毎年夏休みに入ると俺は祖父の家に1週間くらい泊まりに行く。
いつもは親に車で乗せてきてもらっているんだけど今年は16歳になり二輪の免許を取ったのでバイクで行く事にした。祖父の家は同じ県内にあるけどバイクで1時間くらいかかる少し離れた田舎だ。
祖父の家に付く前に小さめの東屋が目に入る。俺は東屋の前でバイクを止める。
子供の頃からずっと気になっていた物だ。母の車で来ていた頃は母がこの東屋を嫌っていて近づいた事がなかった。
東屋は6畳くらいの広さで天井の中央から提灯が下げられている。なぜ陽が沈む前から提灯の灯りが付いているのだろう?
夏の17時過ぎはまだまだ明るい。
そう思った矢先、提灯の灯りがパチパチっと点滅して消えた。何となくここに居たくなくってすぐにバイクを出した。見間違いだろうか?サイドミラー越しに東屋の提灯の横に人が立っているように見えた。
祖父の家に着き一休みしているとスマホが鳴る。
絵梨からの連絡だ。絵梨は祖父の隣の家に住む女の子で同じ年なので毎年泊まりに来ると遊んでいる。幼なじみとでも言えばいいのだろうか。
祖父の家に着いた事を返信すると絵梨がスイカを持ってやって来た。
「なぁ、じぃちゃん。来る途中に提灯がある東屋があるだろ?ずっと気になってたんだけどあれって何?」
「あれには近づくなよ…」
祖父が首から下げた手ぬぐいでスイカの汁を拭き取りながら俺の顔を見る。
「あの提灯はトキ除けって言ってな魔除けみたいなもんだ。提灯と言っても昔は蝋燭で灯りをつけていたけど火事防止で今は電池式になっててな」
祖母も横から話に入ってきた。
何だか知らないがちょっと面白そうだな。と思った。
「そう言えば絵梨ちゃん夜は1人で留守番なんだってな。ウチで晩御飯食べていきな」
「ありがとう。そうする。じゃあ、忘れないうちに家の提灯つけて来るね」
そう言って絵梨は一度家に戻った。
そう言えばこの辺の家には玄関の外に提灯が下がっている。
そして夜になる前に提灯に灯りをつける。何かの風習だろうか?あの東屋の提灯と関係があるはずだ。気になってきた。
夕飯を食べ終え絵梨が夕涼みに行こうと言うので田舎の夜道を散歩する事にした。
「絵梨ちゃん。わかってると思うけどお地蔵さんと道祖神より向こうへは行かないようにな」
祖父から懐中電灯を受け取り玄関を出た。
「ほら、有斗(ゆうと)。暗いんだからちゃんと絵梨ちゃんの手を握らんか」
あー。もう、何かうるさいな。
田舎の夜空は星がすごく綺麗だ。同じ県内でもこんなに綺麗に見えるものなんだと圧倒される。
でも、それよりも興味が出たのは提灯だ。1軒1軒それぞれの家の玄関前にぶら下がった提灯の灯りが幻想的だ。
途中、家の脇道へと入って行くと小さな川がある。川の音ってのは夏の夜によく合う。
そんな事を思っていると急に左腕が重くなった。転びそうになった絵梨が俺の腕を掴んでいた。これをきっかけに絵梨の手を握り家に戻る事にした。
帰る方向から声がする。
おーい。有斗ー!絵梨ちゃーん!どこだー!
祖父が俺達を呼んでいた。
しばらくするとカブに乗った祖父が現れた。
「おー!いた!いた!今日はもうダメだ!帰れ!手なんか握ってねぇで絵梨ちゃん後ろに乗り!有斗は走れ!急げ」
意味がわからずとりあえず猛ダッシュ!意味不明だが怖い!何が起きたんだろう。こんなに焦るなんて。
祖父の家には2人の爺さんがいて何やら話をしていた。
「おぉ。帰ってきたか。変わった事はなかったか?」
「ああ、2人がすぐに見つかったから良かった。けどな…アイツはもう東屋から離れてこの辺りに入り込んでるかもな…」
「まさか、トキ除けの大提灯が消えているとはな。けど少し前に電池を新しくしたばかりだぞ。もしかして充電しても電池が弱っててダメなのかもな」
俺はその大提灯が消えるときに居合わせている…これを言おうかどうしようか迷う。
何だか知らないけど怒られるのを覚悟して話をした。
「なんだと!有斗!お前もしかして東屋に入ったか?」
「う…うん…入るも何もドアがあるわけじゃないからそのまま進んで中の様子を見に…ごめんなさい。入っちゃいけないなんて知らなくて」
「17時に灯りをつけたときは何も異常はなかったし電池交換もしたばかりだから油断してたな…」
爺さん三人衆が渋い顔になっていく。
「私さっき転びそうになったんだけど誰かに足を掴まれたような気がする」
絵梨が申し訳なさそうに言う。
「もしかしたら有斗君に憑いて入ってきたかもしれんな」
「早く気づいて良かった。とりあえず近所に話をして今日は俺達で寝ずの番だな。ないとは思うが提灯の灯りが消えている家がないか注意して見ないと。有斗君のせいじゃないから気にするな。提灯が消えた時点でダメなんだ」
なんか変な事になってきた。寝ずの番って何だろう?
とりあえず俺と絵梨は祖母と一緒に留守番。爺さん三人衆は近所を一晩中歩いて番をする事になった。
祖母が言うには遠い昔にトキって名前の女性が東屋の場所で行き倒れになったらしい。
それ以来トキの幽霊が出るようになった。トキが倒れて亡くなっていた場所に東屋を造りその中に提灯を下げ怒りを沈めたらしい。
詳しい話はあとでじぃちゃんに聞けと言われた。
朝4時過ぎに爺さん三人衆が帰ってきた。何事もなくて良かったと言いながら午後になったら温泉にでも行こうなんて話になっている。
お昼を済ませて爺さん三人衆と祖母は日帰りで温泉に行った。
俺はあまり寝てないので残って休む事にした。
「いいか。17時前には玄関の外にある提灯の電源を入れるんだぞ。忘れるなよ。帰りは少し遅くなるかもしれないから夕飯は絵梨ちゃんとどこかで食べて来い」
祖父はそう言って5千円札を出して家を出発した。
最初はテレビを観たりスマホをいじったりしていたが寝落ちしてしまったらしい。
コン…コン…コン…
何かの音で目が覚めた。
辺りはもう薄暗くなっていた。
コン…コン…
どうやら裏の窓から音が聞こえる。障子を開けてみると庭に女が立っていた。その女は汚れた浴衣なのか着物なのか和服を着て提灯を持ち前かがみになりながら頭をさげている。
近所の人だろうか?
そのまま窓の鍵を開けて外に目をやると女はいなくなっていた。
そう言えば提灯の電源を入れ忘れていた事に気づき玄関に行くと…
それは突然にスーッと現れた。
女だ…さっきの女が現れた
女が持つ提灯は恨めしそうな表情を浮かび上がらせる。
いつの間に入ってきたんだろう。
「ねぇ…提灯はいらないかい…」
「提灯の灯りが消えてる…提灯はいらないかい…」
真っ赤に充血している目がジッと見つめてくる。
俺はすぐに戻って居間を突っ切り裏の窓を開けて庭に出る。
雪駄をひっかけ庭を出て家から離れた
すぐ隣の絵梨の家に向かったけど玄関の前にはさっきの女が立っていた。俺に気づいた女はまた「ねぇ…提灯…」と呟く。
俺はすぐに向きを変えてまた走り出す。
合い向かいにズラッと並ぶ家や商店の前に出て立ち止まる。
なんだろう?変な感じがする。
違和感を感じながら家と家の間を歩く。誰かに助けを求めなければならない。
そこで違和感に気づいた。
提灯の灯りはついているのに家の明かりがついていない。
どの家も窓などからの明かりが全く見えない。
10メートルほど歩いて後ろを振り返るとボヤッと灯りが浮いていた。いつの間にか陽が沈み暗闇の中ユラユラ揺れる灯りが提灯だと気づきまた走って逃げる。
小さな小屋を見つけそこに入って様子を伺うと1軒…また1軒と提灯の灯りが消えていく。
頭を引っ込め体を小さくして隠れる。
すると何かが鼻をかすめた。
焦げくさい…
もう一度外を見るとたくさんの家から炎が上がっている。
そして微かに音が聞こえる。
カーン カーン カーン
人影が2つ近づいてくる。
それは拍子木を叩く祖父と提灯を持ってるさっきの女だった。
どうして祖父とあの女が一緒にいるのかわからない。
だってあの女はたぶん幽霊だ。
もしかしたら祖父にはあの女が見えていないのかもしれない。
俺は小屋から出て知らせようとした。
「じぃちゃん!すぐ横に…」
言い終わる前に女がすごい勢いでこっちにやってきて俺に抱きついてこう言った。
「やっと見つけた…」
気づくと畳で寝ていた。
祖父の家だ。
「おぅ。気づいたか。お前、提灯の灯りつけるの忘れたろ」
何が起きたのか理解できてない自分がいる。
「とりあえず麦茶でも飲んだら?」
そう言われて振り返ってギョッとする。思わず軽く悲鳴をあげた。
絵梨とあの女の幽霊が重なって見える。
「絵梨と女の幽霊が重なってる。俺を追い回した女…」
「お前…トキに憑かれたな。運悪く大提灯が消えたときに居合わせたのと提灯をつけなかった事が原因だな」
祖父に説明を求める。
昔、この地区に提灯を売り歩いていたトキと言う貧しい女がいた。毎日毎日売れもしない提灯をリヤカーに乗せて売り歩く。
ある日トキが道端で倒れているのを発見されるがすでに息絶えていた。
しかしトキが亡くなった後も毎晩この地区の長屋の戸がノックされる。そして「提灯買ってください」と声が聞こえ家の者がドアを開けると誰もいない。
そして原因不明の火事が起きる事もあった。
トキの幽霊だと噂が広がりどうすれば来なくなるかを考えた。
お寺の住職の案でトキの幽霊が来る前に長屋の戸に灯りをつけた提灯を下げれば諦めるかもしれない。と言う事で提灯を下げるようになった。
トキが倒れていた場所には供養のための大きな提灯が祀られ雨風をしのぐ為に板の囲いを造ったらしい。それが現代は東屋になった。
昔話はこんな話だ。
次は俺に起きた話だ。
まず東屋の大提灯が消えた事でトキがそこから移動して祖父の住む地区に現れた。
俺は提灯の灯りをつけ忘れた。それを見てトキが提灯を売りに現れる。俺は逃げ出して絵梨の家に助けを求めに行ったけど絵梨の家の玄関にトキの幽霊が先回りしていた。
けど絵梨が言うには俺が来たので提灯に灯りはつけたか聞こうとしたら急に逃げ出したと言う。
明かりの付いていない家や燃えている家はトキが見せた幻覚だそうだ。
この時、祖父が温泉から帰ってきて提灯に灯りがついてない事に気づき拍子木を持ち絵梨と合流して俺を探し始める。
拍子木を鳴らすのはこの地区ではトキの幽霊に警戒せよって意味があるらしい。
俺を見つけた絵梨は思わず駆け寄り抱きついたと言うがあの時に俺には絵梨が女の幽霊、トキに見えた。そこで気を失い今に至るわけだ。
俺にトキが見えるのはこの地区に足を踏み入れたときだけらしい。実家に戻れば見えなくなるらしい。
ただ、これからもこの地区を訪れたときには見えてしまうだろうと祖父は言う。
何故こんな事になったのか本当に原因がわかっていなくて運が悪いとしか言いようがないらしい。ただあの時に俺が玄関の提灯に灯りをつけていればこんな事にはならなかったのかも。
「親子揃ってトキの幽霊に悩まされるとはなぁ…」
祖父の言葉の意味を聞いてみた。
昔、俺の母もあの大提灯が消える場面に居合わせた事があるそうだ。しかもその日は家に帰っても誰もいなくつい提灯をつけ忘れた事でトキの幽霊が見えるようになったらしい。
だから母はあの大提灯に近づきたがらなかったのか。
実家に帰って俺もトキの幽霊を見たと言ったら母はどんな顔をするのだろうか。
翌日、俺は近くのお寺に連れて行かれた。
これから7日間お寺に寝泊まりして提灯を作るらしい。
1日に1つ提灯を作りそれを近くの川に流して供養をするらしい。これをやっても結局は数年は見えてしまうらしいが。
住職に案内された6畳くらいの部屋には和紙やら竹骨が用意されていた。ここで提灯を作り寝泊まりするらしい。
初日は住職が作り方を教えてくれた。これがなかなか難しいのだが面白い。
その日の夜、さっそく作った提灯を持って近くの川へ行った。
灯籠流しのように木の箱に提灯を置き蝋燭に火をつけて川に流す。住職さんがお経をあげしばらく流れていく提灯を見送る。
それを終えてから住職の奥さんが用意してくれた晩御飯を一緒に食べ寝るまではテレビを見ようがスマホを触ろうが自由なのでそれほど苦ではなかった。
11時くらいに電気の明るさを一番小さくして布団に入る。なかなか眠れずにいると金縛りにかかり襖の前にスーッ人影が現れた。トキだ…そう思った。
その人影は俺の横に座り顔を見下ろしている。やっぱりトキだ…
でも不思議と怖くなかった。
昨日見たときは目が赤く充血していて表情が怖かったのに今は普通の女性にしか見えない。
自分はそのまま眠りについてしまった。
次の日、住職は何か言いたそうだったけど「おはよう」と挨拶をして廊下の雑巾掛けの続きを始めた。
今日から提灯作りは1人でする事になる。少しずつ作業を進め途中で休憩を入れながらスマホで絵梨に連絡をする。夕方には提灯が出来上がり夜になったら住職と川へ行き流す。
その夜もまた金縛りになりそしてトキがまた姿を現す。
トキは部屋の隅で提灯を作っていた。時折こっちを向いて少し笑っているような顔になる。
翌朝、トキの座っていた場所を見たけど完成している提灯は見当たらなかった。
「どうかしたかい?」
住職に声をかけられて挨拶をしてごまかす。
何故かトキの事は住職には知られたくなかった。
それから毎晩、俺は金縛りになりトキは姿を現した。
出来上がった提灯を目の前に持ってきて見せたり、うちわで俺を扇いでくれたりした。
日が経つにつれトキに心を奪われていく自分がいた。
そして最後の提灯が完成した。
住職と川に向かっていると途中でトキが現れて俺の横に並んでいた。
川に着き最後の提灯を流す。
気づくと横にいたトキが目の前にいた。俺はトキに触れようと数歩前に出る。足に冷たい水を感じたが別に気にする事もなくまた一歩前へ。
「おっと!しっかりせえ!」
住職に腕を掴まれて尻もちをつく。
「行ったらいかん。ここまでだ。」
そのまま住職に腕を引っぱられてお寺に連れていかれた。
7日間の提灯作りを終えて祖父の家に帰る日が来た。
迎えには祖父母ではなく絵梨が来てくれた。
「7日間お疲れ様でした」
そう言ってくれた絵梨に俺は抱きついた。
そこには供養の効果なのか前より薄くなったトキが絵梨に重なっていた。
やっとトキに触れる事ができた。
ダメだとわかっているのに…なぁ…
終