「因果相続」

投稿者:半分王

 

何かを相続するって事は、良い場合もあれば嬉しくない事もある。
例えば莫大な遺産や立地条件のいい物件に土地なんかだとありがたいが、辺鄙な場所にあって固定資産税ばかりかかる無駄な土地や借金なんか遺された日には目も当てられない。
そして時には形あるものばかりではなく、人の「想い」までも引き継がなければならない事もある。
それは愛だったり、恨みだったり、執着だったり、受け取るまでは想像もつかないものばかりだ。
俺の場合は、一体どれに当てはまるのかな。
聞いたあなた方で判断して欲しい。

俺は古いものが好きで、休みの日はいつもリサイクルショップばかり見て回っていた。
古いゲームカセットや年季の入ったラジカセ、時にはジャンク品の聞いた事もないブランドのギターを買う事もある。
その時々で買う物は違うが、欲しくなる基準はどれも自分の直感で決めていた。
別に霊感や第六感があるわけじゃないが、そうやってフラッと立ち寄った店で何気なく気になったものを買う事が多かった。
ほとんどがガラクタだったけど、中にはレアなゲームや掘り出し物のスニーカーなんかもあったりしてなかなか楽しい趣味だったと思う。

その日もいつも通り近場のリサイクルショップを見て回っていたが、その日はこれと言って気になるものに出会えなかった。
何かしら収穫が欲しかった俺は、その日は遠出して少し離れた地域を見て回る事にしたんだ。
リサイクルショップと言えば大体が有名な系列店で、地域が変わっても店舗自体は変わり映えはしなかった。
それでも一度も行った事のない店舗は新鮮でわくわくしたが、やはりその日は不発だったようでなかなか気になるものを見つけられない。
長距離を移動したせいか疲れていたのもあり諦めて帰ろうとしたが、ふとジャンク品コーナーが気になった。
ジャンク品コーナーとは、その名の通り店員が壊れて動かないと判断した商品たちでかなり安価で箱売りされていたりする。
普段はあまり気にならないが、その日はなぜかそっちがとても気になった。
収穫がないまま帰るのもなんだし見るだけ見てみるかと思い歩き出すが、そんな気持ちとは裏腹に俺の足は自然とそのコーナーのある一角に進んでいた。
ゲーム機のコントローラーやPCの配線が一緒くたになって詰め込まれている、中身の見えないコンテナボックス。
俺は迷わずそこに手を突っ込みガサガサと中を探ると何か掴み、それを取り出した。

「これだ…」

なんでそんな事を口走ったのかも覚えていない。
けれどその日、それを見つける為にここまで来たんだとその時は思った。

今から20年近く前、全盛期だったころのガラケーだった。
白い折り畳み式で、ジャラジャラと色んなストラップが付いている。
おそらく女性のものだろう。
もちろん電源ボタンを押してもなんの反応もない。
しかし、見るからにジャンク品のその携帯を手放す事ができない。
俺は同じコーナーにあった古い携帯の充電器を一本選び、携帯と一緒に購入する事にした。
レジに2つの商品を置くと、店員はまず充電器に貼ってあるバーコードをスキャンする。
青いコンテナのジャンク品は全て110円だ。
次に携帯を手に取り、少し確認した後に店員は訝しげな顔をした。

「すいませんお客様、こちらどのコーナーから持ってきた商品でしょうか?」

何でそんな事を聞くのかと思ったが、どうやらバーコードのシールが付いていなかったようだ。
俺が充電器と同じジャンクコーナーからですと答えると、少し不思議そうな顔をしていたが手打ちで110円と入力してくれた。

帰りの長距離運転も気にならないほど、俺の頭の中はこの携帯の事でいっぱいになっていた。
今まで色々な物を直感で購入してきたが、こんな事は初めてだった。
家に帰って、早速充電器に繋いでみる。
するとすぐに充電中を示す赤いランプが点いた。
どうやら携帯も充電器もちゃんと使えるようだ。
何年も電源が切れているので充電にも時間がかかるだろうと思い、待つ間に近くのコンビニへ夕飯を買いに行く事にした。
10分程の買い物を終えて帰宅すると、携帯の画面が点いていた。
俺はスマホ世代でガラケーの事を何も知らなかった。
だから充電が早すぎるとか、勝手に電源が入っていた事への違和感に気付けなかった。
やった、点いた!と当たりのジャンク品を引けた高揚感のまま携帯を手に取り画面を覗く。
待ち受けにはラブソングの歌詞と可愛いらしいキャラクターが抱き合って描かれている。
昔はこう言うのが流行っていたのだろうか。
元の持ち主のデータが残っている事がわかって、俺は何故この携帯に惹かれたのかを何となく察していた。
多分だけど、この携帯の持ち主が何か伝えたい事があるんじゃないかと俺は思った。
ガラケーは初めて扱うので操作に苦戦したが、まずは画像のフォルダを開いてみる。
そこには粗い画質だが綺麗な女性の自撮りが何枚かあった。
おそらくこの携帯を使っていた当時なので20年近く前の写真だろう。
20代前半くらいに見えるが、メイクの感じや髪型が今の流行りとは違うので正確にはわからない。
それでも充分に綺麗な女性のその写真に、俺は違和感を覚えていた。
しかし、どこがおかしいのかはハッキリとはわからない。
とりあえず写真を全て見終えたので、悪いとは思ったが次はメールを見る事にした。
さすがに個人情報を覗くのは罪悪感があったが、何故か俺の手は止まらなかった。
知りたい。
この携帯の持ち主の事が知りたくて仕方がなかった。
それは興味や好奇心ではなく、知らなくてはいけないと言う強迫観念のようなものだったと思う。

メールフォルダを開くと俺は固まった。
受信ボックスが同じ名前で埋め尽くされていたからだ。
内容も金銭の要求や、他の女性との関係を匂わせたと思えばお前だけだと擦り寄ってくる典型的なクズ男そのものだ。
その中でも特に最低なものが
「腹の子を堕ろせ」
と言うものだった。
嫌悪感と吐き気を堪え、このメールを送った男の写真がないかともう一度画像フォルダを見返した。
そこで俺は最初に写真を見ていた時に感じた違和感に気付いてしまった。
たまにあるピースサインなどで手元が写っている写真をよく見ると、手首に何本ものリストカットの跡があった。
恋人なのかなんなのか知らないが、間違いなくこの女性はメールの男のせいで苦しんでいた。
そしてメールフォルダにあったその男の名前は、俺の父親だった。

男の写真は見当たらなかったが、このメールの内容とフルネームで漢字まで同じなので俺の父親に間違いないと確信していた。

俺は物心ついた時にはもう父親と父方の祖母と3人で暮らしていた。
父親は女遊びがひどく金遣いも荒い、おまけに誰にでも暴力をふるうとんでもないクズ人間だった。
そのせいで母親も俺を置いて逃げてしまい、祖母がいなければ今の俺はなかったと断言できる。
そんな祖母も度重なる息子からの暴力や暴言に耐えられず体を壊してしまい、俺が高2の時に他界した。
それから高校卒業までの1年間はまさに地獄で、何度自殺を考えたか覚えていないくらい追い詰められていた。
卒業を機に実家のある関東から離れ、東北地方で今の仕事に就いた。
もちろん父親には何も言わず家を出たし、今の住所や連絡先も教えてはいない。
完全に縁を切って嫌な記憶に蓋をしていたのに、数年経ってこんな形で思い出す事になるなんて…
あれだけ大量にあるジャンク品の中からこの携帯を見つけた事は、悪い意味で直感は正しかったようだ。
この女性は、息子である俺に父親に苦しめられた自分の辛さをわかって欲しかったんだろうか?
この女性の事は初めて見たし、今何をしているかなんて知りようもなかったが、せめて今は奴から解放されて穏やかに暮らしていて欲しいと思った。
そしてこの携帯はもう見ないようにしようと、来週にある燃えないゴミの日に捨てる事にした。

翌日目が覚めると、なんだか頭がスッキリしない。
夢の中でテレビ番組の懐かしヒットソング!みたいなのを見ていた気がするが、どんな曲が流れていたかは覚えていない。
まぁ夢なんてこんな物だろうと起き上がるが、なんだか食欲もない。
昨日あんな形で嫌な事を思い出したせいだろうと思い、コーヒーだけ飲んでその日は出社した。

それから1週間、よく眠れてるはずなのに気だるい日が続いた。
妙な事に、ずっと同じ夢を見ている。
夢の中では毎日同じ懐かしいヒットソングが流れている。
世代じゃないのでちゃんと聴いた事はないが、2000年代にミリオンヒットを連発した女性歌手を代表するラブソングなので知ってはいた。
いい曲なのに、その夢を見るようになってから目覚めが非常に悪かった。
食欲も湧かず身だしなみを整える気力もなく、髭を剃るのも億劫で金曜日にはついに上司に注意を受けてしまった。
なんだか心身ともに疲れ切ってしまい食欲もないので、次の日は休みという事もあり遅くまで外で呑むことにした。

ほとんど何も食べずに呑み続けていたので、久しぶりに悪酔いしてしまった。
フラフラしながらもなんとかアパートまで辿り着き階段を上がると、妙な事に気付く。
聴き覚えのある曲がどこかから聞こえて来る。
よろけて転びそうになりながら急いで階段を上がりきると、その曲はさらにはっきりと聞こえるようになった。
夢の中で聴き続けている、あの曲。
それは俺の部屋の中から聞こえる。
恐る恐るドアを開けると、ピタッと曲は止まり部屋は深夜の静寂に包まれている。

酔っ払ってるせいで夢と現実がごっちゃになってるのかと無理やり納得し部屋に入ると、違和感に気付いた。
真っ暗な部屋の中、隅の方で何かが小さく光っている。
何だろうと思い近づくと、あの携帯だった。
しかし日曜に中身を確認した時から充電していないので、電源は切れているはずだ。
何かおかしいと思いつつそれを手に取ると、更なる違和感に気づく。
小さく光る背面ディスプレイに、

「伝言メモあり」

と表示されているのだ。
どう言う事だ?
つまり、さっきまで聞こえていた曲はこの携帯の着信音だったと言う事か?
そこで気が付いた。
この1週間夢の中で聞かされ続け、さっきも聞こえていたあの曲。
それは、この携帯の待ち受け画面の歌詞の曲だった。

ありえない。
ガラケー自体もう回線が終了していて使えないはずだし、なによりただのジャンク品がまだ契約している訳がない。
電波表示も圏外のままだ。
それなのにこの携帯には、電話がかかってきた証拠がしっかりと残っている。
俺はその伝言メモを聞くべきかどうか迷っていた。
すると突然、

♪〜

手に持った携帯から着信音、確か着うたとか言うやつだったか?それが鳴り響いた。
先程も聞こえ、ずっと夢で聞いていたあの曲。
間違いなく着信を受けている。
俺はダラダラと流れる嫌な汗を拭う事もせず、手の中の携帯を見つめていた。
きっと毎日毎日、深夜にこの携帯は鳴っていた。
それが同じ夢を見続けた事と、この1週間の寝不足のような気怠さの正体だったと気付いてしまった。
鳴り止まない携帯に、見たくはないと思いながらも俺の手は勝手に携帯を開いていた。

「うわぁ!」

俺は携帯を放り投げた。
開いた画面いっぱいに、あの女性の顔が映し出されていたのだ。
金縛りに合ったように硬直していると、何度目かのサビのループの後着信は止んだ。
心臓が全力疾走した直後のようにドクドクと鳴っている。
しーんと静まり返った室内に聞こえるのは自分の心臓の音だけだ。
何分そうして固まっていたかはわからないが、やっと動けるようになった俺は携帯を拾い上げた。
この携帯が俺の元へ来たのは何か理由があるんだ。
このままほっておく訳にもいかなかった。
俺は、1番最初の伝言メモから聞いてみる事にした。

「…コウイチさん。
会いたい」

全身の毛が総毛立った。
父親に対するメッセージだと、すぐにわかった。

「今、どこにいるの?」

「なぜ会いに来てくれないの」

「私が何か悪い事をした?」

「ごめんなさい、許して」

「お金はもうないの…
前に貸した分もまだ返してもらってないし」

「殴らないで…
蹴らないで…
お願い」

そう言った内容のメッセージが延々と録音されていて、まるで自分が責められているような気分になる。
息子である俺にこれを聞かせてどうしたいと言うのか。
確かにかわいそうだし同情はするが、俺には何の関係もない話だ。
あんなクズのせいで、なんで俺がこんな目に遭わなければならないのか。
今の理不尽な状況に怒りさえ感じていたが、最後のメッセージで俺は凍りついた。

「お腹の子は堕ろせません。
だから私が死にます。
あなたの為に死にます。

あなたのために、しにました。」

聞き終わると同時に画面いっぱいに女性の顔が映し出され、こう言った。

あのひとにあわせて

目が覚めると、昼の11時を回ったところだった。
俺はあの後気絶したらしい。
俺はよろよろと起き上がり、冷蔵庫からペットボトルの水を取り出し一気に飲み干した。
二日酔いのせいか頭痛も吐き気もあるが、俺は着替えて出かける事にした。
会わせてあげないといけない。
責任を取らせないといけない。
同じ人間に苦しめられた者として、そしてその息子として彼女の為に何かしてあげないといけないと思った。
俺は久しく忘れていた自宅の住所を調べ、レンタカーを借りて実家へと向かった。

普段あまり運転をしない為何度も休憩を取ったせいで、目的地についた時には辺りは薄暗くなっていた。
嫌な思い出しかない、2度と戻るつもりのなかった実家は変わらずにそこにあった。
父親の車はある。
どこへ行くにも車を使う人だったので、今は家にいるようだ。
怒りと使命感のようなものでここまで来たが、いざ父親と会うとなると俺は体が動かなくなった。
憎いし恨んでいるが、小さい頃からのすり込みで恐怖が湧き上がってくる。
単純に会うのが怖かった。
玄関の前で固まっていると、ポケットの携帯が震える。
メロディこそ流れないが、彼女が急かしているのがわかった。
ここに来るのは、これが最後。
彼女の想いだけを届けたらもう2度と会う事はない。
そう自分に言い聞かせて、俺は意を決して玄関の引き戸を開けた。

玄関でもわかるくらいの生ごみとアルコールの匂い。
俺の小さい頃から色々な女性を家に上げて身の回りの事をやらせていたが、この散らかりようだとしばらく誰も来ていないようだった。
自業自得だと思いながら居間へ向かうが、廊下もゴミ袋や酒の空き缶で足の踏み場もない。
居間にも奴の姿は無く、テーブルには借金や固定資産税の督促の手紙が散乱していた。
祖母の遺産を食いつぶし、受け継いだ家さえまともに管理してしていないのか。
チラッと見えた借金の額も相当なもので、家族だからとこんなものが飛び火してきたら堪らないと思い、ますます嫌気がさしてきた。
居間と繋がる寝室にも人の気配はなく、残りは応接間と風呂場だけだ。
廊下に出て1番奥にある応接間を目指すが、途中の洗面所の少し開いたドアから灯りが漏れている。
なんだ風呂か…そう思いドアと開けると、今までとは比べ物にならない悪臭が俺を襲った。
ごみやアルコールの匂いで気付かなかったが、これは間違いなく腐敗臭だ。
俺は吐き気を必死に堪え、浴室のガラス戸を開いた。

「うっ…」

一段と強烈な悪臭と、大量のハエが飛び出してくる。
奴がどうなっているかは見なくてもわかる。
と言うか、見たくもなかった。
しかしここまで来て確認しない訳にもいかない。
口元を抑え薄目で浴室内を見渡すと、浴槽の中に何かぶよぶよしたものが沈んでいるのがわかった。
髪の毛のようなものだけが表面に浮かんでいる。
湯船で死んだのか。
ヒートショックと言うやつだろうか?と思っていると床に睡眠導入剤の瓶が転がっていた。
中身は空だ。
たくさんの人を踏みつけにして生きてきた末路がこれか。
誰にも相手にされなくなり、借金も返せないほどに膨らみ、全てに絶望し自ら死を選んだ。
悲しみも、怒りも、同情の気持ちも何も浮かばなかった。
俺は他人事のようにその肉の塊を見つめながら虚空に向かって呟いた。

「ごめんなさい。
貴女を苦しめ続けた男は勝手に死にました。
本当に自分勝手で無様な死に様だと思います。
貴女のつらい想いをこの男に思い知らせる事はもうできません。
この惨めな死に様で納得して、どうか貴女もこの因果から解放されてください」

何も考えずに出た言葉だった。
きっと彼女はここでこの状況を見ているはずだと思ったら、言わずにはいられなかった。
俺も彼女も、もうこの男から解放されていいんだと思ったから。
伝わったかどうかはわからないが、これ以上俺にできる事はない。
一応血の繋がった肉親の死を確認してしまった以上、これから色々な手続きもあるだろう。
それらの事を考えると億劫になるが、とにかく今はこの異常な現場から早く立ち去りたかった。
振り向いて浴室を出ようとした、その時。

俺は見てしまった。
浴室の空いたガラス戸の正面に見える洗面台の鏡、そこに映る俺の後ろに何かいる。
しゃがんで浴槽の中を覗き込む、ひと昔前の少し古い服装の明るい髪色の女性だった。
俺は鏡から目を離せない。
振り返る事が、できない。

ゆるせない…

女が呟く。

ゆるせない…
おまえのためにしんだのに…
おまえのせいで、しんだのに…
ゆるせない…

女の吐く呪いの言葉に俺は金縛りにあったように動けない。
ただ見つめる事しかできずにいると、ゆっくりと立ち上がり俺の背後にぴたっと張り付いて耳元で囁く。

ゆるせない…
あわせるっていったのに…
ゆるせない…

女の両手が俺の首に回る。
俺は歯をガチガチと鳴らしながら、涙を流していた。
殺されるんだ。
俺は関係ないのに。
理不尽だと思いながらも、この女に抵抗する事ができない。
全てを諦め、俺はぎゅっと目を瞑った。

すぐに殺されるかと思ったが、首に回した手には力を感じない。
それでも動けずにただじっとしていると、手がするりと離れる感触があった。
恐る恐る目を開くと、目を見開いている女と目が合った。

コウイチさん…

「えっ?」

女は俺を父親の名前で呼んだ。
意味がわからない。

コウイチさん…

もう一度名前を呼ばれて、はっとする。
鏡に映る、俺の顔。
げっそりとこけた頬。
伸びた無精髭。
普段はセットするが、面倒で後ろで束ねた髪。
憎くて怖くて仕方なかった、あの頃の父親そのものだった。

コウイチさん…
そこにいたのね…

違う。
俺はあいつじゃない。

コウイチさん…

やめてくれ。
俺はコウイチじゃない!

コウイチさん…

声を上げることもできずに、後ろから女に抱きしめられる。
俺はそこから愛情や憎悪、それらをぐちゃぐちゃに混ぜたヘドロのようなものを身体中に流し込まれるのを感じていた。
どんどん目の前が真っ暗になって、俺は深い深い意識の沼に沈んでいった。

気がつくとそこは病院だった。
すぐに看護師や医師がやってきて色々調べられたが、特に体に異常は無いようだった。
とにかくずっと眠り続けていたらしい。
連絡を受けたのか同じ社宅のアパートに住む上司が見舞いに来てくれて、今の状況を説明してくれた。
レンタカーの会社が車の返却がない事を不審に思い、車のGPSを追跡して俺の実家まで警察と一緒に来たらしい。
そこで浴槽内に沈む父親の遺体と、洗面所で気を失っている俺を発見してくれたそうだ。
現場が現場なので俺の所にも意識が戻り次第事情を聞きにやってくるとの事だった。
それと実家のある地域の役所の方からも連絡が来ていて、自宅や借金の相続についての手続きの話もしなきゃならないらしい。
ひとしきり説明し終わると、しばらくゆっくり休めと言い上司は帰って行った。

俺は病室の天井を眺めながら考えていた。
嫌な思い出しかない実家や、莫大な借金。
これらは相続の放棄をするつもりだ。
そうすれば俺は多額の借金も、滞納された固定資産税も受け継がずに済む。
しかし、放棄できない物も受け取ってしまっていた。
それは、父親に対する彼女の想いだ。
あの日俺に流れ込んできた感覚。
それは苦しみや憎しみ、恐れとたくさんの感情だったが、根底にある一番大きなものはコウイチと一緒にいたいと言う純粋な想いだった。
俺にはこれを放棄する事なんてできない。

ノックの音がして、2人の男性が病室に入って来る。
どうやら刑事のようだ。

「目覚めたばかりですみません、今回のお父さんを見つけた状況について2、3お聞きしたいのですが…。
いや、固くならんでください。
死亡推定時刻と状況的におそらく自殺だろうと思います。
聴取は形式的なものですよ」

俺は自分が疑われるんじゃないかと思っていたので、少しだけ緊張が緩んだ。

「それじゃあね…。
まずはお名前から伺おうかな。
○○カズキさん、で間違いないかな?」

刑事の言葉に、俺は軽く首を振った。
そして、ずっと俺の枕元に佇んでいる彼女の方に目を向けながら答えた。

「俺の名前は、○○コウイチです」

 

得点

評価者

怖さ鋭さ新しさユーモアさ意外さ合計
毛利嵩志151515121269
大赤見ノヴ161615151678
吉田猛々171717171785
合計4848474445232