錠して窓もきっちり締めていた。
 とにかく気味が悪いのでカラスの対策をお願いしたい。

〈令和〇年、十一月二十五日、✕✕パーキング▲▲駅前。飲食店スタッフ女性、二十九歳〉
 昨日の二十五時頃、隣の墓地からお経が聞こえてきた。
 時間が時間だけにとても怖かった。墓地との仕切りを少しでも遮音性の高い物に変更してほしい。

〈令和◯年、十二月三日。✕✕パーキング▲▲駅前。会社員男性、三十六歳。月極契約者。以前猫の足跡の件で連絡してきた男性と同じ人物〉
 猫の足跡が付着することはなくなったが、今度はボンネットに毎朝子供用のサンダルと数珠が置かれるようになった。
 出勤するときにサンダルと数珠を、他の車の邪魔にならない場所へとボンネットから移し変えている。夜、会社から帰ってきて入庫するときにはサンダルと数珠は無くなっているのだが、次の日の朝にはまたサンダルと数珠が置かれている。
 こう嫌がらせが続くと気が滅入ってくる。防犯カメラの設置や警備員の配備など対策を強化していただけないだろうか。
 このままなら、こことの契約は解除して他の駐車場を探すか、駐車場付きのマンションに引っ越すかを検討せざるを得ない。

 いかがだろうか?
 ここに抜粋した物以外にも、些細なクレームではあるが、コインパーキングのクレームとしては少し奇妙な物がいくつもいくつもメモされていた。
 確かにひとつの場所でこんなにも不可思議な事が起こるのは異様である。異様な場所であるという事は間違いないだろう。しかしこれらのクレームをすべて心霊現象と断定していいものか少し迷う所ではある。
 生きた人間の悪戯だとか、偶発的な自然現象だったとしてもなんら不思議ではない気もするからだ。
 なにより、これらの現象を体験しクレームを入れてきた人たち全てが、起こっていることを心霊現象だとは微塵も思っていないような雰囲気が文面から伝わってくる。体感した人の感覚というものがやはり正しいという気もするのだ。
 もちろん文面を読んだだけで、実際に電話を掛けてきたときの息遣いや口調の雰囲気などは、電話を受けた篠塚さんにしか分からないのでなんともいえない所はあるのだが……。

 もうこれは実際に現地に行って、どんな場所なのかこの目で見て、クレームの中身を検証する必要があるかもしれないと私は思った。百聞は一見にしかずだ。
 とある平日、車を走らせて私は、✕✕パーキング▲▲駅前へと向かった。

 ✕✕パーキング▲▲駅前は、北関東の郊外の街にある。
 東京からもアクセスは良い。
 このパーキングがある駅周辺は、メガバンクの支店や飲食店、コンビニ、商業ビルが立ち並び、郊外の街としてはとても活気がある方だ。
 平日の昼間はさすがに寂しかったが、通勤通学の時間帯や休日には、それなりの人通りがあるそうだ。
 例のパーキングは駅から徒歩三分ほどの所にある。駅前と名前をつけている事にはなんの違和感もないし、その通りだと思える。
 駅前のメインストリートからひとつ横路に入り、しばらく行った所に例のパーキングはあった。
 パーキングの北側が道路で、そちら側に車の出入口がある。通りを挟んだ向かいにもコインパーキングがあり、こちらは大きな立体駐車場になっている。
 西側は一般の住宅で、古びた和風の一軒家だ。
 東側は今風のおしゃれな美容院になっている。その美容院のさらに東側は庶民的な和菓子屋だ。
 パーキングがある通り周辺はとてものどかで牧歌的な雰囲気だと感じた。

 例のパーキングに車で進入すると、卒塔婆や墓石が目に飛び込んできて、隣が墓地だと一目で分かるようになっている。パーキングの南側一帯が墓地なのだ。
 パーキングは車が四十台は停められるようになっていてそれなりに広く、綺麗な長方形の区画に造られたことが分かる。一台一台の駐車スペースもゆったりと取られていて圧迫感はない。
 パーキングに入ってすぐ西側に月極利用者用の駐車スペースが四台分ある。それ以外は時間貸し用のスペースだ。
 墓地はこのパーキングとほぼ同じ広さだということが分かる。墓地の周りは一軒家に囲まれていて、住宅街の中に溶け込んでいる。
 パーキングと墓地を仕切っているのは、一メートルほどの高さに積み上げたコンクリートブロックを土台にして、その上に取り付けられた茶色いプラスチックの柵だ。
 コンクリートとプラスチックの柵を合わせて全長は二メートルほどだろうか。柵に近づくとさすがに墓地は見えないが、柵の間近にある一部の卒塔婆は、ひょいとその頭をパーキング側にも見せている。
 コンクリートブロックと茶色いプラスチックの柵の間には、支柱で柵が持ち上げられた分の、数十センチの隙間が出来ていて、しゃがめば墓地の方を覗けるようになっている。
 パーキングと墓地を行き来するような出入口はない。
 頑張れば柵を乗り越えられるだろうが、老婆や子供では少し無理な気もする。墓地の方へと姿をくらましたという、月極利用者の男性が目撃した猫を抱えた老婆がこの柵を乗り越えたとは到底思えない。いったいどこに消えたというのだろうか?
 コンクリートブロックとプラスチック柵の間の隙間も人間が通り抜けられる幅ではない。子供でも無理だ。
 私が行った時間には数台車が停められてたが、ボンネットに何かおかしな物が置かれているということはなかった。カラスの死骸も落ちてはいなかった。

 私はパーキングを出て歩いて反対側、墓地の出入口がある方へと回り込んで行ってみた。
 出入口には〈ご用のない方の立ち入りはご遠慮ください。■■院住職〉と書かれた小さな看板が建てられていた。この■■院というのがこの墓地を管理しているようだ。
 墓地の中を外から眺めてみたが、特に変わった所は見受けられなかった。
 墓地の近所に住んでいると思われる通行人の方に話を聞いたが、特にこの一帯で変わった風習はないと言っていた。夜中にお経を唱えるなどという風習もないそうだ。

 もう一度パーキングに戻ってみる。松山さんは昼間でも雰囲気が暗いと言っていたが、私はそうは感じなかった。
 快晴の日だったこと、なにより私が霊的な物に鈍感なタイプだからかもしれない。
 周辺で時間を潰し、夜暗くなってからもう一度パーキングへと行ってみた。
 確かに暗いが、精算機の上には照明があったり、西側の住宅や街灯から漏れる明かりで、人の姿がまったく見えなくなるということは無さそうだった。
 深夜であろうと走り回る子供がいて、それが生きた人間ならば、その姿を認識することは、きちんと出来るだろう。

 このパーキングを訪れてみて、不可思議なクレームの数々の一部は心霊現象である可能性が高いという印象を私は持った。
 これは良いネタを貰った。そう満足感を得て、さぁ帰ろうかと車に乗り込みエンジンを掛けようとしたその瞬間、助手席側の窓をコツコツと叩く音が聞こえた。
 そちら側を見ると、車の外にいる一人の男性が、車の中の私を覗き込んでいた。
 私は助手席側の窓を開けた。

「こんばんは。はじめまして川島さん。篠塚です。あのメモを書いた篠塚です」
 私は言葉を失くした。驚きを隠せなかった。
 なぜここに? 私は今日ここに来ることは誰にも話していない。松山さんにも報告していない。なぜ私だと分かったのか? もちろん篠塚さんとは初対面だ。篠塚さんが私の顔を知っているはずがない。
「ちょっと話があるんで、車の中に入れてもらってよろしいですか?」
 篠塚と名乗る男は丁寧かつ、穏やかな口調でそう言った。
 今にして思えば、絶対に中にいれるべきではなかった。
 あの時の私は確かにこの状況に違和感や不信感、そして少しの恐怖感を抱いていたはずだ。
 しかし私は、なぜ自分でもそうしたのか、説明が今でもつかないのだが、あっさりと篠塚さんが車の中に入る事を了承した。
 違和感や恐怖よりも、怪談好きの好奇心が勝ったとしか言えない。クレームを実際に受け付けた当事者から話を聞けるチャンスだと。
 ドアを開けて篠塚さんは助手席に座った。

「どうですか川島さん。この駐車場をご覧になって」
 そう言う篠塚さんの顔を間近で眺めた。面長で髪を短く刈り上げている。目は優しい印象だが窪んでいて、頬が痩け、目の下にはくっきりとクマができていた。少しやつれているようにも見える。
 しかし口調も声色もとても穏やかで落ち着いている。

「そうですね。メモに書かれていたいくつかの事象は霊的な物の可能性が高いと思います。凄く良いネタが手に入って満足してます。起こっている現象も不気味で凄く良いです」
 私は率直にそう伝えた。
「そうですか。それは良かったです。なんせ私の力作ですからね」
 篠塚さんはそう言うと、左の口角を上げ微笑んだ。
「力作? ど、どういうことですか? もしかして作り話ですか?」
「そうですよ。全部私の妄想の産物です」
 篠塚さんはそう言うと声を上げて笑った。
 私は頭を抱えた。全身から力が抜けた。これは実話ではなかったのだ。やられた。私は心底がっかりした。その気持ちは表情にも現れて篠塚さんにも伝わったようだった。
 篠塚さんは笑いを止めると、シリアスな表情と口調で語りだした。

「そんなにがっかりしないでくださいよ。気持ちは分かりますよ。でも川島さん楽しんだんでしょう? それならいいじゃないですか。川島さんが楽しんでくれたみたいで私は嬉しいですよ」

 私は助手席の篠塚さんから顔を反らすと正面、フロントガラスの方を見ながら篠塚さんの声だけを耳に入れる体勢になった。耳に飛び込んでくる篠塚さんの口調が徐々にヒートアップしてくるのが感じ取れた。

「嬉しいんですよ。なにせ力作ですからね。追い出し部屋で作り上げた私の作品なんですからね。追い出し部屋って知ってます? 会社がリストラしたいけど出来ない社員を、自分から辞めるって言い出すよう追い詰めるために閉じ込める部屋ですよ。ずっと私ねぇ、そこにいたんですよ。一年くらい耐えましたよ。追い出し部屋でね、ずっと座って壁に貼ってある社訓を読んでろって命令される訳です。でもそんなの五分もあれば読み終わるんですからあとはただひたすら時間をもて余す。だからメモ帳に書き始めたんです。毎日毎日、架空の不気味なクレームをね」

 私は再び篠塚さんの方を見た。篠塚さんはずっと私を見ながら喋っていた。目があった。ぞっとした。まともに生きる事を放棄したかのような虚ろな死んだ目をしていた。この人はまともな精神状態じゃない。そう直感させる眼差しだった。

「私の作品をね誰かに読んで欲しかった。松山からあなたに作品が渡った。二人の人間に読んでもらった。嬉しいですよ。もう私はね、思い起こすことは何もないですよ」

 篠塚さんが感極まった様子でそう言った瞬間、フロントガラスに大きく鈍い音をたてて何かが勢いよく衝突した。黒い塊がフロントガラスをゆっくり滑りながら、ワイパーの根本に落ちた。カラスだ。そう直感した。
 私は運転席を飛び出して、スマホのライトで黒い塊を照らした。よく見るとそれはカラスではなかった。中に何かがパンパンに詰まった黒いビニール袋だった。
 私は呆気に取られながら、しばらく立ち尽くしていた。黒いビニール袋を地面に投げ捨てると私は運転席に戻った。
 助手席に篠塚さんの姿は無かった。
 車の側から私は離れてはいない。運転席を飛び出してから戻るまで三分もかかっていないはずだ。それなのに篠塚さんは姿を消した。助手席から降りたなら絶対に気づくはずだ。それなのに篠塚さんはどこかに行ってしまった。
 私は暗いパーキング内を必死に探したが篠塚さんの姿はどこにも見当たらなかった。
 パーキングを出て辺り一帯も探したが見つからなかった。
 背筋に冷たいものが走るが分かった。私は篠塚さんを探すのは止めて急いで帰ることにした。

 次の日私は松山さんに電話をして、昨日例のパーキングで篠塚さんに会った事を伝えた。
 電話の向こうで松山さんは驚きの声を上げた。そして戸惑いつつ声をひそめて話し始めた。

「篠塚さん、退職したすぐ次の日に首を吊って亡くなったそうです。私も最近知ったんですけどね……。篠塚さん酷いパワハラを受けてたそうです。追い出し部屋に入れられて軽くノイローゼだったみたいで……。川島さんが昨日会ったのって、本当に篠塚さんですか?」

 

得点

評価者

怖さ鋭さ新しさユーモアさ意外さ合計
毛利嵩志151518121575
大赤見ノヴ171717171684
吉田猛々161616151679
合計4848514447238