「つーる、つーる、ママつる」

投稿者:のりすう

 

私、上の子は21歳下の子は10歳までの4人の子どもがいるんですよ。
今はバリバリ働いているのですが、年も近い上の子達3人が子どもの頃は専業主婦をしておりました。
ええ、1人だけ年が離れているんですよ。年の離れた一番下の子、三女が生まれた時は、それはもう上の子達3人とも喜んで我先にと面倒を見てくれました。長女や次女なんかは、くさいねーとか言いながらオムツも替えていました。
今思えば、あの頃が1番心のゆとりもあり楽させてもらっていたなぁと思いますね。
若くして子どもを立て続けに産んだこともあって、近くの公園で疲れ果てるまで遊ばせたり、河川敷まで行ってお弁当広げて食べたりもしました。
ダンボールで部屋いっぱいに迷路を作って散々遊んでその日のうちに壊したら次女が泣き出したりね。
あの頃お金はなかったけど生活に工夫があって楽しかったですね。
すいません。当時のことを思い出すとついつい懐かしくなっちゃって。

そう語るのは40代のご婦人。
現在のご職業はフルタイムで事務職をされている。
仕事終わりに来ていただいたので、所謂オフィスカジュアルといった装いだ。ブラウン気味のロングの髪を緩く編み、闊達で朗らかで年齢よりは若く見える印象だ。

私は、フリーライターをしている。趣味で怪談を蒐集しては、暇な時にその延長線でコラムなどを書いている。
常日頃は、政治記事やゴシップなど依頼があれば何でも書いている。最近では副業としてこういった仕事をしている人間も増えているので、年々こちらの仕事は緩やかに減ってきている。そろそろアルバイトも視野に入れるしかないだろうかと思うが、私の中のちっさなプライドがそうしたくないと心を掻きむしっている。
そんな折に同じような仕事をする仲間から、久々に会って美味しいものでも食べようと、飲みに誘われた。こいつとは仕事の話や近況など話していると、いつも最後には怪談話で締め括られる。いつも面白い話を聞かせてくれるのでたまに会うのが楽しみな仲間だ。
この時もいつもの様に近況やら仕事やら、今回は私のアルバイトをしようか悩んでいる事をある程度話し終えたあと、いつもの様に怪談会へと移行していった。夜も深まり、もうひとつ面白い話があると彼は言い出したのだが、いや、この話は直接聞いた方がいいかもなと、この話をお持ちのご婦人を後日紹介してもらうことになった。

それが当日、彼は急に取材の仕事が入ってしまい来られなくなったという連絡があった。
初対面でも構わないと先方は言っておられるから話を聞いてこい。傘を忘れずに持っていけと言い残し、彼は電話を切った。
こんなによく晴れた日なのに傘いるか?と思い、ウェザーニュースを検索する。降水確率0%だ。不思議に思ったがそれでも何かあるのかと、折りたたみ傘を持っていくことにする。
この時はドラマなどでもよく使われている、二階にある窓が大きく特徴的な喫茶店でお話を伺っていた。

そして冒頭に戻る。

ここではその時の話と不可解な様子を記していく。
臨場感を味わっていただきたいのと、怪談に詳しい皆様にご考察頂けたら嬉しい。その為にご婦人の話口調をそのままに記していく。読みにくく分かりにくい箇所もあるかと思うが、お付き合い願いたい。

うちの家、あっ、戸建てなんですけど、所謂、集合住宅です。念願のマイホームでした。ご近所さんも同じぐらいの子どもがたくさんいて、40戸ぐらい一斉に建ったのでみんな仲良しでしたね。若いお母さんたちもたくさんいたので、3時ぐらいから外に出て井戸端会議しながら子どもたちを遊ばせていました。本当に平成かしらって言うぐらい、昭和な人付き合いをしていたように思います。
家も車が行き来できる道路を挟んで、20戸ずつ対面で建っていて、通り抜けが出来ないように袋小路になっていました。なので、子どもたちにとっては家の前がいい遊び場で、まだおおらかな時代の名残があったので、ボール遊びもしていましたよ。
それから市の条例で、集合住宅が何戸以上で公園を作らないといけないってあるじゃないですか。遊具なんて殆ど無くて鉄棒ぐらいでしたけど、何が楽しいんだか穴掘ったりして遊んでいましたね。
うちの家は南向きに建っていてリビングの窓が南向きにあったので、とても明るくて、ほとんどをリビングで過ごしていました。
家を建てた時にね、テレビのアンテナって付属されてるものと思い込んでいたんですよ。テレビ観れない!ってなって、急いでアンテナ付けようってなって問い合わせたら思ってたより高くてびっくりしたんですよ。そこでネット環境も考えたらテレビとネットとセットの方が月額はかかるけど安いからって、CSに加入したんですよ。まだガラケーの時代でしたからね。
そんなこともあって、子どもたちが小さい頃は常にテレビをつけっぱなしにしていてね、子ども向け番組ばかりは嫌だし、動物チャンネルをしょっちゅうかけていたんですよ。
動物チャンネルだと知識になるし、私も子どもたちも動物好きだし、まあいいかなって。
テレビつけっぱなし否定派ですか?
どうでもいいですよね。
でね、当時は1番末っ子だった次女がね、あれは2歳ぐらいだったと思うんだけど、

つーる、つーる、ママつる

って、言うんですよ。
テレビで鶴の特集でもやってるのかな?って思って観るんですけど、別にやってなくて、なんだろう?て思ったんですよ。でも、こっちも掃除やら洗濯やらしてるし、すぐ忘れちゃってね。
で、ある日、次女が

つーる、つーる、ママつる

って、言うですよ。また言うもんだから、子ども特有の何かの遊びかな?って思って娘の方を見たんですよ。
その時1階のリビングにいたんですけど、娘が窓の方見て

つーる、つーる、ママつる

って、言ってて、そこを赤い傘をさした人が通って行ったんですよ。別に普通なんですけど、何だか違和感があって、娘を抱っこして顔を見て何して遊ぼっかって、はぐらかしたんですよ。またある日、娘の

つーる、つーる、ママつる

が、聞こえてきて、また言ってるやだなって思ったんですけど、ほっとくわけにもいかないし仕方なく娘のもとに行ったんですよ。
リビングには長男も長女もいるんですけど、次女のことは全くの無視でそれぞれ遊んでいるんですよ。2人ともまるで気づかないようにしているようでした。次女は窓の方をじっとみて

つーる、つーる、ママつる

って、相変わらず言ってて。そこで気がついたんですよね。

あぁ、前も雨が降っていたな。つーるって言う時はいつも雨だなって。

そしたらね、また前と同じように赤い傘をさした人が通って、あの時と同じだなって凄く気持ち悪くて、その違和感がなんというか、その時は、大きさがバグってるなって、思った記憶があります。
やけにでかい女だなって。
えっ?あぁ、顔とか服とか別に見えてないし、赤い傘を特徴としては覚えているだけなんですけど、何となく女だと思いました。ほんと、何で女だって思ったんだろ?
つーる、つーる、ママつる。つーる、つーる、ママつる。
雨、降ってきましたね。
あっ、はい。話を先に進めますね。何だかぼーっしてしまってごめんなさい。

話は変わるんですけど、その頃長女は公立の幼稚園に通っていて、降園時間がめちゃくちゃ早いんですよ。通常がお昼の2時までで、水曜日だけもっと早くてなんと11時45分に降園なんですよ。だからよくね、水曜日はお弁当持って近くの公園へお友達みんなで行って遊ばせてたんですよ。言うなれば第2の幼稚園。
噴水があるんで、水鉄砲をお迎えの時にそれぞれママたちが持ってきて水遊びしたり、お花見の時期なんかは、みんなでピザ頼んだりして。そうなんですよ、公園にピザ届けてくれるんですよ!びっくりでしょう。
私自身は絵本の読み聞かせするのも好きだったから、みんなを集めて青空の下で読み聞かせしたりね。
園児たちだけでなく、下の子たちもみんな巻き込んで一緒に遊んで、ママたちはそれを見ながら沢山おしゃべりして、気がついたら暗くなっちゃってて、ヤバいヤバいって毎度バタバタ帰っていくんですよ。
私、あんまり急いで帰るもんだから公園にカバン忘れて帰ったりして、みんなで大笑いして、ほんと楽しかったなぁ。
でね、ママ友って、〇〇ちゃんママとか、〇〇くんママとか呼ぶじゃないですか。うちの次女はまだ小さかったし、誰が誰のママかなんてわかんないから、お友達のママ全員の事をママって呼ぶんですよ。それがほかのママ達に大ウケで、かわいいねって。だからどのお母さんからもめちゃくちゃ可愛がってもらいました。
そんなふうに子どもたちのことで忙しくしてたんで、すっかり忘れていたんですよ。
えぇ、しばらく無かったんです。記憶が消されたのかって言うぐらい思い返すことも全くありませんでした。

あれは次女が3歳の誕生日を迎えてすぐあとぐらいだったんです。その時は二階のお部屋、ちなみにリビングの真上に当たる部屋なんですけど、1人でお人形で遊んでて、私は洗濯物を部屋干ししていました。

つーる、つーる、ママつる

ってまた聞こえてきたんですよ。リビングでしか聞いたこと無かったのに珍しいなって思った瞬間に、すごい鳥肌が立って怖いって思いました。娘のことがすごく心配で不安に思いました。
娘のところに行くと、お人形さんとかおままごとのフライパンとか今の今まで遊んでいたことが分かるようにむすめを囲むように散らばっていました。ドアから見て娘は背中を向けた状態で座っていたんですけど、首だけグイッと窓の方を見ているんです。その部屋リビングの真上のお部屋なんで、窓も同じ位置に着いているんですけど、あっいいましたっけ?そちらの方をずっと見て呟いてるんです。
窓を見ないようにして娘に抱きついてそれ言うのやめてって言ったんですよ。

そうしたら娘が狂ったように
つーるつーるままつるつーるつーるままつるつーるつーるままつるつーるつーるままつるつーるつーるままつる
って早口で言いだして、怖くて、やめてママもう怖いやめてって言うのにやめてくれなくてずっとつーるつーるまままつるつーるつーるままつるつーるつーるままつるつーるつーるままつるつーるつーるままつるつーるつーるままつるもうやめてもうやめてって怖いからママ怖いからお願いやめてってなのに目は窓の方見ていて私の事なんか全然見てくれなくて私も思わず窓を見てしまってそしたらそこに赤い傘の女が通っていってなんでこの女の傘がここから見えるんだこわいこわいこわいこわいそれで私気づいちゃったんですよ!

ママって私のことじゃないんだ
私に教えるためのママじゃないんだ
ママってこの女のことなんだ
この異様に首の長い女のことなんだ
つーるつーるままつるつーるつーるままつるつーるつーるままつるつーるつーるままつるつーるつーるままつる

急に間髪いれることなく話し出したご婦人がパニックを起こしている。店員が大丈夫ですか!?救急車呼びますか?と駆け寄る。
呆然と立ち尽くす私の代わりにそれに答える者がいた。
仕事仲間のあいつだ。

「大丈夫です。こちらですぐに対処しますのでお騒がせしてすいません。おい、お前もボーッとしてないで、背中さするなりしろよ。」

「お前、来れないんじゃなかったのか。」と、私は問いかけた。

「俺が話聞いた時もこの人こうなったんだよ。だからお前の場合でもこうなるのか見てみたかったんだよ。いいから対処が先だ。」

しばらくして、幾分かご婦人は落ち着きを取り戻したようだった。ただ呆然と窓の外を見ている。

するとあいつがこんなことを話し出した。
「いや、前回よりも更に鬼気迫るようになったなぁ。
俺も紹介してもらったんだけど、凄かったから紹介してくれたヤツに聞いたんだよ。お前の時もこんなだったのかって。そしたらいや、普通に話してましたけどね。っていうからさ。しかも、こうなってしまってもパニックを起こしたことはこの人忘れてるんだよな。たぶん、この後もわすれちまうんだろうな。」

そんなことを言うコイツに何かを答えるのも面倒臭い。一体なんなんだコイツは。この状況どうしたらいいんだよ。
はぁ、疲れたとばかりにご婦人に目をやると、ご婦人はまだ窓の外をボーっと見つめている。
つーる、つーる、ままつる
つーる、つーる、ままつる
と呟いている。
私も同じように窓をみると、外は先程降り出した雨がさらに強くなっていた。

 

得点

評価者

怖さ鋭さ新しさユーモアさ意外さ合計
毛利嵩志151815151578
大赤見ノヴ171717191787
吉田猛々171616171783
合計4951485149248