「3人組のロシア人」

投稿者:ツカサ@海外で怪談蒐集してます

 

以前中国にいたMさんという男性からこんな話を聞いた。

 彼が赴任していたのは中国の南の島にある田舎町だった。省都から離れた小さな町で、休みの日に遊ぶようなショッピングモールやカラオケといった楽しい場所はない。唯一の娯楽施設といえば運動場くらいなものだ。中国では普通なのかもしれないが、陸上のトラックにバレーボールのコート、それに卓球台と、田舎の運動場にしてはなかなかに充実していた。Mさんはそこへ週に3回ほど通っていた。仕事終わりに軽くひとりでジョギングをしに行くこともあれば、休日にスポーツが好きな同僚と待ち合わせて卓球をすることもあった。

 ある日、同僚たちと卓球をしていたMさんは空に妙なものを見つけた。ギラギラと強く輝く長方形の物体。通常の星の5、6倍は大きかったそうだ。それがはるか上空に浮かんでいる。そのままじっと動かない。

「あれ何? 飛行機かな?」
「あ、知ってる。あれISSだよ」
「ISSって何?」
「国際宇宙ステーション。日本人の宇宙飛行士も乗ってるかも」
「あれがそうなんだ」
「そうそう。長方形なんだよね」

 全員ISSということで納得したのだが、

「君たち、あんなものがISSだと本当に思ってるの?」

 誰かが英語でそう話しかけてきた。見るとそこに、かなり背の高い欧米人と思しき男性が3人いた。運動場に通い始めてもう1年ほど経っていたが、初めて見る顔だった。3人とも190?は超えているであろう長身で、さらに体格もよかったので『何だか熊みたいだな』とMさんは思った。威圧感のある3人組に、一緒に来ていた同僚たちもたじろいでいる。
戸惑っているMさんたちを気にする風でもなく、3人が、

「ISSじゃなくて、UFOだよ」
と言った。
「……そう、なんですか?」
Mさんが返事をすると、3人はげらげら笑いだした。
どうやら彼らなりの冗談だったようだ。
聞けば、3人はロシア人で近くの大学の留学生とのことだった。
ちなみに、Mさんが赴任していたその島にはロシア人が多い。ロシアは寒い国なので、年中温暖なその島はロシア人にとってはメジャーな移住先なのだという。3人組もそういった理由で大学を選んだということだった。少し雑談をしてその日は解散した。

それからしばらくして、ひとりで運動場へ行くとまた3人組がいた。Mさんのことを覚えていたようで声をかけてきた。
「今日はひとりなんだね」
「そうだよ、みんなは何してたの?」
「僕たちはこれ」
そういって、缶ビールを持ち上げて見せた。
「寮のルールが厳しくてさ、外でしか飲めないんだよね」
熊みたいに大きくていかつい見た目なのに大学のルールには従うんだな、とMさんはちょっとほほえましく思った。
そうしていると、1人が「一緒にどう?」とビールを勧めてくれた。ありがたく受け取って彼らの隣に腰を下ろす。とはいえ、Mさんと彼らとは年代も違えば国籍も違う。共通の話題もないので黙って飲んでいた。しばらく無言で飲んでいたら、突然3人が立ちあがって空を見上げた。
Mさんも彼らにならって空を見ると、また、あのISSもどきが浮かんでいた。前と同じでギラギラしていて、全然動かない。
「ISSじゃないなら、何なんだろう」
Mさんがそう言うと、1人が空を見たまま
「ロケット見に来たんだよね」
と答えた。
それに返事をするように他の2人が
「12月だよね」
「今回は成功するから見に来たんだよね」
と訳の分からないことを言う。
「あれ、ロケットってこと?」
とMさんが聞く。
3人は顔を見合わせて
「ロケットはもっと大きいよ。君も見ることになってるんでしょ」
ますます意味不明な返事をした。
Mさんは追及する気にもなれず、しばらく黙って一緒に空を見ていた。

そんなことがあって数ヵ月後、12月も終わりかけの頃。
出社したMさんは上司から「今週金曜日は少し早く仕事を切り上げて、ロケットの打ち上げ式に参加するよ」と告げられた。
隣の市にはロケット発射場があり、上司の話によるとどうやら“国の偉い人”が近隣の外国人駐在員を正式に招待したということらしい。
間近でロケットの発射を見られる機会に興奮するMさんとは対照的に、上司はなぜか不服そうな顔をしていた。
「この国のお粗末な技術で作ったロケットなんてちゃんと飛ぶと思うか? 現に前のは失敗してるんだってよ。今度も失敗したら偉い人の前でどんな顔すりゃいいんだよ。まったく、何でうちを呼んだんだろうなぁ……」
その時ふと、あの3人組のことを思い出した。

――ロケット見に来たんだよね

あの時彼らが言っていたロケットとは、このことなのだろうか。ロケットの発射予定については前々から報じられていたようだが、それにしてもMさんが発射式に招待されるのを知っていたような口ぶりは何だったのだろう。
次に会ったら聞いてみようと思っていたが、発射式までに彼らは運動場には現れなかった。

そして当日。予定通りMさんと上司は仕事をいつもより1時間早く終わらせて、隣の市へ向かった。
会場に着くとすでに人が大勢いて、野外フェスのように音楽が大音量で流れていてかなり盛り上がっていた。人ごみをかき分けて招待席へとたどり着く。
招待席といってもパイプ椅子が並べてあるだけのそこはすでに半分くらい埋まっていた。どこに座ろうかと見渡すと、最前列に座るスーツ姿の大柄な3人の男性を見つけた。運動場で会った例の3人組だ。
Mさんは彼らのところに行き「やあ」とあいさつをした。
……のだが、反応がない。確実に彼らの視界に入っているのにMさんのことなど見えていないかのように微動だにしない。背筋を伸ばして、じっと前を向いている。運動場で会う彼らとはずいぶん雰囲気が違う。
絶対に人違いではないのだが反応がないので不審に思いつつもMさんはその場を離れた。一緒に来ていた上司と同僚が「知り合い?」と聞くので、「時々運動場で会う人だと思ったんですけど……人違いでした」とごまかした。

それから2時間ほど待たされ、ついにロケットが発射された。会場は発射場から少し離れていたため期待していたほどの臨場感はなかったが、それでも轟音とともに空へと昇るロケットには感動した。ロケットが打ち上げられてからもしばらくは皆会場に残り成功を祝った。

そう、打ち上げは成功したのだ。彼らの言っていた通り。

次の日は休みだったので朝から運動場へ行くと、なんと彼らが先に来ていた。
Mさんに気が付くと「おはよう」と言いながら近づいてきた。昨日の態度と全く違う。
Mさんは半ば非難するような気持ちで
「昨日はどうも」
と言ったが、彼らはそれには答えない。
それどころかちょっと険しい顔をしてこんなことを言ってきた。
「君の上司ね、いなくなるよ」
突然上司のことを話題に出されて面食らっていると、矢継ぎ早にこう言われた。
「でも元気だから。大丈夫」
「家はないけど大丈夫」
「君も、他の皆もいなくなるけど、大丈夫」
「2年くらいで落ち着くから、大丈夫」
「大丈夫、大丈夫」
最後の方は3人でげらげら笑っていた。
それ以上一緒にいたくなくて、Mさんは何も言わずに運動場を去った。
帰り道、何となく「自分はどういう理由でこの国からいなくなるんだろう」と考えてしまっていた。
ロケットのこともあり彼らの“予言”の通りのことが近いうちに起こるような気がしたのだ。彼らの言葉通りになるとして、一体自分と上司に何が起こるのだろうか。2年で落ち着くということは自分たちが死ぬわけではないのだろうが、だとしても上司と2人そろって会社を去るなんて良いこととは到底思えない。お互いに中国での赴任期間はまだ数年残っているというのに。
あれこれと想像を巡らせて自身の行く末を心配したが、例の3人が詳しく教えてくれはしないのも分かっていた。

それから年が明け、2020年。少し経ってMさんは日本へ帰ることにした。といっても、単なる一時帰国だ。中国では1月から2月ごろに春節という長い休みがある。Mさんはそれに合わせて帰国することにしたのだ。上司は帰国せずに中国で過ごすという。
予定通りMさんは日本へと帰った。
そして休み明け。中国には戻れなかった。コロナウイルスが蔓延したためだ。

パンデミックが終わるまでしばらく自宅待機で、と会社から通達された。Mさんは「休みが数日延びた、ラッキー」と、楽観的に考えていた。
その休みが数日から数週間になり、それが数ヵ月続いた頃、中国の会社の人事部から連絡があった。
上司がいなくなった、という。
春節の休みの間はずっと中国で過ごすと言っていた彼は、ロックダウンが始まってからは会社が用意した社宅にいるはずだった。ところが、中国人スタッフが部屋を訪ねて行った時にはすでに誰もいなかった。電話もつながらない。
Mさんの方に何か連絡が来ていないかと聞かれたが、Mさんにとっても寝耳に水であった。

上司の行方について進展があったのはその1週間後だった。
会社が中国の公安に問い合わせたところ、上司は春節が始まってすぐに中国を出ていたということが分かった。行き先は日本。
「彼の日本の家の電話番号を教えるので、すみませんがMさんから電話してもらえませんか?」
というわけで、上司の日本の家の番号を教えてもらった。上司は単身赴任していた。たしか、両親と妻を日本に残してきたと言っていたはずだ。そんなことを考えながら発信ボタンを押す。

「おかけになった電話番号は、現在使われておりません。番号をお確かめになって……」

「番号間違ってないですか?つながりませんでしたけど」
「えっ?いえ、ビザ取る時の書類に書いてあるから正しいはずですけど」
「じゃあ住所は?近くなら行けないこともないですし」
「あ、そうですね。えーと住所は……」

教えてもらった住所はMさんがいるところからは遠く離れた東北のとある場所だった。日本では厳しいロックダウンはなかったが、さすがに県をまたいでの移動は憚られる。そこでMさんは手紙を送ることにした。

しかし手紙は宛先不明で戻ってきた。
ストリートビューに住所を打ち込んで見てみると、そこは電車の線路だった。駅舎のようなものは写っていたが民家は見当たらない。
どういうことだ。
中国に赴任するにあたって労働ビザの申請をした。ほんの2年前の話だ。会社のスタッフはその書類を見て教えてくれたらしいが、そうなると上司は虚偽の住所を書いていたことになる。中国の機関から照会されるというようなことはほぼないため虚偽の住所でも問題ないといえばない。が、そもそもビザ申請に必要な書類には「犯罪歴証明書」というものがあり、それをもらう際に住所が分かるもの(住民票など)を提出しなければならない。
だから、住所を偽るなどということはありえないのだ。仮にこの2年の間に引っ越しただけだったとしても、ストリートビューで見たあの線路はもう何十年も昔から使われているようなものだった。

どこに行ってしまったのだろう。一緒に働いていた他の同僚たちは何か知らないだろうか。そう思ったMさんは早速皆にグループチャットで連絡を取った。電話がつながらなかったこと、教えられた住所が明らかに嘘らしいことなどを簡単に説明した。
すると、すぐに同僚の1人から返事があった。
『ストリートビューって過去のが見られるって知ってる?去年とか一昨年の見てみようよ。もしかしたら家建て壊して引っ越しただけかもよ』

過去に家があったような場所には見えなかったけどなぁ……と思っていると、続けて画像が送られてきた。

『これ運動場にいたロシア人じゃない?』

画像はMさんが検索したのとほぼ同じ、どこかの線路だった。周囲は雑草が覆い茂っていて、遠くに駅舎がぽつんと写っているのも同じ。ただ1つだけ違うのは、草むらの中に大柄な男性が3人立っていること。顔がはっきり写っている。間違いない、あの3人だ。

『これって何年前のやつ?』
とグループチャットに送ったが、その同僚から返事が送られてくることはなかった。

Mさんはもう一度ストリートビューを見てみたが、そもそもその場所の過去の写真はなかった。線路と、草むらと、駅舎だけの写真。
そこで気が付いた。画像を送ってきたあの同僚とは一緒に運動場へ行ったことがない。ロケットの発射式には来ていたが、Mさんはロシア人とは言っていない。運動場で会う人、とだけしか言わなかったはずだ。
どうしてあれがロシア人だと知っていたのか。個人的にメッセージを送ってみたが、やはり返事はなかった。

そんなことがあってしばらくして、Mさんは日本で本物のISSを見た。星と同じくらいの大きさのそれはスーッと空を横切って僅か数分で視界から消えていった。中国で見たのとは全く違うものだった。

「だからね、あれはUFOで、あのロシア人は宇宙人だったと僕は思うんですよ」
と、Mさんは言う。
だって、宇宙人って未来にも過去にも自由に行けるんでしょ、と。

 話の本筋には関係ないことなのだが、Mさんは現在無職である。パンデミックからしばらく経ち国境を越えての移動が再開され始めた頃、中国の会社から戻ってくるように通達があったそうだが、Mさんはそれを断った。理由を尋ねるとこんなことを教えてくれた。

「結構前にさ、あの3人がちらっと言ってたこと思い出したんだよね。仕事なんかしてももう意味ないんだよ。それのせいでお金の価値もなくなるし、みんなひどい目に遭うからね、」

――そしたら3人がそれを見に来るんだって。楽しみだねえ会いたいねえ

“それ”は今から3年以内に、日本のとある場所で起こるそうだ。

 

得点

評価者

怖さ鋭さ新しさユーモアさ意外さ合計点
桂正和2020103558
毛利嵩志101520101065
大赤見ノヴ151718161884
吉田猛々192018171993
合計6472664652300

 

書評:桂正和
宇宙人系のお話で、新しさはさほど
ないですが、とても恐ろしく面白い。
コロナウィルスも相まって、
真実味があり、
実際にあったとしたら、とてつもなく
恐怖を感じます。

書評:毛利嵩志
出てくるのはロケットと中国、ロシア人といかにも怪談ぽくなく、新しさでは最高点としました。怖いというよりは不思議な要素が強いかもですが、力作です。

書評:大赤見ノヴ
言い表せない恐怖です。霊や呪いではなく宇宙人とUFOでこんなにも後味の悪い恐怖感残るのか…やはり未知のウイルスの怖さを知っているのでラストは本当に嫌でした。私は勝手に昔、少年ジャンプで連載していたアウターゾーンや世にも奇妙な物語の雰囲気で脳内が変換されて夢中で読んじゃいました。もう、友達に喋りたい!そうなってる時点で勝ちです。

書評:吉田猛々
こういった不思議な怖さも個人的には大好きです。怪談の中に混じるこういったお話は、かの新耳袋の「山の牧場」のような異質の恐怖を感じます。最後の「何かが今後起こる」的な結びも出色で、上司の消えていく様もとてもスリリングで、貪るように読んでしまいました。