これは、私が大学に進学し独り暮らしを始め、充実した日々を送っていた中で、突然起こった出来事でした。
私は高校を卒業してから県外の大学へ進学し、都会のほうで部屋を借りて独り暮らしをしていました。学業の傍らで飲食店のアルバイトも始め、順風満帆な学生生活を送っていました。アルバイト先では出会いもあり、その人と付き合うことになって、人生で初めての彼氏もできました。
彼氏は別の大学に通っており、歳は2つ上、バイトを始めたのは私より3か月ほど早いです。バイト中の彼は、仕事の流れもつかんでおり、要領よく、率なく仕事をこなし、困ったことがあれば解決してくれるため、頼りになる存在でもありました。ある時、バイト先の連絡ツールとして使っているグループLINEの中から私の個人のアカウントを登録したようで、突然の連絡があり、そこから少しずつ話すようになりました。はじめは少し回りくどくも感じていたんですが、話しているうちに普通に接するようになっていき、ある時に告白されて付き合いました。彼は、優しくてさわやかな雰囲気を持ち合わせており、そんな彼氏ができて、生活にも充実感を感じていました。
彼と付き合い始めて1か月ほどたった日のある日。地元の友達が、私の一人暮らしの部屋を訪ねてくることになりました。その友達とは高校を卒業してからも頻繁に連絡を取り合っており、とても仲が良かったのですが、友達は地元で就職し、はなればなれになっていしまいました。仕事で出張があって、近場で用事があったらしく、こんなに離れた都会のほうまで出てくることは滅多にないことなので、仕事終わりに会って話すことになりました。久々に会うといっても、高校を卒業してからは半年ほど。そんなに長い間会ってないというわけではないが、それでも積もる話はたくさんありました。この時にタイミングが合えば私の彼氏も紹介してしまおう、と思うぐらいに私は浮かれていました。
友達が来る当日になりました。友達は午前中には仕事が終わり、その後すぐに私の家に来ました。友達を部屋へ招き入れると、適当にお菓子やジュースをつまみながらいろいろな話で盛り上がりました。出張といっても新人研修的なものだったらしく、別に半年ほどで一人で仕事を任されるほど地位を上り詰めていったとか、そういうわけではなかったようですが、とにかくいろんな話をして、近況なんかも聞けて、楽しい時間を過ごしていました。ここで話は、恋愛の話へと移っていきました。私は彼氏ができたことを打ち明け、実は今日紹介するために部屋に呼んでいるということを告げました。
私 「私、この前彼氏ができたんだ~!」
友達 「へー、よかったね!。見てみたいなー!」
私 「実は今日、紹介しようと思って、ここによんでるんだ~!、もうすぐ来るかも。」
友達 「ホントー!?、楽しみだ、私がどんな奴か見極めてあげよう!」
友達も、私に彼氏ができたことをとても喜んでくれて、彼が来ることを楽しみに待ってくれました。そして、彼と友達が対面する時がやってきました。
彼 ピンポーン「来たよー。」
私 「はーい!」
友達 「来た来たー!」
友達には部屋で待ってもらい、私が玄関を開けて彼を迎え入れました。そして玄関先で彼に友達が来ていることを告げました。
私 「実は今、私の高校からの友達が来てるんだ。今日は紹介しようと思ってよんだんだよ。」
彼 「なんだ、そうだったのか。」
今考えると、そう答えた彼は少し怪訝そうな感じでした。実は、友達が来ていることはこの時まで彼に伝えていませんでした。しかし彼は、初対面の人に会うからと言って物怖じしたり恥ずかしがったりするタイプではありません。人見知りな要素は全くなく、むしろ誰とでもフレンドリーに接することができ、いつものさわやかな感じで、私の友達ともすぐ打ち解けると思っていました。そんな彼のことを信頼していたこともあり、ちょっとしたサプライズ的な感じで、友達が来ていたことを伝えていなかったのです。が、この時はそれすらも対して気にすることもなく、彼を部屋に上げました。そして、彼と友達が対面した瞬間のことです。
彼 「初めまして!」
友達 「はじ…、め、まして…。」
友達にそう声をかける彼は、思ってた通りのさわやかでフレンドリーな感じでした。しかし、彼を見るなり友達の様子が急におかしくなりました。顔の血の気が一気に引いて顔面蒼白になり、呼吸も不規則に荒くなって、まるで何かにおびえているようでした。少しの間が開いてから友達が言いました。
友達 「ごめん、急に体調が悪くなっちゃった。今日は帰って休むね。研修の期間もまだあるから、その間に会たらまた。ほんとに急にごめん。」
そういう声は震えており、今まではきはきと話していた友達からいきなりそういわれて私は面食らいましたが、明らかに体調が悪そうな様子を見て、仕方ないと思いました。
私 「そうだね、また今度会おう。」
彼 「大丈夫?、ものすごくキツそうだね。早く帰ったほうがいいよ。」
彼もそう声をかける。友達は小さくうなづいて帰っていった。さっき話してたときまで全くそんな素振りはなかったのに突然そんなことになって、残念な気持ちもありましたが仕方のないことだし、友達が言うようにまた後日に時間を作って会うこともできる。友達が帰って行って、私は彼と部屋で二人きりになりました。
彼 「あの子、大丈夫なのかな。」
私 「まぁ帰って休むって言ってたし、大丈夫だといいんだけど。」
友達が帰ってすぐは、彼も友達を気遣ったような話をしていました。しかし少し経った頃には友達の心配もひとしきり終え、彼との話題は男女の仲の話になっていました。そういう話題にもっていこうとしているというか、この時の彼はいつもとは違う雰囲気がありました。
彼 「俺たちってもう付き合って長いよな?」
私 「長いというか、まぁ1か月ぐらいたったかな。」
彼 「なぁ、そろそろさ、いいよな。」
私 「いやぁ、今はそんな気分じゃないかな。もう少し仲良くなってからにしよう?」
私と彼はまだ体の関係はありませんでした。私は人生でまだその経験はありませんし、彼とはその前にもう少し関係を深めて、お互いのことを知りたいと思っていました。とにかくこの時は心の準備ができていなかったのです。しかし、いろいろと言葉を変えて彼はどんどん迫ってきました。断り続けている私の反応に、彼はどんどんイライラして声を荒げていきました。そして大声で怒鳴りつけながら力づくで押さえつけられてしまいました。
彼 「なんだよっ、部屋に呼んだんだからそういうことだろうがよっ。俺たち付き合ってんだから文句ねえよな。」
私 「…。」
彼の急激な豹変ぶりが怖かったですし、これ以上抵抗したら暴力を振るわれるかもしれない、いろんなことを考えて私は固まってしまいました。怖くて動くことができませんでしたが、その時、玄関から扉が開く音が聞こえ、帰ったはずの友達が呼びかけてきました。
友達 「ねぇ、ごめーん。忘れ物したから戻ってきたんだけど。」
そう聞こえてきたとたん、彼は私から離れました。そして、友達はそのまま部屋まで上がってきました。友達の姿が見えた瞬間、私は言いました。
私 「忘れ物って何?、っていうかまだ体調悪そうだね。部屋で休んでいったら?」
友達 「…。」
友達は部屋を出ていく時の様子とあまり変化がなかったです。顔面蒼白で震えており、何か言いたげに私を見ていました。後から考えるとその時の友達の様子も普通じゃなかったのですが、私も彼の突然の豹変ぶりは怖かった。その場で友達に助けを求めて彼がどんな反応をみせるかわからない。幸い、友達が来たことによって、彼は平静を装っているようなので友達にそのまま部屋にいてもらうように、言葉を選びながら誘導することしかできませんでした。この時、彼は友達からは見えない角度で私のことを怪訝そうににらんでいましたが、友達のほうへ向き直ると、元のさわやかな感じで友達を気遣う言葉を言いました。
彼 「そうしたほうがいいよ、まだあまり良くなってないように見えるね。ゆっくりしていったほうがいい。僕はこれから別に用事があるから帰るよ。」
そう言って彼は出ていきました。私も友達も呆然と固まったまま、何も言葉を発することなく時間がたちました。5分ほどたったころか、お互いに落ち着きを取り戻し、ついさっき起こった彼との出来事を相談しようと私が口を開いた時、食い気味で友達が話し始めました。
友達 「わかっているよ、何があったか大体ね。ごめん、私、怖くて一度逃げ出してしまって。」
私 「どういうこと?、何の話をしているの?」
友達 「あなたの彼氏よ、あれはだめだ。とんでもないことをしでかしている。」
私 「何かわかるの?、そういえば少し霊感があるって話、昔してたことがあるよね。」
友達 「まぁ、そういう話でもあるんだけど。」
そういって、友達が何を見たのか、語り始めました。」
友達 「あなたの彼氏が視界に入ってきたと同時に、その後ろにもとんでもないものがふわふわ浮いていたのを見た。それは、バスケットボールほどの大きさの球体ではじめは黒い影のように見えていたけど、すぐに鮮明に見え始めたの。それはさらにひとまわり小さな球体の集合体だった。ソフトボールほどの大きさのものとか、小さいものだと卓球のピンポン玉ほどの大きさぐらいのものもあって、表面は人間のお肌のような質感をしているけど、全体的に赤い血の色が滲んでいて、ところどころ肉が腐ったように黒ずんでいる。そして球体の一つ一つには目と鼻と口があって、赤ん坊顔にだった。それが真顔でずっとあなたの彼氏のほうをみているの。移動するたびにふわふわと浮きながらぴったりと後ろをついて行って。それを見た瞬間から、怖くてとっさに逃げてしまった。ほんとにごめんなさい。でも、このままにしてちゃまずいと思って、絶対に危険だと思っと。でも怖いっていう気持ちもあって、ホテルに帰ることも、部屋の中に戻ることもできずに、玄関の前でずっと立ち往生してて。そしたらね、部屋の中から…
「ギャーーーー」 「オギャーーーーー」 「ギャーーーーー」 「ワーーーーー」
「ギャーーーーー」 「オギャーーーー」 「ギャーーーーー」 「ギャーーー」
「ワーーー」 「ギャーーー」 「オギャーーー」 「オギャーーーー」 「ギャーー」
赤ん坊の、鳴き声が聞こえてきたの。5人でも10人でもいるんじゃないかっていうぐらい、複数の赤ん坊の泣き声が、断末魔にも近いような泣き声がが聞こえてきたの。とっさに助けなきゃと思って、怖かったけど部屋に入ってきて。そしたらね、案の定、あなたの彼氏に憑いてる塊がね、一つ一つの赤ん坊の顔がね、ものすごく顔を歪めて大声で泣いていたの、あなたや彼氏が何か言ったことも全く聞こえないぐらい、かき消すぐらい大声で。部屋に戻ったはいいもののどうすればいいかなんてわからなかった。でもあなたの彼氏が出ていったから、あの塊も泣き止んでそれについていった。あの塊(カタマリ)が何を訴えようとしているか、どういう存在なのかはまではわからないけど、あなたの彼氏の素行に関係してる気がする。すぐにでも別れたほうがいい。」
その話を聞いて私も何か、合点が合うような気がした。私もついさっきあった彼とのことを話した。そしてもう二度と彼には会いたくもない。私はアルバイトもやめることを決断し、そして何よりも今すぐに彼に電話をして別れることにした。友達の話を聞いて、その存在にも恐怖を感じたが、私は今さっきの彼も怖いです。今すぐ電話をかけるので、その電話が終わるまで友達に一緒にいてもらうことを頼むと、少し不安な表情を浮かべたが頼みを聞いてくれた。彼は友達の前では平静を装っていた、私の部屋に友達がいることも知っているから、少しでも落ち着いて話ができるんじゃないか。その可能性を頼りに電話を掛けた。
プルルルルルル、彼はワンコーラスで出たが何も言わないで黙っているので私から切り出した。
私「あのさ、別れて。」
彼「だと思ったよ、いいよ。じゃあこれで。」
ブツッ、プープープー
一言だけ交わした後、彼のほうが電話を切った。正直拍子抜けだった。怒鳴りつけられるのか、そうじゃなくても別れたくないとゴネられるか、こんなにもあっさりと二つ返事で終わるとは思っていなかった。そこの後の友達からの一言に私は衝撃を受けた。
友達 「どうだったの?
私 「別れたよ。」
友達 「今ので?、ちゃんと話せたの?」
私 「ちゃんと話せたというか、一言で終わったけど。っていうか、今隣で見てたでしょ?」
友達 「だって、今の電話口から
「ギャーーーー」 「オギャーーーーー」 「ギャーーーーー」 「ワーーーーー」
「ギャーーーーー」 「オギャーーーー」 「ギャーーーーー」 「ギャーーー」
「ワーーー」 「ギャーーー」 「オギャーーー」 「オギャーーーー」 「ギャーー」
って、赤ん坊の泣き声しか聞こえなかったよ。」
翌日、私はアルバイト先にやめることを話した。すると店長は、理由を察していたらしく、彼のことが関係しているんじゃないか尋ねられた。私は昨日の詳細については話さなかったのですが、彼と一緒には働けないということを話した。すると店長はこんなことを話し始めた。
店長 「彼は昨日の昼頃に捕まったよ。昼過ぎごろに、そのとき一緒にいた女性に乱暴しようとしたらしくてね、通報されてそのまま逮捕された。そしたらね、最近入ったアルバイトの新人さんがね、彼と同じ大学に通っているんだけど、知ってることを話してくれた。彼は大学内では女癖が悪いと一部では噂になっていた。サークルや小さなコミュニティーに属して転々としては、その先々で女の子に手を出していた。そして、ひどいときには女の子を妊娠させてしまってね、中絶させていたことも一回やそこらの話じゃない。家は金持ちらしくて、親御さんがどんな人か、彼の素行を知っているのか、家の事情なんかは全くわからないけど、お金で解決してきたんだね。ここでは君がターゲットになってしまったみたいだ。怖い思いをさせてしまってすまなかった。」
昨日の昼過ぎ、彼が捕まる前は私と電話していた時間でもある。一体その時、彼は何をしようとしていたのか。あの塊は、彼が過ちを犯すたびに大きくなっていっているのではないか。そして彼が間違いを起こそうとするたびに、泣き叫んで周囲に助けを求めているのではないか。