行きつけのバーに怪談師だという男が来ていた。店主の知り合いで、テレビにも出ているという。
男が語るのをカウンターでぼんやり聞く。どこかで聞いたような凡庸な話。
話の終盤、男はわざとらしく声を落とす。ここから大声を上げて驚かすのだろう。
「……お前だっ!」
男が叫んだ瞬間。私はぎょっとした。
がばぁッ、と男の口が上下に大きく開いた。
こちらから見える顔の全部が真っ黒な口になった。
だがそれは一瞬のことで、すぐ元通りになった。
呆然としていると、横に座った老人が耳打ちしてきた。
「嘘つきはね、ああなっちゃうんだよ」