「おとうとのともだち」

投稿者:かめ

 

これは15年くらい前、
私がまだ中学1年の時の話。
何故か長い間忘れていたのだが、つい先日、昔の知人に偶然会ったことで鮮明に思いだすことが出来た。

私には4つ下の弟がいる。
小さい頃はやんちゃで明るく、目を離すとピューっとどこへでも駆けて行ってしまう活発な子だった。顔は女の子みたいに可愛く、姉の私は弟が可愛くて仕方なかった。

近所のおばさんや幼稚園のお友達みんなから好かれる弟だったが小学校に上がると様子が一変してしまった。

ケラケラ良く笑っていたあの明るさはすっかり消え失せ、どこかオドオドするようになってしまい、学校から帰っても休みの日であっても外で遊ぶことを一切しなくなってしまった。

私も母も弟の変化を心配して、学校で何かあったか聞いたりしたが、弟は「何もない」としか言わなかった。父は毎日夜遅くにしか帰ってこないので、弟の変化をあまり気にしていなかった。

弟の様子が変わってしばらくは親も心配していたが、両親は共働きで帰りも遅くいつの間にか気にしなくなっていた。
弟が学校に行くのを嫌がる素振りを一度も見せなかったので、学校で何かあるとは思わなかったのである。
私も最初こそ心配したが、自分も子供だったからか弟の変化にすぐに慣れてしまい、あまり深く考えなくなっていた。
今にして思えば、もっと強引に聞いていればと後悔しかない。

弟がすっかり内向的になって2年以上経った小学3年生くらいの頃、弟は初めて家に友達を連れてきた。

弟が連れてきた友達は3人。
元気の良さそうなニコニコした男の子が2人と大人しそうな男の子が一人。
大人しそうな子は、2人の後ろにそっとうつむき加減に恥ずかしそうに立っていた。
私はその子を見てどこか「(すっかり大人しくなった今の)弟に似ているな」と感じた。
私は、弟に「ともくん(弟のこと)、学校のお友達?おうちの中で遊ぶ?」と聞いた。
弟はにっこりして、「ううん、空き地で遊ぶ。はじめくんは学校の友達。ちゃーちゃんはきのう連れてきた。クロさんはおとつい連れてきたの。」と答えて、そのままみんなで近所の空き地の方へと走っていった。
私は弟の返事を聞いて「はて?」と思った。
弟が友達を連れてきたのはその日が初めてのことだったからだ。
その時の私は「変なこと言うなぁ」と思うだけだった。

それからの弟は以前と違って、少し明るくなった。
学校の話とかは一切しなかったが友達を連れてきて家で遊ぶときは、昔の弟に戻ったようにすごく楽しげだった。

弟が友達を連れてくるようになってしばらくして、私はある違和感を覚えるようになった。

どうも弟が連れてくる友達が、毎回違うのだ・・・。

いや、一人だけは同じ。
あの“大人しい”男の子、弟が「はじめくん」と紹介してくれた子だけは毎回来ていた。
だが、他の子たちが毎回、違う。同じお友達を見た記憶がない。

弟が友達を連れてくるのは毎日ではないが、
連れてきた子は、男の子だったり女の子だったりした。
人数もはじめくんを除いては、一人だったり二人だったり、三人だったりするのだが、
とにかく毎回、同じ顔を見たことがない。

最初こそ「あ、新しいお友達なんだ」と嬉しく思っていたのだが、
さすがにだんだんと「ちょっとおかしい」と思うようになっていた。

人間、一度「おかしい」と思うと、気になってしょうがなくなる。
私は、弟が連れてくる「お友達」を少しだけ注意して見るようになった。
“注意して見る”ようになると、私が感じた「違和感」がかなり異常なことだったと気付かされた。

最初に気付いたのは、お友達の履いている靴だった。

弟が友達と“鬼ごっこ”をしていた時のこと、弟を追いかけている男の子の一人の足音がみんなと違うことに気が付いた。
みんなはキャーキャー笑いながら、バタバタと運動靴の音を派手に立てながら走り回っているのに、満面の笑みで追いかけてる鬼役の男の子の足音は・・・していない。
いや、全くの無音ってわけでもない・・・注意深く聞いていると、ぺたぺたぺた、という感じの音はする・・・え?裸足で走っているの???
そう思ってその男の子の足元を見たが、遠目には子供っぽい運動靴を履いていることしかわからなかった。
その男の子の靴は鮮やかな青で、某メーカーのような何本かの白いラインも入っている・・・。
だが、弟が私の目の前を通り過ぎ、“その男の子”が後を追って私の前を走った時に、思わず笑ってしまうようなものを見た。
男の子は靴を履いているわけではなくて、裸足の足の色が「青に白のライン」が入ったようになっていたのだ。
「えぇー!」思わず声が出た。
「絵の具で塗ってるの??ふざけてる子だな、でもなかなかやらないよなぁ・・・」と思って、戻ってきたらよく見せてもらおうと思ったのだが、彼らは向こうの方でそのまま解散してしまった。
戻ってきた弟に「今の鬼の男の子、裸足に絵の具で靴描いてたね、変わった子ね」と笑いながら話しかけると、弟は「え?靴履いてたよぉ」と「何言ってるのかわからない」といった表情で返事をした。
私は何度も弟に「色塗ってたじゃん!お姉ちゃん見たよ!」と言ったが、しまいには「姉ちゃん、変なの!」と相手にされなくなってしまった。
私は「確かに見たのに・・・」と思ったものの、「見間違いなのかな」という気にもなっていた。

しかし、この日を境に弟の連れてくる「お友達」の様子の“おかしさ”が日を追うごとに増してくるようになった。

ある女の子は、両耳の位置がほっぺたの横くらいまで下にあった。
ある男の子は、のっぺりとした顔に目や鼻や口が太いマジックで無造作に一本ずつ描いてあるだけのように見えた。
またある男の子の襟元を見ると、蛇のように長い首が服の下で幾重にも折れ曲がって納まっているように見えた。

日増しに人間離れしてくる「お友達」の見た目・・・
毎日、「絶対変だから行っちゃだめ!」と弟を止めていた私は、その都度「変じゃないよ」と返事する弟の言葉を聞くたびに不思議と「あ、変じゃないんだ」と反射的に納得するようになってしまっていた。
親に相談することも頭になく、ただ、「とーもーくーん」と「お友達」が呼びに来る瞬間まで、彼らの異常さを思い出さない日々。

そんな中、一度だけ、学校のお友達の「はじめくん」“だけ”が来た日があった。

その日は、弟は風邪で学校を休んでおり、日中は母が面倒を見ていた。
私が学校から帰ると母はパートに出かけており、テーブルに置いてあった「夕飯温めて食べなさい」という母のメモを見ていると、ふいに玄関のチャイムが鳴った。

玄関の前には、はじめくんが立っていた。
はじめくんはランドセルをゴソゴソして、「これ・・・」といって学校からのプリントを渡してくれた。
「はじめちゃんありがとうね。」と私が言うと、はじめくんは「あの・・・あの・・・」と他に何か話したい様子だった。
「どうしたの?ともくんに何か伝える?」と私が聞くと、はじめくんは違う、というふうに首を横にぶんぶんと振った。
「どうしたの?」とまた聞くと、
はじめくんは「ともくんの“ともだち”ね・・・」と話し始めた。

「ともだち」という言葉を聞いたその瞬間、私は記憶が一気に戻ってきて、体中から血の気が失せるような気分になった。
たぶん私の顔は青ざめてこわばっていたのだろう。

私の顔をみたはじめくんは、急に泣きそうな顔になり「ごめんなさい!ごめんなさい!」と言って走って帰ってしまった。私ははじめ君のそんな姿を見てちょっとショックを受けたが、その後ろ姿を見送ることしかできなかった。

はじめくんが帰った後、私は熱も下がった弟に夕飯を食べさせ、薬を飲ませて寝かしつけ、自分の机で宿題をしはじめた。部屋は二人で使っていた。

私は、いつの間にか机で眠ってしまっていたらしい。

気が付くと、外はすっかり暗くなっており、部屋も電気を付けていなかったので真っ暗だった。
机のそばには弟が寝ている。
「何時だろう?」
時計を見ようと立ち上がろうとして、何やら外が騒がしいことに気が付いた。

人の話し声というか、ざわざわした感じが、家のまわりから伝わってくる。
「なんだろう?」
自分の机の横には窓がある。うちはアパートの一階にあって通りの音も良く聞こえるのである。

私が窓を開けようとしたその時、玄関をドンドン!ドンドン!と叩く音が響いた。
私はビクッとして、玄関に向かうとドアの外から「開けて!開けて!」という、男の子の声が聞こえた。
はじめくんの声だった。

慌ててドアを開けると、はじめくんが靴のまま飛び込んできた。
「はじめちゃん!どうしたの?」私が聞くのも聞かず、はじめくんは涙でくしゃくしゃになった顔で必死に「閉めて!閉めて!」とドアを閉めるように私に訴えた。
私はわけがわからないまま、ドアを閉めカギをかけて、はじめくんを見た。

はじめくんは、頭がぼさぼさだった。まるで誰かにクシャクシャにされたような感じ。
よくみると顔にはひっかき傷のようなミミズ腫れがいくつもあり、服も力任せに引っ張られたように少し破けたりしていた。たぶん手や足には擦り傷もあったかもしれない。

私はわけを聞こうとしたが、その頃には外の騒がしさがさらに増して、がやがやした感じになっていた。
はじめくんのことを心配すべきなのに私は何故か外の騒がしさの方が気になってしまい、先に窓を開けて確認しようと思った。

窓に近付く私をはじめくんが大声で止めた。
「開けちゃダメ-!」

私はハッとして、「え、大丈夫よ、どうしたの?どうしたの?」とわけを聞こうとはじめくんをキッチンに通し、ガタガタ震えるはじめくんを食卓の椅子に座らせた。

外はまだ、がやがやと騒がしい。

はじめくんは半べそをかきながらポツリと言った。
「ともだちがつれにきた」
私はその瞬間、すべてわかった気がした。
「今、外には“あのこたち”がいるんだ」
私は、その正体も何もわからないままだったが、“かれら”が人間じゃないってことだけは理解していた。
はじめくんは弟が連れていかれないように教えに来てくれたのか・・・。
自分も連れていかれるかも知れないのに。

私は成すすべもないまま、ただはじめくんとキッチンに声をひそめてじっとしていることしかできなかった。

しばらくすると、そとの騒がしさがほんの少しだが、遠ざかっているように感じた。
私とはじめくんはだまったまま顔を見合わせていたが、お互いちょっとホッとした表情になった。
その時、外から

 とー!もー!・・・くーん!

と言う、大合唱のような声が響いて来た。
私たちは不意を突かれたようにビクッと緊張して、反射的に窓の方を向いた。

そこにはいつの間に起きたのか、弟が窓に手をかけてボーっと立っている姿が見えた。

私とはじめくんは同時に「だめー!」と叫んでいた。

そこからは、すべてを思い出した今でも、ちょっと記憶がぼやけてしまっている。
私が覚えているのは、
弟が窓を少し開けた瞬間、ドッと押し寄せるような歓声にも似た大音量の声が部屋いっぱいにあふれかえったこと。
何を言っているのか全く分からないが、まるでお祭りの真っただ中に立っているような熱気と喧騒。
窓の外に見えたのは、おびただしい人の姿、でも、どこかいびつに歪んでいる。
まるで百鬼夜行のような行列。
外は夜で真っ暗なのに、その行列のまわりだけいやにあかるく光っている。

私とはじめくんは声も出せなかったが、たとえ叫んでもお互いの声すら聞こえなかっただろう。
そんな中、不意に子供の金切り声が喧騒に混じって聞こえてきた。
その叫び声は次第にはっきりと聞こえてくる。
それは、ことばにすらなっていなかったが、おそらく助けを求めている声だ。

声は男の子のものだったが私に聞き覚えは無かった。
声がする方に目をやると、わさわさと動く彼らの中に、必死の形相でもがく弟くらいの年頃の男の子の上半身が見えた。
スポーツ刈りのような感じで浅黒く日焼けした、弟よりもちょっと体格の良い感じの男の子・・・しかし、やはり見覚えは無かった。

その男の子は、おびただしい数の“かれら”にもみくちゃにされながら次第に遠くへ遠くへと流れていくようだった。

弟は、まだ窓のそばに立っていた。
窓から外の光景を眺めているようだった。

「弟を連れに来たんじゃなかったの?」という疑問が頭をよぎったが、無事ならばそれで良い。
私は弟を窓から離そうと近付いていった。
弟は肩を震わせていた。

「こわかったよね、もう大丈夫だよ」
私は何の根拠もないまま、弟を安心させようと話しかけた。

弟の表情を見た時、私は背筋が凍りつくのを感じた。
弟は声も出さずに笑っていた・・・。
怖くて震えたり、泣いているんじゃなかった。
眼を見開いて、スポーツ刈りの男の子が連れ去られた方向を見据えて
腹の底から嗤っているようだった。

私はそれを見て、多分気を失った。

私は母に起こされて気が付いた。
母は困ったような顔をしていた。
「危ないから玄関のカギは閉めて寝なさい!」
時間はもう22時を過ぎていた。
弟は布団ですやすや寝息を立てている。
部屋の中に、はじめくんの姿はもうなかった。
私はわけがわからなかったが、部屋の中も外も何事もなかったようにしか見えなかったので、「リアルで悪い夢を見たのだろう」と思うしかなかった。

翌日以降も、連日の気味の悪い経験を覚えていたが、弟は“ともだち”について「知らない」としか言わなかったし、それ以降、はじめくんもうちに来ることは無かった。
弟ははじめくんのことすら「知らない」と言った。

私は、一連のことが自分の妄想か悪夢か、と思うしかなかったが、キッチンのテーブルに置かれた一枚のプリントを見て、“何か”を理解した。

プリントには、「保護者の皆様へ」と書かれていた。
そのプリントに書かれていた内容は、子供が夜に一人で出歩かないように、との注意喚起だった。小学校の児童が一人、自宅からいなくなっており警察に捜査願いが出ているという。そして近く学校で説明会があるため保護者は出来る限り参加してほしいということが書かれていた。

私は、誰にも何も言うことはなかった。
大人に何か言っても信じてもらえないし、何より、自分自身、本当に起こったことなのか自信がなくなっていた。
自分の妄想だったのかも、と思うようにもなっていたのである。
そうやって、長いこと忘れていたのである。

このことを思い出したのは、つい先日、1/〇〇日(日)成人式の日である。
その日は弟の成人式だった。

私たち家族は昔のアパートからずいぶん前に、同じ地域の一戸建ての借家に引っ越していた。
弟は大学生で他県に行っており、その日は久しぶりに実家に帰ってきていた。
私は実家から少し離れた総合病院で看護師をしており、独身なのでまだ実家通いで親に甘えている。

弟を成人式の会場まで私が愛車で送って、自販機に飲み物を買いに行ったところで、後ろから不意に声をかけられた。
「あの、〇本くん(私の苗字)のお姉さんですか?」
振り返ると、そこには少し瘦せ型の弟と同じくらいの年頃の男性が立っていた。
スーツとコート姿が馴染んでいないところをみると彼も成人式に来ているんだろう。
「あ、はい」と答えると、その男性は
「僕、はじめです。」と答えた。

私は少し、ぽかーんとしてしまっていたらしい。
「あ、あの・・・」とはじめと名乗った男性が困ったような顔をしたのを見て、
私は「あーーー!」と少し大きな声を出してしまった。
私は、あの“はじめくん”も私の妄想だと思うようになっていたから、本当にびっくりした。
はじめくんは、私が思い出したことに安堵したようで、「あとで話せますか?」と聞いて来た。私は「弟も呼ぼうか」と提案したが、彼はだまって首を横に振った。
私は彼がそれを望まないだろうと予想していたので、成人式が終わる時間を確認して、近くの喫茶店で待ち合わせることにした。
弟は、成人式のあと昔の友達と飲みにいく、と言っていたので問題ないだろう。

約束の時間になって、喫茶店の前に行くとはじめくんがもう待っていた。
喫茶店の奥の席に座り、飲み物を注文したところで、はじめくんがゆっくりと話し始めた。

「お姉さん、あのこと、どこまで覚えていますか?」
私は、最初に弟が“ともだち”を連れてきた日から、最後の“あの日”まで大体覚えている、ということを伝えた。正確には、ずーっと今まですっかり忘れていて、今日、はじめくんに会ったことでどんどん思い出してきていると伝えた。

はじめくんはちょっと黙ってから、決心したように話し始めた。

弟は、小学校で“いじめ”にあっていたらしい。

弟は小学校に入学した直後、クラスにいたある男の子に目を付けられ、毎日のように暴力を振るわれていたという。

ある時は、廊下の壁に押し付けられ縄跳びで首を絞められたり、
ある時は、お腹をゲンコツで何度も殴られたりした。
弟は休み時間が来ると、どこかに逃げて隠れるようになり、見つかってはまた暴力を受けた。

いじめをしていたのは、その男子生徒(か〇ぬまひろ〇こ)だけで、弟は主な標的になっていたが、他の生徒も多かれ少なかれ被害にあっていたようだ。言ってみればガキ大将のような存在だったのか。

担任は年配の男性でそのことには気付かず、ガキ大将の方も、「誰にも言うな、言ったら殺す」と弟を脅していたらしい。
弟は運悪く、そのガキ大将と1年生から3年生まで同じクラスだった。
それはまさに地獄だっただろう。

はじめくんが弟と知り合ったのは小学3年生の時、はじめくんは他県から弟のクラスに来た転校生だった。
はじめくんも大人しい子だったが、ガキ大将のターゲットはずっと弟のままだったので、彼は被害らしい被害を受けることは無かった。

そんなある日、春の遠足で同じ班になった弟とはじめくんは、仲良くなったのだという。
はじめくんは、毎日いじめられて泣いている弟を可愛そうに思ったのか、遠足の時に“あるお守り”を渡そうと思っていた。

「それはこれです」と言って、はじめくんが喫茶店のテーブルに置いたのは、直径5、6センチの楕円形の乳白色の石だった。一見、何の変哲も無いような石だったが、私が注意深く見ていると、石が一瞬、ドクン!と脈打ったように見えた。
私がビクッとしたところで、はじめくんはその石を無造作にスーツのポケットにしまった。

「それ、なに?」気持ち悪いようなものを見る目になっていたのを見てから、はじめくんは、話を続けた。

「僕のおばあちゃんは少し変わった人で・・・」
はじめくんは、奇妙な石の話ではなく、全く関係ないおばあさんの話をしはじめた。

はじめくんのおばあさんは、はじめくんが小学1年生の頃に亡くなった。
一緒に暮らしていたが、はじめくんが覚えているおばあさんの印象は「おきょうをいうひと」。
実際に何をしていたのか、単純に信心深い方だったのか、そういう仕事をなさっていたのか、今となってはよくわからないという。はじめくんの両親も良くわかってはいないようだ。
ともかく、そのおばあさんは、時々熱を出して寝込む小さい頃のはじめくんに、たびたび「おきょう」を唱えていたらしい。

あるとき、はじめくんは何日も熱で意識が戻らなくなり近くの病院に入院した。
はじめくんの熱が下がり、目を覚ました時、はじめくんの手には、あの“石”が握られていた。
はじめくんは、おばあさんにその“石”を「お土産だよ」と見せると、“石”を見た瞬間、いつもやさしいおばあさんが、ものすごく怖い表情で「持って来たんか!」とはじめくんを問い詰めた。
はじめくんがビックリして泣き出すと、おばあさんは慌てて、いつもの優しい表情に戻り、ゆっくりと、はじめくんにある「約束」をさせた。

「はーちゃん(はじめくんのこと)、ゆめをみているとき、あっちのものをかってにもってきちゃ、ぜったいにだめだよ」
「あっちのものをもったままおきると、もってきちゃうことがあるんだから、あまりさわってはいけないんだよ」
「いしでも、はなでも、どうぶつでも、だれかでも、こっちにつれてきちゃ、だめなんだよ」
諭すように言い聞かせているおばあさんの声を、はじめくんは今でも思い出すのだという。

「じゃあ、その“石”って・・・」
「そうです、僕が最初に持ってきた“石”です。」
「祖母は、その約束をしてすぐに亡くなりました。」
「この“石”は祖母の棺に一緒に入れたはずなんですが、葬式の翌日に僕のズボンのポケットに入っていました。」
「僕は祖母との約束は守るつもりでいましたが、この“石”だけは何だか自分を守ってくれるように思えて、捨てずにずっと持っていました。」
「実際に、それからの僕は、偶然かも知れませんけど大きなけがをすることもなかったし、あまり嫌なことも起こることは無かったんです。」
「少しして、僕たち家族はこの街に引っ越してきました。転校生の僕には友達がいませんでしたが、ともくんがいじめられているのを見て、“かわいそう”だと思うようになっていました。」
「そしてある朝、目覚めた僕の手の中に、新しい“石”がありました。」
「僕は、これはともくんへのプレゼントになる!と思って、いつか渡してあげたいと思うようになり、遠足の日にともくんへ渡したんです。」
「ともくんは、“石”をとても気に入ってくれて、『どこで拾ったの?どうやって見つけたの?』と楽し気に聞いてくるので、夢の世界から持ってきたであろうことと、おばあさんとの“約束”のことをちょっと自慢げに話してしまったんです。」
「正直、僕は夢の中での事は全く覚えていません。向こうに何があるのか、起きた時には夢を見たことさえ覚えていないんです。」
「ともくんがあの“ともだち”を連れてきたときにはびっくりしました。ともくんが学校の帰り道、『昨日、はじめくんの言ってたところへ行けたよ!』とニコニコして言ってきて、『むこうでできたともだちを連れてこれたよ!』と紹介してくれたのが“あいつら”でした。」
「気味は悪かったんですけど、何を言ってもニコニコしてるだけでしゃべらないし、何かいじわるなことをするわけではないし、ひととおり遊ぶと、毎回ス~っと消えていくのでそのままにしておくことにしたんです。」
「それが、あのことが起こる前の週、僕が渡した“あの石”を何故かいじめっ子のか〇ぬまくんが持ってみんなに見せびらかしていたんです。」
「それから数日して、か〇ぬまくんが学校を休みました。先生は、か〇ぬまくんを見かけたら教えてくれと言いましたが、僕はなんだか嫌な予感がしていました。」
「僕は聞きにくかったんですけど、ともくんに“石”のことを聞いてみました。」
「するとともくんは、笑いだして、『“石”はあいつに見せたら、くれ!って言うからあげたんだよ!』と言って帰って行きました。」
「翌日、ともくんが風邪で学校を休んだので、心配で、プリントを持っていく役を先生に言ったんです・・・。」
はじめくんは話している間、ずっと下を向いていました。
しばらく黙ったあと、ポツリと
「ともくんに、あのことのあと、聞いたことがあるんです。」
「え?」私はようやく言葉が出た。
「ともくん、“あいつら”になんか言った?って。」
「するとともくんは、ニタ~って笑って、『石を返してあげるから持ってって、言ったよ』と言いました。そして最後に『あいつも持ってってって言ったんだよ』とつぶやいたんです。」
私たちは、しばらく黙ったまま、 “どこか”に連れていかれて戻ることは無かった男の子のことを想像していました。

 

得点

評価者

怖さ鋭さ新しさユーモアさ意外さ合計
毛利嵩志151515151878
大赤見ノヴ151616151678
吉田猛々171718171786
合計4748494751242