世の中はめっきり便利になった。
特に目覚ましい発展を遂げたのがAI分野だ。ナビゲーションを使用した時の渋滞や到着時間の予測などかなり正確だ。また生成AIに関しては、世のクリエーター達を脅かす存在になった。イラストや小説、作曲、動画。全て簡単な指示でAIで生成できる。
AIを警戒する一部の意見もあるが、ワタシはそう思わない。使えるものは片っ端から使え!それがワタシの心情だ。
実際、勤務先でもAIを使って業務を効率よくこなしているものが増えている一方で、頑なにその使用を拒んでいるものもいる。しかしその事で業務が滞り、周りの足を引っ張っている。
時代、環境に合わせ、臨機応変に対応できない古参の方にその傾向が強い。
まぁグダグダと語ったが、つまりワタシはAIの利用に肯定的であり、かなり使いこなせている方だと思っている。
昨年秋の週末。ワタシは趣味のソロキャンプに出かけることにした。キャンプブームは一旦追いつきの様相を見せてきたとはいえ、週末になると(特にメジャーどころは)まだまだ混雑することが多い。よく通っていた穴場のキャンプ場も、インフルエンサーに紹介されたとかで、最近は何やら騒がしい。
新しいキャンプ場を求めて、ワタシはAIに語りかけた。
「山奥のひっそりとした穴場のキャンプ場を教えて」
やはりAIは素晴らしい、即座に3つの候補を提示してきた。うち2つは一応の公式サイトがあり、ざっくりではあるが雰囲気がつかめる。残り1つは公式サイトもSNSもなく、電話番号しか掲載されていなかった。
「これこれ、こーゆーのがいいよ」
独りで呟きつつ、その電話番号をタップする。しばらくして管理人らしき方の明るい声が聞こえた。
トイレの有無や焚き火の可否、また今週末の空き具合と料金など、確認すべきことを確認し、満足したワタシはその場で予約を入れた。
そして週末、愛車に荷物を積み込みキャンプに出かける。現地までのルートはもちろんスマホのマップを使用する。
現地までは約2時間。そこまで遠くない。
今が10時前だから着いたら昼だ。さっさと設営を終わらせて、ビールを飲もう。アテは何にするかな…そんな事を考えるながらハンドルを握る。
順調に走り高速道路を降りて残り30分ぐらいか、といったところでふと異変に気付いた。
到着予測時間が表示されていない。現地までは山道であるものの、残りたかが20km弱だ。一応確認しようと、車を寄せてスマホを手に取る。すると、この先10kmのあたりから道路が真っ赤に表示されている。
山道に入ってからの交通量は少なく、いやよく考えるとまだ1台もすれ違っていない。もしかすると事故、まさか通行止め?気になったワタシはキャンプ場に電話をかけてみる。
「もしもしー、あぁどうもどうも。…え?通行止め?いや特に聞いていませんよ?私はナビなんて使わないんでよく知りませんが、機械でしょ?誤作動ですよ、よくあります、わはははは。とはいえ、万が一もありますので、なにとぞ運転には気をつけてお越しください!」
確かになんでもないのに道が真っ赤になっていることがちょくちょくある。誤作動だと言い切った管理人の明るい声を思い出して苦笑し、ワタシは再び車を走らせ始めた。
しばらく走ると少し先の道路が赤く表示されているのがマップ上に表示された。ただし、目視する限り車は一台も走っていない。AIはすごいといえど、まだまだこんなことはあるんだなと思いつつ、やがてマップ上では真っ赤になっているあたりに突入する。相変わらず車の姿はない。なんだよ、と独り言が溢れたその時、突然スマホから声がした。
「この先、事故渋滞が発生します。」
やっぱり事故?ん?
ワタシは違和感に気づく。
「事故渋滞が発生しています」ではなく「発生します」と、確かにそう聞こえた。つまりまだ事故渋滞は発生していない?
まぁ多分「発生しています」と言ったのを聞き間違えたんだろう。実際に他の車は走っていないし、今のところ渋滞もしていない。気づけば赤く表示されている部分はあと少し、よく見ればその先端部分に注意マークが表示されている。
するとまたマップから声がした。
「1km先、事故が発生します。」
え?間違いなく「発生します」だった。しかも1km?車を運転してのそれはもう目と鼻の先だ。ワタシはブレーキを踏み車の速度を落とした。…つもりだった。
あろうことかブレーキとアクセルを踏み間違え急加速したワタシの車はカーブを曲がりきれずコンクリートで固められた側壁に激突した。
…意識を失っていたらしい。
日が傾いたりはしていないのでそんなに長い時間ではなかったようだ。改めて状況を確認してみる。右カーブを曲がりきれず、左の側壁に激突した。車内はエアバッグが展開されており、見た感じ助手席側は半分ほど潰れている。こっち側でなかったのがせめてもの幸いか。。そう思いため息を一つ落とした時、右足の激痛に気付いた。
「折れたな」直感的にそう思ったワタシは、まず救急車を呼ぶことにした。しかしスマホが見当たらない。事故の衝撃で車内のどこかに飛んでいったのかもしれない。とはいえ、車通りのほぼない現状では自ら連絡するより他にない。ワタシはふとある事を思い出し、大きな声で叫んだ。
「おーいAI!」
(本当はOK Googleとか、hey Siriとかですが。。)
すると助手席の方向から返事があった。
「ハイ」
反応があったことに安堵したワタシは続けて叫ぶ。
「救急車を呼んで!」
反応があったとはいえ、スマホは手元にない状態だ。壊れているのかどうかもわからないし、バッテリーの残量、電波状況すらわからない。ともかく、端的に、正確に、確実に。そう考え選んだ言葉がそれであった。しかし、助手席からの返答は絶望的なものであった。
「救急車はこられません」
は?こられません?
それならばとこう叫ぶ。
「119に電話して!」
ハイ、と短い返答の後電話の呼び出し音が聞こえる。そしてすぐに男性の声が聞こえる。
「こちら119番です。火事ですか?救急ですか?」
そう言ってる気がする。通話がスピーカーになっていないのだ。
「救急です!電話が近くにないのでそちらの声はほぼ聞き取れません!」
そう叫んだ後、ともかく相手に必要な情報が伝わるよう、キャンプ場の名前、その手前3km程の所にいること、単独事故である事、右足が骨折してるかもなど一方的に叫んだ。ついでに警察への連絡も頼んでみた。変わらず相手の声は聞きとれないが、「救急車が向かいます」そう聞こえた気がした。
ワタシは念のためもう一度同じ事を繰り返し、スマホのバッテリー温存のためそちらから切ってもらえるように言った。
その後しばらく声が聞こえていたが、その後静かになったので電話を切ってくれたのだろう。
後は救急車を待てばいい。そう思うと少し気持ちが落ち着いた。
そういえば右足の痛みがマシになっている。アドレナリンが出たのかもしれない。立てるかどうかはわからないが、一度外に出てみよう、ワタシはそう思った。幸いドアは簡単に開いたが、右足を外に出そうとした時に再び激痛が走った。
「クルマの中で待つしかないか。」
そう呟き、背中をシートにドンと預ける。
そういえば救急車はどれぐらいで到着するんだろう?
立ち上がれない以上、他にこれと言ってすることもなく手持ち無沙汰になったワタシは再びAIに話しかけることにする。
「ここから最寄りの消防署までの距離を教えて」
距離さえわかればおおよその時間もわかるというものだ。我ながらいい質問を考えたものだと思ったその時。
「救急車はこられません。」
さっき聞き流していた違和感のある返答。
ワタシは恐る恐る聞き返してみた。
「どうして救急車はこられないの?」
「この後救急車は事故を起こします」
「なんで事故を起こすの?」
「わかりません」
「どんな事故なの?」
「わかりません」
「救急車はここにはこないの?」
「救急車はここには来ません」
「なんで?」
「わかりません」
まだまだ日は高く、開けっぱなしのドアからは気持ち良い風が吹き込んでくる。
なんの鳥かはわからないが、聞いたことのある鳴き声もする。つまり不気味とか気色が悪いとかそんな要素は皆無なのだ。なのに。ワタシは得体の知れない不安、いや恐怖を感じていた。
さっきの事故を予測したAI,それが今度は救急車の事故を予測している。そしてそれは必ず現実になるんだろう、ワタシは不思議と確信を持ってそう思った。
この事故は防がなければ!そう思ったワタシは痛む右足を強引に社外に放り出し、そのまま身体を反転させて左足も外に出した。そして車体につかまりながらなんとか立ち上がる。
この場所に来させてはいけない。そう思った。
左足に全ての体重をかけて立ち上がり、右足を引きずり歩く。何がなんでもこの場所には来させていけないとそう思った。
痛む足を引きずりかなり前に進んだ、いや進んだ気がする。振り返ると自分の車は目視の範囲にあり僅か100mも進んでいないとわかる。
すると遠くから救急車のサイレンが聞こえてきた。よかった、さっきの連絡は伝わってたのだという安堵と.その救急車が事故をするという不吉な予言。ワタシはさらに足を進めた。
まもなく遠くに赤灯の光が見え、それはすぐに目の前にやってきた。こっちに来てはいけない!予言を強く確信したワタシは迫る救急車の前に立ちはだかり、両手を頭上で大きく振った。ここから救急車までの距離はほんの数100m、気付いて止まってくれれば予言を回避できるのだ。
迫ってくる救急車は、ワタシの手前で急ブレーキをかけ、そしてワタシに衝突した。
目を覚ますとベッドの上だった。どうやら病院らしい。まだ少し混乱しており、包帯を巻かれた手を眺めたり、天井をぼんやり眺めたりした。
どうやら個室のようで、部屋の中には自分以外誰もいない。ナースコールが目に付いたのでそれを押し、目が覚めたと伝えた。
まもなく医者とナースが駆けつけ、脈をとったり血圧を測ったりする。
「どうしてここにいるのかわかりますか?」
医者の問いかけに、ワタシは少し考えて答えた。
「キャンプに行こうとして事故を起こしてしまいました。」
「その後のことは覚えていますか?」
その後?…カーブを曲がりきれずに側壁にぶつかって…必死で救急車を呼んで…??
いや、そうだ。救急車を止めなければと外に出てそして…
「救急車にひかれました」
少し声を震わせそう答えた。
「そうですか。記憶の混乱はないようですね。頭を打ったようなので心配しておりました。それでは身体の状況を説明しますね…。」
石は淡々と状況を説明してくれた。頭骨に異常はなかったものの、頭を5針縫ったらしい。また右足は複雑骨折、手術をしたそうでがっちり固定されている。手の甲の骨にもヒビが入っているそうだ。内臓には異常がなかったようで、事故の規模からするとそれは不幸中の幸いと言ってよいらしい。
病院に運ばれてきた際は意識がなく、警察が持ち物を調べ家族のに連絡してくれたそうだ。母親がずっとここにいたそうだが、ついさっき一旦家に戻った所らしい。母には既に病院から連絡をしてくれたそうですぐに戻ってくるそうだ。
また事故の時の状況を聞きに、警察も来るらしい。
医者の説明に反応しつつも、なんとなく現実味がない。まるで自分が出演しているドラマを自分で見ているような、そんな不思議な感じだった。
しばらくするとコンコンとノックの音が聞こえた。母親かなと思ったら見知らぬ男性が2人、あぁ警察なんだなと思った。
「大変な時にすみません。少しだけお話を聞かせてもらうことはできますか?」
警察手帳を見せながら年配の方の警察官が話してきたので、ワタシはさっき医者に話したことを再度伝えた。
「救急車を止めようと遠くから手を振った…??」
救急車が事故をするのを防ぐため、とは言えずワタシはハイとだけ答えた。
「ふむ。。。あのですね。。」
少し間を置き、言葉が続く。
「救急車の運転手は、事故車両が見えた直後、あなたが救急車の前に急に飛び出してきたと言ってるんです。」
「えぇっ?」
飛び出した?ワタシが?
いや、ワタシは道の真ん中に仁王立ちして大きく手を振っていたはずだ。なのに、救急車はそれが見えていないかのように、減速せず衝突した。必死だったこともあり、その過程の記憶は曖昧だが、衝突の瞬間、救急隊員の驚いた顔、その瞬間の急ブレーキの音、ドン!という衝撃音。それははっきりと覚えている。
そのことを再度伝えると、警察官たちは顔を見合わせヒソヒソと話し合っている。
しばらくして、先ほどの年配の方が困ったような顔をしながら返事を返した。
「運転手、助手席の両名がそれぞれ同じことを証言しているんですよ。。」
救急車が事故をするのは都合が悪いから口裏を合わせてそう言ってるんではないか?そう思えた。しかしそれを言葉にはせず、ワタシは先ほどと同じことを強めの口調で伝えた。
「わかりました。今日はここまでといたします。また後日お話を聞かせてください。」
ともあれまずは治療に専念を、との言葉を残し警官たちは去っていった。
少し不快な気分になり、それと同時に得体の知れない不安が襲ってくる。
もう一度よく思い出してみようと思ったその時、パタパタと走る音が聞こえだかと思うと勢いよく扉が開き、ワタシの名前を叫ぶ声が聞こえた。
「よかった!よかった!もぉどれだけ心配したか!よかった!よかった!」
目に涙を浮かべ泣いてるのか笑っているのか、はたまた怒っているのか。なんとも言えない表現でよかったよかったと繰り返す母。母は偉大だ。それを見ているとさっきまでの感情が一気に沈静化する。と同時になんとも恥ずかしい気持ちにもなってきた。
「大丈夫だから。ごめんな心配をかけて。」
そう告げた瞬間に母の涙が一気に溢れる。恥ずかしいのか少し顔を逸らし、涙をハンカチで拭っている。そして肩から下げたバッグの中から何かを取り出し、ワタシに手渡した。それはスマホだった。
「車の中にあったのを、警察の方が渡してくれたの。意識が戻ったなら、連絡をしないといけないところがたくさんあるでしょ?会社には私から連絡したけど、心配してると思うし、この後の話もあるだろうからちゃんと連絡しなさい。」
個室なので通話をしてもいいらしい。ワタシはとりあえず上司に連絡をいれ、意識が戻ったこと、治療の見通しはまだこれから確認することなどを伝えた。
通話が終わるのを見た母は、一旦家に戻ってやることを終えたらまた帰ってくると言い残し部屋を出ていった。
それから、幾人からかの未読メッセージに全て返信をした。未読マークの消えたスマホを見つめ、改めて当時のことを思い出してみる。
そう言えばAIがワタシの事故、そして救急車の事故を予測したんだった。あの時何があったのか、AIに聞いてみようか。さすがに返事が帰ってくるわけないな、そう思いながらも、AIに問いかけてみた。
「事故の後、なにがあったの?」
数秒後AIから特有の無機質な声で回答があった。
「うまくいきませんでした。」
え?なに?
「何がうまくいかなかったの?」
ワタシは問いかけた。
しかしその答えが返ってくることはなかった。
再び同じことを問いかける。
「わかりません。もう少し具体的なキーワードを追加することでお答えできるようになるかも知れません。」
情報が足りなかった時のテンプレ返事が帰ってきた。その後、何個か質問をしてみたが似たような答えだった。
最初の一回だけ答えた「うまくいきませんでした。」とは何を指すのだろうか。
考えれば考えるほど、ワタシはAIが恐ろしくなってきた。
もうスマホを使うのはやめよう。
今でも「ガラケー」が売られていると聞いたことがある。退院したら機種変更をしよう、AIから距離を取ろう。
そう思った。
完