母親から一度だけ聞いた話。
30年以上前の冬の夜、赤ん坊の悲鳴に驚き寝室の扉を開けると、まだ寝返りもできない幼い私が、敷布団から数メートル離れた壁際でうつ伏せのまま泣き叫んでいた。
壁には明かり取りにしか使えない大きさの小窓がある。窓は開いており、縁には粘性を帯びた液体がこびりつき、生魚のような臭いを放っていた。
液体は私の両足首にもこびりつき、何度洗ってもしばらく臭いが取れなかったそうだ。
・・・
「あのまま連れてかれればよかったのにね」
施設で育った私が覚えている、母との唯一の会話である。