「ひとぶしの里」

投稿者:小日向まこと

 

新潟市古町…その中でも古町通八番町、九番町は花街として盛隆を誇った。
近年では万代シティーの開発などに伴い、かつての繁栄に陰りを見せている。
大和百貨店、三越の閉店。新潟駅前、南口の開発にもかなりの影響を受けた。
でも、そんな少し寂しさを感じさせる古町も…僕は好きだ。

古町通八番町、その雑居ビルの一室に僕のなじみの店がある。
年末年始の騒がしさも落ち着いたであろう頃、久しぶりに店を訪ねてみた。
バーカウンターの中では、いつものように優しい表情のマスターがいた。

「どうせ生ビールなんでしょ」

なんて言うと、冷えたジョッキに生ビールを注ぐマスター。
すきっ腹に流し込む、この生ビールが美味いのなんのって。
手際よくセットが用意されると、水割りへと切り替える。
マスターと他愛もない話をしながら飲んでいると、ある男性に声を掛けられた。

「小日向さん…あぁ!やっぱ小日向さんだ!お久しぶりです!」

この男性…津田と言い、彼もこの古町でスナックの店長をしていた男だ。
彼の店にもよく飲みに行っていたのだが、魔が差してしまったのだろう。
薬物で逮捕され、しばらく姿を見せていなかった。

「出て来てたんだ、元気そうでなによりだよ」

以前にも薬物による逮捕歴があった為、実刑の判決が下ってしまった。
津田くんはバツが悪そうに頭をかきながら。

「あぁ…まぁ、お陰様で。一年ちょいで出る事ができまして。
 その後、中で知り合った人を頼って九州に行ってたんです。
 小日向さんは今も…」

そう言えば彼と会ったのはいつ振りだろう…随分と久しぶりのような気がする。

「ちょっと身体壊しちゃってね、今は実家のペンキ屋を手伝ってるよ。
 あと、怪談…と言っても僕の場合は創作だから、ホラー小説かな…。
 趣味で書き始めてみたんだよ。三流小説家を気取ってね」

その僕の言葉を聞いた津田くんが、なにか含みがあるように微笑むと。

「ちょっと面白い話があるんですけど…聞きます?」

アンダーグラウンドな世界の話なんだろうと、なんとなく予想できる。
そんな話も嫌いじゃない、是非聞いてみようとボックス席へ移ると…。

「この話…使ってもらっても全然構わないんですけどね…。
 俺から聞いたって事だけは内密にお願いします。ヤバい話なんで…。
 小日向さんなら書けるでしょ?なんとか上手くごまかして下さいよ」

その言葉に僕が了承すると、津田くんは目を伏せ思い出すように話し始めた。

「さっきもお伝えしましたが、シャバに出た後なんですけど…。
 兄貴を頼って九州のとある県で面倒を見てもらってたんです」

刑務所内で知り合った男、津田くんが兄貴と慕っているその男の名は…佐野。
佐野はある組織に属しており、今では珍しく随分と羽振りが良かったと言う。

佐野がその組織で何をさせられていたかのか…。
簡単に言えば、組織のトラブルで生じてしまった死体の処理だ。
連絡を受けるとはワンボックスで現場へ駆け付け、死体を運ぶ。

そして、津田くんが初めて佐野を手伝った時の話になる。
通常であれば溶鉱炉に投げ込んで、処理すると聞かされていた。
しかしその日の佐野は、死体を見るなりかなり興奮したと言う。

「俺も初めてだったんで、もちろん緊張はしていました。
 あの時は恰幅のいい女性の死体だったんですけど、兄貴が言うんですよ…」

「こいつは…長老喜ぶぞ…。ちょっとふっかけてやるか!。
 おい津田!荷台のキャンプ道具全部下ろせ!早くしろよ。
 鮮度が命なんだよ!鮮度がな!」

津田くんがキャンプ道具を下ろし終わると、上げ底の荷台の蓋を開ける。
蓋を開けると棺桶程の空間が姿を現した。更に保冷機能まで付いている。
さながら死体のクール便だ。

死体を保冷空間に入れ、蓋を閉めキャンプ道具を積みなおす。
カモフラージュ完成。

いつもは津田くんが運転手をしていたのだが、その日は佐野がハンドルを握った。
佐野は津田くんに、今から行く場所への順路をしっかりと覚えるようにと告げる。
ここで警察に止められては面倒な事になる。あくまでも法定速度を守りながら…。
高速に乗ると九州自動車道をひたすら南下する。

鹿児島県のとあるインターで降りると、海岸線をひた走る。
ワンボックスがギリギリ走れるような林道に入ると、奥へ奥へと突き進む。
どこへ向かっているのか…その時の津田くんには不安しかなかったそうだ。

「少しずつ道が開けてきたなと思っていたら…集落があったんです。
 そりゃもう自分の目を疑いましたよ…本当に信じられませんでした。
 インフラはいまいちでしたけど、大きな水産加工場もあったんです」

その光景を目の当たりにし、しばし呆然としていると。

「津田、キャンプ道具下ろしといてくれ。俺は長老に挨拶してくる」

言われるがままキャンプ道具を下ろすと、佐野が長老らしき人物を連れて来た。
荷台の蓋を開け長老が死体を確認すると、笑みを浮かべ佐野と握手を交わした。
死体を車から下ろし神社の神殿の前に置くと、長老が酒臭い息を吐きながら…。

「お若いの、生贄じゃよ。この里では八岐大蛇様をお祀りしておってな。
 櫛名田比売と須佐之男命の話は有名じゃて。八岐大蛇様は水神様でな。
 この生贄をどのようにして供物にするか…それを今からお見せしよう」

すると、ふんどし姿の数人の男たちが現れ、神殿に一礼する。
死体を取り囲み、持ち上げると工場へと運び始めた。
工場の中に入ると、佐野が不気味に微笑みながら…。

「津田、このままじゃ死体は腐っちまう。どうするかしっかり見とけよ」

ふんどし姿の男たちは斧を手に取ると、不要な部位を切り落とし始めた。
まずは頭部と顔面は不要なので、頸部から切り落とす。
次に手足を切り落とすと、腹を開き臓物を全て取り除く。
各関節ごとに切り分けられ、入念に洗浄と血抜きを行う。

ふんどし姿の男たちは、返り血を浴びながら無表情で淡々と作業を進める。
慣れた手つきで死体をバラバラにしていく様子を、震えながら見るしかない。
吐き気を必死に我慢していたのだが、とうとう我慢できずに嘔吐してしまう。

すると津田くんが僕におかしな質問をしてきた。

「鹿児島県は鰹節の生産量日本一なんですよ。
 小日向さん、鰹節の作り方って知ってます?」

なんとなく想像はできるものの、詳しくは知らない。
すると津田くんは博識をひけらかすかのように、鰹節の作り方を説明し始めた。

まずは水揚げから始まり、生切り、籠立て、煮熟、骨抜きと続く。
焙乾、修繕、間歇焙乾、削り、カビ付け、天日干しで完成するのだとか。

「あの里では、それを人間で作ってるんです。死体を腐らせないように。
 鰹で作るから鰹節、それを人で作るから人節…ひとぶし…ですよ…。
 あの里の存在を知っている者は〈ひとぶしの里〉と呼んでいます」

そして、上腕と前腕、大腿と下腿の八本が供物として神殿に供えられる。
鰹節作りで言うところの生切りが済むと、長老が佐野に封筒を手渡す。
佐野はかなりの高額で死体を売っていたのだろう…羽振りの良さもうなずける。

「わしらは祖先から代々漁師じゃった。昔より八岐大蛇様を祀っておった。
 実際に人身御供を行っておったのが原因で、部落差別を受けて今に至る。
 人節はわしらの感謝の気持ち、しかしバチ当たりな事をすれば…」

長老は酒を飲みながら、工場の窓の外に見える一人の男を指さした。
その男は、心ここにあらずと言うか…魂を抜かれたような状態だ。
何も考える事が出来ずに、ただひたすらボーとしているような…。

ふんどし姿の男たちもしかり、感情を失ったような里の人が多く見受けられる。
しかし食事だけはしっかりと…いや、それはもう狂ったかのように口に掻き込む。
白米に鰹節をかけただけの猫まんまを、目をひん剥いてボロボロとこぼしながら。
最後にはこぼれ落ちた物を必死にかき集め、むさぼり食う。

「あれは鰹節ではない、人節じゃよ…人節を食うとな、あのようになるんじゃ。
 神様への供物を削って口にしたんじゃ…その代償として魂が削られてしまう。
 あとは人節を与え続け、魂を空にして死を待つしか他ない」

彼らが食っているのは、形を整える事ができない胴体の人節なのだと言う。
この時使われていた人節は、過去に運びこまれた死体で作られた物だろう。
一体今まで何体の死体がこの里に運ばれてきたのだろうか…。
佐野は封筒の厚さにニヤけながら。

「帰るぞ、また車に全部積み込んでくれ」

キャンプ道具をすべて積み込むと、その日はそのまま帰路に着いた。
それからも津田くんは佐野を手伝い、何度かひとぶしの里を訪れた。
そして、実際に人節が出来上がるまでの工程をすべて見させられた。
五ヶ月ほど掛けて作られた人節、見た目は鰹節と酷似しているそうだ。

そして何度目かの訪問の際、津田くんと佐野はそれぞれの車で里へ向かった。
里に着き長老の屋敷で雑談をしていると、佐野が長老に尋ねる。

「もうそろそろですかね…あのオバはん」

長老はおちょこの酒をクイっと飲み干すと。

「もうとっくに綺麗になっておるわい。試しに見てきたらいい」

佐野に連れられ里のはずれまで来ると、獄門台の上に頭蓋骨が乗っていた。

「お前が初めて俺を手伝った時のオバはんだよ。綺麗になってんなぁ。
 カラスがついばんで食ってくれんだよ。がっちり固定されてんだろ。
 カラスに里の外へ持っていかれちゃ、たまったもんじゃねーからな」

この時すでに津田くんは、佐野と一緒にいてはいけないと思い始めていた。
この里の異常性と、それを平気で受け入れている佐野には恐怖しか感じない。
そして佐野は、奥にある大きな焼却炉を指さしながら。

「あれで不要な物焼くんだけどよ、クセーのなんのって。
 まだ前の臭いが残ってんな…今度お前にも嗅がせてやるよ」

強張った笑顔で焼却炉を見つめる佐野が、異常者にしか見えない。
しかし、佐野とは予期せぬ形で離れられたと言う。

「なぁ津田…俺、今日はこの里に泊まるからよ、お前一人で帰ってくれ」

そう言うと佐野は、長老の屋敷へと戻って行った。
津田くんは言われるがまま自分の車で帰った訳だが…どうにも気になる。
焼却炉を見つめていた時の、あの佐野の表情が…。

翌日の昼過ぎに佐野は帰ってきた訳だが、明らかに様子がおかしい。
目を見開き、幸せそうに微笑み続けている。その表情を決して崩さない。
そしてその翌日、佐野は死体もないのにひとぶしの里へ行くと言い出した。

「あのオバはんがよ…あのオバはんが目の前から消えてくれねーんだよ…。
 ずっと俺を呼んでんだよ…早く来い、早く来いってよ…だから行くんだ」

快楽に溺れるような表情で、車に乗り込む佐野の姿に言葉を失う…。
佐野はなぜ、幻覚と幻聴を見聞きするようになってしまったのか…。
この時津田くんは、佐野はまた薬物に手を出したものだと思っていた。

数日経っても戻ってこないので、正直このまま戻ってこない事を願っていた。
しかし、佐野になにかあったのか…どうしているのかが気になって仕方がない。
津田くんは、モヤモヤとした気持ちを晴らす為に、ひとぶしの里へと向かった。

佐野のワンボックスが、長老の屋敷の前に停められている。
長老宅を訪ねると、長老は笑顔で屋敷の中へ通してくれた。

「あの…兄貴は…」

相変わらず昼間っから酒を飲んでいる長老。

「会っていくか?律儀な舎弟を持って幸せな奴じゃ。
 その前に、腹が減っておるじゃろ。少し待っとれ」

そして長老から出された物は、白米と味噌汁、そして数枚のたくあん。

「お粗末で申し訳ないが、このような質素な食事が一番美味いもんじゃて。
 遠慮はいらんて。わしの作った味噌汁は美味いぞぉ…だしが決め手じゃ」

この時津田くんは、以前佐野が言っていた一言を思い出した。

「長老の家で昼飯ごちそうになってよ、メチャクチャ美味くてな。
 あの味噌汁は本当に絶品だった。おかずなんていらねーんだよ」

まずは味噌汁を口にすると…なるほど…うん、確かに美味い…。
これだけで白米がどんどん進んでしまう…あっという間の完食。

食事が済むと、長老は津田くんを佐野の元へと案内した。
和室の一室に佐野はいた…無表情で、ただボーっとしている佐野が。
津田くんが察するに時間は必要なかった。人節を食ったんだろうと。

「彼はわしの望みを少しだけ叶えてくれた。悩めるわしの望みを…。
 なので後は彼の好きなようにさせてやった…その結果がこれじゃ」

一体どれだけの魂が削られてしまったのだろうか…佐野は微動だにしない。

「一度目はその美味さに感動し、止められるかどうかと恐怖する」

焼却炉を見つめていた時の表情がまさにそれだ。強張った笑顔…。
佐野はあの時、自分の一部もあの焼却炉で燃やされる事を想像したのだろう。

「我慢できずに二度目を食うと…その美味さに、ただただ幸福感に包まれる」

初めて里に泊まり、翌日に帰ってきた時の様子。
一切崩す事がなかった、幸福感に包まれたようなあの表情…。

「そして三度目を口にすると、なぜか一度症状が落ち着く。
 強い意志で挑まぬ者は、また安易に人節を口にしてしまう」

しかし佐野は、人節から得られる快楽と欲望に打ち勝てなかったのだろう。
そして津田くんは、僕の目を怖いほど真剣に見つめると…。

「兄貴は騙されたんですよ…人節を食った人間の末路を見ているのに…。
 この話を聞いて、小日向さんなら人節を食ってみようと思いますか?」

後は人節を食わされ続け、肉付きの良い身体にさせられる。
魂をすべて削られ死した者も、人節の材料として使用される。

津田くんは佐野と再会した後、長老に納屋へと案内された。
新たな人節が完成すると、古い人節は神殿から下げられる。
その古い人節が、薪のように積み重ねられていた。

「長老が納屋の扉を開けると言ったんです…それを聞いて愕然としました…」

愕然とするほどの言葉とは一体…津田くん…。

「人節の味はどうじゃったかな?。
 先ほど君が飲んだ味噌汁のだしは、人節から取ったもんでな。
 これでまたわしに憑りつく怨霊が、少しだが離れてくれるわ。
 もう少しで君にも見えてくる…人節にされた者たちの怨霊が」

長老は多くの怨霊に長年悩まされ続けていたって訳か…。
百歩譲ってそうだったとしよう。それならなぜ人節作りを止めないんだ。

「佐野くんもそうじゃった。三度目を口にすると一度は落ち着いた。
 今まで自分が運んできた、生贄の怨霊に恐怖し耐え切れんかった。
 そして怨霊の恐怖から逃げるように、また再び人節に手を出した」

人節を食うと現れる症状…そして、人節を止める事ができない最悪な理由…。

「わしも親父も爺さんも、八岐大蛇様の為に人節作りに心血を注いだ。
 親父も爺さんも、いつも何かに怯えておった…それがなんなのか…。
 齢八十を迎えたわしだが、酒を飲んで酔った時だけは怨霊が消える。
 そして分かった…八岐大蛇様は、わしを本当の生贄に選んだのだと」

津田くんは、納屋の中にあった縄で長老を縛り上げ、テープで口を塞いだ。
殺してしまいたい気持ちを必死に抑えた。長老へ最大の苦痛を与える為に。
その復讐の用意ができるまで、長老を屋敷の浴室に監禁したのだと言う。

そして…。

「俺も兄貴と同じように、長老に騙されて人節を食ってしまった。
 必死に耐えたんです…でもね、いつの間にか…いつの間にか…。
 人節を白米にかけて、醤油たらして口に掻き込んでたんです…」

無意識のうちに、二度目を口にしてしまったのか…。

「俺ね、必死にその納屋の人節を削ったんすよ。削って削って削って削って。
 一番大きな寸胴で、何度も何度も味噌汁作りました。もうヤケクソですよ」

津田くん…何を言ってるんだ…。

「そして、里の人たちに振舞いましたよ…女も子供も関係なく、里の人全員にね。
 みんな喜んで飲んでくれました。その後…里の人たちに納屋を解放したんです」

納屋に群がる里の人たちの光景が脳裏をめぐる…。

「もう里の人たちは、魂が削られ感情すら失ったような奴らばかりだ。
 人節は俺が自由に使える。三度目を食ってやっと落ち着きました…」

そして津田くんは、里の人々の目を気にする事なく長老を神社まで運んだ。
長老を神殿の中へ放り込むと、納屋で使われていた南京錠で鍵をかけた。

「これが本当の人身御供ってやつですよ。八岐大蛇も喜んだ事でしょう。
 念仏は唱えられても、酒に頼る事はできない…泣きわめいてましたよ。
 里の人たちの助けなんて到底ありえない…残るのは、恐怖と絶望だけ。
 生きてりゃ…今でも生贄の怨霊たちと楽しく過ごしてるでしょうね…」

神殿の中で必死に何かを訴えかけてくる長老。口はテープでふさがれたままだ。
その長老の哀れな姿を見て満足した津田くんは、そのまま里を後にしたと言う。
正直ここまで聞かされて、僕は言葉を失ってしまった…。

「それからなんです…長老が…長老が目の前から消えてくれないんです。
 そして、聞こえてくるんですよ…もっと食え!もっと食え!ってね…。
 今も小日向さんの隣に座って、不気味に微笑みながら俺を睨んでますよ」

津田くんの目線を頼りに、震えながら左横を見る…誰もいない…。

「なんなんですかね…これって、人節を食っちまったからなんでしょうか…。
 それとも、長老が俺を怨んで生霊としてつきまとっているんでしょうか…」

もうどう考察したらいいのか分からないまま目を閉じていると。

「仕舞にはね、初めて兄貴を手伝った時のおばさんまで現れるようになって…。
 あの里に運び込んだ人たちが、次から次へと現れるようになっちまったんです。
 人節を食えば楽になれるかも…もう一度だけ…そんな葛藤の日々が続きました」

恐らくひとぶしの里は、既に怨念渦巻く忌み地となっているのかもしれない。
津田くんに見えているものは、本当に人節となった生贄の怨霊なのだろうか。
それともただ単に、人節の作用による幻覚と幻聴に過ぎないのか…。

その里はまだあるのかと聞いてみると。

「さぁ、どうでしょうか…例え残っていたとしてもですよ…。
 救うに救えない、見るに耐えない惨状になってるでしょうね」

にやけながら水割りを飲み干す津田くん。

すると…。

「でもね、小日向さん…イキがってこんな風に普通に話してますけど…。
 やっぱ…怖くて…怖くて…。頭がおかしくなりそうになるんですよ…。
 だ…だ、だから…お、お、俺…」

津田くんの様子がおかしい…。

「よ、四度目をく…食ったら…ど、どうなると…お、思います…。
 た、耐えられ…な、なかった…お、抑えが…お、お、抑えが…」

津田くん…君、まさか…。

「そ、そそ想像するだけで…でで…あの美味さ、さと幸福か、か感が…。
 シャ、シャブなんてね…く、く、比べ物に…な、な、ならないんすよ。
 の、脳がとろけると言うか…ぜ、全身から…よ、よだれが溢れ出て…」

充血した目をひん剥き、顔を紅潮させながらよだれを垂れ流す。
歯をガチガチと鳴らしながらこぶしを握り、必死に耐えしのぐ。
そんな津田くんの姿を見て、聞かなければ良かったと後悔した。
人節の恐ろしさを、今実際に目の当たりにしているのだから…。

「こ、小日向さ、さん…も、もし…も、も、もしで、で、ですよ…。
 怨んで…る…奴がい、いたら…いつで、でも言ってく、下さい…。
 人節…は、に、人間を、か、か、簡単に、ぶ、ぶっ壊せますから」

その言葉を聞いて、僕は津田くんと目を合わせる事ができなかった。

津田くんが新潟へ戻ってきた理由だが、再度やり直す為だと思っていた。
実のところは、人節の誘惑から逃げるように新潟へ戻ってきたのだろう。

津田くんならこのまま耐えしのいでくれる…僕はそう信じたい。
それとも…快楽と欲望に負け、破滅への道を進んでしまうのか。

人知れず、今もどこかで存在しているであろう〈ひとぶしの里〉。
見るに耐えない惨状で、魂を削られながら人節を食い続ける里の人々。

あの日以降、津田くんとは連絡が取れていない。

 

得点

評価者

怖さ鋭さ新しさユーモアさ意外さ合計
毛利嵩志181518181887
大赤見ノヴ161615151678
吉田猛々171817171887
合計5149505052252