「重三のこと」

投稿者:春粉亭(ぱるぷんてい)きなこ

 

大正十四年に俺は生まれたんだ。
関東大震災のちょうど二年後、九月の一日。
生家のあった浅草の吉原は震災の火事の跡もまだ残ってて、そりゃあひでぇ有様だったそうだ。

でもよ、それでも俺を育ててくれた貸座敷のばばあや、乳飲ませてくれた姐さんたちは明るかったぜ。みんないつも前向いて笑ってた。

俺ぁガキのころから体が小さくてな。肺も悪かった。
よく姐さんたちが、死にかけた俺を医者に連れてった話をしてくれたよ。

そんな生っちろいチビだからよ。
その辺歩ってるだけで、近所のガキどもがアヤつけてくんだよ。俺は金持ちだったしな。

そういう時はな、蹴飛ばされようが袋叩きにされようが、相手の指だけを見て、隙があったら一気に噛みついてやるんだよ。

上手くいきゃ指の二、三本噛みつけるからそっからは死んでも離さねえ。
そうだ、いつだって食い千切るつもりでやってやったんだ。
そんな風に返り討ちにしてる間に、スッポンのシゲなんて渾名つけられて俺に絡んでくるのはいなくなったんだ。わっはっはっ!

ん?ああ。恐え話、だったな。

九つか、十になった頃だったな。
俺が特に目を掛けてやってた姐やがいてよ。
読み書き算盤はその姐やが教えてくれたんだ。
座敷には出ねえ下女だったんだが、行儀の悪い酔いどれが布団部屋に引っ張り込みやがってな。
偶々俺が襖を開けたらソイツが姐やにのしかかって腰振ってたんだよ。

俺ぁよ。頭に血が昇って、ソイツの襟首掴んで引き倒して、鼻っ面目掛けて頭突きを喰らわしたんだ。

そしたら、ソイツが手のひら向けて「やめてくれ」なんて言ってるからよ。
おあつらえ向きに差し出された人差し指と中指を食い千切ってやったんだ。
右手だったな。

ただその拍子にソイツの親指が俺の左の目玉にブスッと刺さっちまって。

そっから、左目は殆ど見えねぇんだ。

でよ、その時それでもソイツに追打ちかけようとして、蹴り倒してよぉくツラ見てみたら

別の男の顔がぼんやり重なってんだよ。
気色悪い笑いを浮かべて、女が抱きてぇ抱きてぇってブツブツ言ってやがる。

当の本人は鼻血垂らしてベソかいてんのに、
ソイツに重なって薄気味悪い顔が見えちまった。

見えたもんは仕方がねぇから、ついでに髪の毛掴んで引き摺り回してやったんだな。
するとその気味悪ぃヤツはザザーっと消えたんだ。
残った男にもきっちり落とし前つけさしてから思ったんだよ。

なんでぇこれは!?ってな。

次の日からな、舎弟共と釣りに行った池に、顔が焼けて爛れた女が何人も浮かんでこっち見てたり、大門通りの桜にはよ、前の月に女にフラれて首くくった男がずっともがきながらぶら下がってんだよ。

そんなもんが見えるようになったんだ。

そうなると俺も趣味が悪いから、研究を始めたんだ。お化けの研究。

それで分かったのは、アイツらは想いの名残みたいなもんだって事だ。

池に浮かんでた遊女は震災の火事で焼け死んだ女の未練。ぶら下がってた男は後悔の残りカスだな。

そんな想いの名残がお化けの正体だったんだ。

単なる名残は、想いが残ってる場所にジッとしてるか、反対にあっちかこっちか訳もわからずうろうろしてるんだよ。

でもアイツらの中にはな、こっちにちょっかい掛けてくるヤツもたまにいる。特に恨みだのを残してるヤツは生きてるもんが嫉ましいんだろうな。

いるだろ?髪の毛垂らして血だらけでしがみついてくるばばあとかよ。
まぁ、そんなのは道端の立ちんぼとおんなじだからな。気を引こうとして粉かけてくるだけで、放っておけばそのうち消える。

もう少し質が悪いのは、入ってくるんだよ。

俺が指を噛みちぎってやった男も、モテねぇで死んだ童貞にでも入られてたんだろうな。

アイツら残した想いに囚われて、生きてるヤツを乗っ取って果たそうとするんだ。

ありゃあ、気持ちの良いもんじゃねえよ。

見える世界の色を獲るんだな。
暗くてひもじい気持ちになるんだ。世の中が味気ないもんに思えて、自分だけ割食わされてる気がしてくんだよ。

そんで、声が聞こえるんだ。
「痛い。憎い。消えたい。死ね。助けて。堕ちろ。怨む。殺せ・・・」

色んな事を言ってやがる。辛かろう苦しかろう。

そんな愚痴泣き言を四六時中、耳元でぼやき続けられると、普通の奴はどうなると思う?

まぁ、良くて発狂。堪えられずに身を投げる奴もいるし、声を相手に刃物振り回す奴も出てくるわな。

狐憑きだ、怨霊憑きだ、色々いうが俺にとっちゃあ全部同じだ。
噛みついて喰らっちまうんだよ。経だの祝詞だの畏まったのは別にいらないねぇ。

とっ捕まえて、ぱっくんちょだ。ははは!

その辺りから、俺は小遣い稼ぎに拝み屋始めたんだ。吉原じゃ客には困んなかったよ。あそこは想いの坩堝だからな。

客が来たら、見えねえ左目でそいつを視れば、だいたい別の奴がくっついてるからとって喰う。
客は晴れやかなツラして足取り軽く出ていく。

家に恨めし気な女がいるからなんとかしてくれって言われりゃ、行ってとって喰う。

お化けどもはいくら喰っても腹にたまらねえから楽な商売だったよ。

そんなこんなで俺が十四になった頃だな、支那と戦争が始まってよ。
親父が急に俺を引き取るって言い始めたんだ。

俺の母親は遊女でよ、親父に見初められて俺を産んだんだが体壊してあっさり死んじまったらしい。
親父は田舎の大店の当主でな、地元にゃ嫁と他の息子がいるから、俺みたいな妾ばらは邪魔だってんでそのまんま貸座敷に預けっぱなしにしてたんだ。

金は出してくれたが、顔なんて出しゃしなかった。
俺の名前はよ、元々は「じゅうさん」だったんだよ。親父の13番目のガキだから「じゅうさん」でいいって、ばあやに言ったらしいんだがな。
ばあやがそれじゃ不憫だって気利かせて、じゅうさんを重三に勘違いしたふりで、しげぞうってつけてくれたんだ。

ま、そりゃいいとしてな、そんな親父が田舎の家に入れって言いだしてよ。
こちとら今更何言ってんだと思ったが、どうものっぴきならねえ理由があったってんだ。

親父は時代を読むのが得意だったからな、軍の偉いさんに恩を売ろうと息子どもを軍役につかせたらしい。

だがよ、何人かは支那で死んで、何人かは軍から逃げて行方知れず。そりゃ、坊ちゃん育ちのバカ息子どもにゃ斬った張ったは無理だろうな。

昭和の大恐慌も尾を引いてたからな、商売は傾く、跡取りはいねぇ。それで野良猫暮らしの俺を呼びつけやがったんだ。

ただそこはよ、金をだしてもらってた弱みだな。よぼよぼの貸し座敷のばばあに厄介事をなすりつけるのも男が廃ると思ってよ、実家に入ることにしてやった。

そっからは、つまらねぇ毎日だ。
田舎にゃカフェーもねぇしダンスホールもねぇからな。
人間も、田舎じゃのほほんと暮らしてるから
お化け憑きもいやしねぇ。

親父にあてがわれたのは、ただの小間使いだったし暇で仕方がなかったんだよ。

だから、ちょくちょく街に行って盛り場やら賭場でゴロツキ相手に憂さ晴らししてたらよ、
顔役の爺さんに目つけられちまってな、博徒どもに攫われてそいつの前に転がされちまったんだ。

キッチリ縛られてたけどよ、なんとか縄を噛みちぎろうとジタバタしてたら、爺さんが獣みてぇなガキだな、なんて笑ってやがってな。

ムカついて言ってやったんだ。

「あんたが殺した松五郎って奴があんたの孫娘に祟ってるぜ」

ってな。

爺さん、顔を真っ青にして「何を知ってる?」なんて言ってな。答える代わりに脛に噛みつこうとしたら顔面蹴っぱぐられたよ。

爺さんの後ろで、アガリをちょろまかして殺られた手下が恨み言ぬかしてたもんだから、言ってるそのまま伝えてやったら益々ビビッちまって縄解いて座らされたんだ。

話を聞けば、やっぱり爺さんの孫娘が医者も匙投げた病気で死にかけてると。もう寝かせて死ぬのを待つだけだって言うからよ。
俺が治してやるから、そこに連れてけっつってな。すぐに爺さんの屋敷に行ったんだ。

丁重に寝かされてた孫娘にはよ、顔も見えねえくらいに黒いモヤがかかって視えた。
ありゃあよ、命を削っちまう呪いの念だった。

どうやって松五郎が呪術をかけたのかは知らねえが、このままなら長くはないと思ったよ。

爺さんの後ろに居た松五郎が喚き散らしてうっとおしかったから、一発小突いて黙らせてな。孫娘の周りのモヤを全部吸い込んでやった。

モヤが晴れて寝ている孫娘を見るとよ。
可哀想にガリガリに痩せて、息も絶え絶えだ。
もう飯も食えねぇくらいだったらしい。

なんでだろうかその顔見たら、雷に打たれたみてえになっちまった。胸が弾んで、この女の為なら命も惜しくねえと思ったんだ。

とりあえず、ぐずぐずほざいてる松五郎を喰らってから爺さんに医者呼ばせたんだよ。

医者も腰抜かして驚いてたが、ひと通り処置が終わる頃には孫娘の頬に紅が差すくらいにはなってな。
爺さんに泣いて感謝されて、現金なもんで先生なんて呼ぶようになっちまって。

「その孫娘が女房の幸代だよ」

ここまで黙って話を聞いていたボクは、その言葉に思わず重三じいちゃんの顔を見つめた。

フリーで怪談ライターをやってるボクは、不思議な話をしてくれるじいちゃんから時々ネタをもらってたんだけど、我が家にまつわる話を聞いたのは初めてだった。

「ばあちゃんって暴力団の家の人だったの!?」

ボクは急に始まったじいちゃんとばあちゃんの馴れ初めに面食らって訊ねた。
ボクが子供の時に亡くなったばあちゃんは、いつもにこにこ穏やかな人だったから心底驚いたんです。

じいちゃんはムッとした顔をして、

「馬鹿タレ!博徒は任侠って言うんだよ!そこらのチンピラと一緒にすんじゃねえ!」

と、怒鳴った。

そんな違い知らないよ・・・

「きなこ、お前はもうちっと勉強しろよ。物書きやってんなら、色んな事を見聞きしろ」

じいちゃんが説教モードに入ると長くなっちゃうからボクは話を変えようと、その先を促した。

「そんで、そっからどうなったんだい?」

なぜかじいちゃんの江戸弁がうつっちゃった。

じいちゃんは、ふん。と鼻を鳴らしてからまた、話し始める。

「そっからは顔役の爺さんに頼まれて、また拝み屋始めたんだよ。組の荒事にはお化けも憑いてまわるからな。人の生き死に扱うんだ、喧嘩もお化けも、俺がやってやれる事はいくらでもあった」

縁側に並んで座ってるじいちゃんは庭の方に視線をやって、遠い昔を見ているみたいだった。

「今年はまだ柿が実をつけてやがるな。桜だったら狂い咲きだ。」

もう大晦日なのに、庭の柿の木には熟れた実をついばむ鳥たちが集まってきて賑やかに鳴いている。

「幸代も俺を好いてくれてよ。こまごま世話焼いてもらってるうちに、恋仲になったんだ。」

不意に強い風が吹いて鳥たちは流されるように飛び立っていった。

「それでばあちゃんと結婚して、東京に戻ってきたの?」

荒事とやらのエピソードは、表に出せなさそうだと思って聞かないようにして、ばあちゃんとの恋バナを聞いてみた。

「それはもう少し後の話だ。俺は兵役検査にゃ通れなかったから兵隊にはなれねぇし、東京に戻ったって役立たず扱いだ。幸代を嫁にもらってやるわけにゃいかなかった」

戦争の話をする時、じいちゃんはいつも寂しそうにする。

「だから拝み屋だけじゃなくてよ、まともな商売で一旗あげようと思ってな。親父に頭下げて商売を習ったんだ。俺んちは金貸しもやってたからな。賭場に来る旦那衆相手にがっちり稼いでやったんだ」

じいちゃんは人差し指と親指で丸を作ってヒラヒラ振る。

「あんな時代でも死ぬ気でやりゃあ商売は上手くいった。俺もようやく腹が決まって幸代を嫁にもらおうとしたらな、親父が何処ぞのお嬢さんを俺の嫁にって連れてきたんだ」

そういえば、ばぁちゃんからじいちゃんとは駆け落ちしたって聞いたのを思い出した。

「俺は惚れた女がいるってシカトを決め込んだんだがよ。親父はなんでも自分の思い通りにしなきゃ気が済まねえタチだったからな。」

じいちゃんがしきりに顎ひげをさする。機嫌が悪い時の癖だ。

「幸代に無理矢理大金掴ませて、俺と別れろって迫ったっつうんだ。若いもん何人も引き連れて脅しかけやがった。幸代は心労がぶりっ返して、また寝込んじまったんだよ」

その時の事を思い出したんだろう、ブチブチと音を立ててひげを引き抜く。

「親父は、幸代の爺さんにも勝手にナシつけに行ったみてぇでな。爺さんからは、約束が違えって指とられそうになるしよ。俺も堪忍袋の緒が切れて親父んところに怒鳴りこんだんだ」

話がいちいち物騒なのはじいちゃんのいつもの事だけど、これってどのジャンルの怖い話なんだよ・・・

「ひいじいちゃんってどんな人だったの?」

そういえば、曾祖父の話を聞くのも初めてかもしれないと思ったから興味が湧いた。

「親父はな、化け物だ。怨みを金に換えて生きてきたんだろうな。俺は親父の顔を殆ど見たことがねぇんだよ。真っ暗な底なし穴みてぇな黒い塊にしか見えなかった」

じいちゃんは左上を向いたまま固定されてる左目をぴしゃっ、と叩いて言った。

「俺は親父が恐ろしかった。好きとか嫌いじゃねぇ。俺の家は業の深え家だった。代々、人の不幸を喰らって肥え腐ってきたんだろうな」

じいちゃんの強い光を宿した右目がボクの事を見つめている。

「きなこ、これから話すのは遺言だ。悪りぃがお前が背負ってくれ。」

ボクは正座をして、背筋を伸ばしてじいちゃんと向き合った。

じいちゃんは曾祖父に会った時、生まれて初めて本当の恐怖を知ったそうです。
左目が抉られるように痛んで、姿をまともに見ることもできなかった、と。
身内の霊も他人の霊も、ごちゃごちゃに固まった怨念のヘドロが曾祖父を形作っていたといいます。
憑いているモノ全てが汚い欲望の捌け口を求めて、曾祖父を動かしている。それは怨霊を通り越して悪神か堕仏になってしまっていたとのことです。

「それでも俺ぁよ、はらわたが煮えくりかえってて、ドスを懐にのんで親父のとこに行ったんだ」

じいちゃんは、憤怒に任せて屋敷に転がり込んで曾祖父と対峙しました。
黒い塊の曾祖父は、怒り狂うじいちゃんに諭すように言ったそうです。

「貴様のような下賤の生まれでも、私の血を引くのだから家を継がせてやると言っているんだ。些事に構わず、言う通りにしなさい」

刃物を突きつけても、全く動じない曾祖父にじいちゃんは声を震わせながら言った。

「あんたの力はよく分かるよ。邪視、呪言の類いだろ」

手元の刃物はじいちゃんの意思とは逆に、だらりと下を向いてしまう。どんなに力を込めようとしても体がいう事を聞かない。

数百、数千の蹂躙された魂たちが澱んで溜まったような、
「純粋な悪意」を纏う、静かな佇まいの曾祖父の視線と声を向けられるだけで、じいちゃんは自分の首を掻き切りたくなる衝動に襲われたそうです。

曾祖父はゆっくりと、じいちゃんの刃物を取り上げてくすくすと笑う。

「私は選ばれて生まれてきたんだよ。ずっと時代を繋いできた。その全てをお前に憑いでやると言っているんだ。私の魂を入れてやる。口を開きなさい。」

曾祖父は自分の掌に刃物で何か文字を書き、血が滴る手をじいちゃんに向けた。

まるで操り人形になったように、じいちゃんは口を開けて曾祖父の手を迎える。

その時の感覚をじいちゃんは「歓喜」と表現しました。
人間を遥かに超越した存在の一部になれると感じて抗うことをやめようとした。

曾祖父はじいちゃんに入って、乗っ取ろうとしたんだと思います。

このまま、全てを諦めてただ受け入れてしまいたい。

そう思った瞬間、左目が焼けるように熱くなった。腹の底から燃えるような感情が駆け上がってくる。それは、今までじいちゃんが喰らってきたお化けたちの想いでした。

「あんなヤツに呑まれたくない!」
「お前の中が居心地いいんだよ!」
「あたしはあんたに救われたんだ!」
「重三!負けんじゃねえ!」

その想いの声をきっかけにじいちゃんは弾けるように駆け出して、畳に落ちた刃物を踏み抜いた。激痛で痺れた体とは逆に頭には強烈な怒りが湧き上がる。

「クソったれのお化けどもが!!!スッポンのシゲを舐めんじゃねえ!!!」

じいちゃんは差し出された手に喰らいついて、掌の半分ほどまで喰いちぎった。

「次に会うのは地獄の底だ!因縁も因果も俺が全部喰らってやるよ!」

たたらを踏んで倒れた曾祖父の首に刃物を突き立てると、ドロリとした黒い朧が立ち登る。
じいちゃんは大きく開けたままの口でその邪悪な魂に噛みつき噛み砕き、大きく息を吸い込んでベッと吐き出した。

後に残ったのは、人相の悪い老人の亡き骸だけだったそうです。

「そのまま幸代を連れて東京に逃げてきたんだ。幸代の爺さんが上手いこと片付けてくれたらしくてな、親父は押し込み強盗にやられた事になったんだとよ」

まさかの殺人の告白に眩暈と吐き気が抑えられなかったけど、受け止めるしかなかった。
じいちゃんの言葉にはそれだけの重みがあったから。

「じいちゃん!ヤバい人だとは思ってたけど、とんでもない事を孫に背負わせないでよ!」

涙声で抗議するボクを見て、じいちゃんはカラカラ笑った。

「悪いな。ついでだが、もう一つ謝らなきゃならねえことがあるんだ」

満面の笑顔でじいちゃんは続ける。

「坊主を殺すと三代で家が絶えるっつうだろ?あんなんでも、神仏を喰っちまった場合は同じなんだろうな」

言葉の意味が分からずに戸惑っていると、じいちゃんは立ち上がって腰を叩きながら言った。

「俺から数えてお前が三代目だ。お前が女にモテねえで童貞なのは、俺のせいかもな。子孫を残せねえ呪いだ」

くっ!くそじじい!ボクは別にそんな事に興味がないだけですから!

抗議の眼差しを向けるボクを見て、じいちゃんは更に破顔する。

「ああ、そうだ。お前がやってるユーツーブってやつでこの話ししてもいいぞ。関わった奴はもうみんな死んじまったしな。」

じいちゃんは、庭におりて後ろ姿で手を振った。

その時、ボクの背後からお母さんが声をかけてくる。

「こんな所で何してるの!?弔問のお客様がたくさんいらっしゃってるから、受付を手伝ってちょうだい!」

振り返って、今行くよって伝えるとお母さんは慌しく玄関の方に戻っていった。

庭に立ったじいちゃんは、両目でボクをしっかり見つめていた。

「お前は馬鹿だけど可愛い孫だった。頑張れよ!じゃあな!」

そう言って、じいちゃんは消えていった。

ボクは名残惜しさを噛みしめながら、じいちゃんが愛した庭を見つめていた。

最後の最後まで、粋でいなせな自慢のじいちゃんでした。

 

得点

評価者

怖さ鋭さ新しさユーモアさ意外さ合計
毛利嵩志121512151266
大赤見ノヴ161617151680
吉田猛々171716171885
合計4548454746231