私は初めて訪れる山間の村へと車を走らせていた。
運転する車から見える景色は、次第に人の住む痕跡を失っていった。それでも私は、車をアスファルトで舗装された山道の先へ進めた。
やがて、ガードレールの両脇は、雑木林と岩肌だけが占めるようになった。
私がこんな山中の村――集落にまで来ている理由。
それは、遠い親戚であるヤマシタさんが亡くなり、この地の相続手続きのためだった。
私は遺言執行者に指名されており、弁護士から家の鍵と必要書類を預かっていた。
曲がりくねった山道を抜け、やがて村の入り口に差し掛かった。
車のナビは現在地が田舎過ぎて、もはや意味をなしていなかった。
しかし間違いなく、この先に目的の家があるはずだった。
村に入ってから、ゆっくりと車を進めると、広い場所に行き当たる。
これ以上、車での侵入は不可能だ、というところまで私は車で進んだ。
そして、適当な場所に車を駐車した。
車から降りる。
そこは耳を圧迫するような静寂が周囲を支配していた。
周囲には家々は点在するものの、人の気配は皆無だった。
窓には埃が厚く堆積し、庭は腰丈ほどの雑草に覆われていた。
集落全体に不自然な沈黙が広がっていた。スマートフォンを確認すると、想像通り電波は届いていない。
文字通り、現代文明から完全に切り離されたような場所だった。
「ここまで過疎化が進んでいるとは…。」
独り言は冷たい空気の中で音もなく消えていった。声を発したことで、逆に周囲の静けさが際立った。
人っ子一人いないように見えた。
ただ、こうなることを見越して、私は事前に印刷してきた詳細な地図を持ち込んでいた。
それを頼りにヤマシタさんの家を探した。
村の奥、小高い場所に建つ古めかしい二階建て住宅が目的地のようだった。
古びた表札には『ヤマシタ』の表札がかろうじて読み取れる。
周囲の集落と同様に、その庭は長い間放置されたように荒れ、雑草が膝の高さまで伸び放題だった。
弁護士から預かった鍵を取り出し、玄関を開けようとする。
だが、ドアはわずかに押しただけで開いてしまった。鍵はかかっていなかった。
「ヤマシタさん?どなたかいらっしゃいますか?」
返事はない。
声は廊下の先へと吸い込まれていく。床には薄い埃が積もり、足跡がついていなかった。
家の中は薄暗く、カビ臭い匂いと何か別の鉄錆のような臭いが鼻をつく。
居間にはチラシが広げられ、テーブルの上には半分ほどの水が入ったコップがある。
まるで、人が突然消えてしまったかのような光景だった。
弁護士から聞いた話では、ヤマシタさんは数ヶ月前に亡くなったはずだった。
しかし、不思議なことに、家の様子は彼がつい最近まで生活していた雰囲気だった。
この無人の村で?
強烈な違和感を感じた。
しかし、私は、相続の手続きに必要な書類を探すという本来の目的に立ち返ることにした。
部屋を一歩一歩を進んだ。
確かに、この家は古いが荒れ果てているわけではなかった。
むしろ、日常生活の痕跡がそのまま残されている。それが余計に不気味さを助長していた。
台所のテーブルには、書きかけのメモ用紙がある。
行政からの通知書の裏紙に、急いだような走り書きがある。『村の集会、必ず参加』という文字の下に、日付と場所が記されていた。
日付は二週間前のものだ。
…集会?この誰もいない村で?
やはり不思議に思ったが、ここでどう考えても埒が明かない。
そのまま、居間へと進んだ。
すると、そこには普通なら仏壇があるはずの場所に、奇妙な構造物が設置されていた。
それは衣類用のハンガーラックのようなものだが、明らかに通常の用途とは異なる使われ方をしていた。
金属製のハンガーには古びた服がいくつか掛けられ、上部にはかつらが載せられている。まるで人の形を模しているかのようだった。
服は丁寧に掛けられており、かつらは女性のもののようだ。
その『人型』の前には、仏具のような配置で、線香立てや供物台が置かれている。
しかし、それらの上に置かれているのは通常の供物ではなく、奇妙な形の小さな金属片や、乾いた赤茶色の布切れだった。
金属片をよく見ると、表面に何かの文字らしきものが刻まれている。
居間には色あせた写真が飾られていた。おそらくヤマシタさんの家族だろう。
その写真には、『人型』と同じような装いをした女性の姿が写っていた。
不思議に思い、写真を手に取ってみた。
裏には日付と『母』という文字が記されていた。
その意味は、よく理解できない。
もしかしたら、この集落の風習だろうか?
そう思うことにして、私はそれを元に戻すほかになかった。
気味が悪い、と感じたこともあり、私はその部屋からそそくさと出た。
二階へと上がることにした。
階段は一段ごとに軋む音を発した。ただ、そこが抜けるようなことはなかった。
上り終えると、二階の廊下は狭く、三つほどの部屋が並んでいた。
最初の部屋はおそらく寝室らしき部屋だった。
布団は畳まれておらず、着替えの途中で時が止まったような状態だ。
上着が床に落ち、引き出しが半開きになっている。
取り立ててみることもなかった。
二つ目の部屋は書斎のようだった。
本棚には書物というには古めかしい、おそらく地方史料が整然と並んでいた。
机の上には広げられた地図と、赤いペンで書かれた円や記号があった。
それは村の地図で、中心部に大きく円が描かれ、そこから放射状に線が広がっていた。
まるで何かの陣形を書いているかのように見えた。
私は最後の部屋に進んだ。
その三つ目の部屋のドアを開けると、私は目を見張った。
部屋全体が赤と白の装飾で彩られていた。
紅白の幕や飾り紐が壁や床に張り巡られている。
一見すると、何かのお祝い事のための準備がされたかのようだ。
ただ、床には奇妙な文字や記号が赤い染料で描かれていた。
その文字は私の知る言語ではないように見えた。
そして、部屋の中央には、金属の枠組みで作られた人型の構造物が鎮座していた。
それは人間くらいの大きさで、金網のような素材で組まれている。
遠目では何かの展示用マネキンのようにも見えたが、近づくと明らかに異質なものだとわかった。
金属の骨組みは、人の体の比率とは明らかに異なっていた。
腕のようなパーツは四本あり、頭部は横に長い。その表面全体に、細かい金属片のような物が無数に取り付けられていた。
光を受けて無数の点となって輝いていた。
構造物の周りには、奇妙な形の石、乾いた赤茶色の布切れ、小さな金属の欠片などが、何かのパターンで配置されていた。
円や三角形、直線が床に描かれ、その上に物が置かれている。明らかに何かを意図したような配置だった。
部屋の中心にあるこの金属構造物を前にして、私は本能的な嫌悪感と恐怖を覚えた。
これらは明らかに何かの儀式のためのものに見えた。しかし、私の知っている、いかなる宗教的なものと異なっていた。
異様な光景に戸惑いながらも、書類を探すという本来の目的を思い出した。
急いで部屋を出て、一階に戻った。
居間の引き出しを開けると、いくつかの書類が見つかった。相続に関する書類もあり、確かにヤマシタという名前も記されていた。
そんなことをしていると、夕暮れから夜へと切り替わりつつあり、外は暗くなっていた。
窓の外を見ると、辺りは急速に闇に包まれつつあった。
村を出るべきか、この家に一泊するか迷う。しかし、暗くなった山道を下るのは危険だ。
遺言執行者として、家の中にある重要書類をすべて確認する義務もある。
仕方なく、この家で一夜を過ごすことにした。
夕食は持参してきたもので済ませた。
この家の蛇口から出る水は赤茶けていて、いくら流しても透明ならなかった。
シャワーすら浴びることは叶わない。
ただ、不幸中の幸い、というもので水と食料は持ってきたものがあった。
簡単な夕食をとった。
そんな中で夜が更け、家の中はより一層静まり返った。
外は月明かりもなく、深い闇に覆われている。
窓から外を見ても、村の灯りは一つも見えない。完全な暗闇だ。
疲れていたので、一階の客間らしき部屋で横になった。
しかし、この家の不気味な雰囲気と村の異様な静けさが脳裏から離れず、なかなか眠れない。
常に手元にはスマホと車のキーを置いていた。
何度も寝返りを打ち、天井を見つめながら時間が過ぎていく。
いつの間にか意識が遠のいていったのだろう。
気が付いたときには、私の意識は眠りに落ちていた。
ただ、ふと、何かに追われるような感覚で目を覚ました。
いや、それよりも目を開け、周囲を確認して愕然とした。
私は一階の客間ではなく、二階の部屋にいたのだ。
しかも、あの紅白の装飾が施された儀式の部屋だった。
どうやってここに来たのか、まったく記憶がない。自分で歩いてきたのか、それとも誰かに…いや、何かに連れてこられたのか。
暗闇の中で目が慣れて、金属の人型構造物が見えた。
月明かりもない暗闇の中で、うっすらと輝いているように見えた。
私は混乱と恐怖に駆られ、部屋を飛び出した。
どこに行くという明確な意識もなく、ただその場から逃げ出すように廊下に出た。
一瞬の判断で、隣の書斎に飛び込んだ。
なぜ自分がそこにいたのか、体には無意識の間に動いた形跡はあるのか、混乱した頭で考えようとしたが、考えはまとまらなかった。
そのとき、外から微かな音が聞こえた。
それは遠くから近づいてくるような、何かが動いている音だった。
規則的ではなく、不規則なリズムを刻んでいる。
窓から外を見ようとするが、暗すぎて何も見えない。
スマホを手に取り、ライトをつける。窓に向けて照らしてみた。
その瞬間、血液が凍るのを感じた。
光の届く範囲の先、道路の上に何かがいた。
それは人の形をしているようで、しかし明らかに人ではない何か。背が高すぎる。手足の比率がおかしい気がする。
そして何より、その動きが不自然だった。まるで水中にいるかのように、ゆっくりと揺れながら進んでくる。
恐怖で全身が強張る。その『何か』は家に向かって近づいていた。
スマホの光が届かなくなり、姿が見えなくなった。しかし、足音らしきものは確実に家の方へと近づいている。
それは人間の足音ではなく、重い物が引きずられるような音と、何かが軽く地面を叩くような音が混ざっていた。
反射的にカーテンを閉め、部屋の奥へと後退した。
そのとき、階下から、玄関のドアがゆっくりと開く音がした。軋む音が長く引き伸ばされ、まるで音そのものが苦しんでいるかのようだった。
誰かが――いや、何かが家に入ってきたのだ。出入りの際にドアを閉めただけで、鍵をかけていなかったことを思い出した。
逃げ道は塞がれた。
二階からは逃げられない。強い恐怖が全身を支配した。
私は部屋の隅へと体を押し付け、存在を消すように呼吸を抑えた。
階下からは、廊下を進む音が聞こえてくる。それは人の足音ではなかった。
重い何かが引きずられる音と、床を叩く乾いた音が不規則に混ざり合っている。
時に完全に止まり、まるで家の気配を探るかのように静寂が広がり、そして突然また動き出す。
その不規則な音が階段に到達した。一段、また一段と上がってくる音に合わせて、私の恐怖も増していく。
階段を上る度に木材が悲鳴を上げ、その音が二階の廊下まで響き渡った。逃げなければ。
でも、どこへ?
窓から飛び降りれば骨折は免れない。
かといって廊下に出れば、あの何かと鉢合わせになる。
『何か』の気配が廊下に到達し、各部屋を順に調べているようだった。
ドアが開く音、物が動かされる音、そして再び廊下に戻る足音。
それが次第に私のいる書斎に近づいてくる。
部屋の中を見回し、隠れる場所を探す。
机の下?いや、あまりにも簡単に見つかってしまう。
窓の外へ?高すぎる。
クローゼット?他に選択肢はない。
私は足を引きずるようにしてクローゼットに向かい、その狭い空間に体を押し込んだ。
狭いクローゼットの空間でおのずと私の進退は固定された。
そして、目の前にはちょうど、薄く開いているドアの隙間があった。
そこからはクローゼットから外――部屋の様子が伺えた。
廊下の足音が書斎の前で止まった。
ドアノブが回る音。ゆっくりと開くドア。部屋に入ってくる『何か』の気配。
クローゼットの中で、私は身動きをすることをやめて、一切の音を立てないようにした。
呼吸音すら抑えて、部屋の様子をわずかな隙間から見る。
そのわずかな隙間から、書斎に入ってきた『それ』を見た瞬間、これまでの常識が崩壊するのを感じた。
それは人の形をしていたが、明らかに人ではなかった。
長すぎる手足、不自然に曲がった関節、そして顔のあるべき場所にあるものはない。
『それ』は部屋の中を動き回っていた。
机の上の書類、本棚の本、そして窓辺に置かれた私の持ち物。まるで私の痕跡を探しているかのように見えた。
そして突然、『それ』は動きを止めた。
部屋の中央に立ち、頭らしきものをゆっくりとクローゼットの方へ向けた。
発見された、という確信が全身を冷たくした。
しかし、その時、階下から何か別の音が聞こえた。
『それ』は頭を音の方へ向け、数秒間動かなかった。
そして、急いで部屋を出ていった。廊下を走る不規則な足音。階段を下りる重い音。
沈黙が訪れた。部屋には私の荒い呼吸だけが響いていた。
恐怖のあまり、時間の経過が長く感じられた。
ようやく足音が完全に消えたと確信して、恐る恐るクローゼットから出た。
このままではいけない。今のうちに逃げなければ。私は勇気を振り絞って部屋を出た。
廊下は空っぽだった。
階段へと近づき、下を見ると、一階も静まり返っていた。
一歩ずつ、階段を下りる。
あらゆる感覚が研ぎ澄まされ、最小の音も脳に強く響く。
木の軋み、外の風の音が聞こえた。
なんとか一階まで辿り着き、玄関へと向かった。
その時、二階から何かが落ちるような大きな音がした。
直後、何かが階段を猛スピードで降りてくる音。
それは人間離れした速さで、まるで壁を這うように移動しているかのようだった。
恐怖に駆られた私は、玄関へと駆け出した。ドアに手をかけ、外へと飛び出す。
後ろから迫る『それ』の気配を背中に感じながら。
ようやく外に出ると、村全体が異様な雰囲気に包まれていることに気がついた。
月明かりはないはずなのに、村は微かに赤みがかった光に照らされていた。
その光の源を探すと、村の中心部から発しているようだった。
そして、その光の中、村の道路上には複数の人影のようなものが動いていた。
それらは全て、先ほど見たのと同じような姿をしている。
人のような、しかし人ではない何か。細長い手足、不自然な頭部、そして何より、その動きが異質だった。
それらは皆、村の中心部へと向かって移動しているようだ。
背後から、家の玄関が開く音がした。振り返る勇気はなかった。
急いで車に乗り込み、エンジンをかける。
手が落ち着かず、キーを回す時間がもどかしく感じた。
やがて、車のエンジンがかかり、ヘッドライトを頼りに、村を出る道へと車を走らせた。
しかし、道の途中、前方には異様な光景が広がっていた。
村の中心部、広場のような場所で、それらの『何か』が円を描くように立っていた。
その中央には、大きな金属の構造物が設えられていた。それは家で見た金属の人型の巨大版のようだった。
金属の骨組みはより複雑に、より不自然に組まれており、その表面にはおびただしい数の金属片が取り付けられている。
それらが赤い光を反射して、不気味な光景を作り出していた。
周囲の広場は紅白の飾りで装飾され、一見すると何かのお祭りのようにも見える。
しかし、その配置は明らかにおかしい。
紅白の帯が取り囲むかのように、いや、何かの儀式のように配置されていて、遠くからは赤と白の海のように見えた。
しかし、この道はその広場を横切っている。
仕方なく、私は車を進めるほかになかった。
広場の端まで来ると、その光景がより鮮明に見えていった。
金属構造物の前には何かが横たえられている。
人の形をしたものだった。
しかし、それが生きているのか、人形なのか、判別できない。
構造物の周りに立つそれらの姿は、光を受けてより不気味に見える。
顔のあるべき場所には特徴がなく、まるで抽象画のように曖昧な形だけがある。そして、それらは一斉に両手を上げ、何かを唱えるような動きをしている。
低い唸りのような音が集団から発せられ、それが次第に高くなっていく。
しかし、その瞬間、それらの一つが突然こちらを向いた。頭部がゆっくりと回転し、明らかに私を見つめていた。
その『視線』を感じた途端、全身が氷のように冷たくなった。
その『何か』は私を見て、ゆっくりと手を伸ばした。
その手は異様に長く、関節が増えたようにも見える。
手と足が不自然に長く、蜘蛛の脚のように動いていた。
他のものたちも次々と私の方を向き、全ての注目が私に集まる。
それらの『視線』は、まるで私を縛り付けているかのようだった。
田舎の道で闇に満ちた中、前方はヘッドライトだけ。
これ以上の速度を出すのは危険だとは承知で、私はさらにアクセルをふかせた。
一気に広場の横を駆け抜けていく。不気味な光景は遠ざかっていく。
ただ、バックミラーには、それらが不自然な速さで追いかけてくる姿が映っていた。
ある者は四足で獣のように走り、ある者は長い手足を使って蜘蛛のように移動していた。
私の運転する車は猛スピードで村の出口へと向かった。
出口に近づくと、道路に何かの障害物が置かれていることに気づいた。
それはハンガーに服を掛け、かつらを載せたあの『人型』だった。
ただ、家にあった模造品の『人型』よりも一回りくらい大きく見えて、その材質の金属などはハンガーなどではないように見えた。
しかし、遠くから追いかけてくるそれらの姿を考えると、止まるわけにはいかない。
『人型』に向かって車を加速させた。
衝突の瞬間、何か頭の中で異質な音が鳴り響いたような気がした。
強い衝撃と共に『人型』は吹き飛び、車は一瞬不安定になったが、なんとか制御を取り戻した。
バックミラーを見ると、『人型』の残骸が道路に散らばり、それらの周りに『何か』が集まっていた。
あたかも自分たちの大切なものが破壊されたことに混乱しているかのようだった。
その隙に、私は車を最高速度まで加速させた。山道を猛スピードで下り、カーブを曲がるたびに強い遠心力を感じた。
ただそこまでしても、バックミラーには、何かがもうスピードで追跡してくる姿が見えた。
しかし、それも徐々に距離が開いていった。
何度かのカーブを曲がり、ようやく村の境界を示す古い石碑を通過した。
気がつくと、追ってくるものたちの姿はもう見えなくなっていた。あたかも村の境界線を越えられないと、勝手に私は解釈した。
ただそれでも私は、車のアクセルを緩めなかった。
山を下っていくと、やがて国道へと出た。
そこで初めて、路肩に車を止めた。
確認すると車体のフロントバンパーとボンネットには、何かに衝突した明らかな痕跡が残っていた。
翌日、私はこの出来事を警察に報告した。しかし、真剣に取り合ってはもらえなかった。
対応した警官には「鹿かタヌキでも跳ねたんじゃないか」と言われ、それ以上話は進まなかった。
それでも、車両事故として一応の処理をするため、後日、警察が村の調査に向かったという。
調査に行った警官からの電話によれば、あの村は完全に無人で、かなり前から荒れ果てた廃村になっている様子だったとのこと。
私が話していたヤマシタさんの家も確認してくれたみたいだが、建物はすでに崩れ落ちていて、中に入ることすらできなかったという。
あの村で何が起きていたのか、完全には理解できなかった。
しかし、私なりの推測はある。あの村の人々は何かを崇め、そして何かを呼び寄せようとしていたのではないだろうか?
私があの村に着いたとき、まったく人がいなかった。
しかし、つい最近まで人がいた痕跡はあちこちにあった。そして、あの夜――あの村の広場では、まるでカルトのような集団が、異世界の存在を召喚する儀式を行っていた。
ハンガーを使った『人型』、金属の構造物、紅白の装飾、そして奇妙な文字―それらは全て、その目的のためのものだったのかもしれない。
ただ、一つだけいえることは、私は儀式を見たが、ここに戻ってこれた。
それは運が良かっただけなのかもしれない。
いずれにせよ、私には確信があった。何か理解できないものが、今もあの村のどこかに存在している、と。
そして、またいつか誰かがそれを見てしまうのかもしれない。
見てはならぬものを。