高校に入ってすぐにバイトをする事になった。目的はギターを買う事。
5つ上の姉は高校時代にバンドを組んでいて担当はギター。
中学生になったときに俺は姉からギターを習い始め今はそこそこ弾ける。
今までは姉のギターを借りていたけど社会人になった姉は一人暮らしをする事になりギターも持っていくと言うので自分のギターを買わなければいけない。
そろそろ自分のギターが欲しいと思っていたのでこれを機会に買う事にした
とりあえずギターが買えるまでは姉のギターを借してもらえる事になった。
ウチは高校に入ったらお小遣いやスマホ代はバイトで稼ぐってルールがあるからなかなか溜まらない。
バイトはファミレスに決まりお金を貯めている最中だ。
夏休みに昼から夜までビッシリとバイトを入れたのでそこそこのバイト代が入った。
バイトが休みの日に中古のギターショップに行くとあるギターが目に入った。
青と白のグラデーションが綺麗なギター。値段を見ると5万7千円だ。買うには少しお金が足りない。
次の給料は今月の28日だ。
まだ今月は始まったばかりで給料日まで日にちがある。
あのギターが買われないか心配で学校の帰りに毎日のように確認してしまう。
ある日、清水と名乗る店員に声をかけられた。
「君、よく来てくれるけど欲しいギターでもあるの?」
「あ、はい。この青いギター欲しいんですけどお金足りなくて。今月のバイト代を足せば買えるんです」
清水さんは「そっか。ちょっと弾いてみるかい?一度弾いてみて決めたほうがいいよ」と言ってギターをアンプに繋いでセッティングしてくれた。
弦を弾いた瞬間アンプが響いて俺はこの音に惚れた。
俺はいくつかのコードを弾いて演奏する。
「へー。君、高校生?上手いね」
と声をかけられた。声をかけてきたのは清水さんではなく背が高く髪の長い男だった。
その男は赤いギターを持っていて「すみません。これ弾いてみていいですか?」と店員に聞いてきた。
清水さんは俺の隣にあるアンプにその男を案内してセッティングする。
男がギター弾き出して俺は全身に鳥肌が立つ。
とても上手だ。
俺は思わず「スゲー」と声に出してしまった。
男はニッコリ笑いながら
「ありがとう。君だって上手だと思うよ。店員さんこれ買います」
男は赤いギターを購入して去っていった。俺はさっきの男が弾いていた曲をコピーして弾いてみたけど途中でわからなくなってしまった。清水さんにさっきの曲名を尋ねるとバッハの小フーガト短調だと教えてくれた。
やっとバイト代が入ってギターを買いに向かった。
まだ誰にも買われてなくホッとしてギターを購入。
清水さんと仲良くなった俺はすこし談笑しているとギターケースを持った1人の女性が現れた。
「すみません。これ買い取ってほしいんです。いくらでもいいので」
清水さんはギターケースからギターを取り出すとピタっと動きを止める。
色々とやり取りをして清水さんはギターを買い取った。
俺はそのギターに見覚えがあった。あの髪の長い男が買っていったギターと同じ物だ。
でも売りに来たのは男と同じ年くらいの女性だ。
清水さんに聞くとギターを凝視しながら言う。
「あぁ。あのギターだよ。戻ってきたの…これで8回目だ」
この赤いギターは売っても暫くすると戻ってくるらしい。
しかも必ず買った人とは違う人が売りに来るらしい。
「同じギターを持ってる人が売りに来てるんじゃなくてですか?」
「いや、同じ物だよ。いくつか傷や打痕があるんだけど全く一緒なんだよ。それにこのギター珍しくてね。こんなギターそうそうないよ。噂で呪われたギターがどこかに存在すると聞いた事あるけど…まさかコレじゃないよな…」
俺は思わず口にする。
「ちょっと弾かせてもらっていいですか」
「いいけど長く弾かないほうがいいよ。呑み込まれそうになる」
ギターを鳴らすとその音は脳に刺激を与え胸をざわつかせた。
いつもより指が軽やかにスピーディーに動く。
そして…あのバッハの曲を弾き始めたときにブツッとアンプの電源が落ちた。
「ここまで。それ以上弾いちゃダメだ…」
清水さんに止められた。
何だろう…一瞬、弾く事に夢中になって自分自身のコントロールが効かなくなるような感覚がした。これが呑まれるって事か…
「このギター変なんだよ。どこのメーカーなのか不明。そのくせ改造されてて各パーツは有名な物が使われているんだ。一度、分解して見た事あるけどびっくりしたよ。改造した人はどんな人なんだろう。長く弾いてると取り憑かれたように我を忘れてずっと弾いてしまう…」
エレキギターはピックアップと言う部品が音を出す仕組みになっているけどそのピックアップがかなり古いビンテージ物に交換されているらしい。
そんな高価な物がなぜ無名のギターに使われているのだろうか?
家に帰ると俺は嬉しくて買ったギターをずっと弾いていた。
夜に姉が実家に顔を出しに来たので買ったギターを見せて得意げになる。
今までの出来事を姉に話すとバンドをやっている人達の間で似たような話があるらしい。
「何それ?ラズベリーみたい」
「ラズベリー?」
「どこのメーカーなのか誰が作ったのか出所不明の赤いギターの話。そのギターを弾くと幻想的な音色に囚われてしまう。そして持ち主に不幸が訪れる…持ち主が次々と変わっていく。誰が付けたのかそのギターはラズベリーって呼ばれるようになったって」
幻想的な音色か…たしかにな…
「ラズベリー。あ、赤いギターだから?」
「いや、ラズベリーの花言葉から取ったって話だよ。深い後悔って意味。そのギター本当にラズベリーだったりしてね」
姉はそう言い残して帰ってしまった。
ギターを買って1か月が過ぎた。弦を新しくするためにあの店に行った。中古ショップでも新品の小物も売っているので助かる。
店の中を見るとあの赤いギターがなかった。
聞いてみると買い取った3日後に売れたらしい。
それが変で買いに来たのは以前に買っていった髪の長い男がまた買い戻しに来たらしい。
清水さんはここ1か月に起きてる事件が気持ち悪いと話をする。
その事件とはライブハウスにあるバンドを見る為に押し寄せた客が尋常じゃない人数が集まり警察が出動した事件だ。
しかもチケットを買ってそのバンドの演奏を見ていた観客のほとんどが気を失うか急に叫び出してライブハウスから逃げるように飛び出して行った言う。
それが市内の3つのライブハウスで起きた。
テレビでもニュースになったので俺も知っていた。
バンド名は報道されてないけどたぶん同じバンドのライブで起きた事なんだと思う。
俺は姉から聞いたラズベリーの話をした。
もし、あのギターがラズベリーだったとしたら…そのバンドのギタリストが使っているギターがウチで売ったあのギターだとしたら…
やはり、あれは呪われたギターなんじゃないのか…
清水さんは興味津々だった。
あのギターに取り付けられたピックアップはおそらく1960年代の職人の手によって作られた物で現代の機械で作ったピックアップでは作れない音がするらしい。
昔話だが1960年代に職人が究極の音を作るために人生をかけてピックアップを作った。それを目当てに入った強盗は職人の命を奪いピックアップを盗んだ。それ以来ピックアップの行方は未だにわからないと語り継がれている話があるらしい。
そもそも、そのピックアップもどのギターに付けられたのか誰も知る事ができない。同じ職人が作った出来の良いピックアップは全部で10個しかなく現在も残っているのかは不明。
清水さんが得意げに教えてくれた。
「ピックアップなんてギターから取り外して売る事もできるし人に譲る事もできるさ。あのギターは出所不明で無名のギターだからね。誰かの手に渡ったときのそのピックアップを取り付けたのかも…なんてね。あのギターを弾いたとき呑み込まれそうになったんだよ…もし、そのピックアップが使われていたとしたら…きっと職人は出したい音が出るまで何度もギターを弾いたはずだ。職人の念がピックアップにこもっていれば弾いた人は呑み込まれるだろうな」
その話を聞いて俺はもう一度あのギターを弾いてみたいと思ってしまった。
学校へ行くとギター友達の笛田(ふえだ)は休みだった。
同じクラスでギターをやっているのは俺達2人だけなので笛田が休みだとギターの話ができないので暇だ。笛田とは一緒にバンドをやろうと話が盛り上がっていたので残念。
先生に笛田の事を聞いてみると親戚に不幸があったので3日間休みだと教えてくれた。
一応、軽音部に所属しているけどみんな真面目に活動してないので部活はサボり公園で軽くギターを弾いているとあるお爺さんに声をかけられた。
そのお爺さんはやたら昔の洋楽バンドに詳しく若い頃は自分もギターを弾いていたと話をする。
話半分で、聞いていたのだが気になるワードが出てきた。
それは、ここ最近ニュースになったライブハウスの1つのオーナーだと言う事。
そして若い頃にパーツ1つ1つを寄せ集めて自作のギターを作った事があると言う事。
俺の心臓の音がバクバクと上がっていく。
「ギターを作るなんて凄いですね。何色のギターなんですか?今も大事に取っておいてあるんですか?」
その問いにお爺さんは遠い目をして答える。
「真っ赤なギターだよ。ギターはもう手元にはないね…そのギターを完成させて使っていたんだけどね。そのギターを弾いてしまうと我を忘れてずっと弾いてしまうのさ。で、髪を振り乱した女が見えるようになった。始めは怖かったけど何故かギターを弾かずにはいられない。弾いてしまう。そして女が髪を振り乱す。その繰り返しさ。仕事もろくにせずね…バンドマンだったけど目が出ずに生活も苦しくて嫁にも逃げられてね…それ以来ギターは人に譲って真面目に働きだしてお金を貯めてライブハウスを経営したんだよ。もう、店には出てないけどね」
俺は質問をしてみる。
「あの…ラズベリーってギター知ってますか?」
「そんな名前のギターは聞いた事ないけど自分が作ったギターに名前をつけるならラズベリーってつけたいね」
「…どうしてですか?」
「ラズベリーの花言葉だよ。深い後悔って意味がある。自分が作ったギターは人から人へと渡ったんだ。持ち主が亡くなったり精神的に壊れたりしてね。寄せ集めのパーツで作ったからその中に何かよくない物があったのかもしれん。あんなもの作らなければ良かったんだ」
お爺さんは悲しそうな目をしていた。
笛田はあれから1週間後に登校して来た。
笛田を見て俺は少し戸惑う。
なんだか窶れている。
休み時間に笛田が声をかけてきた。
「俺にギターを教えてくれた従兄弟が亡くなったんだ。5歳上の兄ちゃんでさ。ライブが終わったその夜に自殺したんだよ。バンドメンバーの人に聞いたんだけど従兄弟はライブの最後にギターソロでクラシックの曲を演奏して弾き終わったときに
どうだ…弾いたぞ…
そう言っていたらしい。それでさ葬式の後に従兄弟が使ってたギターを形見で貰ったんだよ。それがメチャクチャいい音でさ。お前にも聞かせてやるからウチに来いよ」
俺は嫌な予感がした。
一度、家に帰宅して自分のギターを担いで笛田の家にいく。
笛田の部屋に入るとギタースタンドに赤いギターが立て掛けてある。
やっぱりだ…あのギターに間違いない。
突然、大きな音がした。
気づかないうちに笛田がギターとアンプを繋いで弾き出した。
何だ…音に押し潰されそうになる。前に聞いた音とは少し違うような気がする。
笛田はどんどんギターを弾くがあのギターの音ではない。違うギターなのか?
すると笛田の弾くメロディがバッハの小フーガト短調に変わる。
笛田の様子がおかしくなっていく。ギターを弾きながら何かをブツブツと呟いている。
…うるさい…うるせぇよ…
もっと滑らかに?速く?
あぁぁ…
「これが限界なんだよ!畜生!」
笛田が怒鳴った瞬間に俺はアンプの電源を落とした。
息切れをした笛田が怯えた目をして俺を見ていた。
「笛田?どうした?」
「お前…聞こえなかったか?女の声が…もっと滑らかに弾けとか、もっと速く指を動かせとか…」
「何言ってるんだ?」
「このギターを弾くとさっきの曲が頭の中に流れるんだ。耳コピーして弾いてみるんだけど上手く弾けなくて。それで女の声が聞こえるんだよ。もっと速く弾けとかさ…従兄弟みたいにイイ音が出せねぇ…」
「今の曲さ、こうやって弾くんだよ」
俺は自分のギターで小フーガト短調を弾く。
笛田は俺が弾いた後に同じフレーズを弾いて追いかけてくる。
「なぁ。このギターで弾いてみてくれよ」
俺は言われたとおり赤いギターで弾いてみた。
さっき笛田が弾いた音色とは違う。あのときに聞いた音色に戻っている。やっぱりあのギターなのか?
俺は夢中で弾いた。するとどこからか声が聞こえる。
ウフフフフ…そう…もっとよ…
もっとこの音色を聞かせて…
アハハハ…そう!そうよ!
俺は自分で何を弾いてるのかわからなくなりそうになる。
目の前には髪を振り乱した女が四つん這いになり俺の顔を覗き込んでいた。
そして、1人…また1人と人数が増えていく。若い男女もいれば中年の男女もいる。それぞれが首を動かしたり気持ち悪い動きをしている。その中にギターショップで会った髪の長い男もいた。
「しっかりしろ!桐宮!」
気づくと笛田が俺の肩を揺さぶっている。
どうやら俺は曲の一番盛り上がる所で演奏を止めてボーッとして動かなくなっていたらしい。
俺は女の声が聞こえてその後に女が見えた事を伝える。
俺達は怖くなり赤いギターをケースにしまった。
俺はラズベリーの事を言おうか迷って結局言えなかった。
そろそろ帰ろうと立ち上がると机の上に写真立てが目に入る。
笛田ともう1人年上の男が写っていた。
「なぁ、この人って…」
「ああ、この前亡くなった従兄弟だよ」
それは、あのときギターを買った髪の長い男だった。
俺は帰り際にやっぱりラズベリーの話を笛田に話す事にした。
話を真剣に聞いていた笛田はそのお爺さんにギターを返したほうが良いのだろうけど従兄弟の形見でもあるギターを手放したくないとも言っている。
そりゃそうだろう。気持ちはわかる。それにお爺さんに確認した所でどうするんだ。お爺さんが引き取るかどうかわからない。
話をしていても答えが見つからずに解散した。
次の日から笛田がまた学校を休みだした。
更に数日後、笛田の親が警察に失踪届を出す。どうやら笛田はどこかに消えてしまったらしい。
結局、笛田は学校にこなくて退学処分となった。
笛田がいなくなりつまらない学校生活を送る中、清水さんから連絡がきた。
ギターの出張買取の依頼を受けたので一緒に来ないかと。
本来、俺はショップの人間ではないので行く事はできないのだが人手不足なので店長が臨時バイトとして同行を許可してくれた。
清水さんはあるライブハウスの駐車場に車を止める。
ライブハウス?
「店は休みだけどそのまま入って来るようにいわれてるんだ」
清水さんが重そうなドアを開け声をかける。
奥の方からこっちに入って来るように言われたのでそのままステージに向かうと薄暗い照明に数本のギターが照らされていた。
「わざわざ来てもらってすまないね。ん?あれ?お兄さん前に会ったね。ほら、公園で」
そこには前に会ったお爺さんが俺を見ていた。
そう…もしかしたらあの赤いギターの初代の持ち主なんじゃないかと思われるお爺さんがいた。
「ここにある3本のギターを売りたいのだが確認してもらえるかい?音出しならそこにあるアンプを好きに使っていいよ」
まず最初に清水さんはアコースティックギターを弾いて状態を確認する。古い物だろう。長年の時を経て乾燥されたギターはとても良い音を奏でる。
「音も綺麗に鳴りますしボディも綺麗ですね。ギターケースも純正物ですし素晴らしいですね」
清水さんが嬉しそうに次のギターも査定を始める。全ての査定を終えたときにお爺さんの姿がなかった。
「君は本当にギターが好きなんだね。見ていてこっちも嬉しくなるよ。では、この音はどう思う?そこの彼が名前をくれたんだ。こいつの名前はラズベリー」
お爺さんが持っているのはあの赤いギターだった。
でも、どうして?今は笛田が所有者のはずだ。
「何十年ぶりだろうか?こいつを弾くのは。また私の手元に戻ってきた…」
そしてバッハの小フーガト短調を弾き出した。
俺は音の圧力を感じて体が動かない。
するとまたあの女が髪を振り乱し体をくねらせ動いている。
現れたのは女だけではなく年齢バラバラの男女が出てきて叫んでいる。
その叫び声を消すかのようにお爺さんの弾くギターの音は大きくなっていく。
そして一瞬見えた男がこっちを見て口を動かす。
逃げろ! 逃げろ!
それが笛田だとわかったとき腕をグイッと引かれた。
「なんかヤバイ!とりあえず外へ出るぞ!」
俺は清水さんに腕を引っ張っぱられながら外に出てそのまま車に乗せられる。
「アレ何だよ!ヤバイだろ!幽霊とか呪いとかか?」
「髪を振り乱した女とかスゲーヤバかったですよね。他にもいましたけど…」
ショップに戻って店長に事情を説明して買取をしないで帰って来た事を報告する。
店長は半信半疑で俺達の話を聞いていたがまた依頼主から連絡があったら店長が対応するって事で話は終わった。
その日の夜、今までの出来事を思い出してみた。
あのギターは姉が言っていたラズベリーなんだろうか?
それとも違う物なんだろうか?
でも、あの赤いギターを手にした笛田は行方不明になり笛田の従兄弟もあの赤いギターを使って命を落とした。
髪を振り乱した女や他の幽霊はあのギターを所有していた歴代の人達なんだと思う。
と言う事は笛田はもう生きてはいないと言う事になる。
あのギターは笛田からどうやってあのお爺さんの手に渡ったんだろうか?
お爺さんは自分の作ったギターがラズベリーと呼ばれていた事を本当に知らなかったのだろうか?
わからない事だらけだ…
翌日、朝のテレビでライブハウスが火事で全焼したニュースが飛びこんできた。
あのライブハウスだった。
死傷者1名と書いてある。
きっとあのお爺さんだろう。
お爺さんはギターを作った事を後悔していた。
同じくあのギターを手に入れてしまった人達も後悔したのではないだろうか。
ラズベリーの花言葉
それは深い後悔…