「凉の櫛 〜りょうのくし〜」

投稿者:アリアの流星群

 

30歳を迎えてすぐに職場の店が閉店をした。そして追い打ちをかけるように難病が発症。まるで世の中が自分を排除しようとしてるように思えた。そんな時に声をかけてくれたのが中学の同級生の水野だった。
水野は地元のパチンコ屋で働いていて主任をしている。そんな水野が仕事を紹介してくれた。
パチンコ屋の駐車場の巡回と清掃の仕事だ。俺は有り難くその話を受けた。
初出勤の日は水野が色々と説明をしてくれて一緒に仕事をしてくれたが明日からは一人で仕事をするらしい。どうやら巡回の仕事は俺一人だけ。気楽と言えば気楽だが一人で8時間働くのはちょっと寂しい。
駐車場は広くて平面の駐車場の他に立体駐車場が3階まである。
立体駐車場も螺旋状ではなく平面の造り。3階は屋上になっていて晴れの日は気持ちいいかもなんて思っているとある物が目に入る。
駐車場の端に一段高くなっている場所がある。そこに小さな祠と石が置いてある。その石は150センチくらいの高さで何となくだが人がお辞儀をしているように見える。

「なぁ、あの祠と石は何だ?何かを祀っているのか?」

聞いてみると水野も何を祀っているのかは知らないが前にオーナーから聞いた事があると言う。パチンコ屋を建てる前には工場が建っていてその頃の土地の持ち主はオーナーの親。工場が潰れ更地にしたときに祠と石が出てきた。
オーナーの親もこれについては身に覚えがないのでたぶん工場の社長が勝手に置いたのではないか?って話だけどその社長も行方知れずで話を聞けなかったそうだ。そして後にパチンコ屋を出したいって話がきたときにオーナーの親がこの祠と石を処分せずにきちんと祀ると言う条件で土地を貸したらしい。
オーナーの親は何故その条件を出したのだろうか?何か変な事が起きたのかそれとも何かを知ってしまったのだろうか?
いずれにしろ亡くなった親の後を継いだ今のオーナーは何も知らないらしい。
生まれ育ったこの町は昔、宿場町で歴史が深い。公園が城趾だったり本陣だった建物もそのまま綺麗に残っている。町の所々に何かを祀っている祠や石碑、お寺、神社も多い。
それと何か関係がありそうだ。

入社してしばらくすると仕事にも慣れてきた。その日は客も少なく暇だったので三階の駐車場でほんの少しサボろうと向かった。空は晴れているが数日後は雪の予報が出ていたはずだ。そんな事を思いながら目線を空からあの祠に向けると誰かが立っていた。自分からは距離があるのでそのまま動かずに見ていると祠の前にいた人がこちらに振り返る。まだ若い男性だ。その男性はこちらに気づいて頭を軽く下げてその場を去って行った。
何をしていたのだろうか?
気になって祠を見ると鼈甲柄の櫛が供えてあった。
さっきの男性が供えたのだろうか?今までちゃんと祠と石を見た事がなかったので見てみる事にした。石の裏側に何か文字のような物が彫ってあるけどよく読めない。かろうじて「凉」と書いてあるのがわかる。

「あっ!いたいた!主任が呼んでますよ。雪の予報が出てるから雪に備えて準備するので手伝ってほしいそうです。」

バイトのAちゃんが要件を伝えて祠に目をやる。

「ん?こんな櫛なんてあったっけ?置きました?」

「ああ、さっき男の人がここに居てね。その人が置いていったんじゃないのかな?」

「え?何ですかね?今まで何かをお供えするなんてなかったんですけどね。こうして見ると綺麗…」

そう言いながらAちゃんが櫛を空にかざして見てる。

水野と合流して雪かきのスコップや融雪剤を準備した。休憩時間になり水野と店長とAちゃんとで会話をしているとAちゃんが祠にあった櫛の事を話題にした。

「なぁ、それって若い男一人だったの?近くに和服の女がいなかった?」

自分よりも10歳上の店長が真剣に聞いてきた。

「自分が見たときは男が一人でしたよ?和服の女って…何か心当たりあるんですか?」

「最近さ、お客様から屋上の駐車場から女が下を覗いているとか立体駐車場に和服の女が立っているって話がアンケートボックスに入ってるんだ。」

「和服の女?そう言えば最近すぐそこの橋で目撃談を聞きましたよ。夜に橋を通ると和服の女が下の川を覗いていたり、歩くと言うよりもスーって滑るように移動してるのを見たとか。幽霊だって噂になってて。何か関係ありそうですね。ちょっと怖いですね。あ、あと怖いと言えばお客様で誰も居ないのにそこに誰かがいるかのように一人で話をしてる人がいるって聞きましたよ。」

Aちゃんが不安そうに言う。

「この町は宿場町だったらしくてすぐそこの川の辺りは遊女の無縁仏があったそうだよ。」

「ああ、大正時代に無縁仏をすぐそこのお寺に移動させたって話だな」

俺と水野の会話を聞いていた店長が「さすが地元の人。詳しいね」なんて言っていた。
休憩が終わり駐車場で客が捨てていったゴミを片付けていると声をかけられた。振り返ると祠の前に立っていた男性がいた。

「あの、屋上の祠と石について聞きたいのですが…」

男性は20代後半くらいだろうか?細身で背が高い。

「俺も最近入社したばかりで詳しい事は知らないんですよ。あなた少し前に祠にいたでしょ?櫛をお供えしたのもあなた?」

「あ…はっ、はい。すみません。勝手な事して。ダメですよね?」

「どうなんだろう?とりあえず櫛はあのままでいいけどこれ以上は止めてください。でも何で櫛のお供えなんて」

「あ、あの!僕の話を聞いてもらえますか?」

男が真剣に言ってきたので屋上で聞く事にした。

男は語りだす。
「夢を見たんです。僕は和服の女性と町を歩いているんです。そこは大昔のこの町だとわかりました。何故ならすぐそこにある閻魔堂が夢の中にも存在していたからです。きっとこの町が宿場町だった江戸時代の頃だと思います。そんな夢を何回も何回も見たんです。そして僕は夢の中の和服の彼女に恋をしてしまった。ある日、現実に彼女が目の前に現れたんです。店の休憩スペースで珈琲を飲んでいると目の端に和服が見えて…顔を上げて横を見たら彼女がいたんです。でも彼女は微笑んですぐ消えてしまいました。それ以来この店に来る度に彼女が目の前に現れてくれるんです。話しかけるんですけど彼女は微笑むだけ…そんな事が数回ありました。閉店までパチンコをやった日、車に乗って帰ろうとしたときに彼女を見ました。彼女はスロープを上り駐車場の3階へと歩いていたのですぐに後を追ったのです。3階に着いたとき彼女の後ろ姿は夜の中に消えてしまったのです。消えた場所まで行くと祠と石がありました。彼女は此処へ帰るんだと知ったのでこの店に来たときは必ずこの場所に来るようにしてるんです。今日は彼女に櫛を贈ろうと思って」

男が話終えて祠を愛おしそうに見つめている。その姿を見てなんて声をかけたらいいのかわからない。
Aちゃんが言っていた一人で何かをしゃべってる客というのもこの人なんだろう。

「凉さん。そろそろ帰るね。また来るから」

男が祠と石に向かって言う。
お凉さん?あ、たしか石の後ろに「凉」って字が彫られていたな。
その日から男が祠の場所に居るのをよく見かけるようになった。気がかりなのは彼が急にやつれていた事だった。
これって取り憑かれているんだろうな。幽霊との恋愛か…
相変わらず橋の上に出る和服の女の噂は広がっているらしい。これも同じ幽霊なんだろうな。和服なんて着てる人めったにいないし。お凉さんなんだろう。

数日後、仕事に行く前に毛布やランタン、水などを車に積みガソリンを満タンにして出勤した。夕方から雪の予報で大雪警報が出ていたからだ。どれくらい降るのかわからないけど帰れなくなるかもしれない。
仕事を始めてから1時間もしないで雪がチラついてきた。
水野と融雪剤を撒き終えてスコップを準備した頃にはチラついていた雪は大粒の雪へと変わりアスファルトを白く染めていった。
20時を過ぎた頃に雪の勢いは増していき店は早めの閉店を発表した。雪道になれてない自分は車中泊を決意して店長へ許可を取るとバイトのAちゃんとBちゃんと水野も車中泊を希望した。

仕事を早じまいして徒歩で近くのコンビニで夕飯を買って各々の車で過ごす。とりあえず車は全員2階に停める事にした。プライベートを守りつつ何かあった場合すぐに助け合える距離を取る。もし何かあったらクラクションを鳴らして危険を知らせる決まりを作った。
夕飯を食べて外でタバコを吸っていると他のメンバーも出てきて世間話をする。
そして自分はあの男の話をした。

「人間と幽霊の恋愛かぁ。なんか複雑ですね」

「でも、ちょっとロマンチックでもありますね〜」

なんてAちゃんとBちゃんが会話をしている。
その瞬間、駐車場の蛍光灯が全て消えた。防犯の為タイマーで消灯するようになっているけど消えるにはまだ早い時間だ。何故消えたんだろう…
真っ暗な駐車場は気味が悪い。
これをきっかけに各々の車に戻る事にした。
とりあえずエンジンをかけてスマホを充電する。車の中から駐車場の外の通りを眺めてボーッとする。地元でこんなに雪が降るなんて珍しいので街灯に映る雪をただただジッと見ている。
タバコに火をつけて窓を開けると冷たい空気が顔を撫でる。
それと同時に何か聞こえた。誰かの声だ。エンジンを切ってそのまま耳を澄ます。

「うん…気に入ってもらえたならよかった。いいんだよ。気にしないで。無くしてしまったならまた買って来るから。うん…一緒に行こう」

こんな会話が聞こえてきた。
でも、おかしい。一人の男の声しか聞こえない。誰かが電話してるのか?いや、でも誰が?あれ?もしかして…あの男の声?車から降りて暗い駐車場に立ってもう一度耳を澄ます。すぐ上から聞こえる。自分が立っている場所のすぐ上は祠と石がある所だ。階段を上ってそっと3階の駐車場を覗いてみる。あの男が石に向かって話かけている。
怖くなりすぐに戻って水野の車まで行く。窓を叩いても反応しない。寝てしまったんだろうか?反応がないので諦めて自分の車に戻り毛布を被る。
すると男の声がすぐ近くで聞こえた。すぐそこをしゃべりながら歩いている。怖くなり毛布を掴んで縮こまる。声が聞こえなくなってからもう一度、水野の車の窓を叩きに行くが反応がない。
車のクラクションを鳴らすか?でも、危険が迫ってるわけでもない。クラクションを鳴らすのやめて自分は立体駐車場から出てみた。真っ白の雪道に足跡が続いている。それを追うことにしてみた。雪は小降りになっていて視界も見えやすくなっていた。足跡は裏道の方へ続いている。暫く足跡を追ったが途中でやめた。何故ならこの裏道は一本道で行き着く場所は橋だ。Aちゃんが言っていた話を思い出す。橋の上に和服の女の幽霊が出る噂話。
駐車場に戻る前に夕飯を買ったコンビニで温かいコーヒーを買って車に戻る。そしてコーヒーの蓋を開けた…。所までは覚えてるいる。水野に車の窓を叩かれて我に還る。もう朝だ。
あれ?寝てたのか?夢を見ていたのか?和服の女が何かを必死で探している姿を見た。
夢?いや、何かリアルに覚えている。
蓋が開いたままのコーヒーは冷めきっていて手つかずのままだ。

「おい。どうした?ボーッとして。」

水野が窓を叩きながら覗き込んでいた。

「あ…あぁ。おはよ。何か変な夢を見てたみたいだ。」

その日の店は営業をせずに従業員を集めて雪掻きをする事になった。
1時間くらいするとパトカーが駐車場に入ってきた。警察官が2人こっちにやって来る。

「すみません。今朝早くにすぐそこの橋の下で男性の死体が見つかりましてね。その男性の持ち物にこちらの店の会員カードがありまして。」

警察官には水野が対応した。

え?昨日のあの男だろうか?自分は何も悪くないけど何か嫌だな。昨日見た事を話すか?いや、変に疑われても面倒だ。何も見なかった事にしよう。
警察官はすぐに帰ってしまった。

「あの橋って和服の女の噂がある場所ですよ。これって幽霊に連れて行かれたとかですね?」

Aちゃんがはなしかけてきたけど
「なんか怖いな。」自分はそれだけ言ってその話には触れなかった。
とは言っても気にはなるので明日の休みを利用して近くにある資料館へ行ってみる事にした。
この町には歴史があるので資料館がある。

次の日、古い古民家の雰囲気を残したままの資料館へ入ると壁に白黒写真が掛けてある。この町の昔の写真だ。自分は祠と石の手がかりを探すがそのような写真は見つからない。
でも気になる写真を見つけた。
数枚の女性の写真が並んでいる。その中で何かを持っている女性。たぶん櫛だろう。何となくだが夢の中で何かを必死に探していた女に似ているような気がする。写真を見ていると60歳くらいの館長と名乗る女性が話しかけてきたので色々と聞いてみた。

「この女性達は飯盛女の方々です。宿泊した人に食事を盛る仕事ですね。他にも娼婦をやっていた人もいたらしいですよ。飯盛女の方々は口減らしで売られてきた人や身寄りのない人達だったそうです。すぐそこに川があるでしょ?そこに飯盛女のお墓があったそうですが後にお寺へ移されたそうです。お墓と言っても適当な大きさのただの石に小さく名前を彫っただけの物だったと言われています」

「あの、この人は何を持っているんですか?櫛ですか?」

「はい。櫛ですね。この人は凉さんって名前らしいですよ。凉さんはある男性から櫛を贈られ結婚するはずだったのに一緒に働いていた飯盛女の数人から虐めにあって櫛を取られてそれを苦に身投げしたと言われています。凉さんが身投げした後に数人が急死したそうですよ。先程、飯盛女のお墓をお寺に移したと言いましたが移動するとき凉さんのお墓だけ見つからなかったらしいです」

きっと同じお寺に行きたくなかったんだろうな。
違う写真を見てハッとする。
数人の飯盛女が写っている写真だがそこには凉さんはいない。真ん中で笑っている女…その女の手には櫛が握られている。そしてその女、Aちゃんにそっくりだ。この女が凉さんを虐めていたのだろうか?この女が持っている櫛は凉さんから取り上げた物だろうか?そう言えばAちゃんも櫛を見て「綺麗…」とうっとりしてた。

「あ、そうそう。私の前の館長の頃の話なんですが年配の男性が凉さんについて色々と聞いてきた人がいたらしいです。何でも夢に凉さんが出てきたとか。詳しくは私も聞いてないのでわかりませんけどね。あなたも凉さんの事を聞いてきたので思い出しました。まぁ、お綺麗な人ですから男性は惹かれるのかしらね」

色々な事が繋がってきて怖くなり資料館を出た。
次の日Aちゃんが仕事中に倒れた。すごい熱だ。とりあえず事務所のソファに寝かせてたときAちゃんのポケットから何かが落ちた。それは櫛だった。
櫛を拾い上げると急に腕を掴まれた。Aちゃんがものすごい力で腕を掴んでいる。

「あはははは!櫛は渡さない!私のだ!返せ!返せ!返せ!返さないならお前も連れてく!」

白目になったAちゃんが叫んでいる。水野と店長が必死でAちゃんを取り押さえる。
これって祟りか?

「おい!なんだこれ!Aちゃんしっかりしろ!」

水野が声をかけるがAちゃんはそのまま高笑いを続けて気を失った。

自分は櫛をすぐに祠へ返した。
Aちゃんの熱は1時間程で下がり意識もしっかりしている。櫛を返さなかったらどうなっていたんだろう?

雪の降ったあの日から1カ月くらいが過ぎた。あれから一応、祠に手を合わす事にしている。
今日も手を合わす。

「あの〜。この祠と石について聞きたいのですが」

振り返ると30代後半の男が立っていた?

「ああ、自分もよく知らないんですよ」

「そうですか。実は最近夢を見るんですよ。和服の女性と腕を歩いてる夢を。最初は昔の町並みを歩いてるのですが最後は何故か現代のこの場所に来て別れてしまう夢なんです。」

「不思議な夢ですね」

「夢の中のその女性の事を好きになってしまいまして。これから毎日会いに来ようと思っているんですよ」

男は優しい笑顔で祠と石を見つめ帰って行った。  

櫛を持ち去ったAちゃんがあんな事になったのは何となく理由がつく。だけど男の方は何が原因で取り憑かれてしまうのかわからない。
一人目の男と二人目の男の共通点は女の夢を見ている。
それが原因なのか?
だとしたら自分も一度夢を見たような…
いや、櫛を返して毎日手を合わせているんだ。何もない事を願う日々である。

 

得点

評価者

怖さ鋭さ新しさユーモアさ意外さ合計
毛利嵩志121215151266
大赤見ノヴ151515161576
吉田猛々161716161681
合計4344464743223