「宵待草 よいまちぐさ」

投稿者:アリアの流星群

 

大学を2年の途中で中退。
何にもやりたい事がなくとりあえずバイトを探していた。
そんな時に父がある話を持ってきた。それは父の弟、俺にとって叔父と祖父の家の片付けをしてこいって話だった。祖父が亡くなって1年が過ぎ今は誰も住んでいない家。壊して土地を売る事にしたらしい。
叔父はわりと近くに住んでいるが祖父の家は県外で行くのに車で2時間はかかる。
俺は叔父の車で祖父の家へと向かった。

「叔父さん、久しぶりだね。最後に会ったのって5年くらい前かな?」

「そのくらいになるか。貴史が成人してるんだもんな」

叔父は結婚はしているけど子供がいなくて俺の事をよく可愛がってくれた。当然だが親戚の叔父ってのは父よりも話やすいし気も合う。そんなもんさ。

「親父はどうして前から住んでいた家を手放して今の家を買ったのかな?俺が住んでた家じゃないから行っても懐かしくもなんともないよ」

叔父が笑いながら言う。
祖父は10年前に元々住んでいた家を手放してわざわざ違う家を購入して引っ越していた。
俺も1回しか行ってないけどかなり古い日本家屋で庭が広かったのを覚えている。なんであんな古い家を買ったのか。片付けるのに数日はかかりそうだ。

「なんか後ろに色々積んであるけど何を持ってきたの?」

「ああ、植木の手入れ道具だよ。いい木があったら綺麗に手入れしてウチで使おうと思ってな。やっぱウチの若いヤツ何人か連れて来れば良かったか」

叔父は造園業を営んでいて従業員も数人いる。昔はヤンチャだったと父に聞いた事がある。
会話が弾みいつの間にか祖父の住む県に入る。少し山道を登ると祖父の家が見えてきた。
周りには何軒か家が並んでいるがそこそこの田舎だ。
俺と叔父は荷物を下ろして玄関の戸を開ける。そこは土間になっていて何か昔の物がゴチャゴチャと置いてある。
居間には古い箪笥が2つ。止まったままの柱時計。今じゃあまり見ない囲炉裏。そんな物が目に入ってきた。
まずは窓を全開にして空気の入れ替えをする。
目の前には日本庭園が広がっていた。
以前は池だったのか水が抜いてある池。池の後ろには大きな庭石が置いてあり周りには伸び放題の松の木や金木犀などでいっぱいだ。

「あれ?雨戸ないのか?このタイプの家にはあるんだけどな。まぁ、いいや。それにしてもすごいな。立派な庭園だ。最近はこんな庭は見れないぞ。やっぱウチの若いの呼ぶかなぁ。勉強にもなるし」

叔父は今にも鋏を持ち出して剪定する勢いだ。

「とりあえずさ、箪笥の衣服からゴミ袋に詰めちゃおうよ」

俺は叔父が庭に出て行く前に片付けをさせる。
下着やら浴衣やらが沢山出てくる。先に亡くなった祖母の物も残っていてゴミ袋5袋分にもなった。気づくと外は薄暗くなっていた。電気の紐を引っ張るとカチッと音はするけど明るくならない。

「あれ?電気通ってないのか。そりゃそうだよな。仕方ない車からランタン持ってくるか」

叔父がキャンプ用のランタンと寝袋を2つ持ってきた。結局ランタンの電池も切れていたので買い出しに行くついでに外食をする事にした。
小さな居酒屋に入り適当に注文をして食べていると店の大将が声をかけてきた。

「二人共見ない顔だけどこの辺の人じゃないだろ?」

「ええ。そうなんですよ。実は親が去年亡くなりましてね。家を放置したままだったんで甥っ子と片付けに来たんですよ」

そんな話をしていると離れた席からまた声をかけられた。

「あれ?さっき竹中さんのお宅にいた人かい?あの家どうするんだい?誰かが住むのかい?」

「いえ、解体して更地にするんですよ。」

「そのほうがいい。なるべく早く片付けて帰ったほうがいい」

その人はそう言って店を出ていった。
何か気になる言い方をしてたな。早く片付けて帰ったほうがいいだなんて…あの家に何かあるのか?それともヨソ者を嫌う集落なのか?でも祖父だってヨソ者なのに10年住んでいたしな…何だろう?
食事を終え叔父が飲んだので俺が車を運転して帰る。
家に着いたとき屋根に誰かがいたような気もしたけど見間違いだろうとあまり気にせずに家の中へ入る。だって屋根に人がいるなんて思わない。しかも夜だし。
ランタンをつけて家に上がると台所からなにか音がする。

ピチャン…ピチャン…

水の音だ。

「あれ?電気は止まってるのに水道は止まってないのか?」

叔父が台所へ向かい蛇口をキツく締めると水は止まる。何でさっき片付けをしていたときは気づかなかったのだろうか?
ちゃぶ台にランタンとラジオを置き叔父と話をする。
造園業をしている叔父は現場で経験した不思議な話をずっとしてくれた。
気づくと夜中の1時を過ぎていたので寝る事にした。自分は寝袋を使うのが初めてなのでどうも寝付けずにいた。

バチャン…バシャ…

また水の音がした。今度は台所ではなく庭のほうから聞こえる。池には水はなかったはずだ。

「叔父さん…ねぇ、叔父さん」

俺は叔父に声をかけたのだが酒が入ったせいか叔父は起きない。寝袋からでて障子を開け縁側に顔を出してみる。月明かりが庭を照らしていた。

バシャ…ビチャ…ビチャ…

俺は思わず尻もちをついた。池から髪を垂らした女が這い上がってくる。四つん這いになってこっちに向かって来る。俺は急いで障子を締めて叔父を起こす。

「ちょっと!叔父さん!起きてよ!変なのが庭にいるよ!」

ダメだ。全く起きる気配がない。逃げる場所もない。仕方なくまた寝袋に入って寝たふりをする。寝袋だから上を向いたまま目を閉じる。横に向いて布団を頭から被りたい。 
部屋の中の空気が変わった瞬間…

ビチャ…ビチャ…

濡れた衣服を畳に落としたような音が近づいてくる。
入ってきた。アイツが部屋に入ってきた。水の音と何かの気配は俺と叔父の周りを回っている。
怖い。怖すぎる。音が消えるまで目を閉じて寝たふりを続ける。
ようやく音が消えたのでゆっくりと少しだけ薄目を開ける。
明りを一番小さくして俺と叔父の間に置いてあるランタンがそれを映し出した。
女が「あぁ…」と口を開けてこっちを見ていた。
耐えられず俺は悲鳴をあげた。
それを合図かのように寝袋のファスナーを下げるの音がして叔父が起き上がる。ランタンを掴み明かりを最大にして部屋の中をグルっと照らす。

「貴史!大丈夫か!」

「叔父さん!俺見ちゃったよ!幽霊!」

「ああ。俺も見た。四つん這いの女だろ?」

「なんだよ!起きてたんなら返事してくれよ」

「体が動かなかったんだよ。金縛りになってたんだ!」

俺達は起き上がりもう一度部屋の中を確認する。もうあの女の姿は見えない。水の音がしていたのに畳も濡れてない。
叔父さんがもう一つランタンを出して明るさを強くする。

「今の何?この家何かあるの?ジィちゃんから何も聞いてないの?」

「何も聞いてない。そもそも何でこんな家に引っ越したんだ。親父は」

そのまま寝ずに朝を迎えた。
5月の下旬にもなると日の出が早いので助かった。
俺は庭に出て恐る恐る池の中を覗いてみる。池の中は水が抜いてあり葉っぱや石ころで荒れた感じになっている。

「おい。何してるんだ?朝飯食いに行くぞ」

「昨日の幽霊、ここから這い上がってきたんだよ。月明かりに照らされてて本当に怖かったんだからさ」

「もしかしたら庭を片付けたら何か出てくるかもな。井戸とか祠とか」

昨日、叔父が聞かせてくれた体験談にも井戸とか祠とか出てきたな。
俺達は牛丼屋で朝食を済ましてこの後どうするか話し合う。
俺も叔父も言葉にはしないけどあの家に戻りたくなかった。
とりあえず昼のうちに片付けをして夜はその時に考える事になった。
昨日の事が気になり今日は庭の片付けをしながら何かあるか調べる事にした。
叔父が庭石の上に立ち松の葉に鋏を入れていく。さっきまで伸び切った葉が緑の塊だったのに速い速度で松の本来の形に変わっていく。俺は落ちてくる葉を集めていた。葉を剪定していた叔父が庭石の上から何かを覗いている。

「おい。貴史、それ何だ?」

叔父がもう一つの大きな石を指す。見てみると叔父が立っている庭石よりも倍以上ある石に板のような物が立てかけてある。
それは雨戸だった。雨戸とヨシズが庭石を隠すように置かれていた。
叔父と2人でそれをどかすと鉄格子が見えた。

「これ何?なんか怖いね」

「これは石牢だ。昔、誰かを閉じ込めていたんじゃないか?」

中を覗き込むと湯のみや米が乗った皿が置いてある。
もしかして昨日の女の幽霊が生前閉じ込められていたのだろうか?
そんな事を考えなが石牢の周りの雑草をむしって綺麗にする。

「まて。それは雑草じゃない。宵待草だ。」

「宵待草?花の名前?早く教えてよ。少し抜いちゃったよ」

「ああ、夜に咲く花だ」

「へー。夜に咲く花なんてあるんだ。見てみたいな」

「じゃあ、夜になったら見てみるか。月明かりに照らされて幻想的だぞ」

夕方になって昨日の居酒屋へ食事をしに行き帰宅したのが8時。
そのまま庭に行ったのだが宵待草はまだ咲いていない。
叔父は「おかしいな?まだ時期じゃないのか」なんて言っている。
俺はふと昨日の女を思い出した。また出て来るんじゃないかと怖くなる。とりあえず家の中へ戻ってラジオをつけて叔父の昔話を聞きながら時間を潰す事にした。2時間くらい過ぎた頃ラジオの音が乱れてザーとしか聞こえなくなった。これをきっかけに話をやめてまた庭に出て宵待草を見に行った。すると綺麗な黄色の花が咲いていた。俺と叔父は暫くそれを見ていた。月明かりに照らされて本当に綺麗だ。
すると何か聞こえてた。
それは泣き声だった。
叔父にも聞こえているらしいく庭を見渡している。

「これか?」叔父がしゃがんで宵待草を見ている。俺もしゃがんで見てみる。いや、違う…
自然と目線が石牢の中へと向く。

コトン…

石牢の中から音がした。
ランタンを石牢に近づけると中で倒れた湯のみが転がって動いていた。
そして家の中からドン!と音がした。

ドン!ガタン!ミシッ!キギィ…

家が怒っているように音が大きくなっていく。
俺と叔父は家の様子を見ながら中に入る。
いろんな所から音が鳴っている。
まだ入っていない部屋からも音が鳴っているけど怖くて入る気にもならない。叔父は車の鍵を手に取り「車に行くぞ!」と声をあげる。
車に乗ってエンジンをかける。しかしエンジンはすぐに止まってしまった。叔父がもう一度エンジンをかける。でも、また止まってしまう。どうする事もできずその場で足止めをくらう中あの音が聞こえる。

バシャ…ビチャ…ズズズ…  
ビチャ…ビチャ…ズズ…

目の前には髪をグチャグチャにした昨日の女が四つん這いで庭を這っている。こっちには気づいてないようだ。

「叔父さん、またアイツだよ。何なんだよ。あれ…」

「しっ!静かに。何か聞こえないか?鈴の音か?」

チリーン…チリーン…チリーン 

音が近づいてくる。人影が現れた。
その人影は縁側の前を一歩ずつゆっくりと歩いている。
そして足を止めしゃがむ。人影の足元にボワッとオレンジ色の灯りが何度かついた。
そして再びチリーンと音が鳴り出す。
人影は池の方へと一歩ずつ近づきあの女と対面した。

チリーン チリーン チリーン

音が鳴る度に女は少しずつ向きを変えて池の中へと戻り消えていった。そして人影はこっちへと歩いてきてコンコンと車の窓を叩いた。人影の正体は居酒屋で会った男だった。

「こちらにいましたか。もう大丈夫です。降りてきてください」

車から出ると線香の匂いが鼻をかすめる。どうやらオレンジの灯りは線香をつける為の火だったみたいだ。
居間に行きランタンを真ん中に置いて3人で囲む。男がコップを置きその中に火のついた線香を入れる。男は倉田と名乗った。

「何から話せばいいのやら…。
庭にある石牢を見たと思いますがあの石牢には昔、女の子が閉じ込められて亡くなったんですよ。たしか大正時代か昭和の初期だったと聞いてます。行き場のない母と娘がこの家に拾われたらしく母親のほうはずいぶんと働かせられたようです。たぶん娘は母親が逃げ出さない為に人質にされて石牢に入れられていたんでしょう。娘は夜になると怖くて泣いていたらしいです。娘が泣いているから様子を見に行こうと母親は庭へ出ようとする。だけど家の主人がそれを許さず母親を殴って池に落としたりしていたそうです。ある日、母親は主人がいない隙を見て娘が怖くないように夜に咲く花を石牢の前に植えたそうです。それが宵待草です」

じゃあ、さっきの泣き声はその娘の声って事か。そしてあの四つん這いの女が母親…。
自分は雑草と間違えて抜いてしまった事を反省した。

「石牢と言っても雨が降れば格子の隙間から雨が入ってきますよ。風だって吹く。小さな娘さんは寒い思いをしたでしょうな。やがて衰弱して娘は亡くなったそうです。そのあと母親も庭で自ら命を絶ったそうです。それ以来ずっとこの庭には夜な夜な泣き声が聞こえ母親は幽霊となって泣いている娘を探し回っているんでしょう。」

そんな悲しい話があったのか。
しかし、祖父はこの話を知っていたのだろうか?祖父は何故この家を買ったんだろう?

「そんな事があったんですね。そう言えばあなたはこの話を父に話したのですか?何故、父はこの家を…」
叔父が男に聞く。

「知ってましたよ。竹中さんはこの話を知っていました。竹中さんが引っ越して来たとき私はこの先にある寺で住職をしてたんですよ。今は息子が継いでますがね。竹中さんが引っ越して来たときに先程の話を詳しく教えてほしいと訪ねてきました。竹中さんは宵待草に思いれがあると言ってました。この集落には先程の話が伝えられているんですよ。どの家にも宵待草が植えられています。この事も竹中さんは知っていました。どこで聞いたのか…竹中さんがお亡くなりになってから泣き声がしたり四つん這いの幽霊が出るって噂がありまして確認したのです。そしたら噂ではなく本当だった。そこで私が定期的に供養をしていたんです。そこにあなたたちが片付けに来たと言うわけですよ」

「あの、祖父が住む前はどんな人が住んでいたんですか?」

「竹中さんの前はたしか50代の夫婦でしたね。その前が60代の男性で…この家はもうずっと前から1年か2年くらいで皆さん出て行かれるんですよ。理由はわかりません。」

少しの間、沈黙が続いた。

頭の垂れた線香の灰がポト…っと畳に落ちる。

「ああ…そろそろ時間です…」

倉田はそう言い残してスッと姿を消してしまった。

え……?

俺と叔父は顔を見合わせるが言葉が出てこない。
外は薄っすらと明るくなっていた。
2人で話し合い一度帰る事にした。そう言えばまだ見てない部屋があるのを思い出して最後にその部屋の中に入る。
そこには小さな机が置いてあり一冊のノートと万年筆があった。
ノートの表紙には「宵待草」と書かれている。
ノートを開くとたぶん祖父の字だろう。文章がびっしりと書いてある。読み進めてゾッとした。
内容は俺達がこの家で経験した事や消えてしまった倉田の事、倉田が語った昔の出来事が書いてあった。
ただ、俺達の事は名指しではなく「ある2人」と書かれている。

最後に 作者 竹中 正

と書かれて終わっている。

これは祖父が考えた小説なんだろう。それを俺達は実際に見せられていたと言うか…体験させられたと言うか…まぁ、そう言う事なのだろう。
俺達の事が「ある2人」と表現されていると言う事は俺達以外の誰かがこの家に来ていたらその2人も同じ経験をしたのだろうか?

 

得点

評価者

怖さ鋭さ新しさユーモアさ意外さ合計
毛利嵩志151515151575
大赤見ノヴ171616161681
吉田猛々181617171886
合計5047484849242